14-4
「あの家は異常なんです! わたしには分かるんです! メイは虐待されています!」
証拠もないくせに! ただの醜い願望かもしれないのに! 分かりもしないことを断言するなんて……! ジューンは罪悪感で胃の底がねじれそうだった。
「それはわたしもそう思うよ、心情的にはね」
アダムス牧師がけろりと言った。隣でエドマンドがえっと驚く顔をした。その反応に答えるように、アダムス牧師はくだけた調子で続けた。
「誰だってそう思うだろうよ。ところがどっこい、わたしがこういう決めつけた言い方をすると、ウォルターのやつはすごく怒るんだ」
アダムス牧師はうんざりという顔をした。
「……ああ、それなら……それなら……」
エドマンドは言おうかどうか迷うそぶりを二、三度見せたのちに、こう言った。
「この場にサー・ウォルターを誘わなくて良かった」
アダムス牧師が弾かれたように、がははっと笑った。エドマンドはためらいがちに苦笑いし、ジューンは驚いて眼を見張ったまま、胃がキリキリと痛むのを耐えていた。
「アダムスさん、もしミス・メイが実家を恋しがるのであれば、休日のたびに帰ればいいのです。ネザーポート屋敷から馬車を出してもいいし、小さい自転車を買ってあげてもいい」
エドマンドが大らかに提案した。
「なるほど、実家が好きなら本人の意思で帰るはず……か。ネザーポート屋敷の使用人には、ちゃんと休日があるんだろうねえ?」
アダムス牧師はまた難しい顔をしたが、先ほどまでとは目指す方向が変わっていた。
「もちろん! 使用人の労働環境はコッツワース屋敷に負けないようにしますよ。ホワイトストン家の名誉にかけて」
エドマンドはジューンを見て微笑んだ。ジューンはとにかく笑い返したが、心の中は戸惑いやら遠慮やらが錯綜して、笑顔も複雑になってしまった。アダムス牧師は二人の顔を面白がるような眼つきで見比べたのちに、姿勢を正して再び口を開いた。
「わたしとしては、ミス・メイが今よりも好ましい環境に身を置くことが出来るのならば、反対する理由はないよ。ちゃんと小学校に通うことができ、寂しければ家族に会うこともできて、仕事が厳しすぎるのでなければ。……これについては、ライト家の農場で夜遅くまで働いているところを近所の住人が目撃しているから、今より重労働になることはないと思うのだが……」
「きっとその通りだと思います。メイはライト家で一日中働かされていると思います」
ジューンは罪悪感に耐えながら同意した。アダムス牧師とエドマンドが、ジューンに向かってほとんど同時に頷いた。
「アダムスさん、ジューン、どうかわたしを信用して、ミス・メイのことをホワイトストン家に任せてください。彼女は将来、わたしの妹になるかもしれない人です。家族と同様に大切にして、決して悪いようにはしません」
エドマンドが清々しく言った。アダムス牧師があんぐりと口を開いたのちに、わははっと笑った。ジューンの心臓がドクンと音を立てた。熱い血流が顔まで上がってくる。高揚感が、身体の中心に沸き起こるのを感じた。けれど、どんな顔をすればよいのか分からない。戸惑う表情は恥ずかしがっているように見えたのかもしれない。エドマンドが優しくいたわるような微笑みで見つめている。
アダムス牧師がニヤニヤと、意地悪を言いたくてしょうがないという顔をして口を開いた。
「わかったよ。ただし、きみの信用というのは大部分がホワイトストン男爵家の信用であるということが大前提だがね。男爵家が面倒を見てくれるのであれば、間違いはないだろう」
エドマンドは神妙に頷いた。アダムス牧師は次にジューンに向き直り、その眼を見つめた。そして、もったいぶるようにしばらく沈黙したのちに、重々しくこう尋ねた。
「ジューンは、それでいいかね? ミス・メイが、ホワイトストン男爵家の庇護をうけるという形になって?」
ジューンは、アダムス牧師が妙に改まった態度を取る理由が分からなかった。メイがライト家を出られるというのに、反対するわけがない。
「はい、もちろんです」
エドマンドが安堵するような吐息を漏らした。アダムス牧師は念押しするように暫くジューンを見つめていたが、やがてエドマンドを見てにやりと笑った。
それから三人は、今後の計画について話し合った。労働条件や、ライト氏と誰が交渉するかなどの具体策である。
すべての段取りを確認し終えると、ジューンはエドマンドとともに牧師館を出た。エドマンドはこれからコッツワース屋敷へ行き、サー・ウォルターと会う。話し合いに加えなかったことは気まずいが、後になって知られるよりは、今報告する方が良いという判断だった。
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