試行錯誤が必要です
鍋や器の類、必要になりそうな物などを準備が整いそうになってきたのでそろそろ降ろしてもらおうと上を見上げる。
しかし目が合ったクラヴィスさんは再び私を抱え直し、一度ディックに視線を向けてから囁いた。
「作り方を」
ディックがいるから子供らしくしていろってところか。ぐっと顔が近付くよう抱え直されたので自分が楽な体勢を整える。
料理以外には興味のないディックなら私が何を話しても物知りで片付くから良いかなと思っていたんだが、クラヴィスさんからするとダメらしい。残念。
上の判断なら仕方ないと頭を切り替え、目の前にある形の良い耳に自分から近付いた。
「まずは本命の種だけど……ちゃんとできるかわかりませんし、お試しってことで簡略化するとして……。
乾燥させて粉砕してから圧縮させてください。油が採れると思います」
「……ふむ……では、始めるとするか」
口の動きを見られないよう口元を隠し、クラヴィスさんにだけ聞こえる声量で伝える。
それを聞いたクラヴィスさんは少し考えた後、空いている片手を宙に向け、指先で魔法陣を描き始めた。
何が何だかわからないが、恐らくさっき伝えた工程を一つの魔法陣で行おうとしているんだろう。
三つの小さな魔法陣と、それをまとめるように輝く大きな魔法陣が出来上がったと思えば、いつの間にか下に設置されていた籠から幾つかの種が浮かび上がった。
籠の三分の一程度の種が一つずつふわふわと浮かび、魔法陣の中心で留まり集まっていく。
浮かんだ全てが一塊になり、クラヴィスさんの手が揺れた途端、魔法陣が紅に染まった。
炎の魔法か、こちらにまで届く熱風が種を急速に乾燥させているらしい。
水分が飛んで種の表面に微かな皺やヒビが入るとほぼ同時、魔法陣が徐々に黄色く移り変わり、パキンと音が鳴り響く。
音の連鎖は大きくなっていき、バキバキと派手な音を立てて全ての種が粉々に粉砕されていく。
やがて白く輝き始めた魔法陣は粉砕された種を包み込み、より一層強い輝きを放ち始める。
眩しくて思わず目を閉じそうになってしまうが、見届けねばとどうにか薄目で見続けること数秒。淡黄の液体がぽつりといつの間にか設置されていた器へと落ちていった。
イヤー本当魔法ッテ便利ダナー。人力でやるとしたら結構な手間だろうに、魔法だと随分あっさりできたもの。三分も掛かってないんじゃなかろうか。
シドかウィルのどちらかが設置しただろう器に溜まっていく液体を見ていれば、脳内で勝手に片言になってしまうのも仕方ない。
粗方絞り終えたようで光が収まり静かに消えた魔法陣と、絞り終えて器に移された種の残骸を見つつ、まずは液体の方へと近付いてもらった。
コップ一杯半、といったところか。器を手に取ったクラヴィスさんが軽く揺らせば、透き通った黄色がゆっくりと動く。
見た感じは油っぽいけど、どうなんだろう。ちょっと触れてみようと指先を伸ばしたが、シドが横から奪ったためできなかった。
得体の知れない液体だから毒が無いか自分達が試してから、だそう。エディシアの果汁に触れたら痒くなるもんね。そりゃ慎重にもなるか。
ウィルが液体の匂いを嗅ぎ、指先で触れて伸ばしたりした後、自分の舌に軽く乗せる。
もごもごと口が動かしているのを黙って見ていれば、微かに喉が動いたのが見えた。
「んー、まぁ、毒性は無さそうっす」
「量の問題もあるかもしれませんので、主とお嬢様は念のため摂取しないようお願いいたします。
特にお嬢様は何の耐性もありませんから、絶対に触れてはいけませんよ」
「はぁい」
無事に審査が通ったというのに、シドに念押しされて諦めて良い子な返事をする。
実際に触ってみたかったんだけどなぁ。かといって幼女の肉体で食中毒にでもなれば医学の発展してないこの世界では命とりになりかねない。
大人しくするしかないかとむくれていたらクラヴィスさんに頬を突かれた。私で遊ばないで頂きたい。
「しっかしこれ、もしかして油っすか?」
「そのようだな」
まだ口内に残っているのか口元に手を当てているウィルに聞かれ、油の方に視線を向けたまま頷くクラヴィスさん。
好奇心が擽られてるって様子ですね。でも触るなって言われたから触れないんだもんね。だからって私を突くんじゃないよ全く。
一突きとはいえ美人に頬を突かれるなんて思ってもみなかったから動揺がすごいんだぞこっちは。
わざとらしく視線を送っていれば、こちらに気付いたクラヴィスさんにクスリと笑われた。だから私で遊ぶんじゃないよ。
「俺も失礼して……んー! 魔油と違ってさらりとしてて、こりゃあ良い!
ちぃっとばかし青臭さがあるが火にでもかければ飛ぶだろうし、料理に使えそうっすねぇ……!
これも領主様の持っている本に載ってたんですかぃ?」
「そーだね、遠い国だと花の種とか実から採るんだってー」
「へぇ! 初めて聞きやした!」
気付けばディックも味見していて、料理人らしい観点からの感想に驚きつつ質問に答える。
早速料理にどう生かすかぶつぶつ呟き始めちゃってるし、本当に料理が好きなんだろうなぁ。
青臭さがあるということは、オリーブオイルに近いんだろうか。
匂いを嗅ぐくらいは許してもらえないかなとちらちらシドを見ていたが、目が合った瞬間首を振られた。ちきしょう。
「……だから、っすか」
ウィルが一人、小さく、けれど私とクラヴィスさんには聞こえる声量で呟く。
こんな知識が本に載っているのなら、誰かが植物油の加工を行っているはずだ。
それに気付かないから料理馬鹿さんはやりやすいんだよなぁと、こちらを見て納得した様子の影に人差し指を口元に当てて見せた。
ディックからしたらクラヴィスさんが雲の上の人みたいな、どこか遠い人なのもあるんだろうけどね。何を知っててもおかしくない的な雰囲気あるじゃん。
どんどんアイデアが浮かんでいるのか思考の渦に呑まれて行っているディックを放っておき、シドが近くまで来て見せてくれる油を覗き込む。
距離があって匂いは嗅げないけど見た目は完全に椿油だなぁ。これは成功ってことでよさそうだ。
「でも思ってたより少ないねぇ……もうちょっと取れると思ったのに」
「簡略化させたのもあるだろう。
魔法でやるにしろ人力でやるにしろ、そこからはこちらに任せなさい」
「はーい。他にも方法があるんで、後でそっちも試してもらって良いです?
溶剤は無理でもコールドプレスはできるでしょ」
お試しで成功したのだから喜ぶべきだろうけれど、できるならもっと取れて欲しかった。
やっぱり天日干しとかが良いんだろうか。そこは色々試すしか無いがこれ以上は幼女が関わっちゃダメらしい。
いくら掃除が終わっても目立ちすぎるのも良くないもんねぇ。皆が皆、気付かない人じゃないし。
本来ならこの後精製工程もあるが、そこは追々で良いだろう。
とりあえず現状できそうな方法も試してもらうとして、次は実に取り掛かろうか。
「じゃあここからはディックの出番だね!」
「お任せください! なんでもしやすぜぃ!」
「まずはエディシアの実をすりおろします」
「え」
「とりあえず五つぐらい」
「え」
「……ディック、手袋を。結界で果汁には触れないようにしておく」
「ありがとうございます領主さまぁぁ……!」
今にも油を使って何かしようとしていたディックに声をかければ、いよいよ自分の出番かと明るい笑顔で返事が返って来る。
なので指示を出せば、何故か顔色が悪くなって怯え始めた。どうして?
なんで私が悪者みたいに見られるんだろうかと首を傾げていたら、クラヴィスさんがそう言ってシドが手袋を差し出す。
あ、そういえば果汁に触れると痒くなるんだった。忘れてたわけじゃないよ。手袋的な物を用意するの忘れてただけで。ごめんって。
若干非難の視線を感じつつディックに指示を出していく。
私が目指しているのはずばり、こんにゃくである。
実は触れただけで痒くなり、どうやっても食べれるものじゃない。
そう聞いていてふと思ったのが、生食厳禁なこんにゃく芋である。
あれは渋みだけのエディシアと違って一欠けらでも食べれば呼吸困難になりかねない劇物だが、加工すれば食べられる。
芋じゃなくて果実だったりと違いは沢山あるけれど、既に色々試されてきたのに無理だったわけだし、一度試してみる価値はあるはずだ。
むしろこの方法で無理なら諦めも付く。
そんなつもりで試してみたんだけど、どうして石鹸になっちゃったんだろうねぇ?
「お嬢様! これすごいっす! 汚れがすんなり落ちやす!
香りもうっすらですがエディシアの香りがして良いですぜ!」
「ソッカーヨカッタネー」
「害はなさそうですね。触れても痒くなりませんし」
「あのエディシアの実が、何をどうしてこうなってんだ……?」
薄紫色の固形物を片手に持ち、白く泡立つ桶の前で玩具を貰った子供のようにはしゃぐディックに渇いた笑いで返す。
他の二人もこれには興味津々らしく、泡を匂ったり触れたりしている。
凝固剤として灰汁を入れたらカッチカチに固まったからまさかとは思ったけど、石鹸になるとはなぁ。
シャボン玉でもして遊んでやろうかしら。想像していた結果との違いで思考停止しかけていたら、頭上で喉を鳴らして笑われた。おぉん?
「予想外のようだな?」
「石鹸もやりたかったから結果オーライですぅ」
そりゃあこんにゃくを作ろうとしてたんだから予想外ですとも。えぇ。
堪えきれないとばかりに口角を上げて揶揄ってくるのを適当に返す。
とういうか何だかやけに上機嫌だなこの人。楽しそうでよろしいですわねぇ。
しかし、まぁ、結果オーライなのは確かだ。
正直なところこんにゃくより石鹸の方が色々と応用も聞くし、香りも良いとくれば良い商売になるだろう。
特に重要なのが感染対策だ。この世界でも冬になっていくにつれ、風邪などの病気が流行っていくのは変わらない。
手っ取り早い感染対策として石鹸は効果的だろうから、なるべく早く普及したいね。
作り方は少々面倒ではあるが難しいわけでもないし、材料も十分集められる物だし問題ない。
唯一問題なのはすりおろす時に対策が必要なわけだが、結界でどうにかなるなら大丈夫そう、かなぁ?
でも誰もが結界を張れるわけではないし、何か別の対策を考えた方が無難だな。
後でクラヴィスさんに石鹸の重要性についてプレゼンして、対策も一緒に考えてもらおう。
予想外はありつつも大成功に終わった実験を終え、シドとディックに片付けを頼み私達は部屋を後にする。
ディックは勝手に作っていた巣のお片付けもあるからねー。シドは実験の後始末もあるけど半分はディックの監視も兼ねて残っている。
ちなみに今後あんな風に許可なく城の一室を改造したりしたら退職にするぞって釘を刺されていた。そりゃそうだ。
彼にはお菓子を始めとした沢山の料理を根付かせてもらうためにも残ってもらいたいので、是非とも大人しくしてほしい。無理そうだけど。
子供のフリも誤魔化しもあまり気にせず関われる数少ない存在が居なくならないことを祈っていると、後ろに控えていたウィルがぼんやりと呟いた。
「なんつーか、お嬢ならポーション調合とか向いてそうっすねぇ」
「ポーション、ねぇ……」
「石鹸っつーんすか? 王都であれと似た効能のポーションが最近できたらしいんすよ。
泡立てれば汚れを落とせる上に良い香りがするってんで上流貴族がこぞって欲しがってて。
それと似たモンが作れるお嬢ならすっげぇポーション作ってくれそうじゃないっす……あー、でも加工するのに魔力が必要だから……」
「私、魔力無いからねぇ」
「なんか、すんません」
申し訳なさそうに謝るウィルに気にしてないと笑って手を振る。
ポーションとは魔力を宿した薬の総称だ。
所謂風邪薬や毒消しといった私が知っているような薬も存在するが、ポーションは魔力によって効能が高まっていたり、魔法のような効能を持っていたりするため区別されているらしい。
とても貴重な品らしくまだ実物を見たことも無かったんだけど、そっか。石鹸と似たポーションが既にあるのか。
ポーションと違って誰でも造れるものだから需要と広まりやすさはこちらの方が上だろうけれど、質がどうか気になるな。
改良の余地は沢山あるから質の向上は狙えるけど、もしそのポーションの質が良ければ上流貴族はターゲットにしにくいかもしれない。
どうにか比較用に一つは手に入れたいなーと考えているのを気に病んでしまったと捉えたのか、ウィルが慌てた様子で話しかけて来た。
「あぁでも、それこそディーアさんが調合得意っすよ!
俺達の中でも数少ない調合師で、俺もよくお世話になってるんす!」
「そうなの? また楽しみが一つ増えたなぁ」
調合師はその名の通りポーションを調合する人のことらしい。
薬本来の効能を消さないよう魔力を繊細に操る才能と、素材の持つ力を最大限に活かす素質が必要になるため調合師は多くない。
その上魔力の質によって効能が大きく変容するため、向いてないと本当に向いてないそう。まさに専門職だね。
その人なら件のポーションも作れるだろうか。
医学方面だけでなくもっと色んな面で力を借りることになるだろうディーアという人に期待が高まっていたが、ふと気付く。
あれ? そういえばパパンがそういったものを作ってるの見たことも聞いたことも無いな?
「パパはポーション作らないの?」
「……私の魔力は強すぎるようでな。大体効能がおかしくなる」
「……魔力が強いのも考え物だね」
あぁやっぱりこの人もただの人なんだ。ただできることが多いだけ人なんだ。
珍しく微かに苦い色を露わにするパパンに精いっぱいのフォローを入れておく。
効能がおかしくなるっていうのもそれはそれでとても気になるけどね。一回で良いから作ってくれたりしないかなぁ?
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