連絡無しで来る人って怖いよね

 私とクラヴィスさんを乗せた馬は、颯爽と道を走って行く。

 いつの間にやらゲーリグ城も、ゲーリグ城を囲むように広がる城下町も通り抜けていたようで、揺れる視界の中クラヴィスさんにしがみついたまま片目で見た景色は、建物も何もない木々の間に作られた道を走っていた。


 城から飛び降りられて死ぬかと思えば魔法で難なく着地され、状況が理解できず混乱している私をそのまま抱える形で馬に乗せて、少し冷静になって周りを見ようと思った途端これである。

 城に住み移るまで過ごしていた屋敷からゲーリグ城までの間の景色は見た事あったが、ちゃんと城下町を見たわけでは無かったので、前々から見てみたいと思ってたんだけどなぁ。見る余裕なんてありゃしねぇ。

 それに、だ。馬って結構揺れるのねー!?



「ひっ、ぇっ、うっ!!?」


「トウカ、もっとしっかり掴まれ」



 馬が地面を蹴る度に揺れが伝わり体が飛び上がり、嗚咽のような悲鳴が漏れ出る。

 片手で手綱を操り、もう片手でしっかりとクラヴィスさんが支えてくれているから落ちる事は無いんだろうけども、それでもこの揺れは無理です。落馬しそうですっごい怖い。こちとら幼女だぞ落ちたら死んじゃうよ。


 もうこうなってはお高い服に皺がどうとか考えている余裕なんて無い。

 クラヴィスさんの胸元にしがみつき、脳までシェイクされているかのような揺れに涙目になっていました。

 中身が大人でも体は幼女なんです。内臓とかも幼女なんです。大人からしたら大した事の無い揺れでも子供には大した事あるんだよぉ!



「お、おうちかえるぅーーーー!! っつぁっ!!?」


「それ以上舌を噛みたくなかったら黙っていなさい」



 叫ぶと同時に訪れた揺れに舌を噛み、悶絶したくとも満足にできず、私は黙ってクラヴィスさんにより一層しがみつくほかなかった。

 うぇぇ……血の味するよぅ……。あ、無理、泣いちゃう。痛みで生理的な涙が出ちゃう。クラヴィスさんの服にこすりつけてやる。後でシドに気付かれて怒られてしまえ……!




 クラヴィスさんの腕の中、小さな犯行を行ったりとしながら必死にしがみつく事しばらく。

 徐々にスピードが緩められたかと思うと、背中に回っていた手から力が抜け、ほとんど浮いていたお尻が馬へと着地する。

 どうやら目的地に着いたらしいけど、そんな事より舌が痛い。さっきよりマシとはいえ血の味がするぐらい噛んじゃったんだ。口内炎できたら嫌だな。



「……トウカ、大丈夫か?」


「ひたかみまひた」


「見せてみなさい」



 クラヴィスさんの服に染み込み切らなかった涙を袖で拭っていると、クラヴィスさんが心配そうに訊ねてくる。

 馬に乗せるのではなく、抱き上げたまま走らせる事によって揺れを緩和させるぐらいの気遣いをしてくれるなら、もう少し速さを緩めてくれても良かったんじゃないかなぁ?

 内心不満をいだきつつも、痛みで若干呂律が回らない口で答えれば、なんと舌を見せろとおっしゃるか。義父とはいえそんなの恥ずかしいんだけど、見せなきゃ駄目っすか。へーい。


 あっかんべーの要領でべーっと痛む舌を出すと、クラヴィスさんは迷う様子もなく指を近付けてきた。

 何するんだこの人と驚き固まる私を他所に、指に淡い光が灯り、それに吸い込まれるかのように痛みがスッと消えていった。



「これでいいだろう」


「え、痛くない!? 魔法ですか!?」


「回復魔法だ」



 唐突に痛みが消えて驚きはしゃぐ私とは対照的に、大した事ではないとばかりに短く答えるクラヴィスさんだが、こちとら魔法なんて無い世界から来た人間である。どんな魔法でも見たら目を輝かせてしまう自信がありますぞ。

 それにしても魔法ってすごいねぇ。クラヴィスさんが今使った回復魔法もそうだけど、今も掛けてくれている翻訳魔法も便利すぎるもの。

 兵士達の訓練を見ていたシドも、魔力を操る訓練だって言って水芸みたいなのしてたよ。通りがかりに見せてもらっただけだけど、水の鳥やら蝶やら花やらが飛び回っていてすごかった。


 詳しい事は知らないが、この世界の人達にはそれぞれ得意な属性があるものの、魔力さえあれば苦手な属性でも簡単な魔法は使えるらしく、日常に魔法を取り入れて暮らしているらしい。

 例えば火属性が得意な人でも相性の悪い水属性の魔法を使って水を作り出す程度の事はできるそうだ。魔力無しの私には到底できそうにない事だけど。ぐすん。



「それより着いたぞ。オリグ村だ」



 内心しょんぼりしていたものの、頭を切り替えてクラヴィスさんの見ている方向へと顔を向ければ、そこには絵に描いたような村があった。

 入口と思われる場所には木材でできたアーチがあり、その周辺には木の柵が連なっている辺り、あれが村と外の境界線と言った所だろう。

 遠目から見ても人が数人歩いているのが見えるが、不作の為か、どの人もどこか暗い雰囲気を醸し出している。


 オリグ村というと、ゲーリグ城から北に行ったところにある村だ。

 つい先日見たノゲイラの地図を思い浮かべてみるが、記憶が確かならオリグ村よりゲーリグ城の南にあるエフィナ村の方が距離的には近かったはず。

 あれだけ馬を走らせるほど急いでいるならエフィナ村の方が良かったのでは? 私も舌を噛まずに済んだのでは?



「どうしてこの村に?」


「ここはアムイを育てている農村で城からも近い」


「エフィナ村の方が近いんじゃ?」


「エフィナはもう収穫し終わっている。

 北はここしばらく天気が悪く、収穫を遅らせることになっていた」


「なるほどー」



 ゆっくりと馬を歩かせ村へと近付いて行く間、降って湧いた疑問をぶつけるとすんなりと答えが返って来た。

 収穫が終わってる村でやってもすぐに肥料の効果は分からないって事だろう。

 でも腐葉土を取り入れてすぐに効果は出るのかな。エフィナでは収穫が終わってるって事はオルグも収穫直前のはず。うーん、収穫までにちょっとでも実りが良くなれば良いんだけど、どうなるかなぁ。


 上手く行かなかったらその時はその時だ。新しく作物を育てる畑に取り入れればちゃんと成果が出るだろう。

 揺れる馬上で暢気に考えていると、馬は止まる事無くそのまま村の中へと入って行く。

 馬に乗って来た私達に何事かと村の人からの視線が集まっているのを感じ、私は居心地悪く感じたがクラヴィスさんは全く動じていないらしい。流石パパン。

 先に下りたクラヴィスさんに抱き上げられる形で馬から降りると、どこかから一人のおじさんが少年に連れられて駆け寄って来た。何か貫禄があるね、ここの村長さんか?



「こ、これは領主様ではありませんか! それにまさか、お嬢様もですか……!?」


「フィジットか、丁度良かった。突然だが娘と共にこの村へ視察に来た。

 そうだな……ジェムの畑を見せてもらいたい」


「ではすぐにジェムを連れてまいりますので……馬はどうされますか?」


「ジェムの畑を見終えたらすぐに発つ。それまでに水を飲ませてやってくれ」


「わかりました、少々お待ちください」



 フィジットと呼ばれたおじさんはクラヴィスさんと面識があるようだ。身なりも他の村人達よりちょっと小奇麗だし、十中八九村長さんだろう。

 名乗る必要も無く進んでいくやり取りが終わると、フィジットは少年に馬を連れて行くよう指示を出し、そのまま走ってどこかへと去って行った。

 ジェムって人を呼びに行ったんだろうけど、あのおじさん、足遅くない? ここまで走って来て疲れてたみたいだし転びそうだよ。あ、若い男の子が代わりに走って行った。はっやいなぁ。



「ジェムって誰ですか?」


「ジェム・オリグ。今年で三十七歳の男で妻と息子が一人、娘が二人いる。

 この村で最も平均的な畑を所有する者だ。肥料の効果をはかるのに彼の畑が適任だろう」


「……まさか全員覚えているとかいわないですよね?」


「全員、とはいかないがな。ある程度は覚えている」



 馬から降ろす時のまま抱き上げられていたため、内緒話をするように耳元に手を当てて小声で質問すれば、クラヴィスさんも同じように小声で答えてくれる。

 ここは人目があるからね。注目集めちゃってるのもあって、三歳児の演技はしておかなければならないのです。傍から見れば今の私はパパと内緒話をしてる幼女だよ。


 でもさぁ、完璧超人だろうなぁとは思ってたけど、まさかここまでとは。

 城から飛び降りるほど突発的な視察なんだから下調べしてたわけでもないだろうに、年齢から家族構成までスラスラと淀みなく言われて顔が引き攣りそうだ。

 おっと三歳児も顔を引き攣らせたりするのかな。うん、わからん。にっこりしておこう。

 どうにか表情筋を動かし幼女らしい笑みを浮かべようと必死になっていると、先ほどの男の子に先導されて一人の男性が大慌てでこちらへと駆け寄って来た。



「大変お待たせ致しました。わたしがジェムでございます、領主様、お嬢様……!」


「あぁ、そう畏まらなくとも良い。急だが、ある実験に付き合ってもらいたい。

 上手く行けばアムイの収穫高が上がるかもしれん。頼めるな?」


「は、はい! わたしの畑でよければ喜んで……!」



 滑り込むように地面へと膝を着こうとしたジェムを止めたクラヴィスさんは簡潔に要件を告げる。

 急に来たのはこっちなんだから、そんなスライディング土下座をかますような勢いで頭を下げなくて良いと思います。

 突然領主とその娘が来たんだから致し方ないかもしれないけどさ、怪我しちゃうじゃん。膝すりむいたら痛いんだぞぅ。

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