叶えたいこと
友里亜さんから貰ったおにぎりもすっかり食べ終わってしまった。
暫くろくに食べていなかったせいなのだろうか?やけに胃袋が重たいような気がする。
黄緑色のラベルのペットボトルに入れられた緑茶を半分ばかり飲んで、わたしはベンチに仰向けになった。
いつもと変わらない灰色の空をぼんやりと眺めながら。
やがて、意識が段々と微睡みの中へと落ちていき、目の前が真っ暗になっていった…。
(明日美ちゃん……。)
あたしはベンチで静かに眠っている彼女を少し離れた場所から眺めていた。
本当はリュウ達に復讐する筈だったのになんで彼ら彼女らにこんなにも感情移入してしまうのだろう?
自分と共通点があるからなのだろうか?それとも、危なっかしいから、放っておけないからだろうか?
けれどどれもしっくり来なかった。あたしはずっと他人と関わってこなかったからきっと心が追いつかないのだろう。
そんなことを思いながら展望台から荒廃した街をぼんやりと眺めていた。
すると、数メートル離れた所に季長が立っていることに気づいた。
彼もあたしと同じく荒廃した街を眺めているみたいだ。
しかし、その思い詰めたような横顔にただならぬ雰囲気を感じて、思わず声を掛けてしまう。
「そんな所で何してるの?」
まさか声を掛けられるとは思っていなかったらしく、季長は少し驚いた表情で振り返った。
「何か思い詰めていることでもあるの?様子が変よ?」
あたしのあまりにも率直な物言いに彼はやや慌てた様子を見せる。
「何も思い詰めてはおらぬが?」
自分の黒髪を指先で撫でつけながら答える彼。
でも、あたしにはそれが真っ赤な嘘であると言うことが分かっていた。
それにしてもあまりに嘘が下手過ぎる。きっと今まで正直に生きてきたからだろうな。
「何か隠しているんでしょう?」
あたしが更に踏み込むと彼は少し考え事をするような素振りを見せる。
何か言うべき言葉を必死で考えているみたいだ。
「まさか自分の命をリュウに差し出して明日美ちゃん達を救うなんて事を考えている訳じゃないでしょうね。」
あたしの一言に黙り込む彼。どうやら図星だったみたいだ。
「あなたが生きている時代の人ってなんでそんなことを平気で考えるのかしら?」
思わず出てしまった本音。こんな事を言ったら彼を傷付けてしまうかもしれない。
「ごめんなさい。ちょっと言い過ぎたわね。
でも、沢山の人が悲しむ事になるから辞めてちょうだいね。」
あたしが諭すように言うと彼がやっと口を開いた。
「しかし…もう、それしか方法がない。」
その一言を聞いた瞬間に分かってしまった。
この子は、もう固く決意しているのだなと。「自分が死ぬかわりに明日美たちを助けてほしい」とリュウ達に願い出るつもりなのだと。
でも、本当にそれが明日美ちゃんや裕太くん達にとって救いになるのだろうか?
「明日美ちゃん達が悲しむよ。本当にそれでいいの?」
明日美ちゃんの名前を出した瞬間に悲しそうな表情で俯く彼。
「それに、今まで見ていたから言わせてもらうけれど、あなた、明日美ちゃんの事が好きなのでしょう?」
「何故それを……?」
何故知っているんだと言わんばかりに困惑する彼。
「言ったでしょう?今まで見てきたからって。好きな子を助けたいって気持ちは分かるけれど、それが原因でその子が悲しむ事になったら元も子もないでしょう?
助けるのならばその子の命だけでなく、心も助けてあげなくては意味がないわよ。」
こんな事、彼らをリュウへの復讐の為に利用しようとしたあたしが言うのはおかしいってことくらいは分かっている。
だけれど、彼ら彼女らがあたしと同じような思いをするのはとても耐えられなかったから。
「確かに友里亜殿の言う通りだ。某は明日美 殿をお慕いしておる。
だが…幾ら思ってもその思いは届くことは無い。」
「何で届かないって決めつけるの?裕太くんも一翔くんも義経くんも明日美ちゃんの事が好きだから?
まさか明日美ちゃんが4人のうちの誰でもない子を好きになってしまったからとか?」
そんな事を言って思わず口を塞いだ。あたしは何て無神経な事を言ってしまったのだろうか。
時代が違えど目の前に居るのはあたしとそう年が変わらない男の子。
こんな事言われて不快な思いをしないはずがない。
「そのまさかだ…。」
彼の一言にあたしは思わず開いた口が塞がらなくなる。
明日美ちゃんは、他の子に、それも4人が知らない子に思いを寄せていたなんて…。
「でもまだ決まったことじゃないでしょ?」
「どちらにしろ某には勝ち目はない。大して容姿も優れておらぬし…。」
確かに彼は裕太くんや、一翔くん、義経くんと比べるとほんの少しだけ容姿が劣ってしまうかもしれない。
でも、白い肌に切れ長の目、整った眉に筋の通った鼻、形の良い唇、シュッとした輪郭に細身だけれど引き締まった身体。
客観的に見ても充分過ぎる程にカッコいい。
「自信持ちなさいよ。あなたはとってもカッコいいから。」
あたしがそう言ってあげると彼はどうしたら良いのか分からないとでも言いたげな表情を浮かべる。
その姿が愛らしくてつい笑みが溢れてしまった。
「明日美ちゃんと約束したのでしょ?お花見、一緒にするって。
だから叶えてあげなくちゃね。あの子の願い。」
「確かに約束したな。叶えてあげたいと思っておる。」
季長の一言は紛れもない本心なのだろう。もう大丈夫だ。彼の心から良からぬ考えは消え去っているに違いない。
「だから頑張って生きなくちゃね。」
あたしはそう言って彼の肩にぽんっと手を置いた。
着物の生地越しに触れる彼の肩は女性のものよりもしっかりとした男性らしい肩だった。
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