ゴウ オサムの100本ノック

ゴウ オサム

001 日記

 時計の短針はとっくにてっぺんを回った。まばらに光るマンションやビルの明かりと街灯が照らす府道に車を走らせる。今日も疲れた。人と会話をするのが嫌でこの仕事に就いたが、車を運転して人を送り迎えするのは決して楽な仕事ではない。そして待機するだけの時間というのも。


 俺が運んでいるのはデリヘル嬢だ。トラブルが発生するのを防ぐために嬢との会話は禁じられているが、ここまで律儀に守っているのも俺ぐらいだろう。もっとも嬢の間ではドライバーをうっすらと見下す空気が流れているので積極的に話しかけてくる者などほとんどいないが。


 この業界には労働基準法なんてものは存在しない。1日12時間以上の拘束はザラにある。起きて、出勤して、運転して、待機して、運転して、帰って寝る。仕事のある日はこれの繰り返しだ。この仕事を始めるまではそれなりに自炊をする方だったが、今では睡眠時間を確保するためにすっかりやらなくなった。


 そこで頼っているのがこのスーパーだ。深夜だろうがお構いなしにギラギラと輝く下品なネオン看板と店内を賑わす騒々しいBGMでお馴染みの。いかにもなチープさを演出しているが破格に安いというわけではない。利用している一番の理由は通勤経路にあってこの時間でも営業しているからだ。


 売れ残りの惣菜を目当てに今日もドアをまたぐ。あと酒も切らしてたっけか。



「あのー。これもう消費期限切れてますよね?」


 中年の女が店員と話している。この店で店員に話しかける客は稀だ。なにせ従業員のほとんどが言葉が通じているか怪しい外国人と耳の遠い老人だからだ。そしてあの女はこの店の常連客だ。店員に話しかけるだけで珍しいのにいつも同じ服装なので覚えてしまった。


「アー、ゴメンナサイ。捨テルノ忘レテタネ。処分スルカラソコニ置イトイテヨ。」


 女は店員の言葉に従い惣菜を置いた。少し離れたところで他の商品を物色している。店員の方はというとすぐに片付けるわけでもなく陳列作業を続けている。


 店員が棚を離れた瞬間、さっきの女が即座に反応して期限切れの惣菜をカバンに放り込んだ。近くに俺がいるのは気にも留めていない様子だった。見慣れた光景なので特に感想はない。


 よし、今日は塩サバにしよう。長い間陳列されて干からびているが、ここの惣菜で腹を壊したことはないので無問題。見た目が悪かろうが腹が膨れればいいんだよ。


俺が惣菜コーナーを去ろうとするのと同時にさっきの店員が戻ってきた。


「あのコジキ、ホンマ懲りへんな。」


 俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの声でボソっと呟いた。実はあの店員エキゾチックな見た目に反して日本語ペラペラだ。しかも関西弁。いやいやお前がさっさと片付けないのも悪いだろ、と心の中で突っ込みつつも酒類のコーナーへ向かい適当にチューハイを選んでカゴに入れた。


 レジの方へ目をやると1レーンしか可動していない。しかも立っているのはミツクニだ。ミツクニ(本名は知らない)は耳が遠いふりをして客に嫌がらせをするのが生きがいのクソジジイだ。目が里見浩太朗にそっくりなので勝手にこう呼んでいる。やっていることは黄門様と真逆だが。ちなみに嫌がらせをする相手は選んでいるらしく俺はターゲットにされたことはない。


 会計を済ませて外に出ると店内の温度との差に不快感を覚えた。いくら真夏とはいえこの時間でもクソ暑い。去年に引き続きの酷暑だ。セミの鳴き声に時たまカラスの鳴き声が混ざる。


 この生活から抜け出したい、でも始めたのは俺か。疲れ切った頭でとりとめもないことを考えながら家路を急いだ。

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