願い事
「そう言えば友里亜さんって何故この時代に来ようと…?」
「そうね…。このままだと今の時代が危ないからかしら?」
今までずっと気になって仕方がなかった事を友里亜さんに尋ねてみる。
何故彼女がわざわざ此処へ来たのか…、そしてリュウや夕菜の正体、同じ未来人である友里亜さんならば知っているのかも知れない。
「リュウや夕菜って何者なのでしょうか?それに何故こんなにもゾンビ塗れの世界になってしまったのでしょうか?」
どうしても知りたい事。何故リュウや夕菜はこんな事をわざわざするのだろうか?
例えどんな理由があれどわたし達を含め色んな人を悲しませる事になったのだから決してこの父娘を許してはならない。
わたしの質問に友里亜さんはふうと一息をついた。そして…
「まずリュウはあたしの両親と親友の仇。」
そうであろう事はわたし自身もなんとなく気づいていた。
だが、いざその口から聞かされるとまるで重りがずしりと心に落ちるような感覚を覚える。
「早苗も楓太も友恵もお母さんもお父さんもみんなリュウのせいで死んだ…奴に殺されたのよ…。」
友里亜さんの口調は冷静ではあったものの、大切な人を失った悲しみと大切な人の命を軽々しく奪ったリュウに対する計り知れない程に強い憎悪が込められていた。
「あたしは絶対に夕菜を、リュウを許さない。必ずこの手で倒して見せる。」
その言葉はわたしに対して言っているのではなく、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだ。
「早苗に楓太に友恵…三人共あたしに必ず帰ってくるからと言ってあたしを逃した。
でも…三人は帰ってこなかった…。リュウに…殺されたのよ。」
「もう良いです…もうこれ以上語らないでください」と言いたかったけれどその隙すら与えないくらいに友里亜さんは延々と言葉を続ける。
「その時のあたしはまだ信じていた。早苗達は必ず生きて帰ってくるって。」
そう語る友里亜さんの声は掠れてその栗色の瞳はやや潤んでいた。
きっと今にも泣き出しそうなのを必死に堪えているのだろう。
「だからずっと待っていた。早苗達が帰ってくるのを…。
そしたらお母さんが致命傷を負って病院に運ばれたと知ったの。」
次から次へと襲いかかってくる悲劇。何て言葉を掛けてあげればいいのか分からない。
安っぽい慰めの言葉なんて余計に悲しみを深くするだけだろうから。
「だから今は一旦早苗達の事は忘れて病院に向かった…。
そしたら、お父さんに早苗達の遺体が見つかったって言われた…。
そして、次はお母さんが死んでしまったのよ…。」
わたしは、もう何も言えなかった…。あまりにも悲しすぎて、辛すぎて。
「お母さんが死んでしまった時はもうどうしていいのか分からなかった。
そしたら今度はお父さんが過労で死んでしまって…それからあたしは叔父に預けられたわ。」
そんなのあまりにも辛すぎる……。わたしなら絶対に耐えきれないだろうな。
でもそんな目に遭ってもしっかりと前を向いて生きている友里亜さんはわたしなんかよりもずっと、ずっと強い。
「それにリュウは色んな時代で暴虐の限りを尽くしてきた。
奴によって歴史から抹殺された人だって多いの…。」
それから友里亜さんはわたしの返事も待たないで更に言葉を続ける。
「それに義経君の兄はリュウに殺されている。」
そんな…嘘…。彼の兄ってあの源頼朝…?
それに彼、わたしにはそんな事一言も明かさなかったのに…。
「あの源頼朝が居なくなった事で歴史の歯車は狂った。
そのせいで源平合戦は歴史上から抹消された。」
義経が将来、実の兄とすれ違って悲劇的な最期を遂げる事は無くなったものの、彼からすればいつか生き別れた兄に会うことは生き甲斐みたいなものだったのだろう。
「その時、リュウ達は平安時代末期で新しい武器の威力の実験を行っていたから恐らくそれに巻き込まれたのね…。」
人の命を平気で実験の為に利用し、奪う。一体リュウに夕菜達は人の命を何だと思っているのだろう?
そう思えば思う程に言い表しようもない強い怒りの感情が湧き上がってくる。
「きっとこの令和時代がゾンビで溢れかえっているのは奴の実験なの…。
新しい生物兵器の威力を試しているの。それも人が多くて一番実験の経過が分かりやすい都市圏を実験台にして…。」
つまり、都市圏は今、リュウや夕菜達の実験室になっているということだ。
そしてそこに住む人々は実験に使われるマウスと同じ存在…。
「あの日…あたしと楓太、早苗、友恵に対してリュウはこう言ったの。
これは生物兵器の威力を試す実験だ。この実験が成功すればこの国は最強になれるんだって。」
この実験のせいで誰かにとっての大切な人がどれ程犠牲になったのだろうか?
最強になる為に沢山の人に一生癒えることのない深い悲しみを背負わせたリュウと夕菜を絶対に許してはいけない。
友里亜さんが言うように倒さなければならない存在なのだ。
わたしだって友里亜さんと同じくリュウ父娘を憎んでいる。
そしてこの先も憎悪の感情が消えることはないだろう。
リュウと夕菜に、幼なじみであり親友である奈央と里沙を奪われたのだから。
それに、義経の家臣も裕太に一翔の祖母も美晴ちゃんの両親と妹も全部リュウと夕菜のせいで犠牲になった。
リュウ達はわたしの大切な者を尽く奪ってゆく。
次は裕太達四人が犠牲になってしまうのではないかと毎日思ってしまう。
今までの別れは全て唐突だったから。これ以上大切な人を奪われたくはない…。
だからわたし自身がなんとかして彼らを支えないと…。
「ねえ明日美ちゃん…、あなたは絶対に生きてね。」
絶対に生きる……か。これから何が起こるのか全く分からない状況。誰がいつ死んでもおかしくはない。それは自分自身にだって言えることなのだ。
「きっと大丈夫よ。あの子達が絶対に明日美ちゃんを守ってくれる。絶対に死なせたりなんかしないはずだから。」
友里亜さんが小さく笑いながらそんな事を言う。先程までの悲しげな暗い表情とは大違いだ。
「それにあなたは沢山の人に愛されている。
明日美ちゃん自身は気づいていないけれどいつもは刺々しいあの子達だって…。」
友里亜さんの言うあの子達って一体誰なんだろう?
そんな素朴な疑問が頭の隅っこに浮かんでくる。
「あの子達って誰なのかな…?」
思わず心の声が唇からポロリと零れ落ちる。「明日美ちゃんのすぐ近くにいるじゃないの。」
友里亜さんが悪戯っ子のような表情を浮かべながらそう言った。
でも、わたしの事を愛してくれている人なんてすぐ近くに居るかな?
色々考えてみるがそれらしき人物は思い浮かばない。
ベンチで静かに眠っている四人にふと視線を向ける。
相変わらずその寝顔は愛らしく、いつもの険しい表情からは想像も付かないくらいだ。
彼らの顔から笑顔が消え失せてもう何年も経ってしまったけれど。
せめて夢の中だけでも笑えますようにと誰にも気づかれないようにそっと心の中で願った。
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