犯人は繰り返す
不穏が漂う話し合いが終わり、スライトがカイルを連れて早々に執務室を出ていく。
城内の掃除が終わっているとしても得体のしれない相手だ。見回りの編成だけでなく警備の見直しも必要になるだろう。
ちょっと落ち着いたら差し入れでもしようかな。私が用意しやすいとなるとお菓子だけど、ゲーリグ城の武官は全員男性だから甘い物はそこまでウケないかしら。
お菓子とは別に何か男性ウケのよさそうな物も考えておくとして、まずは持ち帰ったエディシアに取り掛かろうとクラヴィスさんに声をかけた。
持ち帰ったエディシアの種や実は倉庫の方に運んでくれたらしい。
クラヴィスさんと一緒にシドに案内され廊下を進み、少し後ろを歩く茶髪に視線が行きそうになるのを堪えて一言お礼を言えば、赤い瞳をぱちくりさせたウィルが頬を掻いた。
「あの、お嬢? 気にならないんすか?」
「気にはなるけど触れない方が良いのかなって」
触れた方が良かったんだろうか。執務室を出る時に居なくなっていたからその時だろう、いつの間にか白髪から茶髪に変わっていたウィルを見上げる。
「お嬢なら問題ないっすよ」と決まり悪そうに笑う辺り、ちょっとしたドッキリのつもりだったのかな。
もう忍者だから何でもありだなとか、顔と目は変えないんだな程度の認識だったや。
「あぁ、やっぱりカツラなんだ」
「地毛だと目立つんで、人前に出る場合はコイツっすね」
ぐっと生え際の辺りが持ち上げられ、綺麗にまとめられている地毛の部分が露わになる。
人目に付かないようにしていたウィルだが、カツラを被っている間は表に出てくれるらしい。
私の護衛に付く際に髪色が変わることを把握しておけってことだろう。了解ですよぅ。
それにしても白髪に金のメッシュって目立つんだね。
深緑とか紅色とか普通にいるから、もう何色が目立つのかわからないんだよ。これぞファンタジー世界。
金髪も結構いる印象あるけど、茶髪を選んでいる辺りこの世界は茶髪が多いんだろうか。それとも地味さで茶髪だったり?
そういえばいまだに黒髪を自分とクラヴィスさん以外見ていないけど、もしや黒髪はレアなのだろうか。よもやですわよ。
「今回はどういった物が必要でしょうか? 厨房の方が都合が良いなら厨房に運びますが」
「んー、思いついてる限り鍋とか火とか必要になるけど、厨房って忙しい時間帯だよね。
一応秘密にしておきたいし……」
ふと思い出した様子のシドに聞かれ、パッと頭に浮かんだ物を答える。
厨房でできたら一番だが、夕食前の今は一番忙しい時間といっても過言ではない時間帯。
早い人だと食べ始めてる人もいるし、商品開発の点からしてもあまり人の出入りが激しいところは避けたいところ。
倉庫でしても良いけど、どこか良い部屋あったっけなぁと考えていたらぽすんと頭を撫でられた。
「ならば倉庫の近くにある空き部屋で良いだろう。
元々美術品の類を保管するために守護の結界が施されている。小規模の火事や爆発なら耐えられるぞ」
「そこまでの事故は起きないです。多分」
美術品というと前の領主の物か。領主を捕らえた後、ほとんど売り払ったので空き部屋になっていたんだろう。
至極真面目に事故前提で言われて即座に否定したが、少し考えて微妙な言葉を付け足す。
油の抽出なんて実際にやるのは初めてだし、油だから下手に扱えば着火する可能性もあるので何とも言えないんですよ。
流石に爆発はしないと思うけどねぇ。あ、歯切れが悪かったからかウィルが引いてないかい? 気を付けてやれば大丈夫だよ、多分。
どういった心境か、何故か生暖かい目で私を見てくるウィルに若干距離を取りつつ歩くこと数分。
そろそろ空き部屋の扉が見えてきた距離になったところで周りの皆が一斉に止まった。
危うく前を歩いていたシドにぶつかりかけたが、クラヴィスさんにひょいと抱き上げられて事なきを得た。なになに? どういう状況?
「やはり中に一人居るな」
「お二人は私の後ろに」
「俺が行きます」
「行ってらっしゃい?」
何処に誰が? 私は動けません? 何処へ行くというのかね?
急な展開に置いてけぼりのまま、行きますと言ったウィルに反射で手を振れば小さく噴き出される。
えぇ? 何、空き部屋に誰かいるの? それでウィルが前衛シドが後衛って感じに? なるほど?
理解が追い付いた頃にはウィルが音も立てずに扉の傍へと立ち、こちらに一度視線を送る。
何だかアクションシーンみたいだなと思考を飛ばす私を放って、頭上でクラヴィスさんが頷いた次の瞬間、扉が独りでに開き始める。
キィ、とやけに響いて聞こえる音に全員が身構えるけれど、扉から見えた銀色に間抜けな声が出た。
「ディックじゃん」
「んぁ? あれ、領主様にお嬢様って、何ですかぃ!? こわっ!?」
扉から出て来たのは料理長のディックその人で、こちらに気付いた後、背後に立つウィルに驚き持っていた籠を放り出して飛び上がった。
誰かと思ったらディックだったんだ。倉庫と間違えて入っちゃってたのかな。
なんて思ったのだが、ドサリと音を立てて落ちた籠の中身にあぁ……とシドと二人溜息を吐いた。
籠の中身はそう、私がちょろっと教えた料理の試作品と思われる品々で、器に入ったそれは衝撃で零れてしまってはいるが、見るからに出来立てほやほやといった様子。
次いで空き部屋の方へと視線を向ければ、ウィルによって明かりが灯された室内には鍋やフライパンといった調理器具が微かに見えた。
これはもう疑いようのない状況だね。ディック、ここで試作品作ってたでしょ。
「ディック、お前は休日にしたはずだが」
「ぴょっ」
数秒の間を置いて口を開いたクラヴィスさんの声はいつもより低く、見上げた表情は無表情である。
うわぁ切れ長の目元がより冷ややかさを増してるね。自分に向けてじゃないのにぞっとしちゃうわ。
実際に向けられたディックなんて人間離れした鳴き声を発し、顔を真っ青にしていた。かわいそう。
というか今日休日にされてたのね。クッキー作った後はフリーって感じだったのかしら。
「ここで何をしている?」
「おおおおお許しください領主さまぁぁ!」
主人の問いに命乞いの如く悲痛な叫びが響く。
何事かと倉庫の方から数人が顔を出しているが、クラヴィスさんの前にディックが跪いているのを見た途端、「あー」と言ってそそくさ戻っていた。
クラヴィスさんは初めてかもしれないが、こういった光景は日常茶飯事だったもんね。ワーカーホリックが多すぎるのよこの城。留守番の間、私が何度色んな人に注意したことか。
報告は上がっていただろうディックの行動に、クラヴィスさんも呆れたように溜息を吐く。
私からすれば貴方もなんだけどねぇ? ジト目で見てみたが、華麗にスルーされました。知ってたよ。
まずは状況証拠を押さえようと、ディックを連行し空き部屋へと入る。
どうやら常習犯だったらしく、一通りの調理器具に魔法で作ったらしい簡易的なかまど。食器を洗うために水を溜める桶等々、なんとも過ごしやすい環境が整っていた。
一応勝手に使っているという認識はあったみたいでこじんまりとしてすぐに片付けられる程度だが、見事な巣である。
「料理バカにも程があるよ」
「おっしゃる通りで、はいぃ……」
「ま、必要なモン運ぶ手間が省けたっすね」
端に毛布があるってことは仮眠とかもしてたんだろう。夜中でもやってたなコレ。ちゃんと部屋で寝なさいよ。体壊すぞ。結構な年でしょ貴方。
クラヴィスさんとシドが何度目かの溜息を吐いている横で、ウィルがケラケラと笑う。
確かに必要になりそうな物全部あるけども……手間は省けたけども……!
というか大量のクッキー生産じゃディックの体力は削り切れなかったのか。流石料理長というべきか。
そうだよね、料理って肉体労働だもんね。料理人が何人もいるとしても何百人と居る城の人達全員の分作ってるもんね。そりゃ体力あるわな。
パパンに見つかった以上もう強制休暇に直行する流れだろうけれど、本当に休んでくれるかどうか。むしろ何かさせた方が気が済むんじゃないかなぁ。
「……ねぇ、ディックにも手伝ってもらおうよ」
「え!? 何かやるんですかぃ!?」
「料理とはちょっと離れるかもしれないけど、工程自体は似てるし良い刺激になるんじゃなぁい?」
種は一からやるとすると時間が掛かるので魔法でやってもらうつもりだけど、実については完全に実験だ。
今のところ幾つか思いついているのを試してみるという感じではあるものの、一応の最終地点は食料品の予定である。
上手く行ったとしても普及させるにはこっちの人の意見を聞きたかったから丁度良い。料理人なのもあって良い意見が聞けそうじゃん。
「トウカ」
「だって休まないんだもの」
「……そうだな」
一人うんうんと頷いていたら、何のつもりだと言わんばかりに呼ばれてぽそりと呟く。
そっちがその気なら何度でもこき使ってあげるわよ。有り余ってる体力全部使っていけ。そして休んで頂戴お願いだから。
後ろで顔を見合わせているシドとウィルを放って、やる気満々なディックに必要な物を用意してもらうよう指示を出せばウキウキと準備し始めた。ホントに元気だね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます