第3話 伯の事情

 子猫族と出会うことと、亡き母の故郷を廃墟にしないため。

 ノフィリア王女は、国宝とも言える首飾りを胸にプラト領に出張してきていたらしい。


 第一王女とは対象的に、第二王女はあまり人前に姿を見せない。

 俺もこうしてお目にかかったのは初めてだ。

 病弱だ、というのがもっぱらの噂だったけれど、健康そのもの……どころか、かなりの行動派だったようである。

 こうして見ると俺とさほど年齢は変わらない……というか、もしかすると歳下かもしれない。


「どこかの伯爵と違って、開拓支部の業務については勉強してきたわよ!

 このことに関してはお父様のお力で……ってわけじゃないから、勘違いしないでね」


 少し慌てたように付け加える第二王女様。


 確かに開拓支部伯としての悪評は聞いたことがない。

 むしろあんな領地伯爵でもなんとかなっているのはノフィさんのおかげだ、という話をよく聞くぐらいである。

 現国王は賢王と言われているし、そこはさすがは父娘……と言ったところだろうか。


「官学に関してはさほど成績が良くなかった、と執事からは付け加えておきましょう。

 ロエルくんの代で官学校に入学していたら落第していた可能性が」

「ちょっ!スタンデール!?」

「支部伯の仕事は私も手伝ってなんとか……」

「だ、だまらっしゃい!!不敬罪で投獄するわよっ!!!!」


 ……そうでもなかったみたいである。

 

 しかし彼女が王女様であったことを知った今、より疑問が深まったことがある。

 俺は好奇心にも似た感情に押され、失礼を承知で聞いてみることにした。


「お、恐れながら、王女……殿下、お一つご質問よろしいでしょうか?」


 身分が凄く上の人に伺う場合、顔を見るのは失礼という話を覚えていたので急いで頭を下げた。

 縛られているので大層不格好になっているとは思うけれど、いまさらである。


 しかし、返答はない。


 あれ……もしかして、俺、とてもまずいことをしてしまったのか……!?

 一副官が立場が分かった上で言葉をかけるのは、それこそ不敬罪なのか……!?


 と、思っているとくすくすと可愛らしい笑い声が聞こえた。


「ぷっ……ふふふっ……ここには私達しかいないから普通にして?

 無理に堅苦しい話し方はしなくていいからね、同じ領で働く仲間なんだし」


 どうやら俺の拙すぎる言葉遣いは許されたらしい。

 顔も上げていいからね、と言われ前を向くと、スタンデールさんも口を抑えて笑っていた。


「それで?」


 少し笑いを残した表情のまま、彼女に続きを促される。


「え、えっと……王族の力でプラト領をなんとかする……っていうのは考えなかったんですか?」


 庶民的な発想かもしれないけれど、王族の力があれば大抵のことはなんとかなる……という風に思ってしまう。

 わざわざ周りくどいことをしなくても、手段は色々とあったような気がするのだ。

 

「それは……私のわがままが大体と、国の都合がちょこっと……かな?」


 俺の質問に、庶民的な苦笑を浮かべる王女様。


「そもそもね、王妃様は元気よ?私の実の母親は、王妃様じゃなくて妾の一人なの」


 お、おやおや……。

 これは黒い話の流れかな……王位の争いみたいな……。


「でもね、お父様も王妃様も凄く良くしてくれて……」

「凄く良いどころか、目に入れても痛くないという溺愛ぶりですね」

「だから、変に頼るとやりすぎちゃうっていうか……」

「陛下ならプラト領に教都を移動させかねません」


 あれっ?

 ものすごい円満!?


 っていうか遷都って親馬鹿の規模が迷惑すぎませんか!?

 賢王は!?賢王と呼び声高い王様はどこへ行ったの!?


「開拓支部伯として潜り込むっていう方法も、プラト領をなんとかしたいっていうのも、結局は私の我儘。

 そもそもそれだって席が空いていた場所に滑り込んだとはいえ、正規のやり方とは言えないわ」

「官学の成績も悪かったですから、いささか強引ではありました」

「ふけえええい!貴方やっぱり不敬罪!言わなくてもいいことを付け足すのやめなさい!!」


 この主従も非常に仲良しのようで、庶民としてはなんとなく安心だ。

 わだかまりがあるより、ずっと良いと思う。

 どうも執事が上のような気もするけれど……年の功というやつだよね、きっとそう。


「遷都は問題外にしても、例えば領地伯爵……領伯を王族の一声で変えようとすれば各地の領伯にいらぬ警戒感をもたせることになる。

 それに国を秩序立たせるために作った規則と仕組みを、王族の権力や感情が簡単に飛び越したとしたら。

 それはもう国というより、蛮族の集まりになってしまうわ」


 まあ今の私が言っても説得力ないけれどね、と寂しそうに彼女は笑う。



 開拓領地は、大きく二人の権力者によって動く。

 一人は領地伯爵。

 予算の決定権と、加えて領内に伯爵令を出す権利をもつ。


 そしてもう一人が開拓支部伯、正式には開拓支部伯爵。

 地位としては伯爵で、領地伯爵とは対等の立場という位置づけだ。


 それぞれ領伯、支部伯、と呼ばれることが多い。

 エト伯、ノフィ伯、という感じで「伯」だけを付けて呼ぶこともある。


 開拓支部は開拓領の中心組織であり、様々な資源をとってきてくれる人々をはじめ、そういった人相手に商売をする人の支援や取締、国との折衝などその仕事は多岐に渡る。

 役所でもあり、相談所でもあり、治安組織でもあり……開拓領を仕切る行政組織だ。


 支部伯はその組織の長。

 領伯と協力して、開拓地を発展させる責任を持ちながら、同時に領伯を告発する権利も持っている。

 端的に言えば、害となりえる領伯を国へ報告し、辞めさせる、もしくは処分させるということができる。

 領伯はお金の最終的な決定権をもつがゆえに、その領伯をある意味監視し、律するための仕組みなのだ。

 

「領伯を告発すれば、領地を正常化できるんじゃないかと思ったけれど……想像以上に人が集まらなくて。

 条件の悪い領伯には皆成りたがらないのよ」


 それもまあ当然ではある。


 現に圧政を敷いていた領伯が処刑されたこともあったし、何かをやらかした時の責任は重い。

 領伯は大抵血筋で相続しているから、席が空くというのは何かしら問題がある領地だと言うことでもある。

 官学校を修了し、一定程度の実務経験があれば仕組み的には領伯になれるが、このような事情で好んで領伯になりたいという人はほとんどいない。

 その辺りは官学校で過ごしていなければ、掴みづらい雰囲気かもしれない。

 伯爵、という職位の割にはあんまり人気がないのだ。 



「とりあえず、私の事情は話したわ」


 と、ノフィ王女は一度息をつく。

 

 王族しかもたない腕輪も見せてもらい、未だに信じられない気持ちでいっぱいだった。

 おそらく俺と同世代であろう少女が第二王女。

 しかも閉領を防ぐために支部伯として潜入していたなんて……。


 どこか現実離れした空気を感じていると、彼女は急に立ち上がり、ぐっと俺に顔を近づける。

 

 ち、近い……!

 支部伯の姿に比べると、色々小さいけれどとても美少女には違いないので、やっぱりどきどきしてしまう。

 彼女のやや勝ち気そうな蒼色の瞳は、しかし真剣そのものだ。

 まるで、俺という人間をどこまでも見通すような……。



「それで……貴方がどうしてエト伯爵に叶わぬ想いをよせて、私の姿になってまで迫ることにしたのか、最初から正直に話しなさい。

 あれのどこが良かったのか、彼が白目を向くまで何があったのかも克明に教えなさい」

「私も大変興味がございます」



 ――前言撤回。

 とんでもない節穴だった!

 

 王女様、やや息を荒くするのをやめてください。

 執事さんも興味津々じゃないか!

 その感じ、やっぱり貴方俺のお尻さわったでしょ!!



「……そう。素直になれない年頃なのね」

「若さとはいいものです」


 結局、俺は一部始終を包み隠さず話をした。

 確かに話をしたのに。


 どうしても齟齬を解消できない部分があった。

 ……俺のエト伯への気持ちの部分である。


 どれだけ丁寧に説明しても。


 俺の初恋の相手がエト伯で、エト伯が憧れていたノフィ伯に嫉妬し、姿を変えて襲ったということにしたがるのだ……!


 どんだけ興味津々なんだよ!

 王様達はどんな教育したんだよ!

 

 あ、お付きの執事が教育したのか……。


「ロエルが、自分の気持ちに素直になれないのは仕方がないとして……」


 王女様、その「わかってるから」っていう笑顔やめてもらえませんか!?

 

「エト伯は女性が、眼の前で急に庶民副官に戻ったから白目を向いた……と」

「ある意味被害者だったわけね……」


 結局の所、そういうことだった。

 まだ仕組みはよくわからないが、カチッという音と共に俺の変身は解けたのだ。


 エト伯からすれば、憧れの女性が目の前で突然冴えない副官に変わったことになる。

 驚きとか哀しみとか絶望……それらが一瞬のうちに押し寄せた結果。


 白目になり泡を吹いて気絶する、という無残な状態になってしまったようである。


 いたましそうな表情で、こじらせ伯爵のほうを見る王女様と執事。

 その被害者、ぎっちぎちに縛られて転がされたままですけど……。


「そうなると、お父様にこの事故の事情を説明しなくてはいけなくなるわ……」

「国王陛下のことですからね……仮初めの姿で中身は違ったとはいえ、ロエルくんがお嬢様の純潔を汚すようなことをした……と暴走なさる可能性も」


 えっ……!


「それに……首飾りの秘密を知ってしまったわけだし、処分ということになるかも……」


 えっ……!

 た、確かに聞いちゃいましたけどね!

 でも比較的さらっとお話になられたのは、王女様ではございませんか!?

 しかもその秘密の道具、落としたの貴方でしょう!?


「ロエルくんを亡き者にした挙げ句、遷都となれば王家の横暴極まれり、となりますでしょう」


 えっ……!

 王様の暴走が過ぎるでしょう!

 っていうか処分って、そういう意味なの!?


「ロエル副官はちょっと知りすぎてしまったわ」

「そうですね……我々も少し話をしすぎました」


 二人はわざとらしく、いかにも悲しそうに俺に語りかける。



「そこでお嬢様、私に妙案がございます。内容をお話しても?」

「聞かせて頂戴?」



 真剣な表情を浮かべながら執事の言葉を受けるお嬢様。


「このまま行けばプラト領が閉領となるのは明らか。

 その上、肝心のエト伯はこのとおり『当分の間』目を覚ますことはないでしょう」

「そうね、『当分の間』は治療に専念することになるでしょうね」


 ……いや、引っ叩いたら簡単に起きると思いますよ?

 泡吹いててちょっときたないけど。


「今まで立候補のない代行の伯爵が見つかる保証もありません。

 となると、臨時の代行を立てるまでもなく閉領手続きがはじまると考えられます」

「……可能性は高いわね。むしろいい機会だと思われてしまいそう……ということは」

「つまり、お嬢様の御母上の故郷は廃墟となるのは避けられないでしょう」


 ……王女様には申し訳ないが、スタンデールさんの推測は正しい。


「そしてその原因を直接的に作った……ということで、エト伯のご実家、プラト家よりロエル副官へ賠償請求がなされる可能性がございます」


 賠償請求!?


「ど、どうして……!?」


 俺は思わず口に出してしまう。

 何故、俺が賠償??


「それは貴方がエト伯を『当分の間』目が醒めない状況にしてしまったからよ。

 問題はエト伯にあるけれど、決定的な一手を打ったのは貴方という事実は変わらない」

「プラト家は閉領の責任をとって賠償金を支払う義務を負うので、その一端でも背負わせようとロエル副官に迫るでしょう」

「い、いやいや!叩いたら起きますよ!それに、元はといえば首飾りは……!」


 と、俺が抗弁を述べるが。


「♪~♪~」

「さすがはお嬢様、口笛もお上手でございます」

「聞けよおおおお!!!」


 こ、この王族きたない!


 自身の失敗をなかったことにして、俺に押し付ける気だ!

 何が規則を権力で超えたら……だよ!

 立場の力を総動員してるじゃないか!!


「でもね、スタンデール。それじゃああまりにロエルが可哀想だと思わない?」

「そうですな、『不運』で片付けるにはあまりにも」

「彼に何かしてあげられることはないかしら……」

「足元!足元にあるから!!できることが!今すぐできることが転がってるから!!」


 そのぎっちぎちにされた伯爵を小突くだけで解決だよ!

 きっとすぐ起きるよ!

 むしろ早く起こしてあげてよ!


「そこで、お嬢様にご提案があるのです」

「言ってごらんなさい」


 だめだ!勝手に話が――



「ロエル副官に、エト伯爵に成り代わっていただくのです」


 

「……はあ!?」



 その一言に俺は素っ頓狂な声を上げ。

 王女様は、暗い部屋でもわかるほど嬉しそうな笑顔になり。

 とっておきの策を披露したスタンデールおじ様は満足そうに頷いた。


 そして、ぎっちぎちに縛られたエト伯は「らめぇ」と腹立たしい寝言を放ち。

 

 憧れのノフィ開拓支部伯の中身に渾身の力で蹴られ、再度深い眠りにおちたようであった……。

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