色々詰まったふぁんたじー
今度こそ普通に景色を楽しみながら馬車に揺られることしばらく。ゆっくりと馬車が止まり、御者席の方からペルグの声が聞こえてきた。
「ついたの?」
「道が悪く馬車はこれ以上進めん。ここからは歩きだ」
窓から見える景色には水一滴見えないため不思議に思って尋ねてみれば、クラヴィスさんからそんな答えが返される。
もう一度車窓から周囲を見てみると、少し離れたところに随分放置されていたんだろうとわかる林道が見えた。
なるほど、あれだと馬車で進むのはちょっと難しいね。納得。
一人納得しているとシドが馬車を降りたので、私も降りるため幼女には少し高い座席から降りようとする。
だがそれが叶う前にクラヴィスさんに抱っこされ、私は乗る時と同様、抱っこされた状態で馬車を降りる事となった。自分で降りれるんだけどなぁ。
馬車から降りるとクラヴィスさんはすぐに私を地面に降ろし、すぐに頭にポンと手を置く。
どうやら翻訳魔法を発動させておくつもりらしい。久々に魔力が繋がった感覚と、翻訳魔法が使われた感覚がして、反射的に肩が震えた。
「何が起こるかわからん。錯乱して言葉が理解できないなどという事態に陥れば命に関わるからな」
「了解です」
いくらこちらの言語を習得したとしても、私にとってはまだ使い慣れない言語なのに変わりは無い。
現に今朝、クラヴィスさんに『スルー』という言葉の意味が伝わらなかったように、無意識に向こうの言葉を使ってしまう事もあるのだ。
普段はそういった時は聞き流したり意味を問われたりするが、緊急時にそんな事をしている暇は無いし、お互いの危険にも繋がりかねない。
それならいっそ最初から翻訳魔法を使っておき、どちらの言葉を使おうと伝わる状態にしておけば、そんな心配も無くなるという事だろう。
私も咄嗟の時に日本語を出さない自信があんまり無いので助かるや。流石クラヴィスさん。
ビシッと敬礼して返事をすると、手に持っていた帽子を取られ、丁寧に被せられた。
ねぇねぇクラヴィスさん。私の中身が大人なの知ってますよね? そもそも子供でも帽子は被れるからね?
問答無用で被せられた帽子の位置を調整しながらクラヴィスさんを見上げるが、その顔を見る前に話に一段落着いたと判断したのか、大きな鞄を背負ったシドに声をかけられた。
「主、お嬢、準備が整いました」
「わかった。ペルグ、お前はここで馬車を頼む。
もし湖の方向で紅い光が打ち上がったら、城へ戻り、警備部の者にその事を伝えてくれ」
「かしこまりました……どうか、お気をつけて」
「あぁ」
ペルグはここに残るらしく、馬車の横に立つ彼はクラヴィスさんの指示に神妙な面持ちで頷き、私達に向けて深く頭を下げる。
フィオーレの反応から少し考えてはいたけど、やっぱり魔物って滅茶苦茶危険な存在なのだろうか。私、一緒に行って大丈夫なの?
一緒に行くのはクラヴィスさんからの提案だったし、お荷物な私を連れても最低限の安全は確保できるから連れて来てくれたはず。
ともかく邪魔にだけはならないように気を付けよう。
そう気合いを入れ直し、ペルグに手を振って、私はクラヴィスさんと手を繋いで林道へと歩き出した。
ヘティーク湖は高くそびえ立つ大きな山のふもとに広がっており、周囲は森に囲まれている。
そんなヘティーク湖へと繋がる林道は、大人の足で約十分ほど歩く程度の長さらしい。
だが魔物が棲みつき、半年近く人が寄り付かなくなって放置されていたからだろう。
道らしき道はあるものの自由奔放に生え散らかる草に足を取られ、幼女な私には大変歩きづらい道になっていた。
最初は自力で歩いていたものの、途中で何度もよろけて転びそうになってを繰り返し、三分の一ほど歩いたところで私はクラヴィスさんに抱っこされる事になった。
だって転びかける度にクラヴィスさんに助けてもらうんだもの。幼女とはいえ自分の体重が腕一本に掛かってみてごらん。腕抜けるかと思うから。
助けてくれるクラヴィスさんも気が気じゃないだろう。大人しく抱っこされた方がお互い楽なんだぁ……。
「……なんで私ってこんなに小さいのかなぁ……」
「……私も聞きたい」
「お二人とも、お嬢の年頃であればそれぐらいですよ?」
「アハハーソウネー、ハヤクオオキクナリタイナー」
私とクラヴィスさんの言葉に、後を付き従うように歩くシドが苦笑いを浮かべる。
あぁ抱っこされているからシドの表情が良く見えるわぁ。これは微笑ましく思われてるわぁ。早く大人になりたい子供だと思ってるんだろうなぁ。
そうだよね、シドは私が異世界から来た事を知らないもんね。幼女な私が小さいのは当たり前だと思ってるもんねぇ。ごめんよシド。私中身は二四歳なの。
若干遠い目で乾いた笑いを漏らす私に対し、クラヴィスさんはただ小さく「そうだな」と呟く。
シドにならバラしても構わない気もするのだがクラヴィスさんには相変わらずそのつもりは無いそうだ。
それ以上は何も言わず、颯爽と先へ進むクラヴィスさんの腕の中、私は周囲に目を向けた。
風の音と共に鳥の鳴き声が聞こえてくる穏やかな森の中、馬車が通れる程度は広い道が続いている。
周りに生える木々は大きく、幼女なのもあって上を見上げても先が見えないほど高く伸びていた。
私が小さいだけかもしれないが、何だかこの辺りの木は異常に大きいような気がする。
木肌と丸みを帯びた葉っぱの特徴からして、この辺りに生えている木は良質な木材として知られるアガッジだろう。
図鑑では二〇年ほどで大人四人ほど成長すると書いてあったはずだが、一八〇センチメートルはあるクラヴィスさんと比べてみても明らかにそれ以上育っている。
魔物が湖に棲みついて伐採できなくなったとしても、それは半年ほど前の事だ。それまで伐採などで人の手が入っているはずなのに、いささか育ちすぎではなかろうか。
「パパ」
「木か?」
「うん、ここの森って前からこんな感じなんですか?」
「私も記録を見ただけだがこの辺りのアガッジは何故か他の物と違い早く育つらしい。
更に質も良く、王城でも使われるほど高値で取引されていた。
それが半年ほど前に魔物が棲みついたせいで手を付けられなくなり、手入れもできずにあるがままになっているそうだが……これは異常だな」
流石パパン。私が呼ぶだけで聞きたい事を察するっておかしくなぁい? それができそうなお人だけどさぁ。
そんなクラヴィスさんから見てもこの森は異常なようだ。
異常に早く育つって事だろうが、何だか妙に神妙な面持ちだ。ただ単に成長速度が早いってだけじゃないのかな?
「前に来たのは君を見つけたあの日だ。五ヶ月ほどしか経っていないというのに木々の大きさが一回り以上違う。
シド、お前も覚えているだろう?」
「はい、確かにおかしいです。
以前来た時は足跡が残らないよう木を飛び移って湖まで向かいましたが……その時より明らかに木が成長しています。
前は軽く飛び乗れましたが、今は魔法を使わないと難しいですね」
「ほ、ほへー……」
クラヴィスさんに話を振られ、周囲を観察しながら返事をするシド。
従者って木を飛び移る必要がある仕事なの? 木の間って一メートル近く空いてるよ? しかも一回り成長してるってことは前はもう少し距離があったんじゃね? それを飛び移って湖まで行ったの? さては忍者だな?
前々からただ者ではないとは思っていたが、クラヴィスさんだけでなくシドも普通じゃないなんて……だから皆が怖がるほどの魔物調査に二人で、しかもお荷物な私を連れて行けるわけですか。ナルホドー。ナットクー。
「あ、見えて来たよー」
主従の人間離れについて考えてはいけない気がして目に入った青へと指差し声を発する。
木々の間からも見えた湖はとても大きく、風に揺れる水面が太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
想像していたよりも随分水が綺麗で、思わずクラヴィスさんに抱えられたまま身を乗り出して見ると、ある程度の浅さなら底が見えるほど透き通り数匹の魚が泳いでいくのが見えるほど澄んでいた。
「綺麗だねー」
「……そうだな」
素直な感想を漏らした私とは違い、クラヴィスさんは何故か神妙な面持ちで湖を見ている。
さっき木の話をしてた時と同じ顔ですね。何かまた妙なところを見つけたのかな。
「シド、水の調査を」
「畏まりました」
クラヴィスさんの指示に従い、背負っていた鞄から青い宝石が装飾された道具を取り出すシド。
道具には試験管のような物が嵌め込んであり、シドはそれを取り外して湖の水を汲んでから元のように嵌める。
そして青い宝石に手をかざしたかと思えば、青い宝石が光り出し、試験管の中の水が淡く輝き出した。
ふむふむ、あれが噂の魔法道具ってやつですな。
多分水質調査的なアレなんだろうけど、何がどうなって何をどうするのかさっぱりですわ。青い宝石は噂に聞く魔力を宿した鉱石の魔石ってやつかしらね。わかんないけど。
しっかしこういうファンタジーな場面を見ると心が躍るけど、危険な魔物がいるって思うと純粋にワクワクしてるわけにもいかないよなぁ。
「魔物ってどこにいるんですかね?」
「……今は湖底だな。私達に気付いているようだ」
「そこまでわかるの」
「魔力を見ればわかる……が、動いたな」
「え?」
魔力が全く分からない人間に言われても困るような回答が告げられた途端、クラヴィスさんは私を抱く腕の力を強めて湖から少し距離を取る。
動いたって魔物の事かと理解した時には、シドが魔法道具を手早く鞄へと片付け、私達を守るように前に立って剣を抜いていた。
「主」
「トウカはしっかり掴まっていなさい」
「ちょ」
「来るぞ」
今まで見たことの無い、鋭い剣のような雰囲気を露わにするシド。
その様子と言われた言葉に、反射的にクラヴィスさんにしがみついた次の瞬間、湖が大きく盛り上がり、大量の水が動く音と共に湖から大きな何かが飛び出した。
「あれが件の魔物か」
「──と」
頭上から感心したような声が聞こえてくる。
感心してる場合かと頭の端で冷静な私が突っ込んでいるけれど、湖から現れた魔物の姿に喉が引き攣りそれどころでは無かった。
大きな蛇にも似た身体が水を滴らせてふわりと浮かび上がって行く。
あれは手なのか足なのか、大きい手足が四本あって、それぞれに携えた鋭い爪がギラリと太陽の光を反射したのがやけに目に刺さる。
金色に輝く髭が二本、ゆらゆらと揺れていて。
頭に生えた二本の角は鹿のようで。
目は鬼のように厳つくて。
その目が私達を見下ろすから、思わず震える手で魔物と呼ばれるその存在を指差した。
「と、とっと、と」
「壊れたか?」
上から失礼な声が聞こえてきたけど構ってなんかいられない。
だってほら、そこにいるのはアレだもの。アレなんだもの。私じゃなくても知ってる人なら似たような反応するもの!
──ここがノゲイラではなく日本なら、誰もが知ってるだろう存在。
古くから神聖視され、各地で神様として祀られる伝説上の存在。
「東洋龍だーーーーー!!?」
ファンタジー世界ならドラゴンじゃないのーーーーー!!?
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