隠し通路の先で

 暗闇の中を進み続けてどれぐらい経っただろうか。

 先が見えず延々と続いているように思える通路に自然と鼓動が速まる。

 落ち着こうにも呼吸をすれば埃臭さと湿った空気に噎せ返りそうで、涙目になりながら足を進めた。



 思っていたより長い梯子を休憩しつつどうにか下り切ったと思ったら、今度はお先真っ暗な通路だよ。

 結界を張れば明かりにならないかなとも思ったけど、あの時に魔力を使い果たしたのか全然反応しないんだよねぇ。何も見えぬ。

 今のところ分かれ道とかは無いから迷ったりはしてないけど手探りで進むしかないし、たまに物が置いてあるのか躓いたりするしで嫌になる。


 しかも見えてないから何とも言えないが、手やら足やらあちこちがヒリヒリしている。絶対怪我してるよ。

 きっと錆とか土とか埃とかで大変な事になってるんだろうなぁ。

 化膿が怖いから洗いたいのだが、水なんてあるわけないので我慢するしかないという。悲しみ。



「うー……まだ続くの……」



 部屋で確認した方角と私の感覚が合っていれば、ずっと東に向かって進んでいるはず。

 窓から見た限り森しか無かったよねぇ……森の中で一人とか、そっちの方が死亡フラグ立ちまくりじゃないかな。

 かといって今更引き返るのは無理だ。あの梯子を上る体力が無いし、幼女の握力はもう限界を迎えているんだもの。

 もう後戻りできない……のはわかってるけど、暗いし痛いし終わりも見えないし泣くしか無くない?


 許されるなら大声で泣きわめきたいぐらいだ。

 どこかに見張りがいる可能性があるからしないけどさぁ。



「……? あれは……」



 心の中でぶつくさと文句を言っていたら、遠くの方に光が見えた。

 もしかして出口だろうか。思わず走り出しそうになるが、何か縄のような物を踏みつけてしまい思いとどまる。

 ホント、何でこんな暗い所に物を置きまくってんだ。物置にでもしてたの?


 ここで転んで怪我を増やすのは避けたいので、変わらず手探りでゆっくり進む。

 進むにつれて周りが見えるようになってきたと同時、光の先で風に揺れる木々がはっきりと見えた。



 ようやく明るい所に出られると、ほっと一息吐いたのもつかの間。

 通路の先から聞こえてきた人の声に息を止めた。



「ったく……気味わりぃなお前」



 咄嗟に近くにあった木箱に隠れ、口元を両手で押さえる。

 大丈夫。隠れているから相手は私に気付いていない。

 そう自分を落ち着かせ、恐る恐る木箱から少しだけ顔を出して様子を窺う。


 出口の左右に人影が一つずつ。先ほどから聞こえてきた声は左の男だろうか。

 居心地悪そうにそわそわとしている男と違い、右に立つ小柄な人物は微動だにしていない。

 離れていて内容ははっきりと聞き取れない。男が話しかけているようだが聞こえる声は一人分だけだ。

 あの二人はほぼ間違いなく見張りだとして、返事が無いってことは……相手に無視されてるのか? 喧嘩でもしてる?



 逃げ道が無い以上どうにか突破したいところだが、辺りを軽く探っても落ちていた木片や小石ぐらいで、武器になりそうな物は一つも無い。

 投げて遠くで物音立てて注意を引くというのも考えたが、位置的に投げたらむしろ私の場所を知られてしまうだろう。


 これは、隙ができるのを待つしかないか。

 幸い向こうはこちらに気付いていない上に、仲が良いわけでもない様子。

 仲間割れでもしてくれないかな。片方でもいなくなってくれればまだ希望を抱けるもの。



 覗き見るのを止め、木箱を背にして壁へと寄りかかり浅く息を整える。

 正直なところ幼女の体は限界が近いのよね。体中痛いし暗いしで幾ら中身が成人してたとしてもそろそろキツイ。

 しかもやっと出口だと思ったらあの見張りだ。少しでも気を抜くと倒れそうな気がする。


 ここからは持久戦だ。いつどう動くことになるかわからないのだから、今は隙を探りながら体力を温存しなければ。

 そう身構えたのだが、唐突に男の悲鳴と轟音が鳴り響いて思わず飛び上がった。



 木箱に背中がぶつかりそこそこ派手な音を立ててしまったが、それよりもこの轟音だ。

 一体何事かと再び出口の方を見れば、見張りの二人が立っていた場所が激しい炎に包まれていた。


 燃え盛る炎に城で見た紅がちらついて、震える体を無理やり動かし物陰で縮こまる。

 何が起きている。まさか本当に仲間割れが起きたのか。それとも、誰か来てくれたのか。

 確認したくとも体が固まり動けずにいると、轟音が鳴り止み、静まり返った暗い通路に一人分の足音が鳴り響いた。



 一歩一歩、着実に近付く足音に指輪を握りしめる。

 それなのに、必死に押し殺した息が聞こえてしまったのだろうか。

 間近で止まった足音に、呼吸も震えも、何もかもが止まった。



「──お嬢様」



 願望が届けた幻聴だろうか。

 居ないはずの聞き馴染んだ声がして、自然と顔が上がっていく。

 そこに居たのは、剣を片手に息を切らすシドだった。



「し、ど……シド!」


「……はい、お嬢様。遅くなり大変申し訳ございません」



 眉を下げ、私の傍に跪いて微笑むシドの姿にどっと安心感が湧き、先ほどまでの恐怖が吹き飛び衝動的に抱き着く。

 シドは持っていた剣を地面に突き刺し、両腕で軽々と私を抱き上げた。



「シドだぁ……この不安定さ、間違いなくシドだぁ……!」


「そこで判断なさいます?」



 覚えのある不安定さに心の底から安心していたら、苦笑と共にちょっとした突っ込みが入れられた。

 だって見た目はちゃんとしてるはずなのにどことなく安定しないんだもの。その独特さが今は安心する。

 あー安心したら涙がぽろっと出ちゃった。元々涙目だったし致し方ないね。

 子供にしては滅多に泣かないからかシドが顔色悪くなってるけど、致し方ない致し方ない。



「もうご安心ください。私が命に代えても主の元へお連れ致します」


「命に代えないで、一緒に帰るんだよ」


「……はい、必ず」



 ようやくまともに息ができ、溢れた涙を軽く拭っていると、真剣な様子でそう言われてすぐさま一部否定する。

 私が攫わられたことに責任を感じているのかなぁ。悪いのはあの前領主だっての。



「それにしても良くここがわかったね。隠し通路なのに」


「それは──「ワシじゃよ」



 命だの責任だの、どうしてこうも空気が重いのか。

 せっかく会えたのだから明るくしていたいと、話を変えたくてふと思った疑問を口にすれば、シドではない誰かの声がした。


 とても聞き覚えのある声が、とても近くから聞こえたんだけど、聞き間違いだろうか。

 どう足掻いても居るはずの無い存在しか頭に浮かばなくてきょとんとしていたら、声の主はシドの襟元から現れた。



「良くぞ無事じゃったなトウカ。

 お主の気配が動いた時はひやひやしたぞ」



 ひょっこりと現れた小さな龍が小さな片手を挙げて振っている。

 そしてほっと息を吐き安堵を露わにしたと思えば、するすると私達の体を伝って私の首へと緩く巻き付いた。

 あ、ちょっぴりひんやりする。なんて現実逃避しかけたが、シドが地面に刺していた剣を抜き取った振動にハッとした。



「……アースさん、縮んだ!?」


「ほっほっほっ、驚いてもらえて何よりじゃ。

 クラヴィスなんぞ一瞥して『そうか』だけじゃったからのぉ」



 ちと寂しかった、としょんぼりしている蛇サイズの龍を横目にシドへと目線を送るが、軽く首を横に振られる。

 このおじいちゃんは一体何をしたの? 翻訳魔法が無いのに言葉わかってるんだけど?



「まぁ、まずは外に出て、トウカの手当をしながら説明しようぞ。シドもそれで良いか?」


「異論ありません」



 アースさんの言葉にシドが頷き歩き出す。

 何が何やらわからぬまま揺られていると、すっかり拓けた出口付近では灰が風に吹かれて散って行っていた。

 ……うん、何も言わない。ただ心の中で手を合わせておこう。



 やっと出られた明るい場所に思わず手を翳して目を細める。明るいって素晴らしい。

 あの通路は地下を掘って森へと繋げられていたようで、石造りの階段を上っていくシドに移動を任せて辺りを見る。

 ほとんど手が付けられていないだろう森の中、恐らく木々で隠していたはずの通路は清々しいほど露わになっていた。


 周りが一切燃えていないからそこだけ燃えたって感じだけど……シドがしたんだろうなぁ。

 その気になればいつでも灰にできてしまうんだなぁ……。



 これ以上はあまり考えない方が良いね。精神衛生上良くないわ。

 そうちょっぴり遠い目をしていると、シドが私を近くに置かれていた木箱へと降ろす。

 最近ここに置かれたらしいその木箱はとてもしっかりしていて、私が乗ってもびくともしなかった。

 前領主もいざとなったらあの隠し通路を使う気でいたのかもしれないなぁ。



「お嬢様、失礼致します」


「はーい」



 私の前に再び跪き、まるで自分が負ったように痛々しい顔をして頭を下げるシドに大人しく返事をする。

 シドの気持ちはわからなくもない。

 何せ手は錆びと汚れと血でドロドロになっていて、足も躓いた時にでもぶつけたのか痣やら擦り傷やらの大判振る舞いだ。

 服も改めて見なくともわかるほど汚れているし、こんな子供を見たら誰でもそんな顔になっちゃうよ。


 こうして改めて自覚すると余計に痛いなぁ。

 ずきずきと痛む両手を取ったシドに身を任せると、出番とばかりにアースさんが口を開いた。



「では、説明するとしようかの」


「……簡単にお願いしまーす」



 魔法で水を作り出し、汚れを丁寧に落としてから手当をしてくれているが、痛いものは痛い。

 しかも安心したから先ほどから凄まじい脱力感が襲ってきているのだ。頭働かないです。



「なに、そう身構えんとも簡単なことじゃ。

 ワシは本来、力が強すぎてお主らの傍にはおられんじゃろう?

 しかしいくら契約があるとはいえ、傍におった方が何かと都合がつきやすい。

 そのため力を分けたこの分体を作ったのじゃ」


「もしかしてあの卵?」


「その通り。あの魔石を核に魔力とワシの鱗から肉体を作ったんじゃよ。

 何やら今朝からクラヴィスの様子がおかしいと思い無理矢理孵化を早めた故、今は一人で動くことも儘ならんが、数日経てば問題無く動けるようになるじゃろう。

 とはいえ分体じゃからなぁ。本体に比べれば大したことはできんが……そうじゃな。先ほどシドが使っとった魔法ぐらいなら扱えるぞ」


「……あれは私が使える中でも最上位の魔法なのですが」


「む? そうじゃったか」



 二人の言う魔法はあれか。あの炎のことか。数秒で灰になるぐらいだし相当難しい魔法なんだろうね。

 暖かな光と共に傷跡一つ無く治療されていく光景を見ながらふーんと理解を示しておく。

 いやいやわかってますから。そんな怪訝な顔してこっち見ないで。ちゃんと聞いてるから。元々魔法が良くわからないだけだから。



「それで、何じゃ? シドがあの場所に居た理由か。

 お主を連れ去った者があの屋敷におるのはこの者達が調べ上げておったが、お主がどこにいるかまではわからんとなってな。

 丁度そこで目覚めたワシがトウカの元へ案内してやろうとしたのじゃよ。

 ワシはお主の縁を守っておる。その繋がりを辿れば居場所がわかるからの」


「魔力を頼りに探そうにも、お嬢様には魔力が無く、主の指輪も魔力切れのようでしたからね……。

 ですがアース様のおかげでどの部屋にいるかわかったので、その部屋に続く隠し通路へと向かったのです。

 屋敷内に侵入できますし、上手く行けばお嬢様も奪還できると。

 道中アース様からお嬢様が動いているとは聞いて焦りましたが、まさかお一人で隠し通路を通っていたとは思いもしませんでしたよ」


「いやぁ……部屋漁ってたら見つけたからさぁ」



 最後は咎めるように言われ、思わず治った右手で頬を掻く。

 私が隠し通路を使ったおかげでシドの想定より早く合流できたはずだけど、これだけボロボロなら怒りたくもなるよねぇ。

 でも私だって頑張ったんだと言いたいが、ここは話を逸らすが吉だな。



「それでアースさんの、本体って言えば良いの? そっちはどうしてるの?」


「本体は本体で動いておるよ。今はノゲイラで暴れる魔物共を始末して回っておる。

 ルーエとやらがそろそろ限界のようじゃが、今片付けている分で終わりじゃから問題無かろう」


「ルーエが、何って!?」


「魔物の始末ついでに兵達を回収しとるんじゃが、説明しようにもワシでは混乱させるだけじゃろう?

 だからその者を連れて行ったのじゃが……やはりワシの魔力は堪えるようじゃなぁ……あの城でも魔力に耐性がありそうな者を選んだのじゃが……」



 話を逸らしたかっただけなのに、思いもしなかった人物の名前に大きな声が出る。

 限界とは、まさか命に関わる状態ではなかろうか。

 不安で血の気が引いている私に気付いたアースさんが慌てた様子で首を振った。



「心配せんでもちと疲れとるだけじゃ。治療もしておるし、終わり次第ちゃんと城へ送り届けるとも」


「……無事なんだよね、みんな」



 ルーエはアースさんと居る。それなら他の人達は、私を庇った彼等はどうなった。

 自分の安全が確保されてようやく周囲に気が回った私に、シドはただ大丈夫だと言わんばかりに微笑むだけだった。



「負傷者はいますが、死者は一人もおりません。

 皆、後遺症も無く治るでしょう」


「そっかぁ……良かったぁ……」



 自然と力んでいた両手を緩める。

 そりゃあ、ね。攫われてまずは自分の身の安全だとは思っていたけれど、色々あったとはいえ彼等を思い出すのが遅すぎやしないか自分。

 なおかつ彼等は私のことを身を挺して守ってくれていたわけで……何だろう。自分を守るために誰かが危ない目に遭うなんて、慣れたくないなぁ。


 罪悪感なのか何なのか。うっすらと翳る心に溜息を吐いていると、粗方治療が済んだらしくシドに他に痛い所等無いか問われ、体を見下ろす。

 痛みは無く、見たところ怪我も無い。服の汚れは仕方無いにしろ肌に付いていた汚れも落としてくれたようだ。すっきりです。



「それでは主の元へ帰りましょう、お嬢様」


「うん……早く帰りたいわ」



 抱き上げられ、相変わらずの不安定さに身を任せてぽつりと零す。

 兎にも角にもクラヴィスさんに会いたい。そして皆の様子をこの目で確かめたい。

 そうでもしないと心から安心できないと、シドの服にしがみつけば彼は私をしっかりと抱きかかえ、勢いよく地を蹴った。

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