5-2

 アダムス氏は中背だが大木のような体格をした四十男で、見た目は聖職者というより軍人という感じがする。幹のような太い首に肉厚な顔が載り、太い眉毛に大振りな目鼻立ちは迫力満点だった。

「すみません、お恥ずかしいところをお見せしてしまって。お行儀が悪いですよね……」

 ジューンは恐縮しながら、軽く膝を曲げて会釈をした。

「ああ、そんな意味ではない。女性がちょっと走ったぐらいで、非難するつもりはないよ。少し驚いてしまってね。ジューンがあんなに楽しそうに笑うとは、九年前には想像もつかなかった」

 アダムス氏が意味ありげにニヤリとして、ジューンの顔を覗き込んだ。ジューンは気まずくなり眼を逸らした。

「その節は、本当にありがとうございました」

「いやいや、わたしが嬉しかったんだ。ジューンの笑顔を見ることが出来て、わたしたちがやってきたことが無駄ではないと思うことが出来たからね」

「もちろんです。牧師さまやサー・ウォルターの活動が無駄なはずがありません」

 ジューンが断言すると、アダムス氏は照れ笑いとも苦笑いともつかないような笑みを浮かべた。

 サー・ウォルターの遠戚であり、親友でもあるアダムス氏は、ブルームフィールド家が持つ牧師の推挙権で、コッツワース教区の牧師になった。彼はサー・ウォルターとともに慈善活動を行っているが、そのやり方が極端だと、批判されることがあった。

 例えば近隣教区も巻き込んで展開している「就学率百パーセント運動」では、彼はたとえ干し草の刈り入れ時期であっても、家の手伝いをさせるために、子供を小学校に行かせない親を決して許さなかった。彼は自ら家庭訪問して子供を引きずり出し、親を厳しく指導した。例えば病院を設立するための寄付金集めでは、彼は周辺地域の貴族や地主の家を片っ端から訪問し、恐喝まがいの説得により大金をかき集めた。

「彼はジューンの大切な人なのかい?」

 アダムス氏が尋ねた。視線の先ではジョンが、ちりぢりに隠れてしまった子供たちを見つけるために植え込みの根元を覗き込んでいた。

「いえ、あの……、ジョンはお友達です」

 ジューンは頬が熱くなった。

「村人ではないようだけれど?」

「ええ、彼は大工なんです。まだ見習いですけど、ネザーポート屋敷の改装工事をしているんです」

 ジョンはこちらの様子が気になるらしく、子供たちを探しながら何度かジューンの方を見て微笑んだ。最後の男の子をクリの木から抱き下ろし、かくれんぼの鬼役から解放されると、彼はやって来た。

「牧師さま、ジョン・スミスです」

 ジョンは右手を差し出し、感じの良い笑顔でアダムス牧師と握手した。

「アダムスです」

 アダムス氏は笑っていなかった。

「ここは良い教区です。子供たちの表情が明るい」

 ジョンは広場を振り返りつつ、清々しく言った。アダムス氏は怪訝そうな顔をした。

「大工の見習いをしていると? どちらの親方に師事しているのですか?」

「住み込みの弟子ではありませんが、雇い主はブラウンさんです」

「では、どちらにお住まいを?」

「普段はロンドンです。今は一時的に、ネザーポート屋敷のロッジの一つを借りて、住まわせてもらっています」

 アダムス牧師は眼を見張った。

「大工がそのような処遇を受けるとは、初めて聞きましたよ」

「そうですか?」

 なんでもない風に応じたジョンは、次に「うわっ」と言って身体をのけぞらせた。男の子が二人、ジョンの両腕にぶら下がっていた。腰には小さな女の子が一人張り付いている。引っ張られたり押されたりして、そのまま子供たちに連れ去られてしまった。苦笑いで遠ざかるジョンを、ジューンは満面の笑顔で見送った。

「彼は大工ではないな」

 声が聞こえないぐらい遠くに行ったところで、アダムス牧師が言った。ジューンはぴしゃりと頭をぶたれたような気がした。

「そう思いますか? 実は、わたしもそう思うんですよね……」

 まどろみから覚めたような気分だった。ジューンはあらためてジョンをよく見ようと目を凝らした。背が高く、上半身の発達したたくましい身体つきに、伸びすぎた焦げ茶の髪と、濃く蓄えた髭の顔……。風貌だけなら、むしろ大工さんらしい気もするのだが。

「父親は何をしているか訊いたかい? あの発音、労働者の家の出とは思えんのだが……」

 ジョンが子供たちを抱き上げ、一人ずつ高く掲げて大喜びさせているのを眺めながら、アダムス牧師が尋ねた。

「そういう話はまだ……。出会って間もないんです」

 というより、ジューンは敢えて訊かなかった。違和感を覚えても、わざと気にしないようにしていた。

 ジョンの発音は、ジューンとくだけた話をしている時には、少しだけ訛っている。けれどその訛りは、ロンドンに住んでいるというのに、特徴あるロンドンの下町訛りではない。そして彼は、初対面の時や、建築学の難しい話をするとき、それに先ほどアダムス牧師と話した時など、少しあらたまった場面では、サー・ウォルターやアダムス牧師と同じ言葉……つまり、イングランド南部の知識人階層の発音で話すのだ。


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