鐘は鳴り響く

 エディシアから油と石鹸を作って約三週間。

 クラヴィスさんの指示の元、魔法による製造や搾取、製造ラインの構築など様々な事が順調に進められていった。

 同時進行で進められた調査によれば、北部のエディシアは固有種で間違い無く、他の品種より油を多く含んでいるようだ。

 それにあの時試した方法だと乾燥不十分だったのか、別の方法で乾燥させてみたら倍以上の油が搾取できたと聞いている。


 種と実を安定して収穫するために北部のエディシアの栽培を、今はどちらも大量生産できないけれどノゲイラの新商品として商人に扱ってもらえるよう話も既についている。

 私からしたらちょーっと色とか匂いが気になるけどね。まだまだ試作段階で精製についてはもう話してあるし、その辺りは今後に期待かなぁ。

 栽培に関しては領内の土壌改良の方も順調で、現代の農法も取り入れつつあるからエディシア含め将来的に色んな作物が採れるようになるだろう。楽しみ。



 私としては油菜とか大豆とか、トウモロコシといったサラダ油の原料になるのも育てたいし、香辛料なんかも育てたいんだよね。

 ノゲイラの気候柄難しいかなって思ってたけど、パパンに聞いたら魔法でどうにかなるって言われたし。

 何でも王都にある植物園は魔法で季節を再現していて、様々な国の四季折々の花が何時でも楽しめるんだって。

 植物園に携わったことがあるからノゲイラでも再現できるといわれました。ホント魔法ってなんでもありよね。


 大規模な魔法陣や管理のために施設など、準備が必要なのでしばらくはできないけど、余裕ができたら手を出してくれると約束してもらった。

 この世界の文明的に胡椒とか栽培できるようになればもう後はこっちの物だ。私が培った商売魂が勝利を確信してる。

 何事も資金が必要不可欠だからねぇ。手っ取り早く大金を稼いで早く色んなもの普及させたいんだよ。



 でも、警戒態勢が解けないうちは難しいのかなぁ。

 今もスライトが指揮を執って北部と西部を中心にノゲイラ全域の調査と巡回を行っているが、向こうもこちらの動きで察したのか、例の魔導士の痕跡は一切見つかっていない。

 その一方で魔物が数体討伐されていて、クラヴィスさん達の見立てだと魔法による支配が解けて群れからはぐれた個体だろうとの事だった。


 隠れられる場所は一つ一つ潰しているため見つけるのも時間の問題だと言われたが、嫌な予感が拭えないのは魔導士の行方が分からないからだろうか。

 あれからずっと漂い続けている不穏な空気に、真新しい銀のチェーンの先で鎮座する指輪を弄る。

 ペンダントを返した際にもらったこのチェーンには使用者に合わせて伸び縮みする魔法が掛かっているらしく、幼い私に丁度良い長さで指輪を繋いでいる。

 いざという時はこの指輪で身を守らなければならないのだが、果たして咄嗟の行動ができるかどうか。自信無いわぁ。



「お嬢様、お飲み物をお持ちしました」


「ありがとー」



 誰かに手伝ってもらって訓練でもした方が良いのかな。

 なんて考えながら昼食を終えると、目の前に綺麗な所作で食後の紅茶が置かれる。

 鮮やかな朱の髪を揺らして下がっていく侍女──アンナにお礼を言えば、澄んだ青の瞳をぱちくりとさせつつニコリと微笑んでくれた。

 下がった先には茶髪なウィルの他にも二人の侍女が控えていて、本当にお嬢様っぽいことになったなぁと一人頬を掻く。


 今までは人手不足のため、手の空いている侍女が持ち回りでしていてくれたのだが、本来貴族の娘には専属の侍女や侍従が付くものである。

 そのためクラヴィスさんは王都から来た彼女達に私の専属侍女になるよう命じたわけである。

 ウィルは今だ会えていないディーアの代わりと警護のためだが、専属ってまさにお嬢様って感じよね。実際そういう立場なんだけど。



 一人目はアンナ、もといアンシャリア・ローゼン。

 手入れが行き届いている朱色の髪を高く結い、切れ長の青い瞳は宝石のようにきらめいていて、気の強そうな美人といった印象の人だ。

 理由までは聞いていないが自分の名前が嫌いで、アンナと呼んで欲しいと頼まれたのでそう呼んでいる。

 昔から知り合いだというウィル曰く、見た目通りの気の強さと苛烈さがあり、男より男らしいそう。どういうこっちゃ。


 二人目がルーエ・モルナ・マシェウス。

 ふわふわとした深緑の髪に碧の瞳をした彼女は侯爵家の三女で、その所作と雰囲気からおっとりとしたお姉さんといった風に見える。

 しかしシドに聞いたところによるとスライトに並ぶ武人らしく、実際騎士の資格を持っているとのこと。

 得物の槍を見てみたいと言ったらにっこり微笑んでブレスレットを槍に変えて見せてくれた。

 身長以上ある槍を自由自在に操り、何時でも戦えますって変わらない笑みを向けられてちょっと怖かったけど。


 最後にフレン・トーティア。

 少し白い金髪に赤茶色の瞳をした彼女はまさに元気の塊って感じの子である。

 平民出身で侍女歴が一年経っていないため時々ルーエやアンナに注意されているけれど、明るく前向きに取り組み、努力を怠らないためどんどん成長しているようだ。

 本人曰く、クラヴィスさんに幼い頃助けてもらった恩を返したくてノゲイラに来たらしい。王道ヒロインっぽさがすごいよね。この場合相手はクラヴィスさんになるのかしら?



 一瞬身分違いの恋でも始まるかと思ったが、正直クラヴィスさんの周りはそういう人で溢れている。

 シドを始め、クラヴィスさんの配下は全員何かしらの形でクラヴィスさんに助けてもらってここにいるらしいからねぇ。

 そう聞いただけで誰がどういう風に助けてもらったかまで知らないけど、クラヴィスさんの周りはフラグだらけということだ。


 まぁフレン含め誰もクラヴィスさんとそういった関係になる気はサラサラ無いそうだが。

 みーんなただの主従関係を望んでるんだって。ある意味欲無さすぎない? それともクラヴィスさんに仕えるのってそんなに難しいの?



「午後はどういたしますか?」


「んーとりあえず部屋に戻ろっか。パパも忙しいみたいだし」



 ルーエに聞かれ結局空いたままの席を見ながら答える。

 指輪の魔力を確認するため一日に一回は会っているけれど、ここ最近クラヴィスさんは執務室か出かけているかのどちらかでほとんど会えていない。

 私も執務室に居ても良いのだが、しばらく普通の幼児らしくしているよう言われているし、執務室に居ても色々と気遣われてしまう。

 開発に捜査に統治にと大忙しなクラヴィスさんの邪魔にはなりたくないです。大半私のせいでもあるし。


 この状況でできることはほぼないし、今日もフレンと一緒にルーエとアンナに貴族の所作等を教えてもらうとしようかな。

 ルーエは侯爵家の娘として身についておりアンナも昔学んだことがあるため、二人を先生役にしてフレンと一緒に貴族の所作や歴史、常識といったことを教えてもらっている。

 おかげでお嬢様らしさがちょーっと身に着いた気はするが、二人からすればまだまだなんだって。頑張りまーす。



 午後ものんびり大人しくしつつ頑張るかぁと欠伸をこっそり噛み殺す。

 お昼寝もありかもしれない、なんて考えながら四人を連れて部屋に戻ろうとした時、ゲーリグ城を劈く鐘の音に息を呑んだ。



「この音は……?」


「トウカはここか!」


「クラヴィスさん! 一体何、が……」



 フレンの戸惑う声がか細く聞こえる中、離れていたウィルがすぐさま私に近付き抱き上げる。

 緊急事態にのみ鳴らされる鐘だと気付いたと同時、食堂の扉が勢いよく開かれ焦った様子のクラヴィスさんが現れた。

 その手には見慣れない黒の剣が握られていて、敵が現れたのだと理解するのは難しくなかった。



「各地で魔物の群れが多数現れ、村を襲っているとの報告が入った。

 既に巡回中の武官を向かわせ対処しているが被害が大きい。特に西部は未確認だが大型の魔物も報告されている」


「例の、魔導士ですか」


「間違いないだろう」



 鐘が鳴り響き続け、開けられた扉の外で誰かが走っていく騒がしさに心拍数が上がっていく。

 端的に伝えられた状況に確信をもって問えば、同じく確信を持った頷きが返された。

 村を襲うためだけに潜んでいたとでも言うのだろうか? 絶好のタイミングというわけでもなさそうなのに、今?

 沸き上がる疑問がぐるぐると蜷局を巻く中、大きな手に頬を撫でられた。



「私は西部に向かう。君は私が帰って来るまで自室にいろ」



 領内の被害はどれほどか。死傷者は出ているのか。

 知っても何もできない私と違い、領主として魔導士として前線に向かう鋭い黒曜に目を閉じる。


 本当は不安で怖くて仕方ない。離れないでほしい。傍で守ってほしい。

 そう、手を掴みたくなる衝動が沸き上がるけれど、そんな我儘を言える状況ではないと冷静な自分が自分を止める。



「……お気をつけて」



 急すぎて戸惑うよりも冷静になっているらしい。パニックに陥るよりマシだね。

 無事を祈り擦り寄った手が離れ、指輪に触れて光を注ぐこと数秒。

 指輪が輝いたのを見届け駆け足で去っていく後ろ姿を黙って見送った。

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