14-2

 牧師館のメイドはアダムス牧師からの手紙を携えていた。走り書きで、『ミス・メイのことで相談があります。可能であれば、すぐに来てください』とある。

 ひどい胸騒ぎとめまいに襲われながら、ジューンはミセス・ウィンスレットの許可を取り、牧師館へと急いだ。コッツワース村の大通りの先にある、急傾斜の屋根と尖頭アーチ窓を備えたゴシック風の建物である。

 メイドに案内されて、ジューンは応接間に入った。そこには、えんじ色のベルベットが張られた大きなソファーがあり、アダムス牧師が傍らに立っていた。

 そして、ソファーの向かい側には、ツイードのラウンジスーツを着たエドマンドがいた。

 ジューンは立ちすくんだ。

 エドマンドはこわばった顔つきでジューンを見つめている。

 怒っているのだ。

「ジューン、よく来てくれた。さあ、こっちに座って」

 別の世界から響いてくるような、アダムス牧師の声がした。

「あ、はい。このたびはお招きの栄誉にあずかりまして、ただいま参上いたしました」

 ジューンはとっさにそう挨拶をした。アダムス牧師が、堅苦しい口上に苦笑いしながら近づいて来て、ジューンをソファーへと促した。

 ジューンは足が絡まりそうになりながら歩いて、ソファーに腰掛けた。エドマンドがにこりともせずにその様子を眼で追っていた。それはひどく陰鬱な眼つきで、ジューンのことを憤るようでもあり、痛むようでもあった。

 ソファーの向かい側には、それぞれ形が違う背もたれ付きの椅子が三脚、漫然と置かれていた。エドマンドが真ん中の椅子に腰を下ろし、アダムス牧師が他の一脚を引き寄せてその隣に座った。

「さて、と、……ジューンは、ジョンくんの本名については、もう知っているという話だったね?」

 アダムス牧師がジューンを見、次にエドマンドを見ながら質問した。

「ええ」

「あ、はい。存じ上げております」

 二人がほぼ同時に答えた。ジューンは斜め前にいるエドマンドに向き直った。

「ホワイトストンさま、昨日は無断で退出してしまいまして、申し訳ありませんでした。その他にも数々のご無礼を、どうかお許しください」

 エドマンドの頬骨のあたりが、痙攣するように二度ほど引きつった。彼は低い声で答えた。

「謝罪は不要ですよ、ミス・ライト。もともとは、突然に無理なお願いをしたわたしが悪いのですから」

 アダムス牧師が目を丸くして二人を見比べていた。

「何か、あったのかい……?」

 答えられるわけがない。エドマンドもまた答えず、沈黙が流れた。アダムス牧師は追求せず、咳払いを一つして話を変えた。

「ジューンに来てもらったのは他でもない。ミス・メイについて、こちらにいるエドマンド・ジョンくんからある提案を受けてね。ぜひ、お姉さんの意見を聞かせて欲しいということなんだ」

 ジューンは嫌な予感がした。

「あ、あの、すみません、ホワイトストンさまは妹のことを何かご存じなのですか? その……妹がコッツワース屋敷のメイドになれなかったこととか、わたしが妹を引き取ろうとしていること以外に……。それに、アダムスさんはいつから大工をしていたホワイトストンさまが、ホワイトストン男爵のご令息であると知っていたのですか?」

 思い切って尋ねると、アダムス牧師より先に、エドマンドが口を開いた。

「きみの実家の事情のことなら、ぼくは知っているよ。アダムスさんとサー・ウォルターとは親しくさせてもらっていてね、きみがコッツワース屋敷のメイドになったときのいきさつを教えてもらったんだ。ぼくはそのことにとても感謝しているし、ぼくに出来ることがあるなら、ぜひ力になりたいと思ったんだよ」

「すまないね、ジューン。彼は信頼できる青年だし、きみとミス・メイのことを助けたがっている。どうか気を悪くしないでほしい」

 アダムス牧師が急き込んで後に続いた。

 ジューンは意識が遠のくような感覚をこらえ、精いっぱい、何でもないような顔をした。

「はい、もちろん構いません」

 アダムス牧師たちは何も悪くない。責める気なんか毛頭ないけれど、ジューンは打ちのめされ、絶望感を新たにしないではいられなかった。どんなに頑張って今を取り繕っても、過去は消えない。事実は隠せず、当たり前に伝わってゆくのだ。


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