第3話 私の出番

 休日の朝、広場に人が集まってくる。

 踊り子の練習場所のようで、仲良さそうにちょっかいを掛けている。色鮮やかで動きやすそうな服を身につけた彼女達は、流れてきた音楽に合わせて踊り出した。少しずつ大きくなる動きは、常人には真似できない滑らかすぎるものに変貌を遂げる。


 舞台袖から見ているだけでも、バレエのような躍動感あるステップに感動する。

 そのとき、私は誰かに肩を軽く叩かれ、勢いよく振り返った。叩いた相手にアイコンタクトを取ると、舞台袖から走り出した。


 舞台の中央に行くと、霞が目を大きく開けて自分を見つめている。恐らく反対側にいる薫も同じような表情を浮かべているだろう。薫の顔が脳裏をよぎり、にいっと口角を上げた。

 突然の乱入者にも関わらず、舞台上の人々は歓迎するような素振りを見せている。だが、たった一瞬だけ敵対心をあらわにしたときがあった。

 それは柔軟性だった。熟練者にひけを取らない、綺麗な動きを次々とやってのけた。


 最後の大技を決めて曲が終わると、皆が出来映えに満足するように沸き返った。拍手をする者、口笛を吹く者、ほっとして肩の力を抜く者もいる。

 私もしばらく輪の中で微笑んでいたが、遠くで響く笛の音を聴いて笑みを消した。人々が笛に気を取られている間に逃げ出した。


 逃げた逆の方向から現われたのは、十人ばかりの警官だった。そのうちの一人が踊り子達に「こんな人物を追っているのだが」というような仕草をする。

 踊り子達は一斉に「そんな人がさっき来たばかりです」と指を示した。だが、広場のどこにもいなかったため、警官達はがっくりと肩を落とした。


 分かった、情報をありがとう。すみません、役に立てなくて。

 そんなやりとりを交わし、踊り子達は去って行った。

 警官達はしばらく頭を抱えていたが、透が「元気を出して、さあ進もう」と鼓舞した。


 勇ましい音楽が流れ、旗と警棒を使った舞が披露される。無駄のなさを表す切れのいいダンスは、必ず泥棒を捕まえてみせるという決意に満ちていた。

 警官の動きが止まったとき、彼らの表情にもはや悲壮感は漂っていなかった。




 私は市場を早足で進んでいた。曲がり角に来たとき、足取りが止まる。

 広げた布の上にホームレスの男が眠っていた。表情は新聞紙に隠されていてよく分からない。私は鞄から大小さまざまなボールを取り出すと、そばに置いた。

 これでよし。そんな笑みを浮かべて足早に路地を駆け抜けた。


 男はしばらくして新聞紙を取り払うと、のっそりと起き上がる。ボールを宝物のようにズボンのポケットに入れ、小さなステージに見立てた木箱の上に立った。


 まずは二つのボールを持ってジャグリングを始める。気だるげに三つ、四つと数を増やしながら回していったが、眠気が覚めたのか別人のように速度を上げていく。

 見物人がちらほら出てくると、ボールの数は七まで増えていた。手拍子が大きくなるにつれ、今度は趣向を変えて一つずつポケットに仕舞われた。

 拍手が鳴り終わるのを見計らい、観客の一人が両手一杯の小箱を差し出した。


 男は少しだけ困ったような表情を浮かべたが、すぐに箱を受け取った。観客は手拍子をしながら見守る。緊張が走る中、男は三つ四つ五つと容易そうに回すと最後に右手で五つ全てを積み上げた。


 再度鳴り響く拍手の中、群衆の合間を通り抜けにくそうに警官が走り去っていく。




 縄跳びに興じる群衆と別れ、石畳の道をテンポよく歩いていた。そのまま通り過ぎようとしたが、道の真ん中に引き返してロープを置いた。


 その後で歩いてきた二人組は、ロープを指差して足を止めた。彼らは、どのくらいの長さなのか調べてみようよと楽しそうに手振りをしてみせる。対になってしゃがみ込むと、ロープを手繰り寄せ始めた。


 通行人の女性が面白そうに彼らの動きを眺めていた。連れの女性とパントマイムでロープを掴む真似をする。そこに走ってきた警官は、ロープがあるものと錯覚して何もない道をゆっくりとまたいだ。


 滑稽な姿に客席の方で笑いが巻き起こる。

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