一章十一話 旅の途中です
「それじゃあ、お先に準備をしますわ」
はっ、僕は一体なにを……。
まるで記憶がない! まさか某有名漫画のリサイタルのような惨状が……きっとそうだ!
いや、冗談は置いておこう。
あの長い話は勇者達の情報として覚えておけば、うん、収穫がないわけじゃないぞ。
「……大丈夫か?」
「えっ、ええ……それにしても、どんな話をしていましたっけ?」
えっ、手を頭の上に置いてどうした?
僕なんか変なことを言ったかな。
「なぁに、慣れていなければそうなるのも当然だ。今から調理をするから任せるだとさ。まあ、俺に任せておけ」
だからセイラもジルもいないのか。
じゃなくて!
「ミドさんが作るんですか?」
「ああ、ジルもセイラ様も料理はからっきしでな。ギドは作れるか?」
「簡単なものなら」
手の込んだものは流石に出来ないだろ。
カレー粉とかあるならまだしも原材料とかはスパイスと小麦粉を混ぜるくらいしか知らないぞ? 炒めてなにかするみたいなボンヤリとしたことしか本当に分からない。
【私なら分かりますが……】
ナイス! だけど今は無理ですよね。雰囲気で理解出来ます。
「それなら助かるぜ。調味料とかは安心してくれていい。肉とかを切るのを手伝ってくれ」
「あれ? 今更ですけど僕達ここにいていいのですか?」
「まあ、お客のようなものだしな。セイラ様が何も言わないってことは良いんだろ。んで、ちょっと頼みがあるんだけど」
「肉ですか?」
ミドは「おう」とだけ返してきた。
まあ、あそこにあるウサギ肉だけでは腹の虫も鳴り止まないだろうしね。ウルフ程度なら別にいいけど。
「二体程でいいですか?」
「そんくらいあれば充分だ。帰ったら報酬に加算させておくから安心してくれ」
「いや、いいですよ。僕も結構食べる方なんで美味しいものを食べられれば、それで結構です」
「……そうか。分かった、まずは馬車からミッチェルとやらを呼んでくれ。ここからは解体という手がいくつあってもいい作業に入るからな」
ミドに「分かりました」とだけ言って馬車に入る。うん、普通に入れるようだ。
やっぱりセイラのステータスに書かれていた空間魔法のせいだね。今の僕に異変はないし普通に少し長い廊下ですんでいる。
前回行ったセイラのいた扉の前に立つ。
ここにいるはずだよね。いや、意識が覚めている可能性はあるけど、それなら外に出ていると思うし。
「失礼します、って」
頭を下げ上げた時だった。
見えてしまった。セイラの服の下が、下着すら着ていない上半身裸の姿を。少しだけ膨らむ胸に固めてあったのかサラサラとしたロングヘアーがかかる。
妙な色気と驚いた顔がなんとも可愛くて、それでいて妖艶。
「いっ」
「すっ、すいませんでした!」
扉を閉めるのは普通だよね?
いや、見てからじゃ遅いって言うのはすごく分かるけどさ。部屋の中がああなっているって普通は分かる?
いや、僕なら無理でした。だから、こうなっています!
まさか……これが……ラッキースケベだというのか……。普通に要らない。
トントンとノックがなり、それに合わせ背中が跳ねる。怖い、逆だよね? なんで僕が開けてもいい? って聞かれているの?
とりあえず同じようにノックして返す。
怖い、怖すぎる! ギギギと効果音が付きそうな扉の開く音がより恐怖を煽ってくる。もういいからさ、ばっと開けてよ! 楽にして!
「ギドさぁん? なんで、閉じたのかなぁ?」
「みっ、見てはいけないものを見てしまったからです!」
あっ、失敗した。
後悔先に立たず、発した瞬間に扉は大きく開かれ僕は中に引きずり込まれた。さながら無理やり飼い主に散歩をさせられる犬のような気持ちだ。
って、まだ隠してないんですけど! 前、前!
「……あの、胸……」
「それくらいならば許しますわ。……でも、ギドさんは私をなんて言いましたかぁ?」
語尾が伸びてます! そんなキャラじゃないですよね!
「……見てはいけないもの、と言いました。……ですが言い訳をさせてください!」
相手は妹だ!
そういう下の立場ならばどんなことを言えばいいかよく分かっている! そう、それを思い出せ! いい方向に転換しろ!
「……聞きますわ」
「ありがとうございます! まずは見てはいけないものというのは、社会的に男性が淑女の半裸を見ることのことを指し、セイラ様が汚いとかそういう意味ではないです! 逆にその姿はお美しく流した金髪がとても妖艶で大抵の男子ならば欲情する位です!」
「えっと……あの……」
「それに胸の大きさもちょうどよく見ただけで柔らかいことは理解できます! 男性の中には胸を見て顔を見るなどする人も多いですがセイラ様ならどちらとも見てしまうでしょう! そんなことを考えていると知られたくなかったので、慌てた心で頑張って捻り出した言葉が先の言葉だったのです! よってセイラ様はとてもお美しく引く手あまたの、ってあれ?」
おかしいな、顔を手で覆ってプルプル震えているぞ。僕はいつもの調子で、ただ妹とは違っておべんちゃら等なしで言っただけ。何かがセイラの怒りに触れたかな?
やばい! 謝らないと!
「すいませんでした! 変なことを言って本当にすいませんでした!」
大事なことは二回言う。
それがインターネットで習ったことだ!
「おっ、怒ってないですわ! だから早く出ていってくださいませ!」
「ですが! そんなお顔を見せてくれないと僕だって!」
「……い……から……」
「えっ?」
「いいから出ていけぇ!」
あっ、外に出された……。
顔を赤くしていたとか? ないですよね。僕が一番理解してます!
じゃあ、やっぱり怒っているんだろうなぁ。どうやって許してもらおう……。せっかく縁が出来たのに……。
ミドやジルの部隊が出資されているし面識は持っておきたい。それに個人的にはセイラと仲良くなりたいしね。
あっ、でもめんどくさそうだったら逃げるよ。めんどうごと嫌いだから。
仕方がないからその場を後にして他の部屋を当たる。一番奥の部屋にミッチェルはいた。って、メイド服?
「あっ、ご主人様!」
「……いいね、じゃなくて! なんでその服着てるの?」
いいねに反応したのか、くるりと裾を掴みながら回転する。スカートはふわりと上がり膨らむ。膨らむ膨らむ生足が見える。
やばいっす……。
「少し関係を話したのですが、セイラ様が『それならこの服を来た方がいい』と冥土服と普段着をくださいました」
「あっ……そう……。冥土服……うん、メイド服だね。それじゃあ、まずは貰った普段着を着て……」
「まさか……この服は私には似合わないのですか!?」
「違います! 似合っている分だけミドには見せたくないんです!」
クスクスと僕を見つめ笑うミッチェル。
本心から笑っている。いつの間にか僕が、周りがしなくなった笑顔だ。
こんなことが元の世界で、家族の中で、そうしてくれていたならば心残りはあったかもしれないな
でも、僕にはそんなものはない。
いつだって空っぽだったんだ。
今更元の世界には戻りたくはない。
この世界に来てよかったかも。前の世界じゃ愛想笑いが当たり前で誰かを蹴落として幸福になっていたんだから。
別に資本主義が悪いとか、社会主義が悪いとかは思わないけどさ。人を蹴落としてまで何を得ようとするのかも分からないし、そんな世界に生きていたら疲れるだけだよね。
数人の本心から笑ってくれる人がいればいい。ミッチェルの笑顔を見ていたいし幸せになって欲しい。
「ちょっとこっち来て」
「どうかしましたか?」
なんとも言えないね。メイドさんを自分の方に来てもらうとか。我はご主人様なり、なんちゃって。
「うん? なんかさ、ミッチェルは強くなったなって」
「それはギドさんのおかげですよ」
そんなものかなぁ。
固有スキルに関してはミッチェルの才能だし、僕が頑張ったところでミッチェルは強くならないしね。
「もしさ、僕が悪魔だったらどうする?」
「……優しい悪魔だな、と思います。少なくともギドさんはギドさんで、私の命の恩人ですから」
「うん……?」
なんか目の色が変わった気がするぞ。
あっ、これはセイラの時と一緒だ! 地雷か? 地雷なのか!?
「私はギドさんの味方です。例えギドさんが悪魔であろうと魔王であろうと」
言い得て妙だな。
僕は魔王でもあり勇者でもある。いや、その資格があるのかな。でも、目の色が変わったままですよ。
「何でそんなことを聞いたのか、それを教えてもらうのはギドさんが気を許してくれてからでいいです。私はいつまでも待っていますよ。私の命はあの時に散るはずだったんですから」
「それは、違うよ」
「いえ、違いません! あの時に助けられたから奴隷でも、屍でもない私としていられるんですから」
「強くなれたのはミッチェルの強さ」
「でも、それを助けてくれる人がいなければ不可能です。才能を見出す存在がいてこそ、その原石は輝くんですよ。原石は磨かなければ宝石になりません」
あー、これは理解した。
よくある有名芸能人とかの信者みたいになっている。……えっと、どうしよう……。
「今まで気が付きませんでした。ギドさんは完璧で悩みなどないと、完璧人間だと思っていましたから。でも私と変わらない人間でした。それがとても嬉しいんです!」
「……」
「ギドさんと似ているのなら近くにいてもいいはずです! 誰かを必要とするなら私が助けになります! それが私の恩返しです! ギドさんは私の大切な、それでいて強いご主人様なんですから」
そう、か。
うん、それは嬉しいな。僕は強いか、弁えているつもりでも日本人の性が出てしまったかな。
それにこれなら街に行っても一緒にいられるはずだ。もう少しだけ一緒にいたいと思うから、いや、これからも一緒にいたいと思うからミッチェルの言葉に反論するつもりもない。でも、僕が完璧人間って……ないわぁ。
「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
ミッチェルを抱きしめておく。
これはメイドとご主人様のスキンシップのようなものだから多分、セクハラじゃない。そう、後輩と話している時に「それ下ネタっすよ。相手がウチで良かったっすね」とか言われなくて済むはずだ。
あれは本当にめんどくさいからな……。
と、ある程度抱きしめたら離さないと。ミッチェルの顔が赤くなってきたからこれくらいでいいでしょ。何となく喜んでくれていることは分かっているし。
僕は鈍感系主人公じゃないからね。深いところまでは分からなくとも、行為を抱かれているかどうかくらいなら僕でも分かる。だてに彼女がいたわけじゃないからね。
「ありがとうございます」
うん、これで元気も貰えたし明日からも頑張れそうだな。ただ、そのうちミッチェルの考えを改めさせないと。これはセイラみたいになる前に手を打たないといけない!
決めた! 街に戻ってから一番のミッションはミッチェルを信者にしないこと! そう、幸せに出来るかは分からないけど、笑ってもらえるようにしよう!
「ただ、僕はご主人様じゃないからね?」
「奴隷の私を解放してくれたギドさんのどこがご主人様ではないのでしょうか? 不思議です……」
「一応、僕達は仲間だから。街に着いてからも一緒にいたいならいてくれればいいさ。だけど、ご主人様はちょっとだけくすぐったいかな」
「分かりました。では二人っきりの時などで呼ぼうと思います」
「それはどんとこいだよ」
あっ、胸を強く叩きすぎた。
いと痛し……。
「ところでどうしてこちらに?」
「ああ、それは」
ん? なんでミッチェルのところに来たんだっけ……? 会いたかったからじゃないよなぁ。そうだ! 思い出した!
って、あれ? ヤバくないか?
僕って確かミドに手が足りないからミッチェルを呼んでくれって……。
「ミッチェル! すぐに外に出よう!」
「はっ、はい!」
僕はミッチェルの右手を掴みながら馬車を後にした。そして外に出て一番に見たものは……、
「すっ、すいませんでした」
「……お仲間とイチャつくのは分かるが……だが時間が……いや、お客様だし……」
仁王立ちしていたミドだった。
独り言を何度も口に出し僕をチラ見しては俯く。何か言いたいことがあるなら早く言ってほしい……。
「まあ、いい。ウサギの解体は俺一人で出来るから、二人で俺達が倒したウルフも含めて解体しておいてもらいたい」
復活したのか指でウルフの方を指しそんなことを言う。俺達が倒したと言っても三体ほどでそこまでの数を倒してはいない。
僕達が少しおかしいのだろう。そもそも冒険者の平均ステータスだって不思議で仕方がないし。うん? 平均ステータス?
もしかしてイフのいう冒険者の平均ステータスってさ、上位に立つ冒険者のステータスがものすごく高くて、平均すれば五百ですんでいるって意味合いで言った?
【そうですね。そもそも冒険者とは言ってもレベルが十に達する人自体少ないですし、ここまで早くステータスが上がることも少ないですからね】
ということは僕やミッチェルって意外に強い系?
【ミッチェルはステータス自体は低いですが手数が多いですから強い部類に入ると思います。マスターは言わずもがな強いでしょうね。ステータスもさることながら呪を何とか出来る人はミッチェルを含めて数少ないですし】
ふーん、それなら僕が仲間にした人全員に耐性を持たしてもいいかもね。なんだかんだ言って魔法の膜で耐性も充実してきたし。
そもそもセイラを見て驚いたもの。ステータス平均が五十ほどで明らかに弱い。ジルやミドはレベル三十程でステータスは四百程だ。二人が強いレベルに入るのは自明の理だろうね。
あっ、ビックウルフを倒したからかレベルが上がっているな。変わらずMPの上昇幅が大きくてとても嬉しい。動かないでバカスカ魔法を撃ち込む砲台とかやりたいなぁ。
「早く行きましょうか」
「そうだね」
思考の途中でミッチェルに腕を取られた。
いくらか慣れた手つきでウルフ二体を手分けして解体し、一応、僕は解体スキルを獲得した。運が良かったんだろうね。
そんな感じでミドの指示の元で食事の下準備を終えた。
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以下作者より
新しい話と二章の書き出しを書いているうちに二話目の投稿を忘れていました。今日は十八時にも出します。……二章の毎日投稿は間に合わなさそうだな……。
フォローや評価、よろしくお願いします。
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