一章十話 えらく面倒くさそうですね

 続いている廊下をジルに連れられて歩いていたが、いくつもの扉が横にあって何人でも寝泊まりが出来る快適性を感じられた。


 普通に欲しいから値段とかを聞いてみたいものだなぁ。


「……そういえばなんでここら辺を通っていたんですか? 用事かなにか会ったのでしょうか?」


 沈黙に耐えられない。

 無機質系女子なのか分からないけどさ、手を繋いでいるままで何も話さないっていうのはキツいですよ。少なくとも僕にはレベルが高すぎる。


「今から会う方は少し特殊でして帰り道だった、としか言えません。聞くのでしたら当人に聞いてください」

「分かりました」


 えっ? これで話が終わり?


 妹でさえも話を膨らませてきたぞ。僕のこと嫌いなのかもしれないけど、もう少し優しくしてもらいたい。ピュアなハートが壊れそうだよ。


【マスターがピュアならば人口の大半は純粋以外の何者でもありませんね】


 辛辣な言葉ですね。傷つきました。


「主とはどのような方ですか?」

「会った方が早いです。私から言えるのは少し変わった方としか言えません」

「では、なぜ、こうも景色が一辺倒なのですか? まさか試しているのですか?」


 ジルが黙った。


 さすがにおかしいと思うよね。だって永遠と長い廊下を歩かされ続ければ誰だって異変を感じるでしょ。今回ばかりはイフなしでも分かったことだ。


「例えばですけど、主という方は空間魔法を持っているとか?」


 これは確定的だ。


 空間魔法がなければこのような芸当をすることが出来ないし、変に漂う魔力がその考えを大きく肯定させる。ちなみにだがジルにそのような魔法はない。あるのは火と風だけだ。


「……さすがです。大抵の人は疑いもせずに永遠と歩き続けて途中で諦めるのですけど……」


 あいにくだけど僕はそんなことで諦めない。というか試すつもりなら来るんじゃなかったよ。


「はぁ、あのまま消えればよかった……」

「そうは言わないでください……。私も仕事なのです……」


 握る手の力が強くなって痛い。それだけ心からの言葉なんだろうなぁ。でも帰りたいことには変わらないけど。……帰る場所って洞窟しかないけどね。


 お外怖い……。


「……ここでいいんですよね?」

「大丈夫なはずです。……どこで監視しているかが分からないので開けるのも開けないのも主の自由ですから」


 いや、僕も空間魔法を使えるからいくらかは分かるよ。ただここまで大それたことは出来ないかなぁ。


 多分、B〜Sの高レベルスキルとして持っているはずだ。僕が出来るのは何かを吸収して吐き出させること。その際の活動は行ったまま、失くした上での両方を選べるくらいだ。


 これで十分といえば十分だけどね。


 相手の攻撃を吸収して吐き出せば物理とか関係なく相手にそっくりそのまま返せるし。ただ物理攻撃はちょっと……。


 それで分かると言ったけど空気感的に何かが変わったことは僕でも分かるんだ。これは魔力が噴出されなくなったということだ。……はい、本当のことを言います。イフから教えてもらいました! そこまでいくと僕にわかるわけがありません!


「……連れてまいりました」

「入っていいわ」


 中に入ると一人の少女が高そうな黒ずくめの椅子に座り前後に揺れている。その顔はニマニマと笑顔を浮かべ僕を見て楽しそうにしていた。


 僕よりも少し幼そうな少女で髪型はよくある金髪ドリル? うん、ここに来てもテンプレが発動するんですね。多分、貴族様のご令嬢だよね。


「ご機嫌麗しゅう。私がジルとミドの主、セイラ・グリフですわ」


 僕を視界に捉えた瞬間、立ち上がりスカートの裾をたくし上げ頭を下げてくる。イメージぴったりの貴族の行動で少し困惑してしまうな。


「僕はギドと言います」

「知っています。先程から確認をしていましたのですから。まさかここに来てあのような魔物に襲われるとは、私も力が足りていなかったようですわ」


「ですわ」が語尾につくのかな。いや、そうだと勘違いさせてきている可能性もある。


 二次元なら許せるものを三次元がやると少し痛々しいな……。なんだろう、夢を壊された気分だ。


「なにか変なことを考えていないかしら?」

「いえ、なにも。それで用事とは何でしょうか?」


 コホンと一つ咳払いをしてセイラは僕の目をじっと見つめる。


「ええ、私は貴方に救われたのですわ。ギドさんになにかお返しをしなければ貴族の外聞がたちませんですし」

「そうですよね。貴族は少しめんどくさそうです」

「責任が必要ですわね。ギドさんは……不思議な感じがしますけど、多分、悪いことにはならないでしょうから一度屋敷に来てもらいたいのです」


 それはなんともめんどくさそうなことですね。行きたくないや。


「拒否権は……」

「先程も言ったのよ。私からすれば家に招いたという貴族としての顔を保たなくてはいけないのですわ」

「なら行きます。その代わりに安価で良い宿屋とか教えてもらえると楽です」

「……一応褒美は出させます。ただ父が騒ぐかもしれないので無難に対応してくださると助かりますわ」


 褒美かぁ、それは普通に欲しいなぁ。

 ゾンビウルフとか売ったら絶対に悪目立ちするじゃん。何かいい言い訳があるならそんな事しなくてもいいんだけどね。


【ゾンビウルフは異常発生することがあるので言い訳自体としては成り立つと思います。ただ根掘り葉掘り情報を得ようとする輩が現れるでしょうね】


 それはウザイな。


 やっぱりめんどくさいじゃないですか、やだぁ。それなら貰えるだけ貰った方が楽だね。うん、無難に……っていうのはイフに助けてもらうとしてミッチェルにはどうしていてもらおうかな。


 いや、大丈夫だよね。


 なんだかんだ言ってミッチェルは礼儀正しいし。


「それはある程度なら対応が出来ると思います」

「それは良かったですわ。極端な話、父のせいでお客様も連れて行けなかったので。ましてや命の恩人には手厚くしなくてはグリフ家の、いえ、元勇者の仲間の家系の名折れですわ」

「勇者の仲間の家系、ですか?」

「あら、知らなかったのかしら。それならグリフと言った時に驚かなかったことも理解出来るわね。そうよ、一世代前の勇者、マエダアツシの勇者パーティに祖父である、アビー・グリフが魔法使いとして入っていたのよ。それも祖父は魔法使いの高位ジョブである大魔導師になっていたのよ」


 それは会ってみたいな。

 でもそれを話す時のセイラがとても悲しそうだ。まさかとは思うけど……。


「魔王に負けたのですか?」

「……そうですわ、その時の勇者アツシ様も祖父も全員死んでしまったのよ。お二人共お優しい方で凡人の私をとても可愛がってくれたかしら。……この名前だってアツシ様と祖父が笑いながら悩んでつけてくれた名前、そのためにも私は勇者の仲間となって仇討ちしなくてはいけないのよ。でも……」

「どうかしましたか?」


 セイラは「いいえ」と悲しく笑うばかりで何も応えようとしない。ゲームの時と一緒だ。聞こうにもそれだけの好感度というものを貯めていない。


 せめて早まった行動をしなければ、タイムリミットが短くなければと祈るしかなかった。


「そういえばアツシ様という方はどのような方だったのですか?」


 元気づけるために聞いたことだったがこれが駄目だった。


 一瞬で目の色が変わったので僕でもわかる。これは本当にあかんやつやん。大阪人じゃないのにそんな口調が出るくらいあかんやつやん。


「まずはイケメンでしたわね。誰も彼もを助けようとして達成をしてしまう正義の味方、それでいて時々見せる悪戯っ子のようなお茶目さ、何度も私やお爺様を困らせて笑っていらっしゃったわね。それなのに教えてくれる時は真剣そのものでそのギャップがまた良くてーー」


 そこから先は覚えていない。


 気がつけば馬車は動き出した後でジルは部屋から消えていた。その後も続く話を聞き続けていたが途中で来たミッチェルも、体重を二十一グラム減らすことになる。




 ◇◇◇




「今日はここで野営をしましょう」

「ジルさん……恨みますよ……」


 笑っている場合じゃないだろ。

 いつの間にかジルは部屋から消えていたし助け舟を出してくれた訳でもない。本当に笑って済ませられないです。


「セイラ様は一度話し込んでしまうと止まることを知らないので。本当は助けたかったですよ」

「よく言うぜ。戻ってきて早々に食料取ってこいって笑っていた奴は……って、悪かった! 殴るんじゃねぇ!」

「……まあ、今回は許しますよ。不用意に聞いた僕も僕だったので」


 僕も僕でミッチェルをスケープゴートにして逃げてきたしね。後でどんなことを言われるかが怖いよ。


【マスターも最低ですからね。ジルを責めることは出来ないです】


 ……はい、反省します。


「あれ? それって何ですか?」

「ああ、これですか」


 話しながらジルが革袋から取り出した石のようなもの。それを地面に叩きつけた瞬間に火が起こったのだ。


 すごいことはその炎は木々がないにも関わらず煌々と燃え続けていること。風が吹こうが揺れるだけで燃えているのだ。僕の火魔法では燃えるものがなければ消えていたかもしれない。


 純粋にすごい。


 馬車といい石といい道具にお金をかけられるようになりたいものだ。


「これは火石といって、見ればわかると思いますが消えづらい大きな炎を出す魔法具です。見たことがないんですか?」

「僕は火魔法を持っているので、最悪枯れ木を集めて燃やしていました」


 他にはゾンビウルフの皮とかね。あれはよく燃えるんだ。それに洞窟でも枯れ木がないかと言えばない訳でもないし。


 そう考えるとあの洞窟は少し変わっていたと思う。僕専用の成長するためだけの場所? スタート地点かな。イフに聞いても答えられないらしいし特別知りたい訳でもないから無理に聞かないけどさ。


「あー、俺達も元はそんな感じさ。魔法国少数騎士、まあ、魔法国前衛騎士はな、金がないんだ」

「そこを助けてくださった方がセイラ様のお父上、つまりは元魔法国宰相のセト・グリフ様です。魔法のみを扱う国では発展がないと魔法が苦手な人を集めた騎士団を支援してくださいました」

「それでも集まるお金が少ない、ですよね?」

「……火石を知らない割にはそこら辺のことは知っているんだな。そうだよ、魔法国の奴らは魔法至上主義を掲げ俺らの壊滅を狙っている」

「ですが私達のトップは聖の名を頂く数少ない最高戦力者、盾聖。盾聖がいなければ魔法国は何度も敗戦を重ね地図にはなくなっていたでしょうから、だから他の人達も手が出せないという訳です」


 聖、か。


【聖について説明を致しますか?】


 うん、よろしく。

 剣聖とかの類だとは思うんだけど詳しくは知らないしね。


【了解しました。まずは聖という存在は神に認められた存在という扱いを受けます。これを前提にして話を聞いてもらいたいです。全ての職業の頂点に立つものには聖の名が授けられます。もちろん、例外もございますが。例を挙げれば剣聖や盾聖、弓聖、賢者、槍聖、拳聖などです。これらは勇者と同等の力を有するとされ代々重宝、そして戦争の道具とされてきました】


 戦争の道具……か。


【今では少なくなりましたよ。その代わりに勇者召喚で勇者を戦力にする者が現れましたが。それに聖の名を持つ者達は普通は重複されないとされていますから友好を結ぶ方を優先する国も少なくありません。現に盾聖は魔法国を愛おしく思い何度も防衛戦の前線に立っています】


 そこで勝った戦いも少なくないと。


【とんでもありません。防衛戦においては負けなしです。それが盾聖の能力ですから】


 なるほど……それは手が出せなくなるわけだね。一度会ってみたいよ。


【ただし……いえ、この続きはまた今度にでも。今はジル達との準備を優先させてください】


 それってどういう……。


「おっ、元に戻った。ギド、遠い目をしていたぞ? どうした?」


 遠い目……ああ、イフとの会話に夢中になっていたのかな。やばいやばい、そういう事だったのね。


「少し考え事をしていただけですよ。それで何の話をしてましたっけ?」

「はぁ、ギドも変なところがあるんだな。特にはないぞ。盾聖の話をしていたくらいだ」

「あら、リューク様のお話をしていのかしら? それなら私も呼んで欲しかったわね」

「セイラ様……すみません。少しお話に花が咲いてしまいまして……」


 セイラは顎に手を置いて悩んだ素振りをしたかと思うと手をポンと叩いた。


「それなら私もそのお話に混ぜてもらいたいわ! ミッチェルは話の途中で疲れたらしくて眠ってしまったし」


 そこから小一時間、作業が止まったことは言うまでもない。

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