決意

「はい、これ友里亜さんが食べてって。」

 わたしはビニール袋を四人に差し出した。

 中から出てくるのは当然ながら海苔に包まれた白米のおにぎり。

 それを見た義経と季長が明らかに戸惑った表情を浮かべる。

 それもそのはずだ。彼らの時代、白米と言えば一部の上流階級しか口にする事が出来なかった。

 現代人ならばごく普通の事でなにも思わないかもしれないが、二人にとっての白米というものは想像を絶する程の贅沢品なのだ。


 それに沢山のおにぎりを前にした一翔と裕太も戸惑うような素振りを見せる。

 そんな彼らの様子を察した友里亜さんが口を開く。

「遠慮しなくても良いし、お礼の言葉も何も要らないから。」

 彼女はそれだけを言い残し、早足で何処かへ行ってしまった。


「友里亜さんもそう言っているのだからさ。ねえ一緒に食べよ?」

 わたしが明らかに戸惑いの色を見せている彼らを誘う。

 ようやく大丈夫だと思ったのかそれぞれおにぎりを手にする。

 一翔と裕太が慣れた手付きで包装を外して、おにぎりに齧り付く。


 義経と季長は当たり前だが初めてらしくどうしたら良いのか分からないようだ。


「貸して。こうやって剥がすの。」

 二人の手からおにぎりを取り、包装を外していく。

「はい。」

 それからおにぎりだけを二人に手渡す。

「「かたじけない。」」

 二人はわたしにお礼を言ってから食べ始める。

 一口食べてから一瞬固まる二人。口に合わなかったのかな?と思ったけれど違うみたいだ。

「「美味い…」」

 ただそう一言。それ以上の言葉が出ないみたいだ。

 この場合はそれ以上の言葉が出せないと表したほうが正しいのだろうか?


 二人にとっては言葉が出せないほどに素晴らしいものなのだろう。


 そう言えば、小さい頃に二人にちょっとしたお菓子をあげただけでこっちがびっくりするくらいに喜んでくれたっけ。


 その時は幼いながらも義経と季長って大袈裟な人だなって思っていたし、ちょっとしたお菓子くらいで喜ぶ人はそうそう居ないのにと。

 でも、今なら分かる。現代人にとっての当たり前は当時の人に取っては想像を絶する程の贅沢なのだと。



 季長は隣で幸せそうにおにぎりを頬張る明日美を思わず見つめてしまっていた。


 もしもみんなが死んでしまったら?

 そんな事が頭を過ってしまう。きっとリュウと夕菜は自分達を生かしはしないだろう。


 もしも、夕菜とリュウ達に攻められ、抗う術も無くなってしまったら…。

 自分には何が出来るのだろう?そんな疑問が彼の頭の中で浮かぶ。


 ふと小さい頃に父が語ってくれた話を思い出す。


 承久三年(1221年)に起こった承久の乱が終わり、阿波国の守護職は佐々木氏に代わって小笠原長清に任じられたという。


 長清は阿波へ入ると佐々木氏の城であった名西郡の鳥坂城を攻めたのだ。


 ほとんど兵のいない鳥坂城は為す術もなく、炎上し、城を守っていた佐々木高兼は、一族や家臣の平岡利清らと城を捨て、山中の村へと逃げたという。

 しかし小笠原長清は高兼達の生存を許さなかったのだ。

 高兼は一族と家臣達の命を助ける事を条件に、自ら弓を折り、抵抗する意思がないことを示してから、腹を切って自害したというのだ。


 リュウと夕菜はきっとこれからも自分達の命を狙い続けるに違いない。

 もしも、この二人に人の心というものがあれば、その時は明日美、裕太、一翔、義経、友里亜の命を助ける事、今すぐこの争いを終わらせる事を聞き入れて貰いたい。


 そしてその後の自分は腹を切って自害するだけだ…………。


 季長は一人、密かにそんな事を本気で思っていた。


 勿論、明日美達は彼が一人で何を思っているのかは全く知らなかった…………。



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