何事も土台が大事

 形としてはこちらが頼んではいるものの、領主様の頼みは実質的に命令なのだろう。

 考える素振りも無く即答したジェムに案内され、クラヴィスさんに抱っこされたままの状態でジェムの管理する畑へと向かう。

 多分あれですね。私が小さいから降ろしたところで遅くなるだけって理由で抱っこされているんでしょうね。村の人達からの視線が痛いです。


 単にクラヴィスさんの容姿に村の女性が釘付けになってるとかならまだわかる。

 だがしかし、こちらを見ているのは女性だけでなく男性も子供も老人も、すれ違う人全員である。

 まるで珍獣でも見ているような目だが……傍から見ればただの仲の良い親子だよね? 何かおかしい所でもあるのか? んんん?

 村の人達の反応に首を傾げはしたものの、ジェムによって案内された畑を目の当りにしてそんな事は頭から吹き飛んだ。



「ここがわたしの畑にございます」



 視界一面に広がる畑には、陽の光を受けて金色に輝く稲穂が風に揺れている。

 テレビで見たような光景に似ているけれど、畑で揺れる小麦──もといアムイは決してたわわに実っているわけではない。

 実りは近くで見なくともわかるほどほっそりと痩せていて、その間から見えてしまっている土はまるで荒野のような、とても畑とは言い難い土だった。


 ジェムの話ではこのアムイ畑の他にイベットという別の作物の種をまいたばかりだという畑、そして休耕している畑の二か所を管理しているそうだが、農業に携わった事の無い私でもわかる。こんな状態で良くここまで実りましたね。ある意味すごいよ。

 やはり不思議な力でも作用してるのかもしれない。最早取り繕う事無く引き攣った顔で畑の様子を見ていると、不意にクラヴィスさんが私を抱く腕の力を強めた。

 何事かと思ってクラヴィスさんを見れば、視線だけで傍にあった木々が生い茂る林を示される。そろそろ腐葉土を取りに行くって事ですね。了解であります。



「ジェムもついて来い」


「へ? は、はい」



 戸惑うジェムをお供に近くにあった木々が生い茂る林へと入って行くと、肥料なんて考えが無かったからか腐葉土は手付かずの状態でそこら中に広がっていた。

 ジェムの畑がこの村での平均的な規模って話だったから、これだけあれば村中が一度に腐葉土を導入しても全ての畑に十分行き渡るだろう。

 だからといってずっと腐葉土だけで補うのは土台無理な話だ。作物によっては合う合わないもあるんだから、早いうちに他の肥料作成に取り掛からないと限界が来てしまうだろう。腐葉土取り合って流血沙汰とか村八分とか嫌だぞぅ。



「これを畑に混ぜてくれ」


「あの、恐れながらこれは……ただの腐った木の葉ですが……」


「腐葉土、というそうだ。木の葉が虫やビセイブツとやらに分解され、多くの養分を含んでいるらしい。

 比較できるように半分ほど混ぜない区画も作ってほしい」


「よ、ようぶん?」


「養分はねー元気の源だよー」


「はぁ……かしこまりました。すぐに致しますので、はい」



 長年見向きもしなかった物を大事な畑に変な物を混ぜろなんて言われれば、流石の領主様の頼みでも抵抗感は隠せないんだろう。

 断られはしなかったもののジェムの顔は困った様子で歪められている。それに養分って概念も無いのかもしれない。

 こればっかりは効果が出ない限り仕方ないかな。今はできる事をしよう。



「パパー、近くで畑を見てみたいです」


「……ジェム、構わないか?」


「え!? ど、どうぞ、ご自由にご覧ください」



 ちょんちょんとクラヴィスさんにお願いすると、ジェムに確認した後ゆっくりと地面に降ろされた。

 ジェムの顔がちょっと引き攣ってるけど、私はただ見たいだけなんだ。作物を傷めるような事は絶対にしないから安心しておくれ。



 そうして久しぶりに地面とこんにちはを果たした私は、腐葉土を畑に振りまいて行くジェムの邪魔にならないよう畑を見て回る。

 種蒔きはばらまいて行っているようで、私の知っている畑とは違ってアムイはお互いを押し合いへし合うように空へと伸びていた。

 分けつもそう多く無く、麦踏みをしているか怪しい。二圃式農法って聞いた時から予感はしていたけれど、これは土の問題だけじゃなさそうですな。


 それに、記憶が確かなら作物を育てていくにつれ土壌は酸性に傾いて行くはず。

 今どれぐらい酸性に傾いているかは分からないが、石灰などを撒いて中和させる必要があるだろう。

 これは肥料を取り入れたぐらいじゃまだまだダメだわ。先は長そうだねぇ……。



 指示通りジェムが畑の半分に腐葉土を撒き終えた頃合いでクラヴィスさんに呼ばれそちらへと駆け寄る。

 さも当然のように私を抱き上げたクラヴィスさんは、ジェムに数日おきに城の人を派遣するので、その人に経過報告を行うように言って颯爽と村の入り口の方へと歩き出した。

 フィジットにも言っていた通り、この村でやる事はやったから帰るんだろう。若干ポカンとしているジェムには幼女らしく手を振っておこうかな。ばいばーいっと。

 そうして村の入り口へと着くと、わざわざ待ってくれていたフィジットと一緒に待機してくれていた馬に乗り、村人達に見送られてオリグ村を後にした。



「それで、どうだった?」


「んー、とにかく土の状態は最悪でしたね。肥料以外にも改善点がありそうですし」


「一般人だという君が見てもか」


「断言できますね」



 村から少し離れた頃、緩く走る馬の上でクラヴィスさんに問われ、率直な感想を述べる。

 農業なんて学校の授業の一環でプチトマトや米を育てたぐらいの人間だが、それでもわかるぐらい酷かった。

 この世界の人達は良くこんな状態で生きて来たなぁとしみじみ思いましたよ。その辺りは魔法のおかげかもしれないなぁ。



「肥料は土の栄養、作物にとってのご飯です。

 人が何かを食べないと生きていけないように、何もないところから何かがすくすくと育つはずがないでしょう?」


「……そうだな」


「あ、でも肥料は一種類だけじゃダメな場合もあるんでご注意を。

 アムイと腐葉土の相性が良いかまではわからないので……そこは試行錯誤するしかないかなぁ」


「……なるほど、肥料に含まれる栄養に偏りがあるのか」


「たった一言でそこまで察せるパパンが怖い」



 クラヴィスさんが言った通り、肥料にも緑肥や厩肥、堆肥など色々と種類があり、含まれる栄養素もそれぞれ異なる。

 作物によっては必要な養分が異なるため用途に合わせて肥料を変える必要があるのだが、説明しなくとも察せるってすごいね。流石パパン、説明する手間が省けちゃったよ。

 クローバーやマメ科の植物を植える事でも多少は土壌改良ができるはずだけど、ノゲイラをもっと豊かにするには肥料も使うのが一番だ。使える物は全部使わないと。

 でもそれには人手も資金も必要になるよんだよねぇ……今のノゲイラでそれができるかは怪しい限りである。人手不足プラス貧乏って辛いネ。



「作り方は?」


「本で読んだことはあるのでわかりますよ。

 でも既にある腐葉土以外は作るのにちょっと時間がかかりますかねぇ。

 知ってるだけで作った事なんて無いから失敗もするでしょうし」


「後で時間を作る。知っている事は詳しく教えてくれ。

 他にも何か気付けば言ってくれるか。君も生活が改善されるなら嬉しいだろう?」


「甘い物食べたいです! 勉強には糖分!!」


「努力しよう」



 頭上から喉で笑うような音が聞こえた気がするが、気にしない気にしない。

 元の世界に戻るにしても、この世界に留まるにしても、土台が整わないとやっていけないという話だ。

 特に調べものをする時は甘い物が欲しくなるのよ。欲を言えばチョコレートも食べたいのだが、はてさてこの世界にカカオはあるのだろうか。



「早速ですが、ジェムさんの畑を見て思った事が幾つかあります!」


「聞きたい所だが時間が無い。走らせながらでも構わないなら聞くが」


「ふぇ?」



 やる気に満ち溢れていたところに背中に腕が回り、しっかりと支えられると同時に馬の方向がおかしな方向へと向けられ、反射的に間抜けな声が出る。

 おっかしいなぁー来た道はあっちのはずなんだけどなぁーこっちは違う村への道じゃないかなぁー?

 いやいやまさか、もうオリグ村で腐葉土やったじゃん。色々落ち着いて話したいし城に帰ると思ってたんですが。お仕事も溜まってたんじゃなかっけ。あ、ヴェスパーに夕方そっちに行くとか言ってたわ。時間はあるってわけですか。



「北の村は全て回りたいんでな」


「黙ってまーす!」



 また舌を噛んでしまっても回復魔法を使ってくれるだろうけど、避けられる物は避けておきたい。

 むぎゅっと口を閉じクラヴィスさんの服にしがみつけば、クラヴィスさんは大丈夫だとばかりに背中をポンポンと軽く撫でた。



「肥料の事も含めて帰ったら聞こう。しっかり掴まりなさい」


「ひゃいぃ!!」



 手綱を引かれ、嘶いた馬はクラヴィスさんに操られるまま道を駆け出す。

 うん、城から出た時よりは遅めだけど、やっぱり幼女の体感速度だと速いのよー!!




 それからも私はクラヴィスさんに連れられ、別の村へと回り、いくつかの畑に腐葉土を使ってもらうよう頼んで回った。

 一つの畑だけ成功しても運が良かっただけと判断されないようにするのと、別の場所で使った場合の効果がどんな物になるか調べるためだそうだ。

 結果さえ出れば領主の命令が無くとも村人達は率先して取り入れてくれるだろうとのこと。上手く行くといいなぁ。


 そうして村を四つほど回ったところで、私のお腹が盛大に鳴り響き、一旦城へと帰ることになった。だってお昼だもん。生理現象なんです。

 城に帰ればシドが待ち受けていてクラヴィスさんに説教をしていたが、クラヴィスさんはそれを聞き流して私を食堂へと連れて行ってくれた。

 ……とりあえず文句はシドに任せて、ご飯食べたらお昼寝しよう……もう私は疲れたよクラヴィスさん。何だかすっごく眠いんだぁ……。

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