刺客

「あと残るは6人……か…。」

 そう言いながらリュウはふっとタバコの煙を吐いた。

 吐き出した煙はぼんやりと広がり、やがて空気中に溶け込んでゆく。

 タバコの先端から立ちこめる白い煙はよろよろと空中を彷徨いながら、特有の苦い香りを漂わせていた。


「全く残りの害虫共は何処に居るんだろうな…。」

 リュウがタバコの煙をゆっくりと吐き出しながら忌々しそうに呟く。

「見つけたらさっさと今までの恨みをぶつけてやるのにな。

 生物兵器の実験を邪魔しまくった代償はアイツらのお粗末な命で払ってもらわなきゃな。」

 そう言って彼は不気味に微笑んだ。

「だが、ただ殺すだけでは物足りんな。なあ夕菜もそう思うだろう?」

 リュウの問いかけに夕菜は不気味に顔を歪めながら「そうね」と呟いた。


「今まで散々邪魔しまくったのだもの。あの6人をとことん絶望させてやらないと気が済まないわね。」

 夕菜が明るい茶色の髪の毛を己の細い指に巻き付けながらそんな事を口走る。

 その表情はこの世の者とは思えない程に歪みきっていた。

 娘の言い分に父は不敵な笑みを零すのみ。

「そうだな。まずはあの明日美とかいうメスガキを甚振ってやろうか。

 痛めつけて蹂躪して、その命を奪う。考えただけでも爽快だ。」

 そう言いながらリュウは両手を広げて高らかに笑っていた。

 その様はどんなに恐ろしい悪魔でも可愛らしく見えてしまうほどである。

「でも問題はあの四人ね。きっとあのクソ女が死んだら怒り狂ってお父様を殺しにいくに違いないから。」

「そこが狙いなんだ。あの四人はきっと怒りのあまり理性を失ってこちらに突進していくだろうな。

 己の命を顧みずに。そして呆気なく殺される運命なんだ。」

 リュウと夕菜の表情はこの世のものとは思えない程にどこまでも冷酷で、そしてどこまでも残忍だった。


「だがそのまま殺すのは惜しいな。今までの報いにたっぷり辱めてやらないと。

 その後は奴ら次第だな。更に激上してこちらに突進してくるか、そのまま自ら命を絶つかだ。」

 淡々と恐ろしい事を語るリュウに夕菜が楽しそうに笑いながら

「自分で死ぬにしてもアタシ達に突進していくにしても、どっちも面白いから見てみたいものね。」

 と言う。彼女の笑い声はまるで虫を潰して遊ぶ幼子のようで、悪意なき残虐性が垣間見えるからこそ尚更恐ろしく見える。


「さあて、夕菜。アイツらを探しに行こうか。」

「はい、お父様…………。」

 リュウ父子は不気味な笑顔を浮かべながら足音も立てずに歩き始めた。



 相変わらず彼らは眠ったっきりだ。でも、お互いにもたれ合って寝るのって痛くないのかな?と。

 きっとそんな事がどうでも良くなるくらいに疲れているのだろうな。

 今日は思う存分寝ると良い。今までのヤツらとの戦闘。

 わたしの両親の事で色々大変だった、辛かっただろうから。

 せめて今日一日中ゆっくり休んで欲しい。


 両親の事を思うと今も胸が痛む。あの時の四人の悲痛な表情。

 全部自分のせいだって思い詰めた挙げ句に自害しようとした義経と季長。

 二人の頬を全力で引っ叩いた時の感覚は今でも忘れられない。

「死ぬ必要なんて無い」って言ったときの今にも泣き出しそうな表情も。

 現代ならば「ごめんなさい」の一言で済むような事でも酷く思い詰めてしまうのだから。

 だからもう、裕太、一翔、義経、季長が、謝らなければいけないような状況なんて作りたくない。

 もう彼らの口から謝罪の言葉なんて聞きたくはない。

 これ以上自分のせいだって思わないで欲しい。


 あなた達は何も悪くないのだから。悪いのは全部、自分勝手な実験の為に多くの尊い命を奪った夕菜とリュウなんだ。


 だから、誰も悪くない。色んな人の命を奪っていった奴らだって。

 元は夕菜とリュウによって全てを壊された犠牲者達だ。

 そんな事をぼんやりしながら考えていると不意に友里亜さんが何やら物が詰められて膨らんだ袋をこちらに差し出してくる。

「これ、受け取って。」

 彼女の表情と口調はまるで断る事を許さないという意思が込められているようでわたしは無言でその袋を受け取った。

 ずしりとした重さのある袋には一体何が入っているのだろうか?と思い、袋の中を覗いてみると。


 大量のコンビニのおにぎりとペットボトルのお茶が5本、袋の中に入れられている。

「暫くろくに食べていないでしょう?」

 友里亜さんの真っ直ぐな瞳に見つめられ、わたしは正直に頷くしかなかった。

 でもこんなに沢山の食料…一体どうしたのだろう?

「こんなに沢山…一体どうしたのですか?」

 わたしが疑問の声をあげると友里亜さんは気まずそうに

「まだ奴らに荒らされていないコンビニから取ってきただけだから気にしないで…」

 わざとわたしから目を逸して言う。

「取ってきたって…そんなの……。」

「大丈夫。一応お金は置いてきたから。気にしないでちょうだい。

 それにあなた達くらいの年頃の子は沢山食べなきゃならないのだから。」

 ここまで言われると受け取らないほうが逆に非常識な気さえしてくる。

「ありがとうございます。」

 あまり深く詮索はしない事にして素直に頂く事にした。

 その方が彼女に取っても良いに違いないだろうから。


「見つけたわ……」

 いきなり背後から少女の声が聞こえてくる。びっくりして振り返ると、そこには身体にフィットしたSF物で見かけるようなスーツを着た少女が不気味な笑顔を浮かべながら立っていた。


 夕菜だ…………。

 足音を一切立てずに近づいてくるからあの四人ですら気づくことが出来ない程。

「やっと見つけた。散々邪魔してくれたわね。あんたらのお蔭でこっちの計画は台無しよ。」

 夕菜がサイドロングにした茶髪を揺らしながらわたし達に近づいてくる。

「計画が台無しになったって…!あんたらが勝手な実験をしたからでしょ……!?」

 友里亜さんが怒りで拳を震わせながら叫ぶかのような声をあげた。

 夕菜はそんな彼女を見下すかのように笑いながら

「つまりはあんたらはアタシらの事を完全悪だと思っているのね。」

 意味深な笑みを浮かべる彼女に友里亜さんが負けじと言い放つ。

「当たり前じゃないの。それ以外に何があるって言うのかしら?」

「ふーん。アタシらを悪だと思ってるねえ……。つまりあんたらは自分のやっている事が正しいと思っていると…フフフ、アハハハハハハハハ…!!」

 突然笑い出す夕菜。血走った目が見開かれ、大口を開けて笑う様は、なんとも言えない不気味さと、底知れぬ残酷さが渦巻いているように思えた。


「あんたらはアタシらを悪だと思っている。自分達の行いが正しいと思っている。

 それはアタシらだって同じよ。アタシらは生物実験それを正しいと思ってやっている。

 つまりあんたらはアタシらを邪魔する害虫、つまりは悪なのよ!

 いつの時代でも争いなんてこんなものよ?」


 言葉が出なかった。言われてみれば夕菜の言う通りだから。

 確かに夕菜達は自分達を正しいと思っている。でも、生物兵器の威力を試したいからって大勢の罪もない命を奪うだなんて許せない……。


「もういいわ。害虫共と話しても腹が立ってくるだけ。ここにいる奴、全員やってちょうだいな。」

 恐ろしく冷たい声で夕菜が言い放つ。同時に10人程の兵士が真っ黒な剣を片手に襲い掛かってくる。

「ふふふ……。その剣に少しでも触れたら忽ち肌が壊死して、苦しみながら死んでしまうわ…。」

 そんな……どうすれば……。武器の大鎌はベンチの近くに置いてきてしまっているし…。

 友里亜さんもロングソードを装備していない状態……。

 このままじゃ殺されてしまう…!


「お前から死ね、クソ女!!」

 一人の兵士が毒々しい色の剣を振り上げ、わたしに斬りかかってくる。

 この剣で斬られたら肌が腐って死んでしまう…。

 裕太、一翔、義経、季長…お願いはやく起きて…、助けて…!

「イヤ!!裕太、かず兄、すえくん、よっちゃん、助けて!!!!!」

 思わず大声を上げながら必死に両手で自分自身を庇う。

 もう…無理だ…。そう思ったときだった。


 ザン…………。何かを切り裂くような音が聞こえてくる。

 思わず目を開けてみると、兵士の両手首が切り落とされていた。

 そして血のついた太刀を握っている季長。一瞬何があったのか分からないと言うようにポカンとしている友里亜さん。

「明日美殿!!」

 彼が慌ててわたしに駆け付けてくる。

 兵士はと言えば、太い血管を完全に絶たれてしまいまるで蛇口から出る水のようにその切り口から大量の鮮血が溢れ出す。

「うわあああああああ!!!!」

 痛さのあまり悶え苦しむ兵士。この有り様だとそのうち失血死しそうだ。


 わたしの叫びが届いたのだろうか?四人共起きて戦っている。

 その動きは寝起きの人とは思えない程だった。

 裕太が兵士の両腕を切り落し、両脚を斬りつける。

 両腕を切り落とされ、両脚を傷つけられた兵士は堪らず床に倒れ込む。


 一翔を背後から襲った兵士は身体を貫かれ、赤黒い血を吐きながら藻掻き苦しんでいた。


 二人の兵士が一斉に義経に襲いかかったが太刀の切っ先で頸動脈を切り裂かれ、首から噴水のように血を吹き出しながら倒れてゆく。

 僅か数秒のうちの出来事だ。


 10人の兵士達は彼らに傷一つ付けることなく倒された。


「くそ……。必ずお前らを殺してやる…!絶対に容赦はしないからな!!」

 ヤケクソになった夕菜は捨て台詞を残して煙のように消えてしまう。


 兵士を倒し終えた四人がわたしの所に小走りで駆け寄ってくる。

「大丈夫か……?」

 裕太に尋ねられて、わたしはとっさに頷いた。

 その口調は相変わらずぶっきらぼうだったけれど何処かわたしに対する優しさが込められているように思えたのは気のせいだろうか?


 そんな事よりも、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。

 彼らが助けてくれなければわたしも友里亜さんも間違いなく死んでいただろうから。

「助けてくれてありがとう。」

 わたしが彼らと目を合わせながらお礼を言うと

「別に特別な意味があって助けた訳じゃねーし。」

「僕はただ君が危なかったから助けただけで…それ以外は何も…」

「我はただ敵を斬っただけだ。」

「某はただ明日美殿が助けを求めていたから助けただけだ。」

 と言いながらわたしから目を逸らす。そう言っている割には自分の事そっちのけでわたしの事を心配してくれたのは何故なのだろう?


















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