傍迷惑な紛れもの

 変わらず鳴り続ける鐘の音と城内の騒がしさに自然と目の前の服にしがみつく手の力が強くなる。

 恐怖なのか緊張なのか、それともどちらもなのか。

 震える手と駆ける心臓を抑えたくて浅く呼吸をしていたら、そっと背中を撫でられた。



「大丈夫っすよ。

 魔物相手に死ぬような連中じゃねぇし、主は誰よりも強い方っすから、すぐ帰ってきます。

 そうすりゃこの騒ぎもすぐに収まりますって」


「……そうだね。城内の混乱の方が大変そうだもん」


「あー……ま、人手不足が祟ったんでしょ。

 人材があっても育成まで手が回ってねぇから、多少の混乱は仕方ねぇとは思うんすけど……こりゃひでぇや」



 これ以上心配かけないよう、笑顔を務めて頷けばウィルも困ったように笑って周囲を見渡す。

 先ほどから城が攻められている、領主が倒れた、どこそこの村が滅びた、王都が陥落した等、辺りには不確かな情報が飛び交っている。

 しかもクラヴィスさんがここにいたのを知ったと聞いて人が大勢集まっているようだ。

 姿の見えない彼の代わりが欲しいのか、幼子でも領主の娘だからか、不安に駆られた使用人や何をすればいいのかわからなくなった武官が集まり、私に指示を仰いでくるのにそっと息を吐く。



「シドかカイルは居るのよね?」


「ルーエさーん、俺今わかんねぇっす」


「少々お待ちくださいね……執務室にカイル様が、シド様は城壁の方に向かっているようです。

 シド様は武官らしき集団も連れているので周辺の警備かと」



 そりゃあ立場はあるけど見た目幼児の私に指示を仰ぐって、混乱にもほどがある。

 クラヴィスさんが不在ならば誰かが指揮を執っているはずだと思い訊ねれば、ウィルが近寄って来る人を抑えていたルーエへ促す。

 ただ単に意見を聞こうと思っただけなのだけど、どうやら離れた場所でも人探しができるらしい。

 ウィルは今はできないようだが、魔法を使って探してくれたらしいルーエにはっきりと答えられた。



「フレン、武官は自分の持ち場かシドがいる城壁へ。

 それ以外の人は代表者が執務室に行ってカイルに指示を仰ぐよう伝えて。あ、代表は貴女が二人指名してね」


「わかりました! みなさーん!! 私の声を聞いてくださーい!!」


「残った人は食堂で役職別に固まってもらおっか。

 アンナとルーエで仕分けてくれる? ウィルはあそこの挙動不審の人のとこに連れて行って。とりあえず落ち着かせなきゃ」


「ですがお嬢様、それではお嬢様がお部屋に行くのが遅くなってしまいます」


「私は後。とにかくこの混乱を抑えるよ」



 鐘の音にも負けない高らかなフレンの声を聞きながら指示を出し、不服そうなアンナにきっぱり告げてウィルの服を引っ張り動くよう催促する。

 これだけ集まっている人を押し退け自分だけ安全な場所に行くのは気が引けるし、何よりこの状況を放っておいて後で問題になる方が困る。

 いざという時に動けなかったら大変じゃん。誤った情報を鵜呑みにして更に混乱が広がればそれこそ敵の思うつぼだろうし。

 ウィルもアンナと同じ意見だったようだが、じっと見上げる私に根負けしてくれたのか溜息一つ零して歩き出してくれた。ありがとね。



「──さっき大型の魔物が南部に現れたって……! 本当なんでしょうか!?」


「貴女は確か南部の、コーロ村出身だったね」


「コーロ村周辺の魔物は討伐完了って報告が入ってるっすよ。

 怪我人はいるが死傷者無し。大型は西部以外では未確認っすね」


「本当に? 姉は、皆は無事なんですか……!?」


「きっと大丈夫。だから今は落ち着いて、ね?」


「は、はい……取り乱してしまって申し訳ありません……」


「いいのいいの。お姉さん、子供が生まれたばっかりなんでしょ? それは心配になるよ」


「お、覚えてくださっているんですか? 私だけでなく、家族のことまで……!」


「前に姪が生まれたってお休みとってたからね。覚えてるよー」



 家族は無事だと聞いて少し落ち着いたのを見計らい、大丈夫だともう一度声をかけてから食堂へと促す。

 何というか、混乱するのはわかるけどあまりにも情報が滅茶苦茶じゃなかろうか。

 さっきのような魔物の情報はまだわからなくもないんだけど、私が攫われたって聞いたとか言ってる人までいたし。目の前にいます。

 聞けば伝達で走り回っていた使用人に聞いたという人が多いし、一旦伝達で走り回ってる人を全員止めた方が良い気がしてきた。それぞれの持ってる情報の正しさが怪しすぎる。


 今もどこかで誰かが走り回っているのか、少しずつ増え続けている人達の姿に頭を抱えたくなる。

 今度はシドが死んだって? そう簡単に死ぬわけないじゃんあの忍者が。ウィルなんか鼻で笑っちゃったわよ。



 いっそのこと今この場に居る人達で情報伝達の体勢作ってしまった方が良いかもしれない。

 ウィルが時折影と思わしき人と情報交換しているおかげで情報源は問題ないし、人手も放っておいても集まりそうだもの。

 そうなると私は部屋に行かずここに残るか、ウィルに指揮を託して私達は部屋に行くかの二択だな。



「ウィル」


「俺はお嬢の傍に。

 この状態っす、何が起こるかわからないんで」


「そうなるよねぇ」



 試しに聞こうとしただけなのに、私の考えはお見通しだったようで聞く前にすっぱりと言い切られた。

 そうだよねー頑なに私を降ろそうとしないもんねーそうだろうなとは思ったよ。



「それに、向こうは追い詰められて攻勢に出たっぽいんすよね。

 そういったやつらは何をするかわかんねーっす。お嬢は嫌かもしんねーけど、大人しく抱っこされててください」


「嫌じゃないよ。何ならシドより上手だわ」


「そりゃどーも」



 誰かがすれ違いざまに渡した小さな紙に視線を落とし、眉間に皺を寄せながらも気遣いを見せるウィルに首を振る。

 冗談とでも思ったのか、ウィルは軽く笑って返してくれたがこれは本心からの言葉である。

 以前シドに抱えられた時とは違い、とても安定しているし、ウィル自身子供を抱きかかえるのに手馴れてる感がある。

 あまり表に出たく無さそうな彼に聞くことはしないが、奥さんや子供がいるようには見えないし、小さい子の面倒を見たことがあるんじゃないかな。


 多少落ち着いた周りに少しだけ余裕が出てきて余計な事を考えるが、小さく咳払いして切り替える。

 ウィル達の見立て通りなら相手が何をしてくるか分かった物ではない。窮鼠猫を噛むっていうもんね。

 全てが片付くまでは気を引き締めておかないと。そう思ったところで廊下を走っていく使用人の姿を見かけて思わず声を上げた。



「ちょっとそこの走ってる人! 止まって!」



 伝達なら一旦私達を通してもらおうか! と声を張り上げたのは良かったが所詮は幼女の肺活量だ。

 しかもがやがやと騒がしいから聞こえにくかったのか、止まらずに行こうとする使用人を他の使用人が気付いて止めてくれた。ナイス。

 何事かとまだ食堂に入り切れていない人達がこちらへと視線を向けてくるのがわかるが今は無視。とにかくこれ以上誤情報を回されるのは困るんだよ。

 ウィルが私の意図を察して使用人に近付いてくれた時、振り返ったその顔に思考が固まった。



「あの、何でしょう、お嬢様? 私、急いでる、ですが」


「伝達なら誤ったモンが大量に出回ってるんで、確認させてほしいんすけど」


「そう、でしたか。

 武官が数名、持ち場を離れてる、と聞いたので、お嬢様の指示を伝えよう、と」


「そうなんすか? とりあえず一度こっちで担当部署を──」


「──貴方、誰?」



 あちこちを走り回っていたのか激しい息切れをしながら答える使用人が動く前に問う。

 クラヴィスさんが王都に居る間、自らを囮に侵入者を炙り出していたあの時、私はシドに連れられて城に務める全員と会っている。

 それは問題を解決するためだったり、シドが相手を知るためだったのだけど、私も一緒に見て回ったのだ。

 その中に、今目の前に立つ使用人と同じ顔をした人は誰もいなかった。


 この数か月、王都から来た人以外で新しい人は雇っておらず、影の副長を務めるウィルが知らない顔をした者。

 そんな人がいるはずない。居ていいわけがない。ならば一体誰なのか。



 私の疑問を理解したウィルがすぐさま身構える。

 記憶違いか。記憶違いならそれでいい。それが良かった。



「もう一度聞くわ。貴方は誰なの」



 バクバクと再び駆けあがっていく心臓を抑え、黙っている使用人へ再度告げる。

 使用人のフリをしたその男は、私の問いに歪な笑みで答えた。



「取り押さえろ!!」



 ウィルが叫ぶよりも先に数人の使用人や武官が男へと飛び出す。

 突然のことに戸惑うだけの人達とは明らかに違う彼等は、全員クラヴィスさんが王都から連れて来た人達だったか。

 距離を取ったウィルに視界が遮られた瞬間、爆発にも似た激しい音と大きな衝撃が遠くから襲ってきた。



「お嬢様!」


「っお嬢、無事っすか?」


「う、うん……あの人は!?」



 一度だけではなく二度三度と続いた衝撃に、離れたところからフレン達の悲鳴にも似た声と、あちこちで転んだらしい声が聞こえてくる。

 ウィルが軽くよろめいただけだったので抱えられている私も平気だったが、あの男はどうなったのか。

 慌てて身を捩って見てみれば武官の二人に取り押さえられ、力なく床に倒れ伏している。


 逃げられずに済んだとほっとしたが、それはそれとして今の衝撃は何だったのか。

 誰かわかる人は居ないか周りを見れば、窓の外がやけに白けているのに気付いた。



「城の結界が作動してる……ってことは襲撃か。主の方は囮かよ」


「襲撃って、まさか魔物が城に!?」


「ルーエさん、わかるっすか?」


「えぇ、南側に魔物らしき魔力が群れを成していますわね。

 この妙な魔力……間違いなく例の魔導士でしょう」



 いつの間にか距離を詰め、私を守るように近くにいたルーエが宙に手を伸ばし青い光を操りながら呟く。

 各地の襲撃にクラヴィスさんをおびき寄せるための囮、そして城への襲撃だなんて、相手の勢力はどれほどなのか。

 状況からして間違いなくあの男は何か知っているはずだと男のいた方へと視線を向けようとしたが、何故かウィルに目隠しをされた。



「ウィル?」


「あー……お嬢は見ねぇ方が良いっす」


「何かあったの?」


「なんつーか、そうきたかーって感じなもんで」


「それじゃ何にもわかんないよ」


「お嬢様!!」


「お、丁度良いところに来てくれたっすね! カイルさん!」



 歯切れの悪い返事と共にどこかへ動いているらしいことしか伝わらない中、数人の足音とカイルの焦った声が聞こえて来る。

 「ここにもいたのか」と呟いたのが聞こえたけど、もしかして他にもあの男のように紛れているのが居たのかな。



「侵入を許した挙句、危険に晒したまま駆け付けるのが遅くなってしまい申し訳ございません!

 しかも本来なら私がすべきことでしたのに、彼等の混乱を治めた上に取りまとめてくださったとは……」


「緊急事態だからしょうがないよ。私は役に立てたかな?」


「それはもう、とても助かりました。

 情報伝達が阻害されてどうしたものかと考えていたところでしたが……おかげで人を集める手間が省けましたね」



 硬い手に覆われて相変わらず何も見えないままだが、カイルの申し訳なさそうな声が聞こえてきたので軽く手を振り答える。

 やっぱり誰かが嘘の情報を流していたらしいなこりゃ。シドの訃報を聞いた辺りで怪しいなとは思ったもの。十中八九さっきの男もその一人だろう。

 人を集めておいたのも功を奏したようだ。城内に残っている人がほとんどここに集まっていたっぽいもんね。



「カイルさん、後は任せます。

 俺達はとにかくお嬢を安全な場所に連れてかねぇと」


「そうですね……敵は予想以上に最悪です。

 お嬢様、何があっても主が帰って来るまで部屋を出てはいけませんよ。良いですね?」



 どこか焦った風に聞こえるウィルに、カイルが私の手を握って真剣な声色で告げる。

 さっきパパンにも似たようなこと言われたなー。そんなに大人しくできないと思われてるのかしら。心外だ。

 ちょっと普段の行動を改めた方が良いのだろうかと考えながら、カイルの手を握り返ししっかりと頷いた。



「皆のことお願いね」


「確とお任せください」



 カイルがいるなら皆も落ち着いて行動してくれるはず。

 問題はあの男の仲間がどれほどいるかなのだけど、足早に去るウィルによってそれ以上わかることは無かった。

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