第五章 ジョン・スミス
七月の最後の月曜日、ジューンは他の使用人たちと共に、コッツワース屋敷の正面玄関の前に並んでいた。使用人の列の端には執事のメイフェザー氏がいて、その隣に家政婦長のミセス・ウィンスレットと、奥さま付きの侍女であるミセス・マイヤーがいる。正面玄関を挟んで向かい側には、ブルームフィールド夫人とケイトお嬢さまが立っていた。
円形の馬車寄せの向こうには鋳鉄の門があり、その背後には風景庭園の林が広がっている。やがて規則正しい蹄と車輪の音が聞こえたかと思うと、林の中から二頭立ての四輪馬車が現れた。馬車は門を過ぎ、馬車寄せを回り込んで、ジューンたちの前に到着した。
メイフェザー氏が歩み寄り、降り立ったのは、コッツワース屋敷の当主、サー・ウォルター・ブルームフィールドその人だった。毎年、社交期に合わせて五月ごろからロンドンの別邸に移り、七月末にコッツワースに戻ってくる。今日はその帰館の日なのである。
サー・ウォルターは細身で長身、シルバーブロンドに青い眼をした、優しく中性的な顔立ちの美男子だ。四十三歳だが若く見えるのは、痩身と童顔のせいかもしれない。
馬車の反対側からは、サー・ウォルターの従者でロンドン行きに付き添っていたグリーン氏が降りていた。グリーン氏はシルバーグレイの頭髪と、長い眉毛と顎髭を持つ、ヤギのような風貌をした小柄な老人である。
一方、執事のメイフェザー氏は、黒髪にいかめしい顔つきをした中年男で、恰幅が良くて貫禄がある。
主人と従者と執事の三人は、同じような黒のフロックコートを着ていた。サー・ウォルターは倹約家で滅多に服を新調しないので、いつも着古しの、流行遅れを身に付けている。この三人の服は三人ともがそんな感じなので、仮にサー・ウォルターを知らない人がいたとして、身なりだけで三人のうちの誰がブルームフィールド准男爵なのかを当てることはできないだろう。
サー・ウォルターはまずメイフェザー氏と談笑し、それから使用人の列に歩み寄った。
「ウィンスレットさん、マイヤーさん、留守番ご苦労様です。変わりはありませんでしたか?」
二人の中年女性の顔が、同時にほころんだ。
「こちらは何も問題はありませんわ、旦那さま」
ミセス・ウィンスレットは、主人が無事に帰館して心底ほっとしたという顔をしている。
「はい、良くも悪くもいつも通りです」
ミセス・マイヤーも丸顔に平和な笑みをたたえていた。
サー・ウォルターは微笑み、近くにいた者たちを見回した。
「デイヴィーさん、ダニエル、チャールズ、ジョージも変わりはないですか? キャロル、ジューン、アミーリアも、みんな元気そうでなによりだ。さあ、中に入ろう」
声を掛けられて、ジューンも他の者たちも、思わず笑顔になった。
ネザーポート屋敷で遊んだ日曜日以来、ジューンとジョンとの交際は続いていた。
一週間後の土曜日の午後に、二人はまた教会で待ち合わせた。この日は自転車で市場街のサウスブルックスに遠出した。二人乗りの道中はピクニック気分で子供みたいに歌を歌った。たまたま開催していた園芸フェアを見物した。歴史ある教会堂の建築を見た。夜は食堂でイタリア料理を食べ、暗くなる前に帰ってきた。
翌日の日曜日、ジョンは午前中の礼拝に現れた。教会からコッツワース屋敷までの帰り道を一緒に歩いた。午後はジューンが仕事なので、来週の日曜日にまた会う約束をした。
月曜日、サー・ウォルターが帰館した。
一週間が過ぎ、ふたたび日曜日になった。ジョンは午前の教会にも来てくれた。ジューンはいったんコッツワース屋敷に戻り、使用人ホールでの昼餐を終え、また教会に向かった。いつもはどこに行くのもメイドの制服のまま出掛けてしまうジューンだったが、今日は外出着を着ている。小花柄が入った、水色の綿モスリンのドレスはケイトお嬢さまのお下がりだ。似合っているのかどうかはよく分からない。
コッツワース村の教会は重厚な石造りで、ずんぐりと四角い鐘楼を持つ古い建築である。広場に来てみると、ジョンはまた村の子供たちと遊んでいた。
ジューンも一緒に走り回ったが、子供たちが鬼ごっこから、かくれんぼに移ったところで、へとへとになり抜け出した。日陰を探して、鐘楼の壁にもたれた。ジョンは広場の真ん中で、両手で顔を覆いながら大声で数を数えていた。
「ジューン、ずいぶんと楽しそうだったね。きみの笑い声が中まで聞こえてきたよ」
声を掛けたのは、白い詰襟シャツに黒のガウンを着た、牧師のアダムス氏だった。
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