第14話 見世物伯爵

「それで、私は良いように連れ出されたってわけね」


 緋色の髪を後ろにまとめ、小声で言った彼女はにやりと笑う。


「まあ、これもプラト開拓領のため……ということで一つ」

「ふふっ……」


 ノフィ伯の姿で、楽しそうに笑う彼女。


 今更ながら、本人とは似ても似つかない容姿である。

 実際は誰の姿を写したものなのだろうか。

 改めて近くで見ると、ちょっと色々と差がありすぎでは、などと失礼な感想が浮かんでしまう。

 本物は平らだから……差がすごいというか……。


「ちょっと。横目でもどこ見てるか分かるんだからね」

「あ、えっと、い、いやあ……」

「男も女も好きなの?」

「それまだ言うの!?」

「しっ……声大きい」


 男色疑惑が消えていないことにややげんなりしつつ。


 今日彼女と訪れているのは、プラト領内のほたる石採掘場だ。

 山肌に大きな洞窟が、ぽっかりと口を開けている。


 間もなく昼を迎えるといった時間。

 採掘場の規模の割には少なめの採掘師さん達が、ほたる石の採掘と運び出しに精を出している。

 副官時代にはよく来ていたが、この景色を見るのも随分久しぶりに感じる。


 先日のヴェッカーさんの勧めと、コミさんの助言に従い、ノフィ伯を伴って視察に来たのだ。

 今は坑道の入り口から少し離れ、打ち合わせという体で彼女と話をしている。

 まあ内容は世間話よりだけれど。


 そして予想どおり、ここで働く方々の視線は非常に冷たい。

 ……俺に向けてだけ。


「ヴェッカーさんにあれだけ啖呵を切った割に、小心者なのね」


 再びにやりとするノフィもといノフィ伯。

 


 確かにあの日の俺はどうかしていたと思う。

 もちろん、ヴェッカーさんが強硬な態度に出ることは予想できていた。

 だからこそ「休日」の策を含め、コミさんと綿密に打ち合わせをして準備もした。

 ヴェッカーさんに切った啖呵も、内容事態は予め考えていたものだったのだ。

 

 本来ならもっと順を追って、穏やかに丁寧に話をするつもりであったのは言うまでもない。


 ただあの場面では強く出るのが適当だと、直感的に思った。

 ヴェッカーさんをあのまま行かせることは、誰のためにもならないと。


 そして、彼もまた何かを願いながら諦めた表情をしていた気がしたのだ。

 憤りに覆われていたけれど、ヴェッカーさんは強い気持ちを持っているのだろうと。

 

 彼もまた彼女側だと、そう思ったのだ。


 

「あの後足震えてたの知ってるよね」

「知ってる。気づいてから笑い堪えてたもの」


 くすくすと彼女は楽しそうである。

 副官を辞めさせたことを話した時も笑ってたのも知ってるぞ……。

 よし、後でスタンデールさんに叱ってもらおう。


「お二人とも、打ち合わせはよろしいですか?」


 俺がそんなノフィ伯の様子にため息をついていると、コミさんが後ろから声をかけてきた。

 周囲の状況を軽く見て回ってもらってきたのだ。


「特に変わったことは起きていないようです。普段の様子を視察するには丁度良いかと」

「ありがとう。ではエト伯、私は支部職員達もいるのでそちらを回ってきます」


 コミさんの言葉に、開拓支部伯の仮面を付け直したノフィ伯は微笑みを浮かべ去っていく。

 見事な変わり身……女性とは恐ろしい。


 今回の視察では、俺と彼女は別行動をすることになっている。

 理由の一つは。


「エト伯、彼女との距離には注意してもらえると助かるわ」

「……少し近かったですか?」

「そうでもないけれど、彼女の信奉者は採掘師にも多いから」


 ノフィが離れたことで、普段の口調に戻ったコミさんが忠告してくれる。

 

「少し距離を広めにしておいて。その気がなくても、みだらなことをしようとしたと思われるわよ」

「はは……」


 身から出た錆……でもないのが辛いところである。

 領民からは、引きこもりで禄に仕事をしない無能伯爵、という評価のエト伯。

 女と見れば見境なく手を出そうとする、なんていう尾ひれまでついている。

 

 実際には女性経験がなさすぎて、まともに目も合わせられないほどだったのだけれど……。


「彼らの間では、ヴェッカー会長とノフィ伯がこの待遇を勝ち取った、という話になってるみたいね」


 彼ら、というのは採掘師達のことだろう。

 その証拠に俺から離れ、現場近くにいったノフィは次々と握手を求められている。


「それならよかった、ちょっと怖い思いをした甲斐があったかな」


 ちょっと……というかかなり寿命が縮む思いをしたけれど、上手く収まってくれてよかった。

 二人の評判があがれば、今後の変化も起こしやすくなるし、監査にもいい影響を及ぼすだろう。

 意識していなかっただけに、嬉しい成果である。

 

 楽しそうな雰囲気だし、邪魔をするのは悪い。

 人前で彼女と関わるのは今後は最低限にしよう。


「あまり彼らを悪い気分にさせたくないし、受け答えはコミさんにお願いしてもいいでしょうか」

「……それでいいの?」

「ちょっと遠くにいれば、聞こえるように不満を言ってくれるかもしれないし……」


 向き合って話そうとすると、無視される可能性もある。

 威厳のかけらもない伯爵だったしね……。

 

 それなら聞こえよがし、という形でも意見を聞けるほうがいいだろう。

 それほど言いたいということは、誇張してでも伝えたいことがある、ということだ。


 まあ俺の胃への負担は増えるけど……。

 言われてるのは俺じゃなくて、エト伯だしね!

 そう思えば平気!多分……きっと。


 そんな俺の強がりが伝わったのか、コミさんは眉間に指を当ててため息をつく。


「そういう意味じゃなかったんだけど……まあいいわ。特に聞きたいことがあれば、折を見て言って頂戴。それとなく聞いてみるわ」

「手間をおかけします」

「その……監査の時は、もう少し偉そうにしないと部下の管理がなってないと思われるわよ」

「管理がなっていないのは事実ですから。今更ですよ」

「……そうだったわね」


 彼女は苦笑して歩き出した。



 その後現場を見ながら、コミさんが採掘師さん達に直接近況を聞いていく。

 

 今回の視察はこうして現場の状況を掴むことが目的だ。

 書類だけでは感じられないことは多いし、彼らの意見や不満を間接的にでも掴んでおきたい。 


 コミさんと採掘師さん達の話を聞いている限り、今回の方策は全体的に悪くない評判だった。

 それに予想以上に好評だったのは、採掘時間の短縮だった。


「ヴィージ灯のもとだと暗くってなあ。正直あんまり進まないんだ」

「さすがヴェッカーさんだよな。現場を知らなくちゃこういう話はできねえよ」

「いつか坊っちゃんにガツンといってほしかったのよ、俺たちゃ」


 話を聞いている副官さんが美人だということもあり、中年男性労働者の皆さんは饒舌である。

 

 夜間の採掘を禁止したのは、彼らにとっては良い仕組みだったようで安心した。

 そもそもヴィージ灯を一番使ってしまうのが夜間採掘なのだ。

 坑道内を広く照らさなければ危ない、ということもあり一晩でそれなりの量を消費する。

 ヴェッカーさんと相談の結果、一時的にやめてみよう、という話になった。


「夜間に掘っていた分は、今はどうされてるんですか?」


 コミさんが上手に質問をしてくれた。

 夜間の採掘を無くした上、休日も作ったので採掘量はもっと減ると思っていたのだ。

 ところが、ヴェッカーさんからの書類を見る限りさほど量は減っていなかった。


「早く寝ちまうから、朝も早く目が覚めちまうんだ」

「そうそう、それでせっかくだから作業の始まりを少し早めることにしてよ」

「休日ができただろう?だからそれ以外の日はできるだけ頑張って稼ぎたいからな」


 なるほど。

 彼らなりに独自に対応してくれているようだ。

 ただあまり行き過ぎないように、ヴェッカーさんに監督を頼んでおく必要もありそうだ。


「そうですか。お気持ちはわかりますが、あまり無理をなさらないでくださいね」


 最近表情が豊かになったコミさん。

 彼女の控えめな微笑みに、三人の男性採掘師はでれでれしている。

 コミさん綺麗だもんね、気持ちはわかります。

 

 と、にわかに採掘場前が騒がしくなる。


「おお、例のやつ今日もあるのか。ありがてえ!」

「コミさん……って言ったか。あんたもどうだい?ちょっと値は張るが、うまいぞ?」

「ああ、いや私は」


 彼らのお誘いをコミさんは上手く躱し、一礼しこちらへ戻ってくる。


「ったく伯爵ってなあ羨ましいぜ。対して働かないくせに、美人と一緒にいられるんだからなあ!」

「あーあ、ちくしょー!俺も伯爵に成りてえな!」


 わかりやすい嫌味、というか文句を大声で叫びながら、彼らは目的の場所へ向かっていった。

 覚えてろ―!と去っていくお伽噺の敵役のような振る舞いに、思わず苦笑してしまう。


 ふふん、羨ましいだろう。

 ……笑われる時はあるけど、優しく微笑みかけてはもらえないけどね……。

 ヴェッカーさんも死ぬほど怖いし!


「ロンドの『まかない』あの様子なら安心できそうね」


 やや哀しい気持ちになっていると、コミさんがすこし嬉しそうな声色で言う。

 そうか、もうその時間か。


 今日の視察、そのもう一つの目的。

 それは「休日、労働時間の短縮」「買い取り額の増額」と合わせたもう一つの変化。



 「まかない屋」の営業を確認することだ。


 

 これは昼食時に、採掘場近くに出店するようになった食事処である。

 正確には「まかない」とは呼べないけれど、手軽なご飯を出すという意味で暫定的に付けられた名前だ。

 机や椅子を簡単に持ち寄り、そこで食べやすい料理を提供するのだ。

 

 料理をするのは、希望した飲食店の従業員や料理人。

 ロンドさんは料理長として、彼らに指示をだし、自らも手を動かす。

 手頃な価格で、毎日違った料理が楽しめる。

 その日の献立は、ロンドさんのひらめきと仕入れ次第だ。


 採掘師さん達にプラト領を気に入ってもらうための、大きな策の一つ。


 とはいえ、そのためだけのものではない。 


「あの集客なら、税収もそれなりになりそうですね」

「そうね。聞いた通り、彼らからの評判もいいわ」


 この「まかない屋」は税収を上げる仕組みの一つでもある。


 もともと肉体労働である彼らは多めに昼食をとる習慣がある。

 しかしその内容はほとんどプロウト。

 妻がいれば作ってもらっているが、独り身の人は面倒だと常々愚痴を聞いていた。

 

 そして現状週払いで給料が出ている採掘師。

 買い取り額が上がったことで、彼らの懐は少し豊かになった。


 この機会を狙って、金はいるが美味しい昼食を提供すれば商売になる。

 商売が好調になれば、そこから税収として資金を得られるのだ。


「早起きして稼ごうとするから、多分お弁当を用意するのが面倒になったのでしょうね。一時金を出したのも効果が大きかったみたいだわ」

「嬉しい誤算です。他の商店からの反発は?」

「ロンドは貴族付きの料理人よ。彼と仕事をしながら学べるのは大きい、むしろ喜んでるわね」


 これも将来的に人を呼び寄せるためだ。


 ロンドさんの能力を活かし、様々な調理法や、美味しい料理そのものを知ってもらう。

 そしてその技術も広めることで、プラト領全体の食文化の向上を狙っている。

 

 どこのお店でも、美味しい料理が食べられる。

 どこのお店でも、様々な味を楽しめる。


 そんな領地になれば、派遣される側にとっては魅力の一つなるだろう。


「教都の一流店にでも入らなければ、普通あの技術は学べないわ。あれでロンドもしっかり修行してたはずよ」

「とっても美味しいですからね、彼の料理」


 売上から税をとり、料理を担当した人に一定額を分配。

 それでも出る残額は領地の資金として積み立てている。

 ロンドさんは使用人として雇ったまま、派遣という形で仕事をしてもらっている状況だ。


「そのうち不満もでるでしょうね。昼時を独占するのはずるいって」

「まあ、割と力押しの策ですからね。今までお昼にお金を使う人がいなかっただけで」


 新たにお昼時、という商機が生まれたのだ。

 当然お店側もある程度技術を盗んだら、同じ商売をしたがるだろう。


「領地が順調に行けば……。次の展開もできる……はず、と思います」

「そこは領伯としてもう少し強くでるべきだと思うけれど……」


 本来は目的も何もない、すかすかの副官である。

 精一杯大きく見せてこれなので、どうかご勘弁いただきたい。


 と、話題の食事処の料理長がこちらへやってきた。

 どうやら詰めかけた客をさばき、余裕ができたらしい。

 

「エト伯!」


 コミさんに任せるつもりで、その場を離れようとするとロンドさんに呼び止められる。



「ご昼食まだ食べられてなければ、どうっすか?」



 まさか話しかけられるとは思わず、言葉に詰まる。


「最近ご自分でやってばかりじゃないっすか、使用人の料理も食べてってくださいっす」

「あ、ええと……」


 エト伯の姿の時に、こんな笑顔を向けられたことはなかった気がする。

 どうにも上手く声が出ず焦ってしまう。

 確かに最近は食材を適当にもらって、部屋で料理してしまうことが多かったけれど……。


「エト伯、席も空いているようですし。視察ですから」


 コミさんが、ロンドさんの手前ということで硬い口調に戻す。

 けれどその表情は柔らかい。


 距離をとって見ていた「まかない屋」。

 促されるまま簡易的な席につくと、まだ残っていた採掘師さん達は珍獣を見るかのようだ。


 まあ引きこもりの伯爵が外で、しかも人の見ている前でご飯を食べるのだ。

 確かに珍しい風景だとは思う。


「どうぞっす」


 前に置かれた「まかない」。

 プロウトに野菜とお肉をはさみ、軽く炙ったもののようだ。

 とても香ばしい匂いがする。


 眼の前にすると急にお腹が減ってきた。

 ヴィージ園の手伝いもあったから、今日は朝食抜きだったことを思い出す。


 一口かぶりつくと、暖かい肉汁と野菜の味が広がる。


「……美味しい」


 思わず零すと、ロンドさんは嬉しそうにする。

 

「よかったっす。俺の腕が落ちて放り出されたんじゃなかったみたいで」


 邪気のない笑みを浮かべるロンドさん。


 副官の時も頂いていたはずのまかない。

 今日は何だかそれが、とても優しく、暖かく感じる。


「ここでの仕事はどうですか?」

「すごい楽しいっす!誰かと料理するのも久しぶりで、こう賑やかでいい感じっすよ」


 控えていたコミさんも、どことなく嬉しそうな表情だ。



 彼の処遇から始まった、この変化。

 無事その変化に、ロンドさんを引っ張りこめてよかった。

 

 どこか不器用で。

 でも確かな熱を感じさせる人々。

 ノフィ、コミさん、ロンドさん、そしてヴェッカーさん。

 そんな彼らは、いつの間にか変化の中心だ。

 

 きっと両親もこんな人達とどこか似ていたのだと思う。

 欲しいものがあって、やりたいことがあって。

 そして機嫌の良い風をまとっている。

 人によってその勢いは違うけれど、触れ合った後どこか爽やかな感じがあるのだ。

 

 すかすかのままの俺の中にその風が通る度。

 彼らの暖かさが少しずつ心の中に残っていく。

 眩しい眼差しの残滓を、分けてもらっているような気がする。


 それはありあわせの「まかない」ではなくて。

 偽物として初めて頂いた豪華な夕食だって敵わない。


 とても暖かくて、優しくて……でもどこか懐かしい素敵な一食だった。



「ごちそうさまでした」


 普段よりゆっくりとロンドさんのまかないを頂いて、お礼を言う。

 

 その場を離れようとすると、思った以上の人が遠巻きにこちらを見ていた。

 採掘師じゃない人までいる所を見ると、ノフィ伯の人気が伺える。


 すっかり見世物になってしまった自分に苦笑しつつ、支部側へ戻ろうとすると大柄な男性がやってくる。


「お、お邪魔してます。ヴェッカー会長」

「おう」


 挨拶をした俺に、彼はぶっきらぼうに答えると俺が座っていた席につく。


「……あんまり歓迎されなかったみたいだな」


 珍しく柔らかい表情をしているヴェッカーさんに驚く。

 まかない屋効果だろうか。


「ここは俺たちの採掘場だ」


 そのまま俺の目を見て、ヴェッカーさんは続ける。

 その瞳に、確かな力と期待の色を込めて。



「それで……お前さんの領地なんだ」



 放っておいてくれ、と言った彼の言葉だからこそ。

 俺はなるべく深く頷いた。


 改めて支部へ戻ろうと歩き出すと、美人で優秀な副官さんが隣で言う。


「次は一人で来てみたらどうかしら」

「勘弁してくださいよ……毎回見世物になりたくはないです」


「でも、良い見世物だったと思うけれど?」


 とても機嫌の良さそうな彼女は。

 そう言って柔らかく微笑んだ。

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