雑木林でお宝発見?
不思議と緩やかに揺れる夢の中、大きな手がゆるりと頭を撫でていくのを感じる。
耳に届く自分を呼ぶ優しい声に微睡みが重くのしかかる瞼を上げた。
「トウカ、そろそろ着くぞ」
「……んぁい……」
再度呼ばれた声に生返事を返し、気怠い体を無理やり起こす。
やっぱり幼女に早起きはきつかったんだなぁ。
朝早く、どうにか身支度を済ませて馬車に乗り込んだまでは覚えているが、すっかり寝落ちていたらしい。
ずるりと肩から落ちて行く毛布を回収してくれたシドにお礼を言い、あくびを一つ噛み殺した。
「……二人とも、ここでもお仕事してたの?」
「あぁ、これで溜まっていた分は粗方目途が付いたな」
「ソーナンデスカー」
乱れた髪をシドが直してくれるのに身を任せ、寝起きでぼんやりとする頭で周りを見れば、色々と仕事をしていたらしい。
書類やら羊皮紙やら魔道具やらが簡単にまとめられた山に思わず聞いてみたらわけのわからない回答が返って来た。
私が記憶してる限り、一晩で終わるような量じゃなかったと思うんだけどナー。
まぁクラヴィスさん達だし、信頼できる人手も増えたし、うん、そういうモノなんだろう。
ポヤポヤ幼女の頭では考えるのも億劫だ。
思考を放棄して窓の外へと意識を背ければ、木々の間から微かに開けた場所が見え隠れしているのに気付く。
「まずは一番被害が酷かったトリアから慰問を行います。
お嬢様にはスライトが、それから配給の人員として御者の五名が付きますのでご自由にお使いください。
ウィルは人目を避けて隠れていますがすぐ傍にいるので、何かあれば呼んでください」
「配給の段取りは先に送った使者がしている手筈だ。実際の判断は君に任せる」
「はーい」
相変わらずとんとん拍子に進んでいく話に渇いた笑いが出そうになるのを押さえ、間延びした返事をしておく。
発案者は私なんですけどね、なんにもしてねぇです。はい。
クラヴィスさんに報告しようと思ったら既にシドがしてたし、お知らせとかどうしようか相談したらもう使者出されてたし。
仕事増やすだけ増やして何にもしてないお嬢様って感じでなんだかなぁと思うのだが、所詮幼女ですしぃ? 仕方ないヨネ!
一応現場責任者的ポジションは任せてもらえるらしいけど、それもそれで幼女の話を聞いてくれるかどうか。
城の人達なら心配ないけど、村人達とはこれが初対面だからなぁ。領主の娘だから聞いてくれる、かなぁ?
やれることは少なそうな空気に笑うしかないわ。丁度馬車も緩やかに止まり始めたしここは一つ深呼吸でもしておこう。心構え大事。
村に着けば村人総出で出迎えてくれたようで、大勢の人が広間に集まっていた。
ゲーリグ城で慣れて来たと思ってたけど、人の視線が集まり過ぎててビビるわ。心構えどこ行った?
村長一家を中心に村に迎えられたと思ったら、大人は大人で、子供は子供でそれぞれ対処する流れになっているらしい。
クラヴィスさんが慰問に来たことと、子供達にお菓子を配ることを伝え、クラヴィスさんは村長の案内で被害に遭った倉庫へ行き、シドは村の大人達に指示を出して物資を運び始めた。
物資を運ぶ人の中には中高生ぐらいだろう背丈の人達もいて、ちらりとこちらを気にしている様子に眉が下がってしまう。
この世界における成人は十五歳。私からすれば彼等も子供だが、ここで元の世界の価値観を振りかざしても反発が出るだけ。
材料が十分あれば皆に配れたんだけどなぁ、被害に遭ったのを聞いた時点で手配しておけばなぁ、と歯がゆい思いをしながらクッキーを子供達に配ることしばらく。
口々にお礼を言い、お菓子なんて初めて食べると大はしゃぎな子供達に一人泣きそうでした。
絶対生活水準爆上げしてみせるからね……! 衣食住も娯楽もなんでもやってやるわよ……!!
「お嬢、これを」
「……ありがとう。パパ達はまだかかりそうだね」
「魔物除けだけでなく調査も行うと聞いている。しばらく掛かると思うが……馬車で待つか?」
幼女はすぐ感情が出てしまうからだろう。スライトがそっと手渡してくれたハンカチで目元を拭い、改めて状況を把握する。
冬越しの備蓄だからか大量にあったもののシドの方はそろそろ終わるようだが、クラヴィスさんは姿すら見えない。
魔物除けというと、大地の魔力を用いた結界の一種だったか。詳しい原理は知らないけど魔物を退ける効果があるらしい。
条件が厳しいし使える人も少ないから滅多に使われないみたいだけど、アースさんが魔流を弄ったおかげでできるようになったんだって。すごいねぇ。
しばらく時間が掛かるのは好都合だね。その間好きに動いてて良いってことでしょきっと。
クッキーは配り終えたし、こちらに好意を向けてくれる子供達と話をしても良いのだが、今回は目的があるのでまたの機会にして本題と行こう。
「ううん。それなら私の用事を済ませたいんだけど、良い?」
「花を見に行くんだったか。わかった」
本当ならクラヴィスさんにも一緒に来てもらって意見を聞きたかったが、他の村も回るんだし先に済ませておけることは済ませておこう。
騎士に興味津々なのか近くにいる子達にエディシアについて聞けば、すごく不思議そうに首を傾げられた。
「エディシアって、あの渋花のこと?」
「渋花?」
「そー! すっごく渋いの! しかもかゆくなる!」
「汁に触れたらかゆくってしかたないんだよ。煮ても焼いても食べれないし」
「いっぱいあるから食べれたらいいのにねー」
「おばあちゃん達が色々試したけどダメだったって言ってたよ?」
「花はかゆくならないし良い匂いだけど、それだけだしな。
女子は好きなんじゃない? たまに姉ちゃんが頭に挿してるぜ」
「あとは種を投げ合ってるな」
「当たったら負けのやつな」
「川に投げて跳ねて遊ばせたりな」
「すっごい生えまくってるくせに薪にしか使えねぇって父ちゃん言ってたぞ」
「そんな花だけど、興味あるの? お嬢様って不思議だね?」
「──しっかしまぁ、散々な言われようでしたね」
「だねぇ」
場所は変わってトリア村にほど近い雑木林の中、籠を背負って歩くウィルの言葉に苦笑いで頷く。
離れていても私達の会話は聞こえていて、子供達の純粋な評価に若干引いてるらしい。
全く持って使い道のない雑木扱いだったもんね。私もまさかここまでとは思ってなかった。
だって図鑑には咲く時期と散る時期、絵姿に花の色といった見た目の特徴しかなかったんだ。本当に油が取れるか不安になってきた。
「……大きさが違い過ぎるがあれだと思うんだが」
「うわマジででけぇ」
「あ、ほんとだ。おっきいね」
スライトを先頭に子供達に教えてもらった場所へと行けば、鬱蒼と生い茂る木々に沢山の薄紫の実が生っていて、中には実が弾けて種が露出しているのが見て取れた。
花はもう散っているからわからないが、特徴からしてあれがエディシアだろう。図鑑に載ってるサイズより二回りは大きいんじゃないかなこれ。
普通のエディシアを知っている二人でもこの反応だから、やはり固有種なんだろうか。実だけでも私の顔半分ぐらいはあるよ。おっきすぎない?
「で、どれぐらい持って帰るんだ?」
「色々試してみたいからできるだけ持って帰りたいです。種だけじゃなく実も!」
「なら種と実で籠一丁ずつって感じっすかね。俺が馬車まで往復するんでいっぱいに詰めちゃってください。
スライトさんは護衛優先で。何があるかわかんねぇし」
「そうだな」
「じゃあまずは種から集めよっか」
スライトの問いににっこり笑顔で答えれば、ウィルが籠を降ろしながら提案してくれる。
どれだけ集まるかわからなかったから馬車に籠やら箱やら積んでもらってきたが、今持ってきている籠は一つだけだからどうしようかと思ったけどそういえばウィルは忍者だった。
後のことは考えず集めてよさそうだと判断し、袖を捲って先陣を切り種を拾い始める。
魔物が現れる可能性もあるんだ。一緒に集めながらも周囲を警戒してくれているスライトとウィルのためにも手早く集めてしまおう。
どんぐり拾いしてるみたいだなと思いつつ、落ち葉を掻き分け私の拳一つ分はあるエディシアの種を集めに集めれば、あっという間に籠がいっぱいになっていた。
軽く十キロはありそうなのに、周りにはまだまだ落ちてるんだからそりゃあこれだけ生えまくってるわけだよ。まさか周り全部エディシアだったり……しそうだなこれ。
籠を背負ってびゅんと消えて行ったウィルを見送り、次は実を集めていれば、数分もしないうちにウィルが帰って来た。だから忍者速すぎなのよ。
皮が破けて汁に触れたりしないように注意しつつ、樹に生っている実を集めれば、こちらもすぐに集め終わる。
もうね、ウィルが大活躍してたよ。体の使いこなしというか身体能力が高いんだろうか。
高いところに生っている実を取ってはスライトに投げ渡し、そのまま別の樹に移って投げ渡し、とすごかった。最早曲芸でした。
スライトも背の届く高さを探してあちこち動く私の傍に居続けながら、四方八方から投げられる実を受け取っては籠に入れてって、すごかったよ?
でもどこの樹に居ても生い茂る葉があっても忍者の投げる実はスライトに百発百中だったんだもの。忍者って何でもできるのね。
「俺は先に籠置いてくるっす」
「お願いねー」
籠をまた背負って軽々と姿を消したウィルを見送り、歩調を合わせてくれるスライトと共に村の方向へと歩き出す。
ホントに一面エディシアだらけだなぁと繁殖能力の高さに感心しつつ周りを見ながら歩いていたが、一瞬視界に映った灰色に違和感を覚えて振り返る。
「おん?」
「どうした?」
「んー何か灰色のが見えた気がして……あ! ほらあそこ! あのちょっと開けたとこ!」
目を凝らした先にある灰色に思わず指をさす。
この雑木林を歩いていて灰色なんて初めて見る。何か珍しい植物だったりするんじゃない?
子供の視点だから見えやすかったのかいまいち見つけられないスライトの手を引き、好奇心をそのままに灰色へと近付く。
どうやら落ち葉に隠れているらしい。
いきなり触るのは躊躇われ、近くにあった小枝で軽く掻き分ければ、あったのは植物ではなく小さな装飾品だった。
「あら、誰かの落とし物かな?」
見た感じ女性の物だろうか。土や木の葉で薄汚れているが、花をモチーフにした繊細な作りで高級品っぽい気がする。
でも嵌められている透明な石にはヒビが入っているし、どことなくアンティークっぽい古さがある。相当な年代物じゃないかなこれ。
とりあえず拾おうと手を伸ばしたが、その手はスライトによって止められた。
「スライト?」
「触れるな。魔道具の類だ」
「え」
「……もう壊れているようだが、お嬢は触らない方が良い」
そう言うや否や、スライトは私を片手で抱き上げ装飾品から三歩距離を取り、指笛を鳴らす。
緊急時の合図だったようで、凄まじい勢いで隣に現れたウィルに引き攣る私をスライトはそのまま手渡した。
あの、足場にしたらしき遠くの樹の枝が折れて落ちてるんですが。脚力どうなってるの。というか魔道具って。えぇ?
「一体何が」
「お嬢が壊れた魔道具を見つけた。念のため封印する」
「こっちは魔道具? この村どうなってんだ……」
理解が置いてけぼりのまま交わされる言葉を拾っていたのだが、ウィルの反応に首を傾げる。
こっちってことは村の方でも何かあったんだろうか。
スライトも同じ疑問を抱いたのか、下げていた剣を抜き、銀の輝きを仄かに放ち始めたそれを魔道具へと向けながらウィルへと尋ねる。
「向こうでも何かあったか?」
「……今回の件、魔導士が関わってるみてぇっすよ。
魔法の痕跡が見つかったってさ」
「……また面倒なことになりそうだな」
伝えられた情報に溜息一つ吐き、スライトが剣先で小さな魔法陣を描く。
剣と同じ銀の魔法陣は魔道具へと向かって行き、銀の残滓を散りばめて消えて行った。
これで封印できたのだろうか。見つかった魔法の痕跡とはどういった意味を持つのだろうか。
難しい顔で魔道具を拾うスライトと私を抱え直すウィルの醸す不穏な空気に薄ら寒い物を感じ、彼等は足早にその場を後にした。
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