嘘だと言ってよパパン

 シドの言った通り二時間ほど経った頃、クラヴィスさんがローリットさんと一緒に戻って来た。

 わざとなのかクラヴィスさんは魔力の繋がりが切った状態のままローリットさんと話していて、シドにも何か話しかけている。

 所々聞き取れるけど、聞いた事の無い単語なども聞こえて来て、話している内容のほとんどがわからない。

 クラヴィスさんが二人に何か指示を出してるっぽいのはわかる、けど……うーん、まだまだ勉強が足りないなぁ。


 少しでも慣れておきたいので黙って大人達の会話に耳を傾けること数分。

 ローリットさんが心得たとばかりに頷き、私達に向けてお辞儀をして退室していく。

 その後も打ち合わせでもしているのかクラヴィスさんはシドと話していたので、大人しく絵本を捲っていると、ぽふんと頭に手を置かれ、魔力が繋がった感覚と共に翻訳魔法が発動した。



「トウカ、明日はシドと登城してくれ」


「? どうしてですか?」


「色々と私がやらなければならない事があってな……君はいつもの時間に来なさい」


「はぁい」



 多分、今日の後始末とかでもあるんだろう。

 顔を上げるといつの間にか傍に来ていたクラヴィスさんが少し疲れた様子でそう告げる。

 何だったら一日ぐらい屋敷で留守番していても構わないのだが、その必要があるならこの人はすぐにそう言うはず。

 なので大人しく返事をしておき、私はクラヴィスさんとシドと一緒に屋敷への帰路へと就いた。




 ──翌朝。

 支度を整え、拙い言葉でどうにかやり取りをしながらシドと共に城に向かい、クラヴィスさんの元へと向かっている間、私は違和感に首を傾げる事になっていた。



「んー……?」



 別に内装が変わったり、調度品が変わっていたりするわけではない。

 ただただ、いつもより人通りが少なく、人の気配がしないのだ。


 いつも窓から庭を眺めて立ち話してる文官さん達が居ない。

 いつもならゴマをすりに近寄って来る人達の姿が無い。

 それに何より、シドが私を連れて行こうとしているのはクラヴィスさんの執務室への道では無かった。



「シドー」


「はい、お嬢」


「オシロ、が、ヒトいないネ。ミち、ちがうよ?」


「あぁ……半分は居ませんね。それから道は合っています」



 カタコトで問う私に対し、ゆっくりと一言一言理解できるように告げられたシドの返答に、思わず引き攣りそうになった顔を何とか抑え込む。

 おぉう……半分、ですか。一日で半分いなくなったんですか。マジか。

 何人いなくなってもおかしくないとは思ってたけど、一日で半分はちょっとびっくりです。

 言及したところで今の状態では満足に理解できるかわからないので、それには触れないでおくとして、ともかく道だよ道。



「こっち、りょーしゅ様の、トコ、よ?」



 私の記憶が正しければ、この通路はクラヴィスさんの執務室ではなく、領主の部屋へと通じる通路だ。

 そもそもクラヴィスさんの執務室は反対方向なんですけど、ホントにこっちで合ってんの?



「はい、合っているんです」


「?」



 何が面白いのか、笑いを堪えるようににっこりと笑みを浮かべるシド。

 領主の所に行くってことなのかな。そしてそこにクラヴィスさんもいると。

 んーなんとも言えない予感がするぞぅ?



「詳しくはクラヴィス様から説明がありますよ。さ、参りましょう」


「はぁい」



 シドは優しく私の手を引き、首を傾げている私に進むように促してくる。

 良く分からないが行くしかないか。行けばクラヴィスさんから説明もあるみたいだし。何より翻訳魔法を使ってもらえるもの。



 内心首を傾げたままシドと歩く事しばらく、他の部屋とは違って豪華な扉が見えて来た。

 ここの領主って派手好きなのよね。挨拶しに部屋に行った時、人が化物に襲われてる悪趣味な絵を見てたんだよねぇ。正直あんまり会いたくないし行きたくないのです。

 だがしかし、その部屋にクラヴィスさんがいるらしいので行くしか無く、シドは慣れたように扉をノックした。



「入れ」


「失礼致します」



 おや? 今のはパパンの声では? と思ったが、シドは特に戸惑う様子も無く、当たり前とばかりに扉を開ける。

 開かれた扉から見えたのは、大量の書類を運んでいる幸の薄そうな文官と、領主の机で大量の書類を裁いているクラヴィスさんだった。

 あれ、あのぽっちゃり領主が居ないな? ついでにあの絵も無いな?



「トウカ」



 キョロキョロと部屋を見渡しているとクラヴィスさんが私の名前を呼ぶ。

 視線を向ければクラヴィスさんが書類を捌く手を止め、私へと向けて軽く手を差し伸ばしていた。あ、はい、来いって事ですね。



「パパー」



 シドだけならそこまで子供のフリはしなくて良いけど、今は文官がいる。

 そのためシドから手を離し、にぱーっと笑顔を浮かべてクラヴィスさんへと駆け寄った。今の私は三歳児ー。

 クラヴィスさんも心得たとばかりに私を抱き上げ、膝に乗せて頭を撫で始める。パパン段々手慣れてません? 何かめっちゃ気持ちいいのですが。



「おはようトウカ」


「おはよーございまーす」



 頭を撫でると同時に魔力が繋げてくれたらしく、翻訳魔法が発動したようだ。

 聞こえてくる言葉が日本語に変わり、気が楽になったのもあって我ながらだらしない声で挨拶を交わした。


 慣れなきゃいけないのはわかってるんだけど、やっぱり翻訳魔法があると気を張らなくて良いから楽だよねぇ。

 しかも美人の膝に乗って頭を撫でてもらうというサービス付きである。ここが天国か。

 魔力を繋げるためとはいえ下手したら通報案件だよねぇ。でも見た目が子供だし義親子だから合法です。ふへへ。



「シド、トウカの面倒を見てくれて助かった。世話をかけたな」


「いえ、私は何も。お嬢様はとても大人しくしておられましたので」


「そうか」



 まぁ見た目は子供でも中身が大人なので、大人しいも何も無いんですけどね。

 それはクラヴィスさんも知っている所だが、文官は勿論、情報が洩れる可能性を少しでも低くしたいという事でシドにも話していない。

 そのためクラヴィスさんは何も言わず、私の頭を撫でるだけに留めていた。


 そんな私達親子に気を遣ったのか、単に仕事なのか、文官が書類の山を一つ抱えて出て行く。

 扉の傍に居たシドが両手の塞がっている文官の代わりに扉を開け、ゆっくりと扉を閉じた所で、クラヴィスさんは私の頭から手を離した。



「さて、今回の事は君の今後にも関わる。少々難しい話になるが、良いね?」


「はい、パパ」



 顔を上げれば少し眉間に皺を寄せているのが見て取れ、その雰囲気から膝の上に乗ったまま姿勢を正す。

 文官が居たら話せない内容で、しかもこの一ヶ月ほとんど表情を変える所を見かけなかったクラヴィスさんですら眉間に皺を寄せる内容ねぇ……一体どんな内容なんだか。イヤーな予感がするぞぅ。



「まず、昨日の騒ぎについてだ。

 王都から派遣された騎士達により、このノゲイラにおいて長年悪事を働いてきた者達が一斉検挙された。

 その数は城内の者達では約半数、領内全体でいうと六百は超えている。

 また、捕らえられた者達からの証言によっては新たに捕まる者も増えると予想できるので、正確な数は私にもわからん。

 罪状は横領、脱税、人身売買など多岐に渡るが、証拠は全て押さえてある。誰が何と言おうと罪を逃れることはできん」


「……わーぉ」



 言われた内容を良く理解しようとして、私は放棄する事を選んだ。どうなってんだ???


 ノゲイラやばすぎるじゃん。本当に犯罪の温床じゃん。良くそんな状態で今まで放置してきたな。シェンゼ王国って大丈夫なの。というか一日でそんなに逮捕したの。

 色々と言いたい事は思い浮かぶが、情報量が多すぎて言葉が出ない。いや、まじで「わお」しか言えないよ。他に何て言えば良いのさ。

 ……横領に脱税はありそうだなとは予想できていたが、まさか人身売買まで手を出してる輩がいたなんて……私ホント、クラヴィスさんに拾われて良かったな。じゃなきゃ今頃どうなってたか……考えるだけで恐ろしい。


 脳裏に嫌な想像がよぎり、思わず身体が震える。

 私の様子にクラヴィスさんが気遣わしげな視線を送って来たが、真っ直ぐ見返す事で先を促した。大丈夫です、もう滅多なことじゃ驚きませんぞぅ。



「ノゲイラの領主であり、男爵の地位にあったパラダイム男爵もその内の一人で、爵位返上と共に財産の没収。

 余罪を含めた全ての罪の重さから見て……重い刑は免れないだろう」



 私に気を遣ってくれているのか、少し言葉を濁して説明してくれるクラヴィスさん。

 そんな気遣いをありがたく思うと同時に、領主の姿が見えない事に納得がいった。

 なるほど、あの領主捕まったのね。しかも随分やらかしてた、と。


 ほへーと声を出しつつ、うんうんと繰り返し頷く。

 今思ったけど、この状況だと多分クラヴィスさん達が証拠集めしてたってことよね?

 そしてクラヴィスさんもシドもこの領地に来たのは私がこっちに来たのと同じぐらいだったはずですよね?

 つまり一ヶ月で六百人近くの証拠集めを終わらせたってことですか? 仕事早過ぎない?



 今更ながらに気付いた事実にそっとクラヴィスさんとシドを見比べる。

 中身が特殊とはいえ、身分も何もない子供である私の世話もあったのに、それでも裏でそんな事やり遂げるとか本当に人間か? この主従こっわ。

 証拠が見つけやすかったのか、魔法で色々したのか……それはそれですごいデスネー。


 気付いてしまった事実に思わず微妙な顔をしている私に、クラヴィスさんは続きを話していいかと訊ねて来た。

 まだあるんすか。何でしょう。モウワタシオドロカナイ。



「そして新たな領主が正式に決まるまで、丁度ノゲイラに居た私が代理を務める事となった」


「……ただの魔導士じゃなくなりましたねぇ」


「今は領主代理兼魔導士、だな」



 乾いた笑いと共に返した言葉に、クラヴィスさんは事もなげにそう答える。

 この部屋に入った時点で薄っすらとはわかっていた。だって領主の執務室にある書類を捌いてたんだもの。あっ察しだよ。

 やはりクラヴィスさんは何かと規格外なのだろう。代理とはいえ領主の仕事って兼業できる物なの? いわゆる知事みたいな物でしょ? あー私のパパすごいなー。



「だが本題はその先だ」


「本題?」



 まだあるのかと思った私は悪くないと思う。

 しかも本題って、今までのはまだ序の口だったのか。

 これが普通の子供だったら付いて来れていただろうかなんて一瞬考えたが、クラヴィスさんの告げた言葉にそんな物吹き飛んだ。



「陛下はこの領地を私に与えるつもりでいる。

 正式な決定はもう少し先で、王都でも話が上がったか上がっていないかといった状況だろうが、特に問題も無ければ私は爵位を与えられ、この地を治める領主になる」


「あぉ……なるほど、そーいう……」



 その一言で色々と納得でき、ほぼ素の状態で呟いた。

 要するに、王様は最初からノゲイラの犯罪者を洗い出し、領主も変えるつもりでクラヴィスさんをここへ左遷したんだろう。

 それはクラヴィスさんも知っていて、シドと共に証拠を集めていた──全て、このノゲイラを正すために。



「あまり驚かないんだな」


「……パパなら何をできてもおかしくなさそうでしょー?」


「そうか」



 クラヴィスさんの言葉に子供らしく取り繕いにんまりと笑ってそう返す。

 うん、だってこんなにすぐ爵位だの領地だの話せるとか、この世界の事をあまり知らない私でもおかしいと思うぞ。

 それに既に代理として仕事を始めてるじゃないですか。それって元々決まってたからできる事でしょ。じゃなきゃ早すぎだわ。

 

 きっとクラヴィスさんだから出来た事なんだろう。パパすっごーい。

 と、若干遠い目をしていた私に、クラヴィスさんは思い出したように再び爆弾を投下した。やめて。



「あぁ、わかっていると思うが……私が正式に爵位を与えられた際、君は領主の娘という事になる。

 この国では世襲制が基本だ。そして血の繋がりは無かろうと、現在私の子は君だけ。

 私に他の子ができない限り、実子ではなくとも君が次期当主になる」


「うそだろおい」



 いやいや私養子なのもあるけどそもそもの話この世界の人間ですらないんですけど……!? それでも次期当主とかアリなの? マジで?

 完全に素で出た言葉にクラヴィスさんが小さく笑い声を漏らし、微かに口角を上げる。

 わー初めてクラヴィスさんが笑うところ見たぁ……じゃなくてですね!? 



「周りからはそう見えるだけで、必ずしもそうする必要は無いさ。

 君がやりたいと言うなら別だが」


「へ」



 前半の言葉に安心しかけた私の心を返してほしい。

 この人何言ってんの???



「私としては君が次期当主になっても構わんと思っている。

 何、まだ先の話だ。必要ならしっかりと育ててやるぞ?」


「うっそだろおい」



 ──というわけで、いつの間にか私は領主様の義娘になることが確定していました。嘘だと言ってよパパン。

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