第2話 人助けなんて

去年の春。未來は慶典大学生物学部に入学した。

倍率8.5倍を勝ち抜いて手に入れた合格。未來はこれから始まるキャンパスライフに胸をときめかせていた。


そして、一息つく間もなく、すぐに講義&実験がスタートした。

他の生徒がてんてこまいになる中、未來は必死にそれに食らいついていた。

おかげで成績も悪くはならず、問題なく未來のキャンパスライフは進んでいった。

時は10月。それは解剖を含んだ何回目かの実験の時だった。

その日は、各々種がある果物を持ってきて、種子どうしの遺伝を顕微鏡などで調べ、レポートにまとめた。未来はぶどうをもちこみ、調べ終えてあまったものは食べてしまった。種入りぶどうではあったが、さほど種は大きくないので気にせずに飲み込んでしまった。


いつもはそれで平気だった。

だが、その日は家に帰ってからお腹のあたりに違和感がある。

モニャモニャとした感触に未來は怪訝そうな反応を示した。

薬を飲んでも効かず、痛みこそなかったが、その違和感は数週間続いた。そして日に日にお腹の違和感は大きくなりつつあった。


「特になんともありません。強いていえば、何か種のようなものがありますが、直に消化されるでしょう。」

やっと入学したのだから、大学1年生にして、入院するのは嫌だった。

だから未來はその言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろした。

毎日処方された薬を飲み、発症から2ヶ月経った時、お腹の不調感は感じなくなった。


世間が夏休みに入る頃、未來は研究室のアクアリウム用の魚の餌を買いに隣の街へ行った。

「…?」

いつもと変わらない街並みなのに何か違和感がある。

人気がまるでないが、そこにいる少数の人間達が感情を持たない人形のように見えた。

「わあっ!」

呆然とする未來の耳を悲鳴がつんざいた。

目の前で高校生の男の子のもとに車が突っ込んでくる。

(危ない…!)

男の子をつき飛ばして避けさせようと走り出す。

だが、到底間に合いそうにはない。

(人が死ぬのを目の前で見たくない…!)


「キキーッ!」

気付くと、未來は地面に転んでいた。男子高校生も無事で、驚いたまま呆然としているのが見えた。

(でも…私とあの人の間にはまだかなり距離があったはず…)

ふと、視線を前に戻すと、未來の腕から『植物のツタ』が生えていた。


「な…んで…?!」

未來はそうそうにその場を立ち去った。男子高校生が呆然としていたのはこのせいでもあったのか。

草むらのところで泥だらけになりながらツタを切る。

蒸し暑かったが日焼け防止のカーディガンを着て、なるべく人気のない車両に飛び乗って帰った。

(まさか…この前食べたぶどうの種が胃の中で芽を出して…!)

小さい頃、スイカの種などを誤って飲み込んでしまった時、大人から「芽が出るよ」などど、面白半分にからかわれた事はあった。

だが、歳を重ねるうちにそれが冗談であることは暗黙の了解だったし、その嘘が本当になる日が来るなど思ってもいなかった。


「これは夢…夢なんだ…。」

不安にうず巻かれる中、未來は眠りについてしまった。

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