嵐と卵

 どこか慌ただしい空気が漂い始める城を後にして馬で駆けることしばらく。

 微かに夕焼け色を宿すヘティーク湖に着くと、湖を囲うように陸で寝そべるアースさんがいた。

 待つついでに日に当たろうと寝そべっていたそうだが、自分の体の大きさを理解しているんだろうか。

 胴体のあちこちに鳥とか動物が乗っていてまさにファンタジーってやつだよ。



「頼まれていた魔石だが、これで良いか?」


「おぉ助かる。これだけ上質なら問題無かろう」



 差し出された深紫が輝きながらふわふわと浮かびアースさんの前へと飛んでいく。

 来る道すがら教えてもらったが、アースさんは魔石が欲しかったらしくクラヴィスさんに頼んでいたそうだ。

 動いた拍子に飛び立ち離れて行く動物達の声を背景に、私達の間に鎮座するアメジストのような魔石を遠い目で見つめた。


 魔石とは名前の通り魔力を宿した石の総称で、石の種類や質や大きさ、宿った魔力の質や量などから上中下にランク付けされている。

 その中でも特に上質な物を、と言われたので従魔師となった褒賞として王家の宝物庫から上級の魔石を一つ貰ってきたらしい。

 宝物庫にあった魔石って価値はどれぐらいなんだろうね。怖くて聞けない。



「さてトウカ、その魔法陣の中心に立っておくれ」


「んんん? 私? 何で?」


「アース、一体何をするつもりだ」


「そうじゃのぉ……その、なんじゃ。ワシも昔の仲間に聞いただけでやったことが無くての。

 正直ワシにもよくわからん。じゃがトウカを傷付けるようなことはない。無駄にもならんはずじゃ」



 いつの間に展開したのか、魔石の下には何やら複雑な文様を描く魔法陣が広がっていて、出された指示に戸惑いを露わに上を見上げる。

 『魔石を持ってくる時はトウカも連れてきてほしい』とだけ言われていて、何をするつもりなのかはクラヴィスさんもわからないとは聞いていたが、魔法陣に立たされるって何事です?

 尋ねても不明瞭な事しか言わないアースさんの前で魔法陣を見ること十数秒、こちらを見たクラヴィスさんは仕方なさそうに頷いた。マジか。



「せめてわかってることだけでも教えてくれたっていいじゃん」


「急かすでない。詠唱を間違えるじゃろ」


「話聞かねぇな?」



 ただでさえ魔法についてわからないのに魔法陣の真ん中に立たされて不安にならないほど私の心臓は強くない。

 だというのにこのおじいちゃんと来たら、ビビりながらも私が立ったのを確認した途端、聞いたことの無い言語で詠唱を始めていた。

 魔法の理解が乏しい私に配慮をください。こういう人の話を聞かない所は契約者に似たのかな。一回振り回される側に立ってみろ。


 アースさんの態度にぷんすかしていたら、魔法陣が強い光を放ちながらゆっくり回転し始め、足元から徐々に上がって来る。ホントに何!? わからないのが一番怖いんだぞ!!

 眩しさと未知への恐怖に思わずぎゅっと両手を握りしめて目を瞑ってしばらく、光が収まり恐る恐る目を開ければ魔石が在ったところに卵が浮いていた。



「た、卵……? 誰の?」


「ふむ? ふむふむ? ほぉーなるほどのぉ……つまり後は……馴染ませればよさそうじゃな?」


「ホントに何!?」



 ふわふわと浮かび佇む卵はまるで先ほどまであった魔石でできているかのように透き通った深紫色をしている。

 よく見れば表面は龍の鱗のような物で覆われていて、中で何かが鼓動しているのがわかる。これは、もしかしなくともアースさんの卵……?



「まぁまぁ、気長に待っておれ。無事に出来上がった時にでも話すとも。ではのー!」


「ちょっとー!?」



 勝手におじいちゃんだと思っていたが、本当はおばあちゃんだったのか。

 何が何だかわからず混乱している私を置いて、アースさんは止める間も無く卵を持って湖へと潜っていく。

 ねぇー魔石が卵になったんだろうってぐらいしかわからないんだけどー? 説明責任って知ってる?

 クラヴィスさんなら何かわかるだろうかと後ろを振り返るが、目線が合った瞬間緩く首を振られた。そっかぁ。



「何をしたんだろうな……」


「……何でしょうね……」



 ヘティーク湖のほとりで二人首を傾げるが、去って行った龍が答えてくれるわけもなく。

 何を作りたいのか知らないが、失敗したらうやむやにされるやつじゃないかな。

 無くなった魔石の行方に遠い目を再びしつつ、私達は来た道を帰って行った。




 城に戻る頃には空もほとんど夜に染まり、少し落ち着いたのかシドに出迎えられそのまま執務室へと向かう。

 歩く間も報告が行われているのを聞き流しながら城内を見てみれば、見慣れない顔が色んなところで説明を受けていて、今までならいた顔がどこにも見当たらない。

 消えた彼等と友人だったのだろうか。仲が良かったのだろうか。

 物陰に隠れて暗い顔をし、こちらに気付けばすぐに表情を取り繕う人達に、私も同じ顔を返す。



 今も胸の内で燻る暗がりは、自由気ままな嵐にも消し飛ばなかったか。

 とはいえ、多少なりとも振り回されて吹き飛んでいったのは確かだ。


 彼等のことは私にはどうしようも無くて、それぞれがどこかでケリを付けなければならない物。

 それが叶わず呑み込み切れないのなら、私のように流されるきっかけをもたらせば良い。

 まぁ要するに、暗い話題は新しい話題で押し流しちゃえば良いのさ!



「というわけで、目星をつけてた新しい特産物になりそうな物を確認したいので北部の村に行きたいです!」


「また唐突だが……丁度良い」



 まだまだ続くらしい報告ラッシュと同時進行で捌かれていく机上の書類達に落ち着くのを待っていたのだが、何か話したそうにしてるのが顔に出ていたんだろうか。

 人の出入りが途切れたところで何がしたいのか聞かれ、簡単に説明して希望を伝えれば、さっきまで難しい顔をしていたクラヴィスさんが小さく頷く。

 丁度良いとは何ぞやと、首を傾げる私をそのままに視線を隣に控えるシドへと向けるのに釣られて追えば、シドは首を横に振ってから私の方に向いた。



「主が不在の際、北部の一部の村で魔物と思しき被害が報告されております。

 冬越しの備蓄が食い散らかされたとのことで、その慰問へ明日向かう予定でした」


「それって……クローファ村周辺で起きてた?」


「良く、覚えておいでで」



 備蓄と言われ、クラヴィスさんが不在の間に報告されていたことかとあの時聞き流していた報告内容を思い出す。

 先ほどから目の前で行われていた報告には無かった内容だが、村の位置からしてあの事かと聞けば大当たりだったようだ。

 流石幼女の記憶力。いつも頼りにしてるけど、自分でもちょっぴり怖いぐらい覚えてるよね。ほらごらん、シドも驚いたのをお辞儀で誤魔化してるよ。

 とはいえ仕事は今も山積みである。ノックの音にすぐさま幼女の顔を取り繕うと、クラヴィスさんは少ない書類の束をシドに持たせた。



「騎士を一名、ウィルと共にトウカの警護に付ける。手配を。

 トウカは明日の準備をしてきなさい。長くなるから菓子でも用意しておくといい」


「はーい」



 距離からしてきっと朝から出発だろうからなぁと思いつつ、間延びした声で元気よくお返事する。

 そのまま書類を持って扉へと向かいながら来室者の対応をするシドに付いて行く形で部屋を出ようとすれば、どことなく上機嫌のカイルが入れ替わりで執務室に入ってきた。

 時間的に大掃除の報告だろうけど、機嫌が良いってことはよっぽど良い報告なのかな。気にはなるがさり気なく退出を促してくるシドに従って執務室を後にした。



「とりあえず厨房かなぁ」


「ご一緒します」


「書類は良いのー?」


「急ぎの物ではありませんから」


「そう? じゃあ一緒に行こっかー」



 クラヴィスさんの帰城で止まっていた仕事が動いたからか、人の行き交いが多い廊下を二人で歩く。

 もう日が完全に落ちているというのに忙しそうに働いてくれている彼等を見ていると、ホワイト領地への道のりは遠いとしみじみ思う。

 とりあえず労働基準法を定めたいところ。この世界そんなの影も形も無いみたいだからなぁ……意識改革から始めるとなると、険しい道のりになりそうだ。

 私も私でやることが山積みなのだと一人意識が遠のいていたが、不意に人気が無くなったのを見計らってシドに呼び止められた。



「ところでお嬢様、目星を付けていたというのはあの花ですか?」


「そ、シドにも手伝ってもらってたエディシアの花だよ」



 私の答えに納得した様子のシドを見て、その節は随分手伝ってもらったなぁと頬を掻く。

 エディシア。それはこの国でも広く自生している植物で、冬から春にかけて五枚の薄紫を咲かせる花。

 花は丸ごと落ちて散り、その実は秋頃に裂けて種が露わになるというその花は、色こそ違えど日本の椿に似ていた。


 椿に似ているのなら、油が取れるかもしれない。

 椿油が採れるようになれば料理だったり美容だったり、色んな使い道ができるだろう。

 そう、図鑑を読んだ時から目を付けてはいたものの種が取れる時期ではなかったし、取り掛かるタイミングが無かった。



 この世界の油は砂糖と同じく、主に魔物から採れる魔油という油が主流で、他はあっても動物から採れる油が多いらしく、鉱物性や植物性の油はあまり使われていないそうだ。

 何でも魔油というのは名前の通り魔力を宿す特性があるそうで、魔法が生活に根付いているこの世界においては普通の油より利用価値が高いんだろう。

 更にその魔物は個体差があるものの、少なくとも樽一つ満たせるほど油を生成するため、他の物から油を採るという考え自体少数派だという。


 とはいえ、その魔物は油を使って炎を自在に扱うため手強く、討伐するにも念入りな準備が必要なため魔油の希少価値は高い。

 元の世界のように一般人に広く流通するほどでもなく、普段から利用しているのは富裕層が中心で、平民はお祭りなどの行事で少量使う程度。

 ──そのせいか、貧しさに追われ無謀な討伐に向かう人もいて、命を落とす者も少なくない。



 普通の油は魔油よりは安価で扱われるだろうが要は使い道だ。

 贅沢品や嗜好品に生活用品の類は、油があればどうにか作れる物が色々あるからね!

 無い頭捻ってでも金持ちの懐から大金を引き出せる商品を再現してみせますとも!



 と意気込んでいたのだが、クラヴィスさんの王都召喚に延期を余儀なくされていたんだよねぇ……!

 せめてもの準備として地域差はあるのか、固有種は自生していないか等、ゲーリグ城で働く各地域出身者に尋ねて回る際、シドには大変お世話になりました。

 出身地を知るために名簿を貸してもらったり、話を聞くときに一緒に来てもらったり、近付いて良いのか選別だったりと、領主代理で忙しいのに滅茶苦茶時間を割いてもらった自覚はある。


 だがしかし、おかげさまでノゲイラ北部に生えているエディシアは固有種の可能性があるのが分かったのだ。

 普通のエディシアと比べて一回りも二回りも大きいようで、北部出身の人達が軒並み図鑑を見て首を傾げていたぐらいだ。

 花が大きければ種も大きいんじゃないか。種が大きければ採れる油も多いんじゃないか。

 そんな単純な考えだが、試してみる価値はあるはず。きっと。



 シドの労力を無駄にはしない。絶対。と心の中で決意を新たにしていれば、いつの間にか厨房の近くまで来ていた。

 騒がしさと共に良い匂いが漂っていて、そういえば夕食前で忙しいかとこっそり厨房を覗き込めば、丁度鍋を抱えた青年と目が合ってしまった。

 あっと思ったが青年は悩む素振りを見せずにすぐさまディックを呼び、小さく私に頭を下げてから鍋を持って奥へと小走りで走って行く。

 最初の頃は来るたび恐る恐るって感じだったのに、すっかり慣れたね皆。そうだね、お菓子とか料理とかで割と頻繁に来てるもんね。そりゃ慣れるか。



「お嬢! 今日も何か作るんで!?」


「今日は明日の準備なの。新しいお菓子はまた今度ねー」


「あぁ、そういや明日は北部に行くと……お嬢も?」


「そーなったの。だからおやつにクッキー作ってほしくて」


「わかりやした、出発前に出来立てをお持ちしやすね」



 お玉片手に現れたディックは『パパの本で見た遠い国の料理』ということにしている異世界の料理がとても気になるらしい。

 今日も新しい料理が作れるのかと目が爛々と輝くほどウキウキしていたのに、私の頼みを聞いて見るからにテンションが下がっていて苦笑いが浮かぶ。


 料理に対する情熱が人一倍あるからか、それともこの城で働く人の気質か。

 私が話す聞いたことも見たことも無い料理を参考に試作を重ねているらしく、他の料理人から「休ませてほしい」と嘆願が来ているほど厨房に入り浸っているそうだ。

 前にもこんなことあったなぁと思ったが、彼女と違ってディックは厨房の責任者なので誰も止められないんだって。立場があるのも困りものだね。


 シドでも手を焼いているほどだし、近々領主命令で休まされることになると思うけど……これでも控えてるのは誰にも言ってない私の秘密だ。

 だってまだまだ教えてない料理がたくさんあるんだよ……これ以上熱を上げようものなら怒られるの私だもの。火に油注ぐの良くない。

 最近では普通のクッキー作りでも満足できないみたいだし、クッキーのレパートリー増やすぐらいなら良いかなぁと思ったところで、ふと思いつく。



「ねぇシド、明日行く村に住んでいる人ってどれぐらいいる?」


「人口ですか? クローファ、エル、トリア、イロザの四か所ですから……ざっと五百人ほどでしょうか」


「五百ねぇ……少なくしても厳しいかぁ」



 お菓子の類は基本私やクラヴィスさんの分ぐらいで、大量に作ることは材料の問題もあってしていなかったはず。

 だからたまには大量に作ってみるのは良い気分転換になるだろうし、普通に疲れて休んでくれるんじゃないかな。

 それに砂糖の生産が始まっていても甘味の類を気軽に食べられるようになったわけではないんだし、被害に遭った人たちにとって励ましになるのでは。


 そう思いついたものの、今ある備蓄だとその人数に行き渡る量は難しく口を閉ざす。

 ゲーリグ城だって冬に備えて蓄えているところだから余裕があるわけでもないし、今から材料を取り寄せるのも間に合わない。

 元々慰問のためにと用意されていた支援物資があるのも知っているし、残念だが次に訪れる機会があればその時にということで、今回は諦めるしかないか。

 なんて私の考えはお見通しだったらしい。呻っている私にシドが微笑んでいた。



「子供だけでしたら、百人程度かと」


「? ……んぁ! その人数ならそうっすね、一人二枚なら十分できますぜ! あ、でもお嬢の分が……」



 それまで首を傾げていたが今のアシストを聞いて察したディックが胸を叩いて明るく応える。

 まさか自分を疲れさせるためでもあるなんて思いもしていないんだろうなぁ。

 今からその量を作るのは大変だろうに文句も言わずに引き受けてくれて、私の分まで配慮してくれるのだからちょっと申し訳なくなってきた。

 けれどまぁ、利用できるモノは何でも利用させてもらうとしよう。知らずに使われてなさいな、なんて悪役っぽいセリフが過ぎったけど気にしなーい。



「ディック、慰問の際に私から子供達へクッキーを配りたいの。

 私の分は要らないから気にせずお願い、できるー?」


「お任せを!」



 こうなれば私にできるのは領主の娘として指示を出すことだけ。

 責任の在処ははっきりさせるべく言葉にしたものの、周囲の存在に最後だけ幼子の仮面を被る。

 ディックが料理以外はほとんど気にしない人で良かった。そのままの貴方でいてね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る