14-3
アダムス牧師は続けた。
「エドマンドくんと初めて話をした、その次の日だったかな。わたしの教区にうさんくさい男が入り込んで、ジューンに近づいているとあっては身元を確認しないわけにはいかない。わたしはネザーポート屋敷に行き、工事の責任者と話をしたのだよ。するとどうも歯切れが悪い。問いただしたら、実は施主であるホワイトストン卿の息子なのだと言う。一番下っ端の見習いが上流階級と分かれば、仲間内の秩序が乱れて面倒なことになるから、このことは黙っていて欲しいと懇願されてね。それで工事が終わるまでは誰にも言わないことにしたんだ。まあ、ウォルターにだけは報告しておいたがね」
アダムス牧師の肉厚な顔がいたずらっぽく微笑んだ。エドマンドは笑ってよいものか迷うような、複雑な表情をした。
「そうだったんですね。よく分かりました」
ジューンは、わたしへの気遣いは不要なのだとエドマンドに伝わるように、できるだけ明るく、あっけらかんとした声を出した。
「さて、本題に入ろうか。エドマンドくん、さっきの話をジューンに説明してくれるかな?」
アダムス牧師が言うと、エドマンドは落ち着いた調子で話し始めた。
「はい、アダムスさん。ジューン、ネザーポート屋敷に今いる使用人はノーフォーク州の本邸かロンドンのタウンハウスから移ってもらった人たちなんだけど、まだ人数が足りないんだ。それで、追加採用をすることになったんだけど、ぼくはぜひ、きみの妹さんに来て欲しいと思っているんだ」
ジューンはあっと声を上げそうになり、慌てて両手で口を覆った。
「それは本当ですか、ホワイトストンさま? メイをネザーポート屋敷で雇ってくださるのですか?」
ジューンが上ずった声を上げると、エドマンドは嬉しそうに微笑んだ。
「本当だよ、ジューン」
その笑顔に笑みを返しかけたその時、多くの複雑な考えがジューンの頭に押し寄せた。
「ありがとうございます、ホワイトストンさま。そのお気持ちに、本当に感謝申し上げます。けれど、メイに実家を出て欲しいというのは、わたしの望みではあるけれど、彼女がそれを望んでいるのかどうかは分からないのです。彼女が虐待されているという証拠もありません。それに、旦那さまがメイを雇おうとしたときに、父親が承諾しなかったのです。メイはまだ子供です。父親の承諾なしには雇うことは出来ません」
ジューンは申し訳なさに声を詰まらせながら答えた。すると、エドマンドはすべて承知しているというように、またにっこりとした。
「うん、そこでだ、ライト氏に『はい』と言わせる方法を考えたんだ。彼は吝嗇家だそうだから、ミス・メイに相場より少し多めの給料を払って、それを実家に仕送りさせたらどうだろう? 仕送りすることを約束して、その金額も提示したら、ライト氏は一人分の生活費が浮く上に仕送りまでされるとなれば、契約書にサインするんじゃないかな?」
仕送りと聞いて、ジューンははっとした。
「それ、メイが言っていました! わたしが実家に仕送りをしないから、ライト夫人が怒っているって!」
ジューンが興奮気味に報告すると、エドマンドの眼がきらりと光った。彼は自信ありげに隣を見た。アダムス牧師は渋い顔をしていた。
「ジューンに仕送りを禁じたのはわたしなんだ。虐待をする親から引き離したのに、その親に子供が金を送るなんて、おかしな話だから」
「ええ、ジューンの場合はその通りです。けれど、ミス・メイは虐待とは違うわけで……そうですよね? 今のところ証拠がなく、認めてもいないということでしたよね? ならば、奉公に出た子供が親に仕送りをするというのは、一般的なことです」
エドマンドは勢い込んで答えた。彼はアダムス牧師が反対すると思っているようだった。
「その一般的な慣例についてだがね、一昔前は多くの貧しい家で子供がろくに教育も受けられずに、九歳や八歳や、もっと小さなうちから奉公に出されて、しかも給料は全て親に仕送りするということが普通に行われていたわけだ。しかし本来、子供は労働ではなくて、教育を受けるべきなのであって、そのために義務教育制度ができたわけだよ。我々は長年、子供を小学校へ通わせない親への対処に苦慮していてね、ライト氏は問題のある人物ではあるが、娘を小学校へ通わせているだけまだマシな方でね。それを……まだ十歳の女の子を、金を渡すからと言って親元から引き離すなんて、時代に逆行するどころか、まるで人身売買のようですらあるじゃないか! もちろん、それも日常的な虐待があるというのなら話は別なのだが、その場合はジューンと同様で、やはり仕送りで親に得をさせるのは理屈に合わないことになる」
アダムス牧師はいまいましげに説明をした。エドマンドは改めて彼に向き直り、真剣そのものの態度で説得をはじめた。
「義務教育については、ホワイトストン家が責任を持って、ネザーポート屋敷から教区の小学校へ通わせると約束します。仕送りについては、たしかに理屈に合わないし、金銭で釣るような真似をするのは気持ちの良いものではありませんが、今回は目をつぶってもらえませんか? わたしたちの自己満足よりも、ミス・メイが確実に安全であることの方が大切なはずです」
アダムス牧師の顔が一瞬こわばった。しかし彼はすぐに苦り切った表情になり、こう訴えた。
「しかしだな、虐待があるのかどうかがはっきりしない以上、子供を親元から引き離すというのは、やはり問題がある」
エドマンドが反論しようと口を開きかけ、言葉に詰まった。彼は助けを求めるようにジューンを見た。
「アダムスさん、わたしは、あ、あ、あると思います。虐待はあると思います!」
ジューンは意を決して発言した。
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