良い子はおねむの時間です
助けてもらってから一週間、私はほとんど寝て過ごしていた。
多分今までの疲労も一気に出ちゃったんだろうネ。微熱が続き倦怠感も全く取れずで、まさにベッドの住人だったわ。
起きられても少しの間だけで、着替えや食事を済ませたらすぐに倒れるように眠っていたほどだ。
おかげでここ数日の記憶が曖昧だよ。ちゃんと覚えてるのなんて消化しやすく工夫された料理と、枕元に飾られている花が七回変わってることぐらいだもの。
しかも意識も朦朧としていて、最初気付いた時なんてクラヴィスさんの上着を被って寝てたからね。あれは驚いた。
帰って来た時に掴んで離さなかったから置いて行ってくれたらしいが、一切記憶にございません。
そうしてようやくまともに起きていられるようになった今朝、ゆっくりと食事を終えた私はルーエ達に滅茶苦茶謝られていた。何でぇ?
「申し訳ございませんでした……お嬢様を危険な目に合わせた挙句、みすみす連れ去られ……!」
「悪いのは全部あの人達だよ。
皆は私を守ってくれたんだからさ、そんな風に気に病まないで?」
「お嬢様ぁ……!」
強張った顔のルーエに全員を代表して謝罪され、頬を掻きながらお願いするとフレンがだばぁっと泣き出し駆け寄って来る。
ずっと暗い顔してるなぁとは思っていたけど、皆、自分達のせいだと責任を感じていたらしい。
泣きつくフレンの頭をよしよしと撫で、一歩下がったところで唇を噛み締め耐えているアンナに向けてにぱーっと微笑んでおく。
するとひゅっと息を呑んだアンナの頬に涙が伝い、慌てて届きもしない手を伸ばせば、瞬時に近付いたアンナにぎゅうっと握りしめられた。重症だなぁ。
祈りを捧げるように私の手を掴み額に当てるアンナと、泣きじゃくり何を言っているかわからないフレンにどうしたものかとルーエへ視線を投げるが、ルーエはルーエで一人胸の前で手を組み、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめている。
そうだね、当の本人は意識が朦朧としててまともに会話もできないまま寝ちゃってたもんね。謝ろうにも謝れなかったんだね。それで余計に気に病んだと。悪循環やめな?
幸いなのはこの一週間で皆の怪我はすっかり治っていたことかなぁ。精神が病んだ状態で怪我までしてたらもう手に負えない。
フレンの頭から手を離し、ルーエに向けて腕を広げると、彼女もすぐさま駆け寄って来る。
いやぁ花に埋もれるってこういうことか、と意識を半分飛ばして三人にもう大丈夫だからと言い聞かせていたが、特に重症な人がベッドの横に跪いた。おぅ……ウィルもか……。
「全て俺の失態です。避けようと思えば避けられたのに、判断を誤り、お嬢様を危険に晒しました。
謝って済むことではありませんが、大変申し訳ございません。如何なる罰もお受け致します」
「いやいやいや! ウィルのおかげで誰も死ななかったんだよ? むしろお礼を言いたいぐらいだって」
いつになく硬い口調のウィルに大慌てで首を振る。
普段の軽い口調はどこ行った? 怒ってないから帰っておいで!?
ルーエ達が戦ってくれたのもあるが、ウィルが居なければフレンは死んでいたかもしれないんだ。
誰一人失わずに済んだのは皆のおかげだし、自分を責めるとしても一週間もやってれば十分過ぎるでしょ。暗い空気はもうお腹いっぱいなんですぅ!
「私達守ってくれてありがとう。
私としては命の恩人にそこまで謝られると、ちょっとなぁ、なんて」
きっぱりはっきりとお礼を言い、ちょっぴり困ってますアピールをしてみると、多少効果はあったのか重い動きで顔を上げる。
その顔は苦々しさ満点で、とりあえず愛想笑いで押し通す。なんかルーエ達よりも責任感感じてそうだなぁ。影の副官だから? 責任ある立場ってのも大変よね。
というか、なんかフレンが強くなりたいとか呻いてるんだけど、はてさて侍女に強さは必要なんだろうか。やりたいならやってくれて良いけど、フレンは無茶しそうで怖いんだが。
新たに決意を固めたり、溜まっていた物が崩壊して少しマシにはなったものの、重く苦しい空気が満ちる中ノックの音が響く。
いつもならすぐさま切り替えていただろうけれど、今の彼女達には難しかったようだ。
数拍の間を置いて、一番最初に我を取り戻したウィルがノックの主を問う。
そうして聞こえて来たのはクラヴィスさんの声で、全員が胡瓜を見た猫のように跳ね上がっていた。
皆が慌てて所定の位置に戻るのを眺めつつ、少しずれた肩掛けを直して扉の向こうへ声をかける。
少々声が枯れていたがそれはご愛敬というやつだろう。
静かに開かれた扉からは、肩にアースさんを乗せたクラヴィスさんと、花束を持ったシドが入って来た。
「いやぁ大量、大量! トウカも食わんか?」
「さっきご飯食べたからだいじょーぶ」
この一週間ですっかり動けるようになったアースさんは、基本私の傍に居るがたまに城の中を徘徊しているそうだ。
今回は厨房に行ったのか、クラヴィスさんから離れてふわふわとこちらに飛んできたアースさんの両手には、大量のお菓子が入った袋が握られていた。
見たところ教えはしたが完成していなかったお菓子もあるようだ。私が寝てる間に色々作ったみたいだねぇ。また見に行こっと。
にしてもアースさんが持ってきたお菓子の袋、明らかに体より大きいんだけど、全部食べられる?
「なら遠慮なく頂こうかのぉー」
質量保存の法則も何のその。
迷う事無くベッドの横に作られた専用の空間に着地したアースさんは意気揚々と開封し始める。相変わらず自由だな。
小さい体を器用に使い、顔ぐらいあるお菓子をはぐはぐと食べだしたところで、いつの間にか近くにいた気配に笑顔を向けた。
「おはようございます、パパ」
「……おはよう、トウカ。熱は下がったと聞いたが、体調はどうだ?」
「まだちょっと怠いけど、もう大丈夫です」
私が倒れていたのもあるが、後処理等で忙しく、ここしばらく会っていなかった顔を見て自然と肩の力が抜ける。
聞いた話じゃ夜とかにお見舞いに来てくれていたようだが、私の意識が無かったのでノーカンです。
というか、パパンこそ少し顔色が悪く見えるけど大丈夫なのかな。元々白いけど普段より青白いぞ。
ちゃんと寝てるのか聞こうとする前に、シドが持っていた花束を取って私に差し出し、問答無用で受け取らせてきた。わざと遮ったな?
「庭師から預かった見舞いの花だ」
「……お礼言いに行かなきゃですねぇ」
「今日は止めておきなさい。まだ熱が下がったばかりだろう」
「はぁい」
人に言うなら自分も無理しないで頂きたいが、この人が動かなければならない状況なのもわかっているので大人しく受け取り、外の空気を纏う花束に顔を寄せる。
花の種類は枕元に飾られている物とあまり変わらないが、今日はエディシアの花を多めに包んでくれたようだ。
どれも丁寧に処理してくれていて、棘一つ無い花々は心地よい香りをもたらしてくれる。
多分毎日花を贈ってくれてたんだろうし、お礼ついでにそろそろ動きたいんだけど、止められては仕方ない。
だがしかし、幼女の体はどうにも動かしにくく、ずっと動かないでいるとどうにか掴んだコツを忘れてしまいそうなんだよねぇ。
今日はダメなら明日は良いかな。これ以上怠けてると後が怖いぜ。
「話せそうなら少し、聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「攫われた時のことを聞かせて欲しい。勿論、辛いなら話さなくとも良いが……」
「あぁ、それぐらい平気ですよ」
この時間帯は忙しいだろうにわざわざ来たってことは何か用があるんだろうなとは思っていたが、やっぱりそのことか。
手掛かりが無いか求めながらも私を気遣うクラヴィスさんに軽く笑っておく。
だって捕まった時には気を失ってたし、捕まった後も部屋で放置されてただけだったみたいだし。
強いて言えば隠し通路が怖かったけれど話せない程辛い事でもなく、明るく言えばちょっとした冒険のようなもの。むしろ気遣うべきは控えている彼女達だ。
さて、手掛かりになりそうなのは前領主とその従者の会話ぐらいだよね。隠し通路は特に何も起こらなかったし、詳しく言わなくていいでしょ。
前領主達の会話の内容は事細かに伝え、転んだことなどは省きつつ、シドと合流するまでのことを話し終える。
クラヴィスさんが口元に手を当て考えている間にちらっと周りの様子を見てみれば、顔色は悪いものの一応大丈夫そうで、こそっと息を吐く。
腕と足を縛られて寝かされてたって言った辺りで、足でもぶつけたのか派手な音がしていたけどね。気にしたら終わりな気がするから気にしない。
「……狙われたのはトウカで間違いなさそうだな」
「一体何が目的なんでしょうねぇ」
フレンに差し出されたカップを傾けつつ、心からの疑問を零す。
クラヴィスさんは王都の誰かと揉めているようだし、実力もあって従魔師でもあるからまぁ狙われる理由はありそうだが、私は世間からすればただの子供だ。
異世界の人間であることをはっきり知っているのはクラヴィスさんだけだし、もたらす知識も公にはクラヴィスさんが主体に発明した物だとされていて、出所が私だと知っている人は限られている。
魔盲だから狙われたっていうのもなぁ……いくらなんでも領主の娘を狙うほどなのかが疑問である。リスクが高すぎるでしょ。
潤した喉から漏れ出た欠伸を噛み殺し、段々働かなくなってきた頭で色々考えてはみるが、どれも微妙な引っかかりを覚えてしまう。
クラヴィスさんなら見当がついてるのかなと様子を窺うも、何も言わず頭を撫でられた。
「魔導士の行方は掴めていないが、城には新たな結界を張ってある。
城内の安全は確保しているから後は私に任せて、君はゆっくり休みなさい」
誤魔化そうとしたけど流石に気付くか。
優しい手付きで頬を撫で、離れていったクラヴィスさんがそのままシドを連れて部屋を出ていく。
シドが一礼して扉を静かに閉じた途端、フレンが問答無用でカップを取り、アンナが私の体をベッドに横たえた。疲れてても横になるぐらいは自分でできるって。
あんな事件があったから仕方ないとは思うが、なんだか皆、過保護になってないかこれ。シーツなんて被ろうとする前に掛けられてたんだけど。
まさか魔導士が捕まるまで城の外に出してもらえないなんてことは無いよね? 流石にそこまではしないよね?
何から何までお世話されてしまう現状に思わず遠い目になっていると、私の心情を察したらしいアースさんが傍に移動してきた。
「もうあのような事が起こらんよう、ワシらで対策しておるところじゃ。
いずれノゲイラ全域にも結界を施すから安心せい」
「全域? 結界って広く張るの難しいんじゃなかった?」
「この地に流れる魔流を用いて、ちょいとな。
あの魔力で操られておる者は全て弾いてやるわ」
何だか知らないところで大規模な対策が進められているようだ。
魔流ってそんなにホイホイ弄って大丈夫なんだろうか。そういう強大な力に手を出して後に大惨事っていうのはお決まりのパターンだぞ?
アースさんが関わってるなら心配しなくても良さそうだとは思うが、口元にお菓子の欠片を大量にくっつけてるのを見てると不安になってくる。
「とはいえ自らの意志で動いておる者には効かんから、そちらは自分達で対処せねばならんがのぉ」
色々聞きたいが体力の限界が近く、今日のところは諦めようと目を閉じた時、困ったように呟かれ重い瞼を無理やり上げる。
今ここでそういうこと言うと、やる気出しちゃう子が一人いるんだよなぁ……。
この龍が狙ったのか知らないけれど、様子を窺うべく枕に預けた頭を動かせば、予想通りフレンが両手を握りしめて決意を漲らせていた。あらら。
「やはり、強くならなければ……!」
「うーん……フレンって腕とか細いし、そういうの向いてないんじゃないかなぁ……」
「お嬢様、重要なのはやり方とやる気ですわ」
「魔力が少ないなら体術を中心に鍛えてみる? 丁度良い人材もここにいるしねぇ?」
「……まさか俺のことっすか」
「私もアンナも魔法を用いた戦い方を得意としておりますもの。
常にその身一つで戦っている貴方が適任でしょう?」
「ぜひ! お嬢様、見ていてください! 私、必ずお嬢様を守る拳になってみせます!!」
「アーウン、ガンバッテー」
「いや俺はやらねぇっすよ? なんかまとまった感じ出すの止めてもらえます?」
握りこぶしを掲げているフレンに適当に返し、顔を顰めてこちらに助けを求めようとしているウィルを無視して今度こそ目を閉じる。
こちらの予想通り誰かが私を狙っているのなら、傍で仕えているフレンも危険な目に遭う可能性は十分にある。護身術ぐらいは身に着けていた方が良い。
それに何より、やる気のある人を止めるのって一苦労なのよね……私はもう眠いんだ。
ウィルには悪いが後のことは任せてしまおうと、私は逃げるように夢の世界へと旅立った。おやすみなさーい。
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