第5話 ネタばらし
今回の脚本は団長自らが書き上げた。毎度、似通った演目をしていてはつまらないため、離れ業は団員の良さを随所に入れるだけにとどまった。
双子の泥棒は薫と霞から着想を得ていた。
最初に人間軟体の演技をして、通行人にロープが渡るように仕組んだのは私ではない。最後に登場した若者だ。私はジャグリングの達人にボールを渡して綱渡りをしただけだ。
私はそばに立つ若者――いや、ショートカットで男性のように見える友人に微笑んだ。口に出さなくても「お疲れ様。今日までそっくりに演じてくれてありがとう」と交わし合えた。
舞台挨拶をして退場すると、私は友人に話し掛けた。
「嘉帆、やっと髪が伸ばせるね」
「音羽の方こそ、似合わない茶髪とおさらばできるんじゃない?」
にっこりと笑う嘉帆と他愛ない話をしながら楽屋に行くと、飲み物が振る舞われた。衣装係と照明係が忙しそうに入れ替わり、立ち替わって冷たいお茶を運んでいる。
「音羽さん、萩原さん、お疲れ様でした!」
この言葉を主役として聞くことができるのは今日でしばらくないと思うと、少し寂しくなる。
嘉帆がおどけて手を振っていると、一足先にお茶を飲み終えた双子がやってきた。
「お疲れ」
「二人とも、お疲れ様」
薫は嘉帆の肩に手を置いた。
「あー。最後の最後まで嘉帆の素早さにびっくりさせられたよ」
嘉帆はにやりと笑った。
「何言ってんの。あたしの柔軟性に驚いたんでしょ?」
双子は顔を見合わせた。
「それもあるけど」
「走ってきて、すぐに演技できるのが凄いよね」
笑っていても、三人は全く譲ろうとしなかった。友情を持ちながらもライバルとして意識しているからだ。綱渡り師の私は口を挟む訳にも行かずに黙っていたが、両手を叩いた嘉帆の言葉に笑みをこぼした。
「そうだ! 美紗、あたしの出番の前に言っておいでって肩を叩いたでしょ。あのおかげでいい具合に緊張がほぐれたよ」
「どういたしまして」
やっぱり、あの後ろ姿は緊張していたのか。
私はほっと息をついた。
「あっ。先輩、どうしたんですか?」
霞の声で振り返ると、葛西の横に見知らぬ女性がいた。
裏方の質素な服が浮いてしまう歩く白百合のような佇まいは、どこか浮き世離れした恐ろしさを称えていた。
女性はなぜか私の表情を窺っていて、まるで失敗した子供が親に話すタイミングを探しているような行為にも見えた。葛西が軽く頷くと、女性は緊張した様子で口を開いた。
「あの……綱を取り違えていて、すみませんでした」
この人か。鈴木さんの代わりに綱を用意した不届き者は!
ぐっと握りしめた拳に力がこもる。言いたいことは山ほどあるが、場を丸く収めることを最優先した。
「わ、私は無事なので、気にしないでください」
咄嗟に言いつくろうと、女性は深く礼をして楽屋から出ていった。それを見届けた葛西は、小声で私の無事を確かめる。
「本当に、怪我はない?」
「はい。七瀬姉妹から伝言が伝わっていたので大丈夫です」
伝言が匿名ではなくなったことに衝撃を受けていた葛西だが、私の無事が分かると安堵の表情を浮かべた。辺りでは私を褒める声が飛び交う。
「さっすが音羽さんですね!」
「いつもと違う綱で成功したんですか? それは凄いですよ」
楽屋に入ったばかりで状況が読めない透は話を聞き、そういうことにしておけと私にウインクした。茶目っ気ある素振りに、私は可愛いと声にならない悲鳴を上げた。
団員の労いと私への賞賛が一段落すると、透は私に呼び掛けた。
「音羽。少し話が」
まずい。
何がまずいのかというと、透の顔に感情というものが消えていることと口調がかなり硬いことだ。先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わり、厳しさをはらんでいる。
私は声を震わせないように気を付けながら返事をする。
「分かりました」
空のグラスを名残惜しそうにテーブルに置いた。
団員は一人残らず、私に同情しながら俯いた。中には手を合わせる人もいる。
とぼとぼと透の後を追うと、団長用の控え室に着いた。透はドアを閉めると、私の顔をじっと見る。
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