第11話 先輩副官

 ロンドさんの今後についての検討をきっかけに、支部全職員の配置を考え直す……という大胆な案に辿り着くことになった。

 彼の件に安易に対応するより、こちらのほうが期待度評価が大きくなる可能性があるのは間違いない。 


 とはいえ。


「全体の配置を再検討するとなると、より方針が重要になりますし、ロンドの配置はその方針に適したものになるべきでしょうね」


 俺はコミさんの意見に頷く。

 どんな策を実行するにしろ、なにかしらの方針が必要であることは間違いない。

 そしてその方針はプラト領の問題点を解決するものでなくてはならない。

 ロンドさんの今後の話……というところから始まってはいるが、彼を中心としたものであってはいけないわけだ。


 そこで、まずは二人で領地の問題点を改めて考えることにした。

 

 大きな問題点は、やはり指定産品の産出量が少ないことだろう。


「産出量が少ない原因……やはり人材の流出は大きいですね」

「そうですね、エト伯の仰る通り採掘師の数は最低限しかいません」


 プラト領の指定産品はほたる石。

 これは領内にある鉱脈から採掘されている。

 そしてその採掘を担当するのが採掘師と呼ばれる開拓者達だ。


「プラト領で生まれ育った採掘師よりも、教都や他の地域からの派遣が割合としては多いですし……」

「領地の環境が良くなければ、やっぱり別の領地へ行きますよね」


 俺の言葉に今度はコミさんが頷く。


「派遣された採掘師達は任期が終われば異動の希望が出せますから。今残っている方々は異動希望が通らなかっただけ、と考えてもいいと思います」


 派遣された労働者には任期、つまり契約期間がある。

 この契約期間を終えた段階で異動を希望することができるのだ。

 

 一方、開拓領側は予め定められた人数を引き止めることができる。

 異動の希望者が多ければ、この人数を保つために希望者の一部は引き止められることになる。


 プラト領には実質そうして引き止められた人しかいない……と言える。


「人気がある開拓領は希望者が殺到するらしいけれど……」


 となると、不人気の理由はなんだろう。


「やはり給与水準が低いこと、でしょうか」


 俺のつぶやきに対するコミさんの返答は端的で正確だ。


「ほたる石の買い取り額が低水準ですし、国家買い取り額との差も大きいですね」

「確かに……」


 採掘したほたる石はまず開拓支部側で買い取ることになる。

 この時の代金が彼らの給料になるわけだ。

 そしてこの買い取り価格がプラト領はとても安い。


「国家買い取りっていうと、閉領した時に国が買ってくれる価格でしたっけ?」


 開拓領が撤退となると、その時点で残っている産品は国が買い取ってくれる仕組みがある。

 俺が確認のためにコミさんに聞くと、彼女は軽く頷いて肯定する。


「各産品の買い取り価格の基準と言われていますね。この価格を下回る開拓領はほとんどなかったと記憶しています」


 つまり他の開拓領はもっと高額で買い取りをしている、というわけだ。

 山程ほたる石が採掘できるのなら、買取額が低くても給与は高水準ということは有りうる。

 けれどプラト領はそうではない。


 副官時代に採掘場へはしばしば顔を出したが、一人辺りの採掘量は多くも少なくもないように見えた。

 

 人が減り、一人ひとりの効率が変わらなければ当然産出量は減る。

 当然の現象だが、これが続くと更に困ったことも起きる。


「支援金の減額もされていますし、買い取り額を上げるのは容易ではないですね……」


 指定産品の産出額が減ると、開拓支部の重要な収入限である国からの支援金も減額されるのだ。

 領地の主な収入はこの支援金と、領内の税収なのでこれはかなり大きな問題となる。


 そして採掘師の皆さんに支払うお金の元手は、この支援金なのだ。

 となるとやっぱり買い取り額があげられず、採掘師のお給料は減る……と悪循環になっている。


 税収が少ないという問題も結局行き着くところは同じ。


 プラト領では商店からの納税を義務付けている。

 単純に言えば商店で物が売れれば税金が入る。

 だから沢山売り買いが発生することが理想だ。


 商店のお客は採掘師達を含む開拓領の人々。

 彼らが領内で買い物をしてくれることが、税収を得るためには必要不可欠なのだ。


 けれど採掘師達のお給料が低ければ、彼らは当然買い物を渋る。

 そうなると商店の売上は下がってしまう。

 つまり、税収も下がってますます開拓領は貧乏になってしまうわけである。


「指定産品の産出量が上がらなければ、根本的な解決にはならない……か」


 すべてはこの問題に帰結する。


 指定産品の産出量が上がれば、支援金も上がる。

 支援金が上がれば、買取額もあげられる。

 採掘師の給料が増えれば商店での買い物も増え、税収にもつながる。


「やはり、採掘師を増員するのが一番効果的かと思います」

「人を増やすのが理想だけれど……買い取り額を大幅に上げることは難しい。お給料が少ない所に喜んでやってくる人はいない……」


 コミさんの言う通りではあるが、それが簡単にできる状況ではない。

 現状、使用人達へ支払っていたお金や、伯爵給の返上でそれなりのお金は確保できているのは事実。

 でも、それらを使っても買い取り額を国家買い取りよりも高額にはできないのだ。


 結局採掘師のお給料は低めの水準にとどまってしまう。

 となると、やっぱり魅力的な職場とは映らないし、別の職場を目指す人が増えてしまうだろう。


 ううむ、魅力的な職場か……。


「あ!」


 ここまできて俺はあることに気がついた。

 

 状況を作る方法は一つではない。

 要は採掘師の皆さんが働きたがる、残りたがる、そういう環境を作れればいい。


 その方法が給料の増額だけ……というのは視野が狭いのではないだろうか。

 

「え、エト伯?」


 少し大きな声をあげてしまったらしく、コミさんが少し目を見開いていた。

 

「お給料を上げる以外に、採掘師の皆さんが残りたがる策は無いでしょうか」

「!」


 俺の言葉にコミさんは、はっとした顔をする。


「お給料だけではなく……何か、別の方向からも彼らに提供できるもの……ということですか?」

「そうです、やや苦肉の策に聞こえそうですけど」


 コミさんが改めて俺の意思を確認するように問いかける。

 俺はそれに苦笑で返しつつも、この方針に可能性を感じていた。


 何か策をするにしてもそちらにも少なからずお金はかかるだろう。

 ただ、買い取り額の増額だけに頼らない魅力を作ることができれば。


「確かに、今後につながる可能性は高いですね。監査での評価はもちろん、人を呼び込む際にも新たな売りになります」

「監査……監査にも有効……」


 このコミさんの発言に、俺はもう一つ気付きを得た。


 監査に有効……つまり領地の期待度にいい影響がある、ということだ。

 ということは……。



「エト伯……この考え方、全体の方針にできませんか?」

 


 俺が口に出すよりも先に、コミさんが言葉にしてくれた。

 俺は思わず何度も頷いてしまう。

 コミさんはそんな俺を見て、少し表情を緩ませながら続きを語る。

 

「領民が暮らしやすい、働きやすい……そういう環境を用意する、ということですね?」

「はい、再編成もとい再配置にしてもその環境作りの一環という認識で。もちろん給与の見直しもその大きな方針の一環です」


 彼女の言葉に付け加えると、優秀な副官は大きく頷いてくれた。


 お給料が高い、というのは開拓領の魅力の一部分でしかない。

 結果的にそれが一番分かりやすく、表現しやすい要素というだけだ。

 もちろん増額できるなら積極的に対応していくべきであることは間違いない。


 ただそれ以外にも、暮らしやすい開拓領と思ってもらえる方法はあるはずだ。


 それこそ仕組みを変え、環境を整える『適化』の得意分野と言えるだろう。

 これなら副官のコミさんも、充分に力を発揮してくれそうだ。


 そこで俺は早速具体的な策を提案していくことにする。


「まずは能力と職の一致は行えるだけやりましょう。今この状況下で職員の能力を無駄にすることはできません。ここは支部伯と時間を設けて相談します」


 引き合いに出すのは申し訳ないが、コミさんのような場合もある。

 辞めていった職員も多いだけに、意にそぐわない仕事をしていることもあるだろう。

 加えて、領地の規模が小さくなったことで形骸化している作業もある。

 役割を見直し、可能な限り再配置を進めたほうがいい。


 支部伯には負担をかけることになるので、彼女とはよく相談が必要だ。


「それと現状、伯がやるべき仕事を委任してしまっている状況があります。それをこちらで再度引き取ります。その辺りはコミさんも判断できると思いますので、各所に連絡をお願いします」


 伯爵が暇をしていていい状況ではないのは明白だ。

 悪い意味で任せてしまっていた仕事は手元に戻そう。


 方針が決まれば、そのための手段を挙げていけばいい。


 この辺りは可能な限り競争を避けていたあの頃と同じ。

 最短を目指すために、できることを選ぶのは割と得意だと思う。


「支部内のことはある程度支部伯に任せましょう。ノフィ伯は信頼もありますし、私が出るよりはずっといいと思います」


 スタンデールさんもいるし、上手にさばけるのではなかろうか。

 厳しければ書類等は手伝えるが、俺はあまり前に出ないほうがいい。

 現場を知らない坊っちゃんに余計なことを言われて、気を悪くしない人のほうが少ないだろう。


 領伯から無茶を言われているという体で、ノフィが面談をしていけば感情的にも納めやすいはず。


「肝心なのは採掘師の皆さん周りの話ですね、ここはきちんと方策を練らないと……」


 と、ここでコミさんから返事が無いことに気付く。

 矢継ぎ早に話をしすぎたかもしれない……いや、もしかして何か間違いがあったかも……?


「こ、コミさん……何か問題ありましたか?」


 恐る恐る彼女のほうを向くと、コミさんは口を半開きにしたまま固まっていた。

 んん……?


「あの……コミさん……?」

「……っ!し、失礼しました。問題ないと思います」


 もう一度声をかけると表情を戻し頷いてくれた。

 ちょっと話すのが早口になってしまったのかもしれないし……気をつけよう。

 

 俺が内心反省をしていると、今度はコミさんが口を開く。


「現在採掘を行っている皆さんの意見を聞くことは必須でしょうね」

「そうなると、ヴェッカーさんとの会議……?」


 俺の疑問に彼女はええ、と応える。


「現状、開拓の現場を取り仕切っているのはヴェッカー会長です。不満も集まっているでしょうし、採掘師の気持ちを一番知っています」


 それに、とコミさんは続ける。


「今後のことも見据えれば、彼とはしっかり時間をつくってお話をされるべきだと思います」


 彼女のその声には、どこか有無を言わせない迫力があった。

 心なしか先程より熱が増しているような……そんな雰囲気におされ、俺はこくこくと頷く。



 各開拓領には、開拓者と呼ばれる作業員達が派遣されている。

 彼らはその仕事内容により大きく三つの所属に分かれ、管理されている。


 一つ目は狩猟会。

 開拓領周辺で動物を狩り、お肉を提供してくれる皆さんが所属する組織。

 危険な動物の排除も担当してくれる屈強な方々が揃っている。

 開拓領の安全と、美味しいお肉は彼らがいてこそだ。


 二つ目は生産会。

 採掘、採取を担当する組織で、採掘師の皆さんはここに属する。

 その他、お肉以外の食料を栽培したり、森に入って手に入る果実等の採取もしてくれる。

 プロウトの原料になるゼリックの栽培も、ここの皆さんが担当してくれている。


 三つ目は技術会。

 ここは高度な技術をもつ職人さんが所属する。

 ほたる石を使った道具の職人、薬を調合してくれる薬師、洋服を作ってくれる服飾師。

 そんな様々な技術者が所属する会で、専門的な話が飛び交う。



 通常の開拓領なら各会に長がいる。

 けれどプラト領の場合……。


「ヴェッカーさんは三つの会全部の担当ですからね……」

「個性的な人達をよくまとめている、とは思います。だからこそ彼との関係改善は欠かせないでしょう」


 そう、プラト領は年々開拓者が減っていったため、現在はすべての会をヴェッカーさんが取りまとめているような状況なのだ。


 当然ヴェッカー会長に今回の意図をはっきりと認識してもらい、ある程度の理解を得なければ変化は実現しないだろう。

 

 しかしこれが相当の難題。


 本来なら彼の部下達に行き渡るはずのお金を、あれやこれやと無駄遣いしていたエト伯である。

 となれば、ヴェッカーさんからの印象がいいはずもない。

 実際エト伯を毛嫌いしている、と言ってもいい。

 その辺りは副官だった際、ヴェッカーさんから直接愚痴を聞いたほどである。


 コミさんが特に強く進言してくれたのもそのためだ。

 非常に胃の痛い会議になることは分かっている。

 けれども避けることはできませんよ、という意味なんだと思う。

  

 でも……なんとか上手に回避できないかな……。


「……」


 見てる、コミさんがすっごい見てる。

 これは絶対逃げるなってことか……。

 彼女の、俺の気持ちを見透かしたような、それでいて強い意思を感じる視線。

 偽物伯爵程度では太刀打ちできないと判断し、俺は早々に降参することにした。


「……わかりました。調整をお願いします」

「良いお返事です」


 満足そうに頷く、優秀な副官さんに俺は苦笑する。


「エト伯、ヴェッカー会長向けの提案を予めまとめておきませんか?買い取り額については絶対言われると思いますし……」

「じゃあ増額できる限度と、それから環境を変える案をいくつか……」

「それからロンドの件ですが……」

「あっ……」

「……エト伯?」

「い、いやちゃんと考えてましたから……ほんと、ほんとです!目が怖い!怖いですよ!」



 横たわっていた静けさが去った執務室。

 ヴェッカー会長との話し合いに向け、コミさんと具体的な策を練る。


 手持ち無沙汰で空虚だった日中だったけれど、これからは忙しくなりそうだ。

 そして、そのことが面倒なことだと感じないのは。


 きっと優秀な副官さんが協力してくれていることと。

 その彼女が、どこか嬉しそうにしているからだと思う。

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