暗雲はお帰りください

 魔物が荒らした倉庫に魔法の痕跡、離れた場所で見つかった壊れた魔道具。

 明らかにただの魔物被害で片付けられない状況だが、ただでさえ冬の備蓄がやられて不安だろう村人達を煽るようなことをすれば混乱が起きかねない。

 それに背景にいるらしい魔導士がこちらの動きを探っている可能性もある。

 そのため村人達には明かさず、倉庫へ案内した村長や村人に箝口令を敷き、私達は次の村へと向かった。


 表面上は何事も無く装い同じように慰問を続けること三度。

 嫌な状況は続くもので、他の村でも同様の痕跡が見つかったようだ。

 村を巡り終えて帰路に就いた馬車の中、難しい顔をして思案し続けていたクラヴィスさんは城に戻ってすぐ、執務室に人を集めた。



 クラヴィスさんとシド、スライト、ウィル、そして呼び出されたカイルといった面々が集まった執務室は内容が内容なため空気がとても重い。

 この状況で私はクラヴィスさんに抱えられてて良いんでしょうかね。すっかり定位置のお膝の上だよ。

 魔法関連は全くと言っていいほどわからないし、凄みを放つ大人に囲まれた幼女の場違い感がすごいです。

 あれか、魔道具の第一発見者だからか。なんだか逃げたくなっちゃうわ。



「どれも消されて残滓しかなかったが、魔導士がいるのは確かだ」


「従魔師となると厄介ですね……」


「いや、魔物の痕跡自体はここに元々生息している猪型の物だった。

 恐らく従魔師ではなく魔法や武力で洗脳か服従させているだけだろう」


「それならまだ楽っすかね」



 既にある程度の情報共有は済んでいるようで、クラヴィスさんの見立てにカイルは動揺も見せず呟く。

 はて、従魔師は魔物を契約で従えている人のことだったはず。

 聞いている限り今回の魔物は契約無しで従えているってことだろうけど、ウィルが楽だと言えるほど契約の有無で違いがあるのだろうか。

 訊ねてみようにも深刻なこの状況で私だけがわかっていないことについて聞くのもなぁと躊躇っていると、傍に立つシドが私の様子を察したのかそっと近付いてくれた。流石シド。



「どうなさいました?」


「えっと、アースさんとそういった魔物ってどう違うのかなって」


「そうですね……魔物を従えられる魔導士なんて滅多に居ないので断言しにくいのですが……。

 アース様のような契約獣と違って、洗脳や服従といった方法だと単純な指示しかできないようです。

 場合によっては指示を聞かずに反抗することだってあり得るかと」



 顔を近付けこそこそと伺ってくれるシドに同じくこそこそと質問する。

 皆の中心たるクラヴィスさんのお膝の上なんて位置だからバレバレだろうけど、気持ちの問題です。


 単純な指示しかできない、となると今回の魔物は【倉庫を荒らせ】とかそういった指示で動いたんだろうか。

 普通なら人的被害が出てもおかしくない荒らされ方だったって聞いてたけど、それが無かったのはそのためなのかな。

 疑問が解消されたと判断したシドが元の位置へ静かに下がっていったところで、スライトが口を開いた。



「お嬢が見つけた魔道具はどうだったんだ」


「要である魔石が完全に効力を失っている。解析はしてみるが期待できないな」


「魔石が施されていた装飾品もよくあるメロリアの花がモチーフですし、細工を見る限り随分古い作品のようですから持ち主の特定も難しいでしょう」



 メロリア、というと私の世界でいう薔薇に似た花で春頃に大輪を咲かせる花だ。

 一般的には鮮やかな紅が多いが昔から愛されていて様々な品種が存在するらしく、色も多種多様だったはず。


 薔薇と言えば香水が思いつくけど、そういえばこの世界に来てから香水ってあんまり聞かないなぁ。

 香油は祭事で使われるらしいから無いわけではないけど、やけにお風呂の文化が発達してるから体臭消しの方面では発展しなかったのかも。となるとチャンスでは?

 ピコンと閃いたものの今は大事なお話中。思いついたことは頭のメモに書き記し、意識を現実に押し戻した。



「あの花は昔っから貴族に好まれてますからねぇ。

 家紋で言えばヴィオレーヌ公爵が有名っすけど、それとは違うみてぇだしなぁ」


「家紋なんて代替わりで変えられることがあるものです。

 しかもメロリアの花は我が国だけでなく他国でも好まれている物。

 ヴィオレーヌ公爵家だけでも建国以来二度は変わっているので、そちらで探るとなるとキリがありませんね」


「だが今回の件とは関係あるだろう。時期が良すぎる」


「状況からして魔物を操る魔道具の可能性が高いが、それほど強力な魔法を刻むにはこの魔石は小さすぎる。

 できて本人にのみ掛かる魔法の類だろうが……相手の力量がわからない以上何とも言えんな」



 貴族に好まれているとなればマジのビックなチャンスでは。

 自然と商売にフル回転しそうになる脳内だったが、更に淀んでいく空気にすぐさま静まる。

 普段から魔道具を作っているというクラヴィスさんがそういうのだから、魔物を操る魔道具っていう線は薄そうだ。

 相手がクラヴィスさんよりも実力が上なら話は別らしいが。そんな人居るのかな。皆の反応からして居なさそうだけど。



「魔物を操るのではなく、魔物から身を守る魔法なら可能でしょうか」


「あぁ、その方向性なら可能だな。

 付けた者を同族に見せる幻術や細やかな魔除けの類なら問題無く付与できるが……魔物を従えられるほどの魔導士が使う物ではないな」


「ってことは魔導士とは別人?」


「でしょうね。複数人となれば、倉庫だけが襲われたのは食糧目当てかもしれません」


「だが四村の備蓄だぞ。それ全てが食糧目当てならば相当数が潜んでいることになる」


「──潜んでいるのが人なのか魔物なのか、重要なのはそこですね」



 苦く眉を顰めたカイルの言葉により一層緊張が走る。

 冬を越すつもりなのかとも思ったが、死者が出るほど寒さの厳しいノゲイラで身を潜めながら越すなど不可能に近い。

 火を焚けば煙が出て居場所がわかってしまうし、魔法で暖を取るとしてもそこから追跡されてしまう。

 追われても返り討ちにできるほどの勢力でもなければそんな真似できないだろう。


 魔法の痕跡を消していたのだから、魔導士からすれば隠れていたいはず。

 人であれ魔物であれ、どれだけの敵が潜んでいるのだろう。

 もしそれが大勢の魔物で魔導士の支配から逃れたりしたら──考えただけで寒気がする。



「依然として相手の素性はわからないが、鼠が入り込んでいるのは確かだ。警戒を怠るな」



 主の命令にそれぞれがしっかりと頷く。

 前領主を含めた犯罪者、湖に住み着いた魔物、入り込んだスパイと来て、今度は領地に潜む謎の存在である。

 一体いつになったらノゲイラの治安は良くなるんだろうか。アースさんに関してはむしろ良い出会いだったろうけどさぁ。他が軒並み不穏だわぁ。



「スライトはゲーリグ城の警備体制を整えるのと同時にノゲイラ全域の調査を。

 北部は勿論、魔物が多く生息している西部を中心に行ってくれ。人員はお前に任せる」


「御意」



 王都から離れていて気候も厳しいノゲイラだが、領地自体は国内でも広い方らしい。

 村や街といった場所で魔物を連れているわけもないだろうから調査は山とか林といった人気の無い場所だろうけど、それでも気が遠くなる範囲だ。

 だけど調べないわけにもいかないし、幼女な私はここで応援することしかできませんな。スライトがんばってねぇ。



「君にはシドとウィルに加え他にも数名付ける。

 この件が片付くまで絶対に一人にならないように。良いね」


「わかりました」



 雰囲気で分かっていたが、ぽすんと頭を撫でる手に明確な終わりを察する。

 多分周りが一人にしないだろうけれど本人の意識の有無は重要ですからね。常に誰かを引っ張っておこう。

 結局留守番の間と変わらない日々になりそうで、せめて早く片付くことを切に願った。流石に一人になれないのも限界あるからね。随分慣れたけど。

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