最終決戦への誘い〜悲劇は突然に

(もしもこの子達が死んでしまったら…)

 あたしは明日美ちゃん達5人に対してそんな事を思っていた。

 奈央ちゃんも、里沙ちゃんも…果てには義経  くんの家臣まで…。

 みんなあたしのせいでいなくなってしまったのだから。


 あたしがあの時、「一緒にこの世界を救ってほしい」なんて言わなければ…。

 みんな、夕菜達に狙われる事も無かった。強い彼ら彼女らの事なのだからきっとゾンビ達に屈したりはしないだろうから。

 あたしがみんなに協力を頼んだからこそ夕菜達に狙われてしまった。


 あたしがあの時、気まぐれなんて起こさなければみんな生きていた筈なのに…。

 そう思うたびに目から熱いものがこみ上げてきて視界を掠める。


 全部、全部あたしのせいだ…。


 これは全部あたしが撒いた種。だから全部あたし自身でなんとかする。

 リュウと夕菜をこの手で倒して見せる。あたしの大切な人を、戦友を奪った憎い敵でもあるから。

 そう思いながらロングソードをこの手に強く握りしめた。


「ねえ…明日美ちゃん…?」

 気がつけばあたしは明日美ちゃんの元に近づいていた。

「どうしたんですか?」

 彼女がこちらに振り返りやや銅色の掛かった美しい茶髪がさらさらと揺れる。


「リュウと夕菜はあたしが倒す。だから明日美ちゃん達はヤツらを倒すだけで良い。

 だから………絶対に死なないで…。5人で生きて帰って…。」

 あたしは思わず明日美ちゃんの肩を掴んで言っていた。

 充分な食料が手に入らないのだろうか?彼女の肩は骨の感触が分かる程に痩せていた。

 それでも彼女は…とても美しかった。元から造形的に美しいと言うこともあるだろう。

 でも、何と言うだろうか…?「命」そのものの美しさが溢れているかのようで。

 あたしの目には眩しく見えた。


 明日美ちゃんは澄んだ瞳をそっと伏せてあたしにしか聞こえないくらいの小さな声で呟く。

「分かりました。友里亜さんがそう言うなら…。あとお願いなのですが、もしわたしが友里亜さんにしか分からない所で死んだ時は裕太達には死んだと言わないでください。」


 そんな事を口走る彼女の表情は、優しさに溢れていると同時に酷く切なかった。

 きっと彼らを傷つけなくないという理由なのだろう。


 恐らく彼らは…明日美ちゃんのことを好いているに違いない。

 自分達の好意が全く伝わっていないと分かったときの四人は酷く残念そうだったから。


 彼らの性格からして、彼女の為ならば容易に命を投げ出してしまいそうだ。

 だからそうならないようにあたしが…何とかするんだ…。


 もう何も失いたくはない。もうこれ以上誰かを傷つけたくはない。

 例え、自分が死んでしまう未来であったとしてもだ。


 あたしなんて死んだ所で悲しむ人なんか誰も居ない。

 楓太も友恵も早苗もリュウの手によって殺されてしまったし、母も逃げ遅れて襲撃され、重症を負い、数日で亡くなってしまった。

 父は、母が亡くなって以降気を病んでしまい病気で他界。

 所詮孤独なのだ。それに、死ねば大切な人達に逢えるのだから、何も怖くなんかない。


 この世界を救う為ならば、この命、捧げてやる。

 あたしは心のなかで強くそう思った。きっと誰にも言えない事だから。



 そして数分くらい時間が経過した頃、誰かがゆっくりとこちらにやって来る足音が聞こえてきた。

 裕太くん達四人は警戒して刀の柄に手を掛けている。

 そしてゆっくりと足音はこちらに近づいてい来る。

 そして現れたのは、70代くらいの老婆だった。

「「おばあちゃん!?」」

「「美代殿!?」」

 彼らは彼女の姿を見て驚きの声を上げる。

 おばあちゃん?裕太くん達の?確か美代さんは避難所にいたはず。

 この場所から避難所はそこそこ離れているから、彼女くらいの年齢の人が歩いて来ることはかなり大変な筈だ。


「おばあちゃん…なんで…!!」

「ごめんね。つい心配で…。」

 美代さんが優しい手付きで裕太くんの癖のない黒髪を撫でた。

「じゃあ僕たちはこれで。友里亜さん、おばあちゃんを頼みます。」

 そう言って一翔くんは立ち上がる。裕太くん、義経くん、季長くんも立ち上がり、階段を降りようとする。

 きっとヤツらを倒しに行くのだろう。


「待って!!」

 突然美代さんが大声で彼らを呼び止めた。立ち止まり振り返る彼ら。

「私も行く。」

 美代さんがハッキリとした口調で言った。その言葉からは強い意志が感じられる。

 きっと力付くで彼女を安全圏に置こうとしても無駄だろう。

 それくらいに強い意志がその瞳には込められていた。


 それに、美代さん、よく観れば整った顔をしている。

 きっと若い頃は孫に負けないくらいの美形だったのだろう。

 その凛とした佇まいは、強く、そして美しかった。

 彼女の堅い意志に折れたのか四人は暫くの沈黙の後にゆっくりと頷く。

 そしてあたし達は階段を一段ずつ降り始めた。

 階段を降り切れば辺りに拡がるのは死の世界。

 死んで腐敗した死体が動き回っている世界…そう、まるで死の都だ。


 しかし、その時だった。倒れていたはずのゾンビがゆっくりと立ち上がり、美代さんに襲いかかったのは。


 ゾンビは美代さんの腕に噛みつく。直ぐに季長くんがヤツの首を切り落とした。

「「おばあちゃん…!!」」

「「美代殿…!!」」

 彼らは直ぐに美代さんに駆け寄る。裕太くんが彼女を抱き起こす。

 ヤツに噛まれてしまえば最期だ…。例え大切な人であっても噛まれてしまえば容赦なくヤツらの仲間入りを果たす。

「駄目!!裕太くん、一翔くん、義経くん、季長くん、近づいちゃダメ…。

 美代さんから離れて…じゃないとあなた達が危ない…!!」

 あたしは美代さんの傍を離れようとしない彼らを必死で呼び止めた。

 だが、今の彼らにはあたしの言葉など耳に入らないみたいだ。


「お願い……………。私を…殺して…。」

 美代さんは弱々しい声で彼らに「自分を殺して」と…。

「駄目だ…おばあちゃん…!死んじゃ駄目だ!!」

 裕太くんが瞳に涙を溜めながら叫ぶ。

「あの日から死んだ父さんや母さん代わりに僕たちを育ててくれた…!!

 だから…死なないで…僕たちを置いて逝かないで…!!」

 一翔くんが大粒の涙を溢しながら言う。

「何も関係ない我を温かく迎えてくれた…まだ美代殿には何の音返しもしていない…!」

 義経くんが美代さんのシワだらけの手を握る。

 美代さんは彼のてを弱々しく握り返した。今にも消えてしまいそうなくらいの力で。

「駄目だ…。まだ感謝の気持ちすらも伝えておらんというのに…!!」

 季長くんが今にも泣きそうな表情を浮かべながら大声を上げる。


「ごめんね……あなた達を…手に掛けて…しまう…前に…早く…。」

 美代さんがそう言ったのと同時に裕太くんがそっと刀を抜き、涙で整った顔をぐしゃぐしゃにしながら

「大丈夫…だからな…直ぐに楽にしてやるから…。」

 と言いながら美代さんの胸に刀を突き刺した。

 彼女は苦しむこともなく静かに目を閉じる。

「ごめん…俺たちのせいで…。」

 裕太くんはすでに息を引き取った美代さんをキツく抱き締めた。

 一翔くんは彼女の白髪をずっと撫でながら嗚咽を漏らしている。

「ごめんね…何一つしてやれなくて…幸せにしてあげられなくて…。」


「「すまぬ…。」」

 義経くんと季長くんがそう繰り返しながらさめざめと泣き続けていた。


 彼らはずっと冷たくなった美代さんを抱きしめて離そうとしなかった…。


 それは…まるであの日のあたしのようだ。


「俺たちのせいだ…あの時、力付くで止めていれば…こんな事には…ならなかったんだ…!」

「僕がちゃんと傍にいてあげれば…死ななかった筈だ…」

「我のせいだ…」

「某がしっかりとしておれば…」

 そんな言葉を繰り返し、酷く自分自身を責めている彼ら。


 あたしは…なんて声を掛けてあげれば良いのか分からない。

 慰めの言葉なんてただの安っぽいもののような気がしてきて…。


 あたしはいつもそうだ。悲しんでいる人を救ってあげられない。

 誰も救うことが出来ない弱虫…。



 あたしは無力だ……。

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