002 死後

 今まで聞いたこともないような轟音とともに俺は意識を失った。気がつくと真っ白い空間の中で行列に並んでいた。列の先には長机とパイプ椅子に座る女性が見え、何らかの手続きをしているようだった。前にも後ろにも人が並んでいることは分かるのだが、近くにいることは確かなのになぜかぼんやりとしか認識できなかった。話しかけようにも体が勝手に声を発することを諦めてしまっていた。


 しかし順番は着実に進んでいるようでとうとう自分の番がやってきた。女が話しかけてくる。


「こんにちは。」

「こんにちは。」


 声は出なくなったものかと思っていたが、脊髄反射的にあいさつを返そうとしたら自然に出てきた。


「今のご自分の状態が分かりますか?」

「いえ、さっぱり。」

「単刀直入に申し上げますと、あなたはお亡くなりになりました。」


 驚いた。俺は死んでいたらしい。死んだということを告げられた瞬間、最期の記憶が蘇ってきた。俺は深夜の高速道路で車を運転していた。日没ぐらいの時間からほとんど休憩を取らずに運転を続けていたからかなり眠たかった。そして居眠り運転をしてしまい、轟音。気絶。多分そのまま死んだのだろう。


「なんとなく思い出しました。」

「それは助かります。なかなか生前の記憶を思い出さない方も多いですから。」


 少しの沈黙の後、続けて喋りだす。


「ここでは生前の行いの評価、それと今後どのような世界で過ごすことになるかを通知しています。」

「……。じゃあお姉さんが閻魔大王様ってこと?」

「そう呼ばれている時代もあったようですがずいぶんと昔の話です。私は閻魔大王と呼ばれていた人物とは全くの別人ですし、私以外にもたくさんのスタッフが交代でこの手続を行っています。」

 

 なんだか生きていた頃に想像していた死後の世界とはずいぶんと違うらしい。


「手短に話しますね。まだまだ後ろが控えていますので。」

「どうぞ。」

「あなたの生前の行いは点数化されその値がプラスならいわゆる天国、マイナスならいわゆる地獄へ行くことになります。あなたの場合死の直前までは、ほぼプラスで推移していたのですが、最後の最後でマイナスに転じています。」

「事故っちゃったもんな。」

「はい。あなたが最期に起こされた事故では結果的に十余名の死傷者を出してしまっています。故意ではないとはいえ人の命を奪うのは重大なマイナスポイントです。」

「じゃあ地獄行きかあ。」

「残念ながら。」


 不思議と絶望感はなかった。例えるならこの状況は裁判で刑を言い渡されたようなものだと思うのだが、あまりにも現実味が無かったから(そもそもこれを現実と呼んでいいのか怪しい)だろうか。


「いい知らせかは分かりませんが、天国行き地獄行きとは言っても同じ空間で過ごすことになります。ただ地獄行きの方の生活はポイントに応じて厳しく制限され、加えて罰を受けていただきます。」

「どんな罰?」

「労働です。」


 労働。まだ生きていた頃、仕事が辛いときは死ねば働かなくてもいいのにな、なんてことを考えたこともあったが生前に善行を積み重ねられなかった人間は死んでも働かないといけないらしい。


「天国の方に労働から開放された自由で創造的な時間を過ごしていただくために、生活を支える労働をあなた方地獄行きの方たちが担うことでこの世界は回っているのです。」



*  *  *



 地獄での暮らしも板についてきた。ポイントによって仕事が割り振られ、俺の仕事は引っ越しの作業員だった。"先輩"たちはどうにも厳つい連中ばかりだったので初めは戦々恐々としながら過ごしていたが、次第に打ち解け今では1日に30分だけ許された談話の時間に仲良く話す間柄になっていた。


 もちろん職場の仲間達は生前の善行に悪行が勝った人間ばかりなのだが、悪人が常に悪人であるはずもなく、むしろ人情味に溢れる者が多いとさえ思う。


 今日も仕事を終えてシャワーを浴び食事を終え、談話室へ向かう。そんなときだった。館内放送で突然呼び出された。応接室に行くと死亡直後の俺の事務手続きを担当したあの女がいた。


「お久しぶりです。」

「どうも。」

「実はこの度、重大なミスが発覚しまして。あなたは本当は天国行きになるはずでした。」

「えっ。人身事故を起こしていたんじゃなかったのか。」

「全く同じ日に同姓同名の人物が同じように事故で死亡していまして。その人と書類の取り違えがあったようなのです。」


 戸惑った。正直なところ生きてる頃と大差ない生活水準だったので別段天国に行きたいなどと考えたことはなかった。


「そうなのか。じゃあ明日から天国行きってわけ?」

「もちろんです。間違えて天国で暮らしていた人には罰を受けてもらわなければなりませんし、あなたには労働をやめて天国で暮らしていただかなければなりません。」

「嫌って言ったら?」

「天国で暮らすのは権利ではなく義務です。拒否は受け付けません。」


 ここまで言われてしまってはしょうがない。ここは精神だけが存在している世界だ。肉体があるなら物理的な抵抗もできようが、今から走って逃げたところで気がついたら天国に飛ばされているのがオチだろう。今まで地獄から脱走を試みた者を何人も見ているが、皆そのような結末が待ち受けていた。


「分かった。」

「ただ今回の件に関してはこちらに明らかな非がありますので可能な限り要望にはお答えします。


 俺は考えた。地獄にいる残りの時間で何がしたいか。何をすべきか。答えはすぐに出てきた。


「ここの仲間たちに別れのあいさつをさせて欲しい。どう?」

「問題ありません。」


 放送で職場の仲間達を呼び出してもらう。全員が集まったところで話を切り出した。


「かくかくしかじかで俺は天国に行かなきゃならない。今まで本当にありがとう。」

「向こうに行っても元気でな。」

「俺達のこと忘れんなよ!」


 みんなありきたりではあるが思い思いの言葉を俺にくれた。そんな中ひとりの言葉が印象に残った。


「なんかお前だけは毛色が違うとおもっていたら、まさかそういうことだったとはな。」


 少しだけ胸が締め付けられた。



*  *  *



 天国での暮らしにはいつまで経ってもなれない。退屈で死にそうだ。もう死んでいるが。こっちの連中は日夜道楽に熱中したりカフェやラウンジで社交を楽しんでいるらしい。


 悲しいかな、俺は"こっち側"の人間ではなかったようだ。

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