困った時の力技

 ──開け放たれた扉の外、一人の男が怒鳴り声を上げる。



「あの者は一体どうした!」


「そ、それが……自分は動かないと……」


「なんだと!?」


「ひぃ! お、お許しを……! ゴードン様……!」



 小さく漏れ出た悲鳴は手下の物か。

 苦し気な声が告げたのはノゲイラの前領主、ゴードン・パラダイムの名だった。



「状況は伝えたのか! 何故迎えを寄越さん!?」


「つ、たえました……! 包囲網が敷かれていると!

 ですがまだ準備ができていないからと……!」


「あいつは、一体何様のつもりなのだ!!」



 既に処刑されたはずの者が生きてノゲイラに居る。

 本来ならあってはならないことだ。しかし当の本人達には関係無く、あの者と呼んだ誰かの協力が得られず怒りを露わにしていた。



「……周囲はどうだった。退路は見つけたんだろうな……!」


「あの者達が探しているのですが……まだ……」


「役立たずが!!」



 そう吐き捨てた前領主は手下に苛立ちを叩きつけたようだ。

 激しい音と共に倒れこみ、手下は痛みに小さく呻いている。



「いつまでもここに隠れてはいられん……こうなったらあの娘を囮にしてでも」


「それはなりません! あの娘が居ないと我々が!」


「っ、ならばどうするというのだ! 道は無く、手立ても潰された! 他に策があるとでも!?」



 窮地に追い詰められているからか、男が息を荒くして部屋に入ろうとするのを手下が慌てて止める。

 その口ぶりからして何があろうとも連れ去った子供が必要らしく、男もわかっているため更に怒りを増して叫んだ。



「もういい! お前も探してこい! 誰がお前の命を生かしてやったかわかっているのか!」


「い、今すぐに!」


「全く……魔盲の子供如きのために私が命を掛けねばならんなど、馬鹿げているにもほどがある……!」



 癇癪を起した主人の指示に、手下はバタバタと大慌てで走り去る。

 腕も足も縛り放置している子供へと忌々し気に独り言ちた男は、派手な音を立てて扉を閉めていく。

 そうして辺りがしんと静まったところで私は痛む体を無理やり起こした。



「……随分とお喋りだこと」



 おかげで色々わかったんだけどさぁ。情報漏洩ってわかんないのかしら。

 だから汚職がバレて捕まったんだろうけど。


 後ろ手にされなかったのは解かれても問題ないとでも思っているのか。詰めが甘いったらありゃしない。

 両手首を縛っているのはただの質素な布で、自由な口を使ってどうにか解く。

 足も縛られていたが手さえ自由になれば問題なく、難なく自由の身になれたところで強張る体を軽く動かした。




 城を襲い、私を連れ去った犯人がまさか王都へ連行され処刑されたはずの前領主、ゴードン・パラダイムだったとは。

 埃を被った家具は城にもあるような高そうな物で揃えられている辺り、どこかの使われていない屋敷に潜んでいるんだろうか。

 焔に呑まれたところまでは覚えているけれど、ここに至るまでのことはすっぽりと抜け落ちてしまっている頭を捻る。


 現状わかっているのは、前領主が私を城から連れ去ったは良いが、逃げ道を全て塞がれており一旦ノゲイラのどこかに潜んでいること。

 そして当てにしていた協力者に裏切られた、というか間に合わなかったのか、協力を得られず詰んでいること。それぐらいか。

 ウィル達は無事なのかすごく心配だけど、今は自分のことを心配すべきだな。



 どうやら相手は逃げようにも私が居ないと困るらしい。

 あれだけ邪魔物扱いされていながら拘束するだけで傷一つ無いってことは、生きている方が都合が良いんだろう。

 何が目的なのかさっぱりわからないが、ここで私が逃げるなり隠れるなりすれば時間を稼げるだろうか。


 きっとクラヴィスさん達が助けに来てくれる。それまで私は私にできることをしよう。

 彼等がここを探し出すまで、私を見つけてくれるまで、かくれんぼと行こうじゃないか。



「さて、と……どうしよっかなぁ」



 奪われず胸元にある指輪を握りしめてベッドから静かに降りる。

 相手は見た目が子供だからすっかり油断してくれているようだが、捕まっている以上、外には見張りが付いていると思っておいた方が良い。

 真っ向勝負で扉からの脱出は諦めるとして、他の脱出経路となるとやっぱり窓か。


 近付いた窓は見るからに重そうで、幼女の力では簡単に開きそうにない。

 体当たりとかすれば開くかもしれないけどなぁ……物音を立てたら動いてるのに気付かれちゃうから止めとこう。やるとしても最終手段だな。



 近くにある家具を踏み台にして外を見るが、山と森と川しか見えない景色に溜息を吐く。

 せめて人が住んでそうなら助けを求められたかもしれないが、近くに誰か住んでいる様子は一切ない。

 分かったことなんて、山の形からしてあの山はノゲイラの東にあるオフィック山脈で、ゲーリグ城から見るより近付いているから東に来ているんだろうってことだけだ。

 確かなのは方角だけとか、前領主だけでなく私も詰んでるよ。どうすりゃいいんだ。



 窓から出るにしても閉じ込められた部屋は三階のようで、幼女が飛び降りるには高すぎて無理だ。

 良くあるカーテンやシーツなんかを結んで脱出、なんてのも幼女の体では危険過ぎる。

 縛るのも掴むのも幼女の握力じゃ不安しかないよ。落ちて骨折でもしたら逃げる所の話じゃなくなる。


 扉はダメ、窓は危ない、屋根裏なんて探すよりもまず届かない……あと考えられるのは抜け道とかだろうか。

 見たところ誰かの屋敷なわけだし、隠し通路なんかはありそうだよなぁ。ゲーリグ城にだって幾つかあるんだからあってもおかしくはないでしょ。



 しかし隠し通路というのは隠しているからこその物。

 何の手がかりも無く探すのは無茶だよなぁ。本当にあるかもわからないんだし。


 そういった通路や抜け道は最後の命綱のため巧妙に隠されていて、設計図にすら記されていないことが多く、改築なんかをする時にすごく面倒な物だと聞いている。

 命を奪いかねない仕掛けがあったり見つかったら困る物を隠してたりするから調査が必要なんだそう。

 魔法で探せなくはないけど罠に引っかかりかねないから、基本地道に探さなきゃいけなくて面倒なんだって。クラヴィスさんですら嫌そうにしてたぐらいだ。

 前に砂糖の工場予定地にある屋敷を調査することになってシドが溜息を吐いてたわ。



 確かあれはテシルにある領主の別邸だったかな。

 三代前の領主、つまり前領主の祖父が建てたものでほとんど使われてないのに、やけに隠し通路が多いとかなんとか。

 そういえば……テシルはノゲイラの東にあって、別邸の近くには川が流れてたっけ……?



「もしかしてここ、その別邸じゃ……?」



 家具からそぉっと降り、部屋の隅から隅まで手当たり次第探し回る。

 ここが本当にテシルの別邸なら、クラヴィスさん達ですら嫌になるほど仕掛けがあるだろう。

 こう、床の一部にとっかかりとか、壁が一部出っ張ったりしてないかな。後は何だ、本棚とか。

 元の世界で定番だった仕掛けを思い出しつつ埃まみれになることしばらく、壁と床に妙な隙間があるのを見つけた。


 ベッドの影になっていてとても見辛いが、絶対これ何かあるでしょ。

 軽く叩いてみたら明らかに周りの壁と音違うもん。私知ってる。そういうとこは爆破するの。



 流石に爆破はできないが動きはするんじゃなかろうかと触ってみたり押してみたりしたが反応は無く、目を凝らして周りを見てもスイッチの類はない。

 他に定番の動作と言えばやっぱり爆破しか思い浮かばないんだけど……衝撃を与えてみるとか?

 なるべく音を抑えるため、手のひらであちこち叩くが相変わらず微動だにしない。まさかただの隙間か? 不良物件なのか?


 いつ誰が戻って来るかわからない今、無駄な時間を過ごしている暇はないのに、ハズレを引くとか最悪じゃん。

 静かにした方が良いという冷静さより追い詰められている苛立ちが勝り、八つ当たり気味に拳を叩きつける。

 するとカチッと音がして壁が奥へと凹んだ。おんやぁ?



「力は全てを解決する。きっとそう」



 単に幼女の力が弱すぎたらしい。衝撃がスイッチとなって大人一人がどうにか通れる程度の範囲が凹み、横へとずらすことができるようになった。

 中を覗き込めばちょっとした空間に宝石箱やら古びた手紙などが積まれており、その奥には下に繋がる鉄製の梯子がある。

 梯子の先は暗闇しかなく何も見えないが、外に繋がっているのか風がうっすらと吹いている。

 見つけたは良いけどこれを進むのはとてつもなく勇気が必要だなぁ……!?


 見たところ随分古びて錆びているが突然折れることとかは無い、と思いたいんだけどこれはどうなのか。えぇ……怖いんだけどぉ……。

 しかし他の道を探している暇は無いし、ここに隠れるっていうのも埃のせいで痕跡が残っているためすぐ見つかるだろう。

 行くしかないのかこの道を……い、一歩一歩確認して降りよう。その方がまだ安全な気がする。



 緊張と恐怖が入り交じっているが、生唾ごと呑み込みそろりと隠し通路へと入る。

 梯子の位置をしっかり把握し、壁を元に戻して押し込めば、再びカチッと音がして真っ暗になった。

 何にも見えないよぉ……手探りで進むしかないのか……もう後悔しちゃってるぜ……。

 靴が錆びた鉄に擦れる音と自分の息しかしない中、泣きそうになりながら梯子を下りて行った。パパンマジで早く助けにきてくれ……!

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