第7話 カフェラテ

翔はテーブルの上に乗ったホットカフェラテを飲み、温かいため息をつくと、未來を見た。

「じゃあ、僕から話すよ。

何から聞きたい?」

3週間後、未來は翔と2人であっていた。

「じゃあ…早速ですけど、十夜くんと先輩の関係を教えてください。」

「了解。」

すぐに頷くと、翔はゆっくりと話し始めた。

「僕には優理という彼女がいた。

今はもう奇病によって死んでしまった故人だが…。

生きていたら僕と同い年だった。

その優理には幼馴染がいたんだ。

その幼馴染は優理が小学生の頃に離れ離れになったと言っていた。

それから優理は電話で僕に隠れてその幼馴染と電話していたんだ。

僕は少し悔しかったが放っておいたんだ。現に僕にも女友達はいたから。」

「その幼馴染っていうのが十夜くんですか?」

「そうだよ。悪いやつじゃないとは思うけど、前1度あった時、天霧くんはニコニコ笑いながらも僕に対しての笑顔は目が笑ってなかった。

優理のことが好きだったんだろうな。じゃなきゃあんなに電話かけてこないだろうし。」

「そんなですか…」

未來は言葉に詰まった。

自分が恐れていた先輩と、大好きな彼氏の間にそんな過去があったなんて…。

「天霧くんは…普通にしてればいい人だと思う。僕が彼を嫌っているわけじゃない。でも彼は…」

そこまで言いかけた時、遠くから未來を呼ぶ声が聞こえた。

「…未來、そいつは…!」

未來の向かいに座る翔を見た瞬間、

十夜の目が敵意に満ちる。

「桜樹さん、言ってなかったの?」

困ったように聞く翔に未來は首を横に振る。

「ちゃんと朝のうちに言いました。

ほら。」

未來は実際のチャット画面を見せた。その文は『既読』となっている。

そこには『大学の先輩と会ってくるね。男だけど、普通に話すだけだから。』と書かれている。嘘偽りなど無い。

十夜にもその画面を見せる。

「なぜそんな目をする?」

そう問いかけた翔に十夜は言葉を返す。

「それは未來・・が俺にしてきたメールだ。俺が探し求めているのはそのメールを送ってきた未來じゃない。今お前の目の前にいる女なんだ。」

「……は?」

翔も呆気にとられている。

未來も首を傾げた。

今、翔の目の前にいるのは紛れもない『桜樹 未來』。同姓同名などいないし、見渡す限り、この空間内に似た顔の人などいない。ましてや、未來の後ろは壁だ。


「十夜…?何言ってるの?」

未來はよく分からないままで十夜に説明を求めた。


「だって、イヴは目の前にいるじゃないか?」

「イヴ?イヴって…?」

不安さに泣きそうになる未來。

そして、それを聞いてその向かいに座る翔が急に立ち上がった。

「…ここじゃ迷惑だ。路地裏にでも行こう。それなら人気がない。」

その翔の目は紫に光っていた。

「わ、分かった。」

「望むところだ。」


そして、3人は街の外れにある路地裏へ行った。比較的綺麗な場所で、住み着いている猫が時々塀の上を歩いていく。

「天霧。・・」

「なんだ?」

「未來はお前の言う『イヴ』じゃない。」

「嘘言うんじゃねえ。また俺から好きな人を奪うのか。」

「少なくとも、優理と付き合う前はお前の事など知らなかった。

奪うなんて人聞きの悪い。イヴは…優理は死んだんだ!」

『死んだ』という度に翔の目には涙が浮かんでいる。

(それほど…優理さんを愛していたんだ…。)

「嘘つくな!目の前にいるだろ!」

血走っている十夜の目は水色に光っていた。

「十夜…くん…その目…」

「うるせえ!」

その瞬間、髪を掴まれ、未來は強引にキスをされる。

乱暴で十夜の荒れた心を表している冷酷なキス。

まるで、翔に見せつけてやっているような。

「んんっ…!」

未來は、あの日翔を突き飛ばしたように、十夜を突き飛ばした。

「…華歌憐エレメタス…!」

未來がそう言うと、未來の背中と腕からイバラが生えた。

「これ以上、先輩を責めないで。」

精一杯、好きな人を睨む。

未來の変化に十夜自身も戸惑っており、「もう、いいよ。」と吐き捨てて走り去っていってしまった。


「桜樹さん…」

「ごめん…わかってる。分かってるから…」

そう言いながらも未來は涙が止まらなかった。

最初から覚悟はしてた。

いつか裏切られるんじゃないかと。

それでも…その傷は深く深く未來の心を抉った。


それでも、未來はその真実を信じたくはなかった。

理系人間である未來は唯物的なものを好む。そういう世界で生きてきていた故に、まだ未完全なままの十夜が好きな人が自分であることを信じていたかった。

恐る恐るだが、電話をかけてみる。

「……もしもし。」

くぐもったような、バツが悪そうな声をした十夜が電話に出る。

「…ごめん。でも、ひとつ聞きたくて。」

何故か未來の口からついて出たのは謝罪の言葉であった。

それでも目的をきちんと十夜へ話す。

「イヴって…誰かのことなの?」

その声は微かに震えてしまう。

「いや、違う。」

でも、その返答である十夜の声は一切の迷いがない即答であった。

根拠を気にする未來であるはずなのに、その「違う」という言葉に胸を撫で下ろす。

「好きだからな、未來。」

「…私も大好きだよ…!」

涙が滲む声で十夜へ声をはりあげる。

その拙い愛の言葉でも未來にとっては嬉しかったのだ。

「そういえば…十夜くんは奇病能力者なの?」

「……ああ。なんでか知らないが、今部屋中に羽がちらばっている。

俺のはどうやら背中から羽が生えるものらしいな。」

冷静さを醸し出そうとするが、若干の焦りも垣間見える声で未來へ事の概要を話す。

「…大丈夫だよ。私も奇病能力者だから。こうなったらもう…政府から逃げようよ。」

医者がこの奇病を治せないことを悟った未來の悲しそうな声は十夜の心を動かした。

「…俺が、未來を守るから。」

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