思いに気づくとき
彼らの涙を見たのはいつぶりだっただろうか…?
小さい頃、彼らに酷い事を散々言っても怒るばかりで決して泣いたりしなかった。
わたしはそんな裕太達になんの言葉も掛けてやることが出来ないただの弱虫だ…。
裕太は相変わらず美代さんの遺体をずキツく抱きしめて離そうとしない。
わたしにはこれが夢なのか現実なのかが分からない。
だから美代さんが死んでも上手く悲しめないのだ。
「いつまでもそこに居たら危険よ…。それに遺体は腐敗するからずっと傍に居ることは出来ない…。」
彼らの様子を見兼ねたのか友里亜さんが優しい声で諭す。
それでも遺体の傍を離れようとしない四人に友里亜さんは言葉を続ける。
「ゾンビ化する瞬間は苦しいらしいの。だから裕太くんが先に楽にしてあげた事が救いだった…。
それに遺体の首を切り落とすか、脳を傷つけない限りゾンビ化は避けられない。
だから遺体から離れて…。美代さんだってあなた達を傷つけてしまいたくはない筈だから…。」
友里亜さんの説得が通じたのか彼らは美代さんの遺体からそっと離れた。
そしてわたし達は元居た場所へと戻る。
四人はベンチに座り込んで何処か遥か遠い場所を眺めているみたいだ。
その表情は何の感情も映しておらずまるで抜け殻のように見える。
でも、ずぶ濡れの長い睫毛と涙の筋が幾つもある白い頬が彼らの心情のようで、思わず胸が押し潰されそうになる。
もしもわたしがヤツに噛まれてしまった時、それで死んでしまった時、彼らはきっと悲しむだろう。
だけれど、もしそうなってしまった場合は裕太、一翔、義経、季長。
四人のうちの誰かで良い。彼らに楽にしてもらいたいと願ってしまう。
酷く我儘な事を願っている事は自分でも分かっている……。
でも知らない人の手に掛かるよりはずっと幸せな最期を迎えられそうだから。
「ねえ、実はお願いがあるの…。」
気がつけばわたしは彼らに話しかけてしまっていた。
四人はわたしの言葉に反応しこちらに顔を向ける。
一瞬言ってもいいのだろうか?と戸惑ったが既に話しかけてしまったからには言うしかない。
「もしも…わたしが、噛まれた時は構わずにわたしを殺して。」
彼らは一瞬黙って俯く。そして、
「別に構わねえ。」
「大丈夫だよ…」
「「構わん。」」
あっさりと了承する彼ら。ひょっとしてわたしの事、実はどうでも良かったのだろうか…?と思ってしまう。
「構わねえよ。お前を楽にした後に俺も後を追うから。」
「大丈夫。君を手に掛けた後に僕も死ぬ。絶対に一人にはしないから。」
「構わぬ…。明日美殿が死ねば我も死ぬだけだ。」
「寂しい思いはさせぬ。必ず某が後から参るからな。」
ああ、聞いて後悔したなと思った。彼らは間違いなく本気だ。
というより元からふざけるような性格じゃない。
あの言葉が彼らの嘘偽りのない気持ちなのだと思うと酷く切ない気持ちになってくる。
一体何を思ってあれを言ったのだろうか…と。
「馬鹿。変な事言わないで…。」
苦し紛れにわたしが言った言葉を聞いた裕太が一言。
「馬鹿。それは俺たちのセリフだろ。」
相変わらずのぶっきらぼうな口調だったけれど何処か悲しい気持ちが込められているかのように聞こえる。
「結局それだけ言いに来たのか?」
裕太が吐き捨てるように言う。わたしはなんて返せばいいのかが分からずに黙り込んでしまう。
「だったら放って置いてくれ。俺たちは今、お前と喋る気分じゃない。」
早口でまくし立てる彼。これ以上ここに居てほしくはないみたいだ。
わたしは渋々四人が座っている向かいのベンチへと腰を下ろした。
美代さん…死んじゃったんだな、本当に…。
奈央達の件もそうだった。大切な人がいきなり目の前から居なくなってゆく。
お父さんに、お母さんだって…わたしと四人を庇って…。
命って本当に儚い。まるで桜の花弁であるかのように簡単に散っていくから。
だから、今度は裕太が一翔が、義経が、季長が、わたしの目の前から居なくなってしまわないだろうか?そんな不安が胸いっぱいに広がる。
せめて彼らだけでも、このパンデミックが終息するまで、平凡な幸せが戻るまでわたしの傍にいてほしい。隣にいてほしい。
それだけで、安心するから。
「ねえ、明日美ちゃん…。」
友里亜さんがわたしの隣に座ってくる。
「どうしたんですか?」
わたしが友里亜さんに聞き返すと、彼女は静かに首を横に振った。
友里亜さんの栗色の長いポニーテールばふわりと揺れる。
「何でもないの…。ただ、ヤツらを倒し切ったら明日美ちゃんと裕太君達の5人で逃げてほしいの。」
「5人で逃げて…」友里亜さんの切なる願いか…。
「あたしが明日美ちゃん達の居場所が夕菜達に分からないようにする。
だからその間にヤツらを倒して。もうヤツらはこの辺にしか居ない。
倒し切ったら、逃げて…。夕菜とリュウはあたしが倒すから…。」
そんな、自分達は安全圏に逃げて、後は全部友里亜さんに押し付けるだなんて…。
そんなの、とてもじゃないけれど出来やしない…。
「そんな事出来ません」と言いかけたと同時に友里亜さんが再び話を続ける。
「本当にお願い…。もうこれ以上あなた達に頼りたくはないの。
それに、リュウに夕菜はあたしが倒さないと意味がない…。」
友里亜さんの真っ直ぐな目には強い意志が込められていた。
「リュウに夕菜はあたしが倒さなきゃ意味がない。」その一言に深い意味が込められているような気がする。
でも、聞く気にはなれなかった。何故か聞いてはいけないような気がしたから。
「分かりました…。」
静かながらも必死な口調には断る事が許されないような気がする。
「色々とごめんね…。」
友里亜さんがポツリと呟く。きっと独り言のつもりなのだろう。わたしがその一言に返事をすることは無かった。
ふと、向かいのベンチへと視線を向けてみる。
すると、疲れたのだろうか?四人が座ったまま、気持ちよさそうに眠っていた。
普段はその態度と言動のせいだろうか、実年齢よりも大人びて見えるけれど、彼らの寝顔にはまだ抜けきれていないあどけなさが残っており、何処からどう見ても10代の男の子そのものである。
そうだ…四人はわたしとあまり年が変わらないんだったな…。
義経と季長は数え年で19歳、満年齢だと17か18。まだまだ高校生くらいだ。
「なんて可愛らしい寝顔…。」
友里亜さんがそう言いながら小さく笑う。
「普段からは想像もつきませんよね…」
わたしと友里亜さんはいつまでも彼らのまだ幼さの残る寝顔を眺めていた。
せめて夢の中だけでも幸せで居てほしいと願いながら…。
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