一章九話 お外は怖いようです

「このままじゃ……」


 指定された場所には二人の甲冑を纏う人がいた。西洋の騎士、なのかな。あまりそういう方への知識がないからよく分からないけど。


 その奥に大きな馬車があるなぁ。馬も魔物みたいだけどステータスは低い。HPに前振りしたようなステータスなんだよなぁ。多分、速度も早いはず。


「助けが必要ですか?」


 要らないとは言わないと思うけど一応ね。


 貴族と厄介事を抱え込むほどの覚悟はない。死ぬよりも体裁を気にするかもしれないし。


「お願いします!」


 片方は迫ってくる狼に手間取っているようだ。必要なら行こう。


「ミッチェルは奥の方をよろしく。僕は手前を担当するから」


 返事もなくミッチェルは飛んでいった。


 僕でも目で追えるかの速度で少しびっくりする。成長って早いんだね。


 引き金を引いて手前の魔物と騎士との間を開けさせる。これで少しは楽になるはずだ。


 次いで三発銃弾を撃ち込み一番強そうな狼のヘイトを稼ぐ。少し坂の上に立っているので来るまでには時間がかかる。


 ステータスなら負けているけどそれだけで僕が負ける理由にはならない。


「氷剣」


 今更だけどアイシクルソードと氷剣って名前が一緒だな。少しだけ自分のネーミングセンスのなさを呪うよ。


 八つの氷剣を足止め係に使い避ける際に飛んだ狼の足を撃つ。あっ、危ないと判断したな。


 大きな狼の遠吠えが一つ響き渡る。


 だけど援軍じゃない、こっちを先に倒そうとして手下を呼んだだけのようだ。それなら怖くはない。


 騎士は少しステータスが低く四百ほど、大きな狼は六百だ。よくここまで耐えていたと思う。でも強化魔法で元のステータスに近く、なおかつ一応スキルには不自由していない僕には意味がない。それはミッチェルにも言える。


 イフに教えてもらった魔法名を叫ぶ。


「カースボール」


 名前はそのままだけど効果は測り知れない。さて僕やミッチェルのように戦いながら適応出来るかな?


 当たった。四つ作ったカースボールのうち三つが手下に当たる。大きな狼には外してしまったので安心は出来ない。


「ガルゥゥゥ……」


 強い! 三体の手下狼が当たった瞬間に死んだぞ! これはゲームなら即封印のチートスキルだな!


【そもそも使える人がいないので仕方ないかと。ここにそんな人がいれば圧倒的なステータス差がない限り世界征服なんて簡単ですから】


 へぇ、まあステータス差があれば楽に倒せるしね。魔法撃つ前に瞬殺なんて目でもないだろうから。後は使う人がいないからこその耐性持ちの少なさかぁ。


【ギフト、つまりは勇者召喚や魔王になった暁に手に入れる人はいますけど、わざわざ選ぶ人はいませんからね。派手な強いスキルを選ぶ人の方がよっぽど多いです】


 うーん、厨二病が多いんだね! としか言えないです。僕は簡単で楽に倒せる力があればいいからなぁ。


『なぜ! 俺が攻撃を受けているのだ! お前に攻撃は当たったはず!』

『僕の力も見抜けないなんて……君……弱いね』とかさ。そういうのかっこよくないか?


 あれ? 僕も大概だぞ、これ……。


 って、大きな狼引いてない? そんなに変な顔だった? むー、なんか腹立つなぁ。


「死ね!」

【最低ですね】


 イフが何か言ってたけど知るか! 僕を笑うものは皆死ぬがいい! あーはっはっはっはっはっはぁ!


 ……虚しいですね。


 さすがに四つもカースボールを撃たれたら当たるよね。さあ、死んでくれ。


「ガ……グッ……」


 倒れた大きな狼を鑑定してみる。


 ビックウルフと出た。いや、そのままかよ。


 拠点に飛ばしていつでも取り出しが可能に出来るようにしておく。


 あれ、今更だけどこれも倉庫とかを作れば良くないか? 加護でレベル関係なしに自由に魔法を使えるなら作った方が楽では?


【それは出来ませんね。空間魔法に関しては魔神の管轄外ですから。空間神の加護がなければレベルを上げるしかありません】


 そうそう上手くはいかないかぁ。

 でも、これが出来るだけまだ楽かな。


【今なら三十キロほどを収納出来る亜空間を製作可能です。必要ですよね、作っておきます】


 繋がっているからか、返事も待たずに作り始めたぞ。いや、作って欲しいから楽でいいんだけどさ。


 それにしても……意外に楽なんだね。


【空間魔法自体は適性が普通よりも良いですからね。現段階で一番使っていますから氷魔法のレベルと同じでDですし】


 あー、これって分けられないしなぁ。

 全部魔法を手に入れたら勝手にこうなっちゃうの?


【システム上そのようですね。私でも力不足です。管理者権限が圧倒的に足りませんし、ステータスの変革自体が神権を必要としますから】


 管理者権限と神権ねぇ。

 なんかきな臭いけど聞かないでおくよ。


 というか、嫌な予感がするから知りたくもないし。僕は幸せに生きるんじゃ。


【聞かれても返答が出来ませんでした。なのでとても助かります】


 イフでさえ、ステータス上の設定でしかないから全知全能ではないんだろうな。人が神に至ること自体、数少ないだろうし。


 一時期、ゲームで興味を持って調べることがあったけどさ。エノクっていう人がメタトロンという神様になったのと一緒だよね。それ自体、本当にあったかも不明だし。


 イフだって答えられないでしょ?


【回答出来ません】


 知ってた。


 なら関わらない方が吉だよ。


 神話とかは遠くで本などから眺めるからこそ、良きものとして残るんだ。宗教も同様で、だからこそ人の信仰心とかいうのを煽って宗教戦争や魔女狩りとかも起きたしね。


 あんな拷問を受けてまで生きながらえたいとは思わない。だから関わらない。


「大丈夫でしょうか!」


 さっきの騎士だ。


 この人は強い方に分類されるのかは分からないけど、レベルは32と過去最高レベルだしなぁ。


 冒険者が五百ほどでと言うのならビックウルフだって雑魚の分類でしょ?


【上位種であるビックウルフはめったに街道などへ出ません。ここは馬車が通れるだけの道があり通行量も少なくないことが分かるので油断していたのでしょう】


 雑魚ではないと。


 うーん、まあ強化魔法極振りした僕と同等に戦ったらそれなりにはね。ただゾンビウルフほどの恐怖はなかったし、攻撃を数回受けても何とかなる自信はあったからなぁ。良くも悪くもこの世界に慣れてきたのだろう。


「大丈夫ですよ。それよりも馬車の方を守られた方が良いのでは?」

「あらかた片付けたので加勢を、と思いましたが……遺体も残さずに倒すなんて、感服です」


 何か変な勘違いをされたけど、いや、いいか。空間魔法とかいうめったに持つ人がいない魔法を持っているとバレるよりはマシかな。


「生憎とミッチェル、ああ、さっきの子と一緒にここら辺に来たばかりで手加減というものを知らなくて」

「そうですか……ちなみに出身はどちらですか?」


 あー、知らないなぁ。


 地球です、とか言える空気感ではないし……というか試されているよね。見定めていると言った方がいいのかな。


「この世界の地図にはない街、ですかね。ただ詳しいことは言えませんけど」

「……ですよね。出来ればそれだけの力をどこで手に入れたのかを知りたかったんですけど……」


 疑いたくはないけど疑うしかない。


 あのような目をしておいて、そんな言い訳で済むわけがないだろう。いや、半々かな。半分本当のことかもしれないけど探ってきたのは本当のことだ。


「っと、そんなことよりも早く戻らないと」

「それは大丈夫ですよ。僕のミッチェルがそう簡単にやられるわけがないので」


 なんて言ったって武器は僕作成だからね。割と自信があるしミッチェルにピッタリの武器だから。


【魔眼のレベルが上がりました】

【ステータスを見た際にランクなどを見ることが可能になりました】

【また相手のステータスの不明欄をある程度閲覧出来るようになります】


 ある程度、とはちょっと不明瞭だなぁ。


 まあ、確かに見れるスキルも相手の名前も見れるようになった。というか増えた。


 でも圧倒的格上相手には使えなさそうだなぁ。魔眼は共通したレベルだから上げづらさはあるけど魔法のように見づらさや、分かりづらさというものは少ない。


 うん、言った通りだった。


 僕達が戻り始めてすぐに狼達の気配が消える。イフの方が練度が高いからなんとも言えないけど間違いはないはず。


 ちらりと騎士の顔を見てみたけど気がついていなさそうだった。


「あっ、倒れたようですね。もう心配はなさそうですよ?」

「そうなのか? 悪いがまだ気配が残っている気がするのだが……」


 それはミッチェルのことでは?

 いや、それ以外にあるとすれば仲間の騎士くらいじゃないのかな。


「ギドさん! 倒してきましたよ!」

「うおっ! ……頼むから普通に出てきてくれ……」


 いきなり目の前に狼の頭を抱いている少女が現れたら驚くと思う。うん、僕だけじゃないよね!


 待って! 首を持っているってことは……、


「もしかして速度勝ちしたのか?」

「早かったですけど私よりも遅かったですし、氷付与で剣戟を加えれば速度をより落とせたので簡単ですよ」


 それは簡単とは言わない。


 僕でさえも速度では負けると思ったからこそ、このように場所を選んで短期戦にしたんだから。


 にしても氷魔法にそんな使い方が……ダメージ重視よりもデバフ重視に使っても良さそうだな。


 まさかミッチェルに教わるとは。別に他意はないよ。ただ地球で色んな考え方を手に入れたつもりでも学ぶことがあるんだなって。


「おー、ジル! 生きていたのか!」

「縁起の悪いことは言わないでください。そもそも彼らはミドのように弱くはありませんから」

「はっはっはっはー、そうか! 将来有望な子達に助けられたものだな!」

「うるさいのでお黙り下さい。主と少し話をしなくてはいけませんので」


 嵐のような騎士の男、ミドと柳のような騎士の女、ジルはそんな会話を目の前でしていた。


 ミドはとても大きく僕よりも十数センチでかい。ジルも僕より少し高いかな。どちらにせよ、身長が大きい二人を羨ましく思ってしまう。


 その間にミッチェルが倒したウルフ達の山へと向かい倉庫に入れておいた。全然圧迫感がないから意外に軽いのだろう。


 ジルは発言通り馬車の中に入っていく。


 薄らと見えた馬車の中は明るくファンタジーであることを理解させられる。馬車の薄膜自体は光を通しやすそうなので、どのような原理なのかとても気になる。


「お前達が来てくれて助かったぞ! 名前はなんというんだ?」

「……ギドといいます。こっちは仲間のミッチェルです」


 不意に聞かれたために驚いてしまったけど卒なく返せたと思う。ミッチェルも空気を読んでお辞儀をしてくれたし。


 ミドは「そうかそうか」と言いながら甲を取って脇に抱える。すごくかっこいいと思う僕はやっぱり厨二病だ。


 それにしても身長差からか威圧感がすごいな。顔も少し強面だし……。


「俺はミドという! 一応は魔法国少数騎士という意味のわからん称号を手に入れているが、この街を守る保安官みたいなものだ!」

「それは分かりますよ。魔法国は魔法騎士が主流で戦闘技術が主となる騎士は少ないですもんね」

「……よう、分かっとるなぁ。最近の子はそういうことも調べんと思っていたのだが。面白い! 力も教養も持っているギド、お前が面白いぞ!」


 暑苦しい……。

 これがこの人の特徴かな。他には面倒くさそうだけど悪い人ではなさそうだ。


「ところでギドやミッチェルはなんで魔法国に来たんだ?」

「一番故郷に近かったからです。それに冒険者になろうと思ってまして登録を、と」

「確かにな! 魔法国を拠点に冒険者ギルドは栄えているから、その考えはいいと思うぞ!」


 この感じは僕の正体に気づいてはいないようだね。なら少しは安心かな。


「ふーむ、目の前でDランク魔物であるビックウルフを倒したミッチェル殿もすごいと思ったが、その仲間であるギドはよりすごいな! 本気で戦っても勝てるか分からないぞ!」

「お褒めに預かり光栄です」

「……おじさんがどこまで強いか分からないですけど、ギドさんは私の師匠でもありますからね。私より強いのは当たり前です」


 ミドが手を組む。

 うん? 少し目付きが変わったな。


「……そのうち会えたら模擬戦をしたいものだ」

「街が同じならいくらでも戦えますよ。ただ手加減はしてくださいね」


 笑顔を浮かべてみる。

 屈託のない笑顔とは言えないけどこれが僕が出来る最大限の笑顔だ。


「……フッフッハッハッハ。少しだけ疑ってしまったぞ。スパイとして人が送られてくることも多いからな! でもギドは違うようだ! 俺が最大限に手助けしてやる! いつでも頼れ」


 豪放磊落、いや取っ掛りがないのかもしれない。ただこの人は本当にいい人だ。裏はあってもそれは誰かを守るため。僕と大差ない気がする。


「それではその時はよしなに」

「おう、任せておけ!」


 グッと指をサムズアップしてくる。

 うん、暑苦しい。


「……主がお呼びです。ギドさん、場所に入ってきてもらっても?」


 馬車の入口から出てきたジルの甲は外れていた。さすがに主の前では顔を出さないというわけにもいかないのか。


 いや、裏を返せば僕を信用したからこそ、顔を出したと言っても間違いないかもしれない。


 でもさ、僕を見る前にミドを睨みつけるのは少しだけどうかと思う。可哀想とは思わないけど。


「構わないですけど武器は帯刀して良いのですよね?」


 それは外せない。

 というか武器を奪われても心器を心に戻してから、また出せばいいだけ。それに魔法もあるから割と簡単に済む。


 ただ一応ね。ここで駄目と言われたら一緒の行動も考えなくてはいけないし。相手がどんな人なのかも分からないのだから。


 信用を得たいならそれくらい許してくれるよね?

 と言った魂胆だが、答えやいかに?


「構いません。元々、あのままであれば私かミドのどちらか、最悪は主も守れずにやられていたでしょうから。ギドさんにはそれだけの権利があります」


 合理的、クール。

 本当にミドとは正反対な性格だ。


「って、うおっ」

「? どうかしましたか?」


 心底不思議そうな顔をされたが、いきなり手を掴まれたら誰でもそうなると思う。それに小手も外していて柔らかい女性の手の感触が直に感じられる。


 騎士だから筋肉質だと思ったがステータスに見合わずスラリとした細身。それでいて柔らかさも顔も綺麗だと心臓が早鐘のように打たれるのはおかしなことではない、はず。


 そう、僕は至極真っ当な思春期男子、だから仕方ないんだ。仕方ない仕方ない。


「……行きますよ? この先は少し広いですから」


 そう言って扉に入った瞬間に僕は息を飲んだ。


「……すごい、ですね」


 目の前に広がっていたのは幾重にも刺繍が施されている絨毯や外を覗ける窓ガラス、そして……いつまでも続きそうな一本の廊下だった。

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