早口言葉と急展開

 城から姿は見えるが、声は聞こえない。

 そんな場所まで来ると、クラヴィスさんは変わらぬ無表情で私の手を握り直す。

 小さな手が包まれるように握られる感触に、私はすぐさま口を開いた。



「にわにはにわニワトリがいるー?」


「それで、そちらの様子は?」


「万事抜かりなく。全く気付いていない様子です」



 疑問形に聞こえるように語尾を上げて思いついた言葉を言えば、クラヴィスさんがさも話題を振られたとばかりにシドへと話しかける。

 二人の顔を見上げれば、シドは慈愛が溢れ出る微笑みを崩さず私に向けてそう答えて来た。



「あめんぼあかいなあいうえお-?」


「そうか。こちらも仕上げは済んだ」


「あーしたてんきになぁーれぇ」



 次はクラヴィスさんに質問するように、そしてその次は納得したように。

 二人の会話の邪魔にならないようタイミングを見計りつつ、声音を変え、適当な言葉の羅列を続ける。

 いくら翻訳魔法で何を言ってるかわかっていても、こちらでは大して意味の無い言葉ばかりだろう。

 それでも二人はさも理解しているかのように振る舞い、私を挟んで会話を続けた。



「では、もう?」


「あぁ。後はいつ着くか、だな。

 今日か明日か、いつでも対応できるようにしておいてくれ」


「かしこまりました」


「じゅげむじゅげむー、ごこうのすりきれー」



 三回目ともなれば私も慣れた物で、早口言葉であろうと何であろうと、さも会話しているかのように装えるようになっている。

 ある種特技になるのかしら、などと考えながらお決まりの寿限無をぶち込もうと思ったら、そっと手を繋ぎ直された。あら、もう終わりですか。



「それで、何か見つけたか?」


「えっとねー、おそらがきれいだよー」


「確かに、今日は良く晴れていますね」



 話を振られ、咄嗟に天気の話ができた私を誰か褒めて欲しい。

 装うのは慣れたけど、この急転換だけは慣れないわぁ……。




 傍から聞いていると、二人が私を無視しているかのように思えるかもしれないが、これには立派な理由がある。

 このお二人、何やら裏で動かなければならない事があるらしく、こうしてここでちょっとした情報交換を行っているのだ。何についてなのかは全く知らないが。


 そんな話はクラヴィスさんの屋敷でやれば良いんじゃないか、とも思ったが、屋敷には屋敷で問題があるらしく、秘密の話をするのには適していないんだそうだ。

 屋敷は安全じゃないから、だそうですけどどうして家が安全じゃないんでしょうかね。ムスメはそこがすっごい疑問です。



 そういった理由で、クラヴィスさんは私の息抜きを建前に、シドは私の遊び相手を建前に、少しでも不自然にならない場を作って情報交換を行っている、というわけだ。

 会話が聞かれたら意味が無いのだが、そこはクラヴィスさん。しっかりと魔法で聞き取れないようにしている。魔法ってほんと便利だねぇ。


 とはいっても、話している内容を誤魔化しているだけで、話していること自体は知られているし、見ることができる。

 口の動きで何を話しているかわかるなんて猛者がいればすぐにバレてしまうわけだ。「そんなのできるの?」と思ったのだが、クラヴィスさんもシドもできるらしい。マジで?

 そこで私が適当に喋り、二人は私の話に付き合ってくれているように偽装しているのだ。


 こうする事で大抵の人は『子供の話相手をしている大人達の図』として見るし、記憶喪失で見た目幼女な私と話すような内容が黒いお話だと思う人はそういないだろう。

 それでも気になる人は私に探りを入れて来る。そしてそんな人は漏れなくパパにご報告、という流れである。

 だから別に無視されてるわけじゃないもん。我に返ってちょっと虚しくなる時もあるけど、これは私のお仕事だもん。数少ないお役立ちポイントなんだ。




 必要な話は終わったため、子供らしい質問など、のほほんとした会話をしながら城の近くへと戻る。

 シドが声をかけて来た辺りまで戻れば、シドは慣れた手付きで懐を漁り、青いリボンで括られた小さな包みを取り出した。



「お嬢、これをどうぞ。ルッティーという菓子です」


「! おかしー!」



 繋いでいた手に優しい手付きで落とされたそれからは微かな甘い匂いが漂って来て、思わず笑みが零れる。

 この世界、悲しい事に甘味が手に入り辛いらしく、お菓子は贅沢品なんだそうだ。

 貴族でも毎日食べるのは憚れるほどだそうで、甘い物を好んでいた私としてはとても辛いのである。勉強には甘い物が必要なんだよぉ……!


 私が甘い物を好んでいるのは二人共知っていて、こうしてたまに用意してくれる。

 多分、お駄賃的なノリだろう。それでも良いです。甘い物は正義。糖尿病? ならないように気を付けてお菓子を食べればいいんだよ。



「では、俺はそろそろ戻ります」


「あぁ……無いとは思うが、怪我には気を付けるように」


「はっ」



 シドの言葉にはっと意識を戻す。

 おっといかんいかん。もらったお菓子が嬉しくてついニマニマし過ぎてしまった。

 ルッティーって何だろなぁ。気になる。でも今は我慢だ。


 手にある包みを気にしてしまうが、欲を抑えてクラヴィスさんの手を軽く引っ張る。

 それだけで私の意図を理解してくれたクラヴィスさんはただ黙って手を離してくれた。

 その瞬間、耳に風が通って行くような妙な感覚がしたがもう慣れた物で、戸惑う事無く私は言葉を発する。



「シド、シゴト、がんばッテ」



 翻訳魔法に頼らず発した言葉はまだまだ拙いが、ちゃんと意味は伝わったようだ。

 シドはきょとんとした後、にっこりと笑みを浮かべて私に跪き、お菓子の包みを持っていない方の手を取った。



「お嬢も、勉強頑張ってくださいね」


「はぁい」



 跪くなんて止めてください中身はただの一般人です。

 ひぇぇっと思いつつ、ゆっくりと丁寧に告げられた言葉に大人しく返事を返すと、そんな私にシドは面白がっているのか笑みを深めていた。

 頭を下げてから去っていくその背中を見送り、完全に見えなくなったところで溜息を吐けば、クラヴィスさんが軽く私の頭に手を置く。



「……今の発音どうでした?」



 魔力の繋がりはやろうと思えば一時的に切ったり再び繋げたりするのを繰り返すこともできるそうだ。

 翻訳魔法が発動したのを感じ取ってから伺ってみると、クラヴィスさんは少し考える素振りを見せてから私を見下ろす。



「まだまだ拙いな。【仕事】【頑張って】」


「しごと、がんばッテ」


「語尾、【頑張って】だ」


「うぅ……がんば、って?」


「今のは良かったな」



 部分的に魔力の繋がりを途切れさせて練習の機会を与えてくれるのはありがたいけど、突然は遠慮したいところだ。

 翻訳魔法が発動する度に水の中に入ってるみたいな感覚がするから、心構えしても短い間隔で繰り返されると気持ち悪くなるんだよねぇ。

 それを知っているのか、クラヴィスさんはそう褒めながら私を抱き上げた。わぁ視界が高ーい。



「パパン?」


「時間も丁度良いからな。このまま昼食を済ませに行こう。君もそろそろ昼寝の時間だろう?」


「……はぁい」



 突然の行動に何ぞやと思い伺いを立てれば、変わらぬ無表情でそう告げられる。

 うん、まぁ、そろそろご飯だし、食べたら眠くなる時間ですけども。だからって抱っこする理由はいかに?

 クラヴィスさんだったら、あれか、この方が早いからか。間違い無いね。




 そのままクラヴィスさんに抱っこされたまま食堂へと連れて行かれ、ご飯を食べればやはりおねむの時間である。

 満腹と体力の限界によるおねむ状態は、中身が大人だとしても耐えられるものじゃないんだぁ……。

 朦朧とする意識の中、クラヴィスさんに抱っこされたのを最後に私は意識を手放した。おやすみ三秒すやぁですぅ……。






 ──コンコンと鳴る音に、眠りに彷徨っていた意識が少し浮上する。

 肌触りが滑らかな毛布に包まれているのがわかり、ぼやっとする意識はまた眠りに落ちそうになるが、クラヴィスさんの入室を許可する声も聞こえて来たので、もぞもぞと起き上がる。

 重い瞼に目を擦り、扉の方を見れば、そこにはシドと一緒に見覚えの無い騎士姿の男性が立っていた。どちら様?



「ローリットか。久しいな」


「お久しぶりです、クラヴィス様……こちらが噂の?」


「そうだ。私の義娘になったトウカだ」



 クラヴィスさんの反応からして、知り合いらしい。

 まだ眠いんだけど、がっつり視線をこっちに向けている。ここはちゃんと挨拶しておかないとねぇ。



「はじめまして、トウカですぅ……」


「ご丁寧にありがとうございますトウカ様。

 私は王国騎士団三番隊隊長のローリット・エンティークと申します」


「おーこくきしだん?」



 欠伸が出そうになるのを抑え、何とか挨拶すると騎士姿の男性はそう丁寧に返してきた。

 えっと? 王国騎士団って確か王都を警備したりしてる警察みたいな組織だよね? それの三番隊とやらの隊長さんが、なんでノゲイラにいるんだ?

 良く分からずに首を傾げていると、クラヴィスさんがわざとらしく紙を鳴らし、自分の方へ注意を集めさせた。



「それで? お前が来たという事はそういう事で良いんだな?」


「はい、陛下より書簡を預かっております」



 ポカーンとする私を置いて、隊長さんがクラヴィスさんに持っていた書簡を手渡す。

 丸められていたそれの紐を解き、広げて軽く見たクラヴィスさんは小さく溜息を吐いて書簡を元のように丸める。



「……遠い所をわざわざご苦労。彼等には私から説明しよう。

 シド、お前はトウカを頼む」


「かしこまりました」



 シドに指示を出し、席を立つクラヴィスさん。

 一体何が何やら。いまいち状況が理解できず、傍を通って行くクラヴィスさんを見上げる。

 するとクラヴィスさんは立ち止まってしゃがみ、私と視線を合わせ、大丈夫だと安心させるように私の頭をゆっくりと撫でて来た。ほわい?



「パ、パ?」


「心配無い。掃除が始まるだけだ。

 念のため君にはシドを付けておくが、私が迎えに来るまでこの部屋にいなさい。良いね?」


「……はーい」



 クラヴィスさんに頭を撫でられているという事実に思考が固まりそうだが、何とか頷き返す。

 絶対零度の美人という言葉を擬人化したようなクラヴィスさんが、わざわざ視線を合わせて頭を撫でてくれるとかヤバくない? 絶対絵になるやつじゃない?

 くっそ自分じゃなく外野から見たかったよ……! その時はぜひ私みたいな平凡な幼女ではなく、天使のような幼女をだなぁ!


 

 内心大暴れだが、大人しく頷いた私に満足したのか、クラヴィスさんは立ち上がり、こちらを驚いた顔で見ていた隊長さんに声を掛けて部屋を出て行く。

 掃除ってことは、二人がしていた事が片付くのだろうか。

 何か今日のお散歩(密会)でもそんな話してたし、多分そうだろう。本当に仕事が早いなぁ。

 クラヴィスさんの後ろ姿をシドと二人見送り、扉が完全に閉められると、シドは私の傍へと移動して視線を合わせるために跪いた。



「お嬢、これから少し騒々しくなるかと思いますが、お気になさらず。

 一刻もすれば片が付くでしょうから、それまで本でも読んで待っていましょうね」



 いつものように笑みを浮かべ、近くに置きっぱなしになっていた絵本を手に取るシド。

 軽く絵本を眺めているシドに、私はその袖へと手を伸ばした。



「シド、シド」


「はいはい、何でしょうかお嬢?」



 私に袖を掴まれても笑顔を崩さずこちらを見るシドに、私はしっかりと意識してこちらの世界の言葉を口にした。



「うまく、いったの?」



 今のは我ながら良い発音だったと自画自賛しつつシドの様子を窺う。

 パチパチと瞬きを繰り返したシドは、いつもの完璧な笑顔ではなく、少し驚きを押し隠すような笑みを浮かべた。



「……はい、お嬢様。万事、上手く行きました」


「そっかぁー……じゃあいいや」



 はっきりとは教えてもらっていないが、二人は多分、ノゲイラの犯罪者を捕まえるために色々していたんだろう。

 「犯罪者の温床」とまで言ってたんだからねぇ……明日城の人が何人いなくなっててもおかしくないなぁ。こっわ。


 さて、クラヴィスさんと離れたせいか翻訳魔法も消えちゃったし、丁度良いからシドに手伝ってもらって発音練習でもしようかね。

 絵本の文字は覚えてるから、お手本として読みまくってもらおう。ねぇねぇシド―絵本読んでー。

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