ペアルックは微笑ましい?

 いやぁ、色々とやってたら時間の流れって早いよねぇ。

 ヘティーク湖の魔物調査へ同行する事が決まってからあっという間に三日が過ぎ、魔物調査当日。

 朝食を終えて部屋に戻り、支度を進めつつ窓から空を見れば、雲一つ無い青く澄み渡った晴天が広がっていた。



 私がこちらに来た頃は、まだ春になるかならないかという季節だったが、あの日からもう五ヶ月も過ぎている。

 それだけの時間が過ぎれば、始まったばかりの春も終わり、世界が煌めく夏が来るのも自然の摂理である。


 ノゲイラは日本でいう東北辺りの気候に近いのか、夏は涼しく冬は厳しい土地だそうだ。

 まだ本格的な夏が来たわけではないけれど、日本のじめじめとした暑さとは違い、カラッとした暑さを感じる。

 夏は過ごしやすそうだなぁと思うけれど、冬の厳しさはちょっと心配だ。

 早いうちに暖房についてクラヴィスさんと話した方が良いかもしれないなぁ。



 暖炉についての知識を引っ張り出しつつ、侍女のフィオーレに手伝ってもらい上品な青いドレスに袖を通す。

 見た目が幼女とはいえ中身はとっくに成人している。

 普段は凝った物でもない限り一人で着替えているのだが、今日は魔物調査に行くからと有無を言う間も許されずフィオーレのお人形と化していた。


 腰の辺りを紺色のリボンで引き絞るようなこのドレスは、確かに普段用意されているドレスよりも装飾が少なく、シンプルで動きやすそうなドレスだが、手伝ってもらわなければ着られないほどの服では無い。

 それに私としてはドレスじゃなくてクラヴィスさんやシドといった男性が着るようなズボンの方が動きやすくて良いんだけど、速攻で却下されました。

 何でもズボンは男性が着る物で、女性が着るのはあまり無いそうだ。いやいやあれ楽だからね? 何よりこういったふんわりとしたスカートとか、いざって時にどっかに引っかかりそうで嫌なんだけど。駄目っすか。



 そうこうしている内に着替えを済ませ、フィオーレに促されて鏡台へと移動する。

 幼児化しても元の姿と変わらずショートカットだった髪もすっかり背中に届くまで伸びていて、邪魔にならないよう軽くまとめるためにフィオーレが櫛を通し始める。

 そういえばこっちに来て以来特にこれといった手入れをしてないなぁ。

 見たところ傷んだ様子もないから今は良いけど、その内美容品とかも必要になるよね。美容液の作り方は流石に知らねぇぞどうしよう。


 知らない物は仕方ないし、早いうちに美容液とかの開発してもらうよう頼むしかないか。その前にノゲイラの生活をもうちょっと豊かにしないと。生活基盤、大事。

 完成するまで私がこの世界にいるかどうかは分からないが、やっておくのに越したことはない。下手したらこの世界で死ぬかもしれないからなぁ……。



 文字を始めこの世界の事を勉強しながらも元の世界に戻る方法を探しているが、全く何も見つからない。

 あったとしても初代国王の友人さんの伝説じみた武勇伝ぐらいで、違う世界に来てしまった理由も、体が小さくなってしまった理由も皆目見当つかない状態である。

 一人で何万の兵を倒しただとか巨大な獣を従えていたとかいう話だけだもの。一体どこの勇者が召喚されたんでしょうかね。


 ──もしもこのまま帰る方法やその手掛かりすらも見つからなければ。

 今はノゲイラの事に手一杯で本腰を入れて調べているわけではないとしても、ここまで手掛かりが無いとそんな考えが頭を過ぎってしまう。

 その時になって困るより、今の内から少しずつ心構えや準備をしておいた方が良いのかもしれないなぁ。



「はい、これでいかがでしょうかトウカ様」


「あ、ありがとー」



 少しぼんやりし過ぎたか、フィオーレに声を掛けられて慌てて返事をする。

 両サイドを編み込み、ドレスのリボンに合わせた紺色のリボンで後ろに纏められた髪は、歪みなど無くまとめられている。

 魔法でも使っているのか、リボンは緩む気配もなく、これなら例え全速力で走っても崩れないだろう。


 にっこり笑顔でお礼を言えば、フィオーレは微笑ましそうに笑みを浮かべる。

 五ヶ月ってやっぱり長いね。城の人達との間にあった溝も随分埋まった気がするよ。私が色々頑張ったからネー。パパンは私に感謝して良いと思う。

 そんな風に一人ニマニマしていると、部屋にノックの音が響いた。



「トウカ様、クラヴィス様がいらっしゃいました」


「はーい、どうぞー」



 どうやらわざわざ迎えに来てくれたようだ。

 クラヴィスさんの来訪を告げられ、入ってもらうよう返事をすればすぐに扉が開く。

 今日会うのは初めてなので、朝の挨拶をしようとそちらへ向いた瞬間、私は固まった。


 ふ、服がまるっきしお揃いなのですが!?



「オ、ハヨウゴザイマス、パパ」


「あぁ、おはようトウカ。そろそろ出発するから迎えに来たが、準備はできたか?」


「準備は、できたんですけど……え、スルー? スルーしちゃうの?」


「スルー? 何だそれは」


「……ナンデモナイデス」



 私と同じような青を基調とした服に、腰から下げられた紺色の鞘に収まる細身の剣。

 それは明らかに私の服装と同じ色合いで、傍から見ればまさにお揃いの服を着ている親子のようだ。

 固まったままカタコトに挨拶をする私に対し、普段と変わらぬ無表情のクラヴィスさんは何も気にしていないのかお互いの服装に触れることなく準備ができたかを確認してくる。


 えぇ……この人全く気にも止めてねぇ……。

 別に嫌というわけではないが、これはあの、恥ずかしさがすごいのです。仲睦まじい親子みたいじゃん。親子だけど。仲は悪くないと思ってるけどお揃いの服を着て出かけるほどの仲ではないと思うのです。



 想定もしていなかった事態に顔を引き攣らせていると、隣に控えていたフィオーレが静かに動き出す。

 そうだ、このドレスを選んだのはフィオーレだ。つまりこの企みの犯人は彼女か!?

 そんなことを考える私を他所に、フィオーレは鏡台の前に置いていた鍔広の白い帽子を手に取り、私へと渡した。



「お嬢様、日の下に出られる際はこちらを被ってくださいね」


「……フィオーレが考えたのー?」


「な、何をおっしゃいますかお嬢様! きっと偶然ですわオホホホホ」



 いやもう、あなた犯人じゃん。もしくは共犯者じゃん。

 明らかに動揺しているフィオーレをジト目で見つつ、帽子を受け取ると、クラヴィスさんが私の名前を呼んだ。



「トウカ、行くぞ」


「はーい……手伝ってくれてありがとー」


「どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」


「うん、行ってきまーす」



 着替えたい気持ちはあるが、忙しいクラヴィスさんの時間を無駄に費やすような真似はしたくない。

 クラヴィスさんは全く気にしてないみたいだし、見た目は単なる仲の良い親子なんだから、もう良いか。わー、パパとおそろいうれしーなー。

 ため息が出そうになるのを抑えてフィオーレへお礼を言い、クラヴィスさんの元へ向かえば、フィオーレは微笑ましそうに笑みを浮かべて見送ってくれた。帰ったら悪戯してやろうかしら。




 クラヴィスさんに連れられて向かった先はゲーリグ城の門前で、馬車が一台止まっていた。

 その傍らには胸当てや籠手といった防具を幾つか身に着けているシドがいて、彼はクラヴィスさんと私を見た後、意味深な微笑みを浮かべてお辞儀する。さてはシドが主犯だな? そうだな?



「お似合いですよお嬢」


「ソーデスカ」



 揶揄われている気がしてしょうがないが、諦めてシドの褒め言葉を躱し、こちらへ深く頭を下げているおじいさんの元へと近寄る。

 確かこのおじいさんはゲーリグ城で長年馬の世話をしてるペルグ・エフィナだ。庭師に同期のおじいさんがいて、その二人がこの城で勤める人達の最年長だったはず。

 明るい笑顔を浮かべて「おはようございます」と挨拶すれば、顔が見えないほど白い髭に覆われたペルグは驚いた様子を見せたものの、微笑ましそうに挨拶を返してくれた。



「おはようございます、トウカ様」


「今日はよろしくおねがいしまーす」


「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」



 ぺこりと頭を下げられ、こちらもそれに続きそうになるのをどうにか抑える。

 結構慣れてきたと思っていたが、気を抜いたらこれである。気を付けねば。

 内心ひやひやしている私を知ってか知らずか、クラヴィスさんは私を軽々と抱き上げ、ペルグに一言二言言ってから馬車へと乗り込んだ。

 あのー、私、自分で乗れますよぅ? こっちの方が早いって? 知ってた。



「では、出発致します」



 クラヴィスさんの隣に降ろされ、最後に乗り込んだシドが扉を閉じて向かい側に座ると、いつの間にか御者台に座ったペルグが一声かけてから手綱を振る。

 そうしてゆっくりと動き始めた馬車は徐々に速度を上げて石畳の道を走り出した。

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