異世界でパパができました
クッションに背を預けたままの体勢で首を傾げ、ポカンと見上げている私に対し、絶世の美人さん──もとい、クラヴィスさんは顎に手を当てて話を続けた。
「経緯は……そうだな、ならず者に捕まった君は命からがら逃げ出した。
だが運悪く湖に転落。湖畔に打ち揚げられていたところを私が見つける。
目が覚めた君は記憶が曖昧で、自分の名前とならず者から逃げたこと、そしてどこかとても遠い国から来たことしかわからない状態だった。
頼る相手が居らず、突然放り出された君を他人とは思えず、私は養子として引き取ることにした……といった辺りが妥当か」
クラヴィスさんの中で私を養子として引き取るのは決定事項になっているらしい。
つらつらと告げられた内容はもしかしなくとも私を養子にすることに至った経緯で、しかも後で拗れないように嘘を交えて私と口裏を合わせにかかっている。
確かにこの世界に来るまでの経緯を覚えている限り話したが、それを取り入れつつ即興で考えたのだろうか。
『湖に転落』や『どこかとても遠い国』というのがあながち間違いでなく、思わず顔が引き攣る。
この人、相手にしたら勝てない人だ。
24年生きて培った勘が告げている──この人だけは敵に回してはいけないと。
「異国の人間であることで少々面倒があるかもしれんが……色々と誤魔化すのに使える。良しとしておこう」
良しとしておこうじゃない。色々待ってほしい。
痛む身体を無理矢理にでも起こし、慌てて口を開いた。
「い、いやいやちょっとまってください! ようしにするって、なんで!?
というか、きおくそうしつのフリをしろって、なんでわざわざそんな……」
「異世界の人間の伝承は子供でも知っている物だ。
先ほども言ったが、この国の建国にはその人物が深く関わっている。
君がその人物と同じく、異世界の人間だと知られれば、あらゆる者があらゆる目的で君を手に入れようとするだろう」
「あらゆるものが、あらゆるもくてき、ですか?」
異世界の人間だと知られただけで、一体何があると言うのだろうか。
考えてみたが特に思いつかず、幼くなってしまった頭をコテンと傾けた。
「例えば……伝承の人物はこの国の人間から武神と呼ばれ、神聖視されている存在だ。
伝承の人物と血縁関係にあるとでも言いふらせば、王家は君を無視できず、王家の血脈に取り入れようとする可能性がある。
そうなれば権力を欲する者が君を利用することも考えられる。それこそ君の保護者としてな」
「いまがそうですね?」
「私はそんな物に興味は無い。興味があれば君にこんなことを話すわけがあるまい」
「あー……それもそっかぁ……」
要するに、権力争いに巻き込まれる可能性があるということだろう。
今まで権力争いなんて学校内のグループ争いに巻き込まれたことぐらいしか経験していないが、そういった類の話は物語としてたまに読んでいたので何となくわかる。
記憶喪失のフリは私が異世界の人間であることを隠すためというのなら、納得はできる。
ただ、会って一時間もしていないこの人を信用して良いか判断しかねるのだが……利用するつもりならそんな例え話をせずに黙って利用するはず。
こうしてわざわざ丁寧に説明してくれたのだから、まだ完全にとは言えないが、ある程度は信用しても良いだろうか。
黙って考え込んでると、クラヴィスさんがポツリと呟くように口を開いた。
「まぁ、最も危険視すべきは、そういった者ではないだろうよ」
「へ?」
告げられた内容に理解が追い付かず、間抜けな声を出して首を傾げる。
クラヴィスさんはそんな私に対し、少し気まずげに爆弾を落とした。
「端的に言えば、君を人体実験に使う」
「いやです」
「だろうな」
人体実験など冗談じゃない。こちとら今は幼女だぞ。人権どうなってんだ。
色々言いたいことが込み上げていたが、咄嗟に出たのはたった一言で、クラヴィスさんも頷いて同意を示していた。
「異世界の人間である時点で、研究者にとっては興味深い研究対象だ。実験せずとも観察はされるだろうよ。
更に滅多にいない魔力無しの人間で、ましてや若返っているんだぞ。私でも少し気になるさ」
「きにならないでください」
「わかっている」
幼女を観察って、世界が世界なら犯罪だぞ。
そんな考えがすぐに思いつくということは……この世界、治安とか生活水準とか色々と悪いのかもしれない。ヤバい世界に来てしまったのか。
これから大丈夫なのだろうか。私、特にこれといって特技なんて無いのだが。やっていけるの? あ、それで養子か……。
内心、これからの生活に対して不安を抱いてしまうが、他にも気になるのが若返りと魔力云々についてだ。
若返りに関しては全くわからないのだ。クラヴィスさんに気になられても困るので、さっさときっぱり首を振っておこう。
ついでに気になる魔法についても聞いておきたいな。よし。
「えっとぉ……わかがえったことにかんしては、わたしもまったくわかんないですけど……まりょくってだれもがもってるんですか?」
「君の世界ではどうだったか知らないが、この世界では個人差はあれど誰もが持つ力だ。
極稀に魔力を持たずに生まれる者がいると聞いていたが、私も見るのは初めてだな。君の場合少々事情が違うだろうが、魔力が無いのに変わりはない」
「ほぇー」
興味深そうに視線を送られ、誤魔化しも兼ねて呆けた声をわざと出し、自分の手の平へと視線を落とす。
翻訳魔法といい、クラヴィスさんの言葉といい、この世界では魔法がごく普通に存在しているのだろう。
夢のまた夢である魔法が存在する世界に来たのだから一度ぐらいは使ってみたいのだが、私にその力は無いのか。残念。
それにしても本当に小さくなったなぁ……。
視界に入った自分の手を見下ろし、しみじみと思う。
若返るなんて不可思議現象が起こるなら、ほんの僅かで良いから魔力ぐらい欲しかった。魔法ってやっぱり憧れるよね。くそう。
小さく柔らかな子供の手を握ったり開いたりを繰り返し、慣れない身体の感覚を確かめていると、クラヴィスさんが静かに座り直す。
特に何も考えずそちらへと視線を上げれば、クラヴィスさんは変わらぬ無表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「私は君をどうこうするつもりは無い。
それに、中身がどうであれ身寄りのない幼子である君を放り出すことはできん。
今の私はこの土地に左遷されたばかりで、権力など持たない、ただの魔導士だ。君を守るには色々と足りない。
だが、養子にさえしてしまえば君を私の庇護下に置くことができる。
──養子にするのは君を守るためだ。了承してくれないか?」
左遷されたばかりと聞いて、思わず目を瞠る。
自分も色々と大変そうなのに初対面の人間にここまでしようとしてくれるなんて、この人、冷たい印象を与える見た目に反してとてつもないお人好しなのだろうか。
「……わたしは、あなたになにもかえせないとおもいます。それでもいいと?」
今の私は、中身が大人とはいえ何も持たない子供でしかない。
行く当てのない私からすると養子の話はメリットばかりで、正直、とてもありがたい話だ。
だが、養子として引き取るとなれば、クラヴィスさんの負担は計り知れないものになるはず。
私の場合、中身は大人だから一般的な子供とは勝手が違うだろうが、それでも必要になる養育費などに大差は出ないだろう。
それに元の世界に帰る方法を探すのに何をどうするかなんてさっぱり考えていないけれど、何かしらの助力を求めなければならないはず。
この世界にとって異世界の人間がある意味で特別過ぎる存在なのもわかった。
だが私は建国を手伝うなんて大それたことができるような人間ではないし、自慢できるような特技も特殊な知恵も無い、ただの日本人だ。
面倒事を引き込むお荷物にしかならないかもしれないというのに、この人はそれでも良いと言うのか。
私だったら、警察にでも届け出て、後は他人に任せてしまうだろう。
理解できない提案に思わず拙い言葉で問えば、クラヴィスさんはただ頷いた。
「別に、これといって要求はしない。
元の世界に帰りたいと望むなら、その方法を探せば良い。私もできる限り手伝おう。
この世界で生きようと思うなら、その方法が身に付くまで私の元に居れば良い。私が一から全て教えよう」
まるで決定事項を告げているだけだとばかりに淡々と言葉が紡がれる。
その声色は近寄りがたく思えるけれど、確かな優しさが微かに感じ取れて、ただ瞬きを繰り返した。
「君は思うまま、自由に過ごせば良い。私が求めるのはそれだけだ」
「なん、で……なんで、そこまでしてくれるんですか……?」
どこか諭すように、どこか宥めるように。
ただただ静かな声色で告げられ、引き攣りそうになる喉を、息を飲み込むことで無理矢理動かし問いかける。
私の問いにクラヴィスさんは僅かに目を細め、私を見ているようで違う誰かを見ているような視線を向けてきた。
「言ったろう──他人とは思えなかった。それだけだ」
──その言葉の奥に、一体何が宿っていたか。
同情とは違う、何か別の感情が向けられている。
それ以外、その時の私はわからなかった。
「……わかりました。これからさき、どうなるかわかりませんが、よろしくおねがいします」
「あぁ、こちらこそよろしく」
自分の今の状況。そしてクラヴィスさんから教えられた異世界の人間という特異さ。
それらを改めて考え、頼ることを選んだ私はクラヴィスさんへと深く頭を下げる。
それを受けたクラヴィスさんの口角が僅かに上がったのを見た途端、いつの間にか入っていた肩の力が抜けていく。
何というか、面接を終えたような気分だが……これからが大変だろう。
何せ私はこれから今までと全く違う世界で、絶世の美人の養子になり、記憶喪失の幼女のフリをしなければならないのだから。
……改めて考えると不安しかないぞ。大丈夫か私。生きるために頑張るけどさぁ……!
「とりあえず、なんてよべばいいですか?」
「好きになさい」
「んーそれじゃあ、パパっておよびしますね。そのほうがようじょっぽいですし」
軽く見た限りで正確な年齢はわからないが、見た目三歳か四歳ぐらいの子供が、養父とはいえ父親をさん付けで呼ぶのは少々おかしいだろう。
記憶喪失のフリをするならば、もういっそのことあざと過ぎるぐらいで丁度良いはずだ。
羞恥心はあるが、こうなった以上致し方ない。人前では立派な幼女を演じてみせよう。そのためのパパ呼びだ。パパっていかにも幼女っぽくない?
「パパ、か……確か平民の子供が使っていたな。それが自然か……」
美人のパパ発言は何とも言えない感情が湧く。何だろうこの感情。ぞわっとする。
それは横に置いておき、今『平民の子供』と言っただろうか。
想像はしていたがやはり、この世界には階級があるのだろうか。
その辺りは失態を犯す前に把握しておきたいが、その前に確認しておきたいことが一つできた。
「パパン、もしかしなくともえらいひと?」
「ただの魔導士だ」
本当なのかどうか、ムスメはとても気になるところです。
もし身分が高い人だとしたら、私みたいな正体不明な子供を養子にして大丈夫なのかな。
例え養ってもらうとしても、権力争いとか面倒事はまっぴらごめんだぞぅ?
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