第2話 彼女の落とし物

「ち、違うんだ……」


 眼前の少女はなぜか残念そうだった。

 しょんぼりする美少女に少しだけ申し訳なくなったけれど、白目泡ふ(中略)伯爵とそういうのは本当にご勘弁願いたい。


「お嬢様」

「……そうね」


 何かを促すように、おじ様執事が彼女を呼ぶ。

 やはり高貴な立場のお方らしい。


「手荒な真似をして申し訳ないとは思っているわ。けれど、貴方には確認しておかなければならないことがあるの」


 そう言うと彼女は俺の首にかかっている首飾りを手に取る。


「これ、どこで手に入れたの?」


 質問されて今更ながら存在を思い出した首飾り。

 今日は色々ありすぎて、それをもらったことを完全に失念していた。


 至近距離で綺麗な瞳に見つめられ、鼓動が早くなるのを誤魔化しつつ説明する。


「ぷ、プラト領の奥の森には子猫族がいて……。仲良くなった子猫族の一人からもらったんです」


 身分は俺より上だと思うので、できるだけ失礼のないように話をする。

 すると、少女は驚いたのか大きな目を更に大きくする。


「貴方、子猫族から贈り物をもらったの……?」

「は、はい。いつも遊んでくれる御礼だって言ってました」

「子猫族とどうやって知り合いに?」


 興味深い、といった様子で執事さんが聞いてくる。


 半年前、俺はこのプラト領に副官として赴任した。

 名目上は領地伯爵、つまり領地のまとめ役であるエト伯爵の補佐が仕事だ。


 とはいえ、その実態は雑用である。


 人手が足りなければ駆り出され、書類の整理やら、作業のお手伝いやら、掃除、洗濯に至るまでとにかくなんでもやらされているのが現状だった。

 上司であるエト伯爵が、女性とお近づきになることばかり考え、禄に仕事をしなかったというのも大きい。

 

 そんな上司の元での仕事にも慣れてきた頃。

 雑務の一つで森の奥へ入った時、たまたまぽかぽかと気持ちがいい陽だまりを見つけた。

 風にそよぐ葉音と、木々の合間からちょうど良く差し込む木漏れ陽がとても心地よい場所だった。


 それからは仕事の合間を縫って、そこで休憩をするのが密かな楽しみになった。


 ところがある日、そのお気に入りの場所に先客があらわれた。

 それが子猫族だったのだ。


 子猫族というのは。

 見た目は猫だけれど、二本足で立って歩くし話をする種族のことだ。

 頭や腕、尻尾を出す穴を開けただけの簡素な服を着ている。

 大きさもまちまちだし穴の場所も割と適当らしく、服がぶかぶかな様子はなかなか可愛らしい。


 人前に姿を見せることは滅多になく、俺もプラト領に来てから初めて出会った。


 そんな彼らが陽だまりの中、身を寄せ合ってお昼寝をしていたのだ。

 とてもほっこりとする様子だったし、邪魔するのも悪いな、と思い彼らがいる日は遠慮していた。


「子猫族のお昼寝……」


 どこか恍惚とした表情を浮かべるお嬢様。

 どうやら彼女は子猫族がとても好きみたいだ。

 確かに見た目はとても可愛らしいし、彼らを描いた絵を好む女性は特に多い。


「それで、ある日うたた寝から起きたら、身体の上で子猫族の子が寝ていて……」


 彼らとはそれ以来の付き合いだ。

 お腹の上で寝ていたのは遠慮しなくていいよ、という彼らの意思表示だったらしい。


 時々おやつを持っていくととても喜んでくれたし、そんな彼らと戯れていると元気をもらえた。

 首飾りはそんな彼らが、いつもおやつをくれる御礼として、つい昨日渡してくれたのだ。


 見た目は高級そうなものだったし、彼らからの贈り物は単純に嬉しかった。

 だからこそ、失くさないように早速首にかけていたのだ。


「ほう……」


 感心したような声をあげたおじ様は、何故かその眼光を鋭くしお嬢様を見る。

 俺の子猫族との話に何か問題があったのかと疑ったが、どうも様子がおかしい。


「お嬢様、どうして子猫族がこれを……?」


 具体的に言うと、執事さんのほうが凄く怖い。

 そしてお嬢様と呼ばれた少女が少し震えているように見える。

 昼にくらべれば室内は暗いので確証はないが、心なしか顔色も青ざめているような……。


「お嬢様、どうして子猫族がこれを……?」

「ひぃぇ……!」


 高貴そうなお嬢様が出してはいけないであろう声がした。


 さきほどまったく同じ言葉を繰り返すおじ様。

 しかしそこには確かな威圧感が込められていることが俺でもわかる。


「そ、その……お、落としました」


 執事さんの無言の圧に耐えきれなくなったのか、とても小さい声で少女は言う。


「もう一度、おっしゃってください?」



「お、落としたんですっ!ごめんなさい!」



 促され、暗がりでも分かるほどの赤い顔で叫ぶ少女は、高貴というより可愛らしかった。



 聞く所によると、お嬢様は無類の子猫族好きらしく。

 プラト領の近くに彼らが住んでいることを偶然知った後は、こっそりと観察を続けていたらしい。


 おそらく首飾りはその時に落としたのだろう……と。

 つまり俺がもらった首飾りは銀髪少女の持ち物だったのだ。


 というかあの子達、拾ったものをくれたのか……。

 ま、まあ嬉しそうにもってきてくれたし、綺麗なものを拾ったからもってきた!みたいな感じだったのかな?

 


 そんなお嬢様の正直な告白のおかげで、俺は縄を解いてもらうことができた。

 ……一部だけ。



「あの、なんで俺まだ縛られてるんでしょうか……」

「話は終わってないからよ!」


 話を聞くと、どうやら姿が変わった理由はあの首飾りの効果らしい。

 なんでも大変貴重な道具らしく、一般の民がその存在を知ることも通常あってはならない……とのことだった。


 そりゃあ落とせば普通怒られるだけじゃ済まないよね……。

 しかも彼女はそれを黙っていたみたいだし。


 俺がおじ様の怒りに密かに納得していると、少女は更に言葉を続ける。


「それで、どうして私に化けて、そんなことをしたのかしら?」

「私……?」


 俺はついお嬢様の言葉をなぞってしまった。

 

「あ!いや、えっと……」


 そのことに、彼女はにわかに慌てたようだ。


 もしかして……。

 姿を変えるこの首飾りがどんなものなのか、詳しいことはわからない。

 けれど、おそらく何らかのはずみで効果が発生し、童貞同志が取っ組み合うという悲しい事件が起きた。

 その時、俺が変わった姿はノフィ開拓支部伯だった。


 つまり……。


「ノフィ開拓支部伯って貴方が……?」


 そう、彼女が化けて演じていた、ということではないか。

 彼女は確かに「私」と言ったのだし……。


「お嬢様」


 執事さんが目配せした後、頷く。

 

 少女はふっと息を吐いた後、静かに語り始める。


「ご想像の通り、私がノフィ開拓支部伯の……まあ言ってみれば中身よ。

 それで、こっちが私の執事のスタンデール」


 おじ様は改めてお辞儀をする。

 やっぱり……!

 彼はここプラト領にある教会、アセンヌ院のスタンデール院長だ。

 副官として幾度となく顔をあわせている。

 彼も王族関係者で、院長として潜入していたわけだ。


「こんばんは、ロエルくん」


 いたずらっぽい表情で笑う彼。

 あっという間に二人を縛り上げる技量……王族の執事ってすごい。

 

「思い当たっているとは思うけど、私がその首飾りの所有者よ。

 私が今一つ持っていて、貴方の持っているのは予備……みたいなものね」


 これほどの効果をもった貴重な首飾り。

 それを二つも……。

 多分、俺よりかなり身分が高い人なんだろう。

 失礼の無いようにしなくては……と、縛られたまま思った。


 ちなみに彼女が化けていたという女性。

 ノフィ開拓支部伯は、プラト領地一番の美人として有名だ。

 そして同時に苦労人としても知られている。

 本来なら仕事を二分するといっていい領地伯爵と開拓支部伯。

 けれど一方のエト伯爵がほとんど仕事をしないので、彼女の負担は相当なものと想像できたからだ。


 しかし、よりによってどうしてプラト領の開拓支部伯に?

 エト伯爵の評判の悪さは官学校では知られていたし、彼女も俺と同じ時期に赴任してきたと思ったけれど……。


「まあなんでこんなことしてるのかは、ほら……あれよ。色々あるのよ」


 ……誤魔化し方がとてつもなく雑である。

 説明が面倒臭かったのかな、くらいの雑さである。

 

 とはいえおそらく身分の高い人ならではの、口に出来ない難しい事情があるのだろう。

 政治的な駆け引きとか、黒いお金の流れとか、庶民には程遠い水面下での戦いみたいな……


「お嬢様が子猫族に会いたかったからですよ」

「す、スタンデールっ!」


 院長口軽い!

 しかもお嬢様が誤魔化した事情、ものすごい薄っぺらい!


「ち、違うのよ!ここは亡くなった母の故郷なの!

 それがこじらせ童貞伯爵になってから、急速に落ち込んでいっているって聞いて……」


 顔を真っ赤にした銀髪お嬢様は、薄っぺらい事情を打ち消すように声を上げる。

 呼吸をするようにエト伯爵がこじらせ童貞伯爵と呼ばれていて、やや同情……はしなかった。


 さきほどの戦いで、いかにこじらせていたかを身を持って体験したしね……。



 母国であるグリッケン教国は現在資源を求め、国家的に領土を広げている真っ最中。

 これは現国王様が特に力を入れて進めている国家戦略だ。


 ここプラト領は、資源採取を目的に作られた開拓領の一つ。

 国内に複数存在するこのような開拓領は、資源を産出するための組織なのだ。


 教国の中心、教都ダナセーヌと往復一ヶ月。

 そんな辺境に位置するプラト領は、「ほたる石」という資源を産出することを課せられた開拓領。

 お国から拠出される支援金を上手に使い、できるだけ多くの資源を産出し、国に納めて貢献することを求められている。


 その領地の代表が領地伯爵。

 領地内の税金や、支援金の使いみちを決める権利がある。

 そして同時に領地での業績に責任を持つ。


 端的に言えば「ほたる石」の納品量が少なければ、伯爵の地位を剥奪され、別の人物に席を譲ることになるのだ。


 基本的にこの領地伯爵は血筋で引き継がれることが多い。

 エト伯爵も例にもれず、プラト領を引き継いだらしいのだが。



「覚悟はしていたけれどここまで酷い状況だとは思わなかったわ……」


 お嬢様がそう言うのも無理はない。


 お坊ちゃま伯爵によるプラト領の経営は正直泥舟状態であるからだ。

 

 「ほたる石」の産出量が右肩下がりという根本的な問題に加え。

 無駄に使用人を増やしたことによる経費。

 そして沈みゆく泥舟を自主的に降りていった人達に対する退職金もかさんでいる。

 その他にも細かい問題は山積しているような状況だ。


 定期的に訪れる監査での国からの評価は最低。


 その上最近は「ほたる石」もそれなりに産出する、もっと経営状態が良好で魅力的な領地が台頭してきた。

 結果このプラト領を放棄しお金と人を別の領地へ回そう、と言う計画が今にも採択されそうだという。


 つまりプラト領は撤退の危機にさらされているわけで。

 悪い意味で話題の領地なのである……。


「廃棄された開拓地って誰も住まなくなってしまうんでしょう?」


 お嬢様が寂しそうな表情で零した言葉に、俺は頷いた。


 閉領すれば、他の開拓地へ国主導で引っ越しになるだろう。

 上手く行っている領地は、基本的にどこも人手を欲している。


「そんなふうに母の故郷が廃墟になってしまうのは……悲しいわ」


 伏し目がちにそういう少女は高貴さが薄れ、俺よりも少し幼く見えた。

 子猫族のこともあるだろうが……多分本音はこちらなんだと思う。

 スタンデールさんは、彼女の口から話をさせるために上手に焚き付けた、と言ったところかもしれない。


 だからこそ、俺は思わず聞いてしまう。


「そ、そのどうして変装を?そんなことをしなくても、普通に開拓支部伯になればよかったのでは……?」


 ここがとても疑問だった。

 彼女のプラト領に対しての想いが本物だとすれば、別に変装せずともよかったはずだ。

 

 俺の言葉に、お嬢様は執事さんをちらりと見る。

 そしておじ様がうなずき、少女は穏やかな声でとんでもないことを言った。



「私はノフィリア・ツェルテ……一応、第二王女だから、そのままで仕事ってわけには……ね?」



 話をするのが遅くなってごめんなさい、と申し訳なさそうにする少女を前に。



「ひぃぇ……!!」



 縛られたままの副官から、庶民にぴったりの声が出たのは当然であったと思う。

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