愛するのは…

「ああ…よく寝た…。」

 ベンチの方から声がして振り返ってみると裕太が起き上がって大きく伸びをしているところだった。


「兄さん達まだ帰ってないの?」

 彼が目を擦りながら尋ねてくる。そう言えば一翔も季長も帰ってきていない。

 相当激しい戦いにでもなっているのだろうか?

 だとしたら二人の事が心配だ。どうか無事でいて…。と心のなかで強く祈る。

 もしも二人の身に何かあったら…。季長に至っては深手を負っているために傷がまだ癒えていない。

 それに、夕菜達がまた攻めてきたら…。今度はどんな攻撃を仕掛けられるのか分からない。


 大人数で攻めてきたら流石の4人だって忽ちやられてしまうだろう。


 もしも、彼らと最悪な形でお別れをしなくてはならなくなったら…。

 きっとわたしは後悔するだろう。

 お母さんも、お父さんも、奈央も里沙も、義経の家臣達だって…。

 彼ら彼女らが居なくなってしまった事自体が今でも信じられずにいる。

 きっと何処かで生きているに違いない…と密かにそう信じてしまっている自分が居た。


 裕太達もわたしと同じ気持ちに違いないから。


 それからどれだけ時間が経ったのだろうか?誰かの足音がこちらに向かってきているのが聞こえた。

 まさか夕菜達の追って?それともゾンビだろうか…?

 裕太と義経は警戒しているらしく刀の柄に手を掛けている。


 また襲われたら…。そんな不安が頭を過ぎった時だった。

「あれ、裕太もう起きてるじゃん。」

 ふと聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げてみると目の前には一翔と季長が居た。

 どうやら無事だったみたいだ。 

 二人の何ともない姿を見て

(良かった…)

 と安堵の気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。

「兄さん達、無事だったのか…良かった…」

「一翔に季長殿もご無事で何よりだ。」

 二人の姿を目にした裕太と義経も安心したらしくほっと胸を撫で下ろした。


「ねえ、死んだりなんかしないよね…?」

 言うつもりなど全く無かった言葉が口を継いで出る。

 いきなりの事なのでわたし自身どうしたら良いのかが分からずにただ呆然としてしまう。


 突然の事に四人はキョトンとして突っ立っているのみだ。


「大丈夫だよ、絶対に死んだりなんかしない。」

 一翔が優しさの籠もった口調でわたしにそう言った。

「馬鹿にするな。俺達はお前が思う程に脆くねえからな。」

 裕太が相変わらずぶっきらぼうな口調で答える。

「我は死なぬ…だから心配など要らん。」

「某は必ず生き抜いてみせる。」

 義経と季長がまるでわたしを優しく慰めるかのような口調で言う。


 四人の優しさが胸に深く突き刺さって思わず目から熱いものが溢れ出してくる。

「おい…お前なんで泣くんだよ…俺達なんかお前にしたか…!?」

 裕太が慌てふためくかのような声を出す。残りの3人は何て声をかけてあげたら良いのか分からずにいるみたいだ。


「信用出来ないよ……。」

 思わずわたしは震えるような声で言った。喉から出た言葉はまるで粉雪のように消えてしまいそうだったけれどちゃんと四人の耳に届いたみたいだ。

「裕太にかず兄、すえ君、よっちゃんが言っても信用出来ないよ…。だってわたしが人質に取られた時だって、お父さんとお母さんが居なくなった時だって…。

 わたしが悲しむという事も考えないで安々と命を捨てようとした癖に…!!!!」

 怒りなのか悲しみなのか言い表しようもない感情が胸の奥から湧いてくる。


 唐突な言葉に彼らは口をパクパクさせるだけで何か言い返す様子はない。


「まさか、自分では死んでも良いだなんて思ってる…?

 だって…裕太は、かず兄は、すえ君、よっちゃんは……わたしの、大切な…人なんだから……。」

 恥ずかしくて言葉にも出来なかった事がすんなりと言えた。

 でも、言って後悔はしない。彼らが死んでしまったらもう何も言えなくなってしまう。

 そのムカつく程に整った顔だって、すっかり声変わりして大人の男性そのものの声だって。

 数年前よりも広くなった背中だって。時々触れるその男性らしい手の硬い感触でさえ。もう何もかもが見られなくなってしまう。聞けなくなってしまう。

 触れられなくなってしまう。

 勿論わたしの名前を呼んでくれることも無い。

 うざい事を言われることもなければ、憎まれ口だって叩かれない。

 でも、それでも彼らと共に過ごして来た日々は幸せそのものだった。

 例え笑ってくれなくても、いつもわたしの話を文句一つ言わずに聞いてくれた事でさえ。その全てが有り難かったのだから。


「困ったな…。」

 裕太が自分の髪の毛に軽く手を触れながら言った。

「俺達が自分の命に執着を持てないのも事実だし、自分の命よりもお前の命の方が大事だから。」

「僕だって両親も失って、もうどうなっても良いやと思っていたけれど君を守りたいから生きようって思えるのだから…。」

「我だって、弁慶達も失って、兄上もあのリュウとかいう者に誅殺されて全てを諦めておったが明日美殿を守る為に生きるのも悪くないな。」

「某のせいで沢山の人に迷惑を掛けてしまった…。これ以上迷惑になるくらいなら…と思ったが明日美殿のお陰で何度思いとどまれたことか…。」


 彼らのいつになく素直な言葉に驚いてしまう。

「ねえ、裕太、かず兄、すえ君,よっちゃん、それどういう意味?」

 わたしが言葉の意味も分からずに聞き返すと彼らは慌てて自分の口を塞ぐ。

 その姿がつい可笑しくてさっきまで泣いていた事すらも忘れたかのように笑ってしまった。


「俺達、こんな事言うつもりなんて無かったんだぞ!!全くお前は………覚えとけよ!!」

 自分でそんな事を言っておいて勝手に怒って勝手に捨て台詞を吐く裕太。

 一翔達3人も恨めしそうにわたしの事を見ている…。


 しかしあの言葉に込められた意味は何だったのだろうか…?



「明日美ちゃん!!」

 突然誰かがわたしの名前を大声で呼びながら階段を駆け上がってくるのが聞こえる。

 こちらにやって来たのは栗色のポニーテールを揺らした10代後半くらいの少女。


「友里亜さん!?」

 わたしは驚いて彼女の名前を叫んだ。

「明日美ちゃんだよね…?裕太くん達も一緒なのね。」

 友里亜さんはわたし達5人の姿を見て安堵の表情を浮かべる。

「美晴ちゃんを避難所に届けて以降、あなた達の居場所が分からなくてずっと探し回っていたの。

 夕菜達に捕まっていたらどうしようと思ったけれど、何ともなくて安心した。」

 そう言って彼女は優しく微笑む。


「ヤツらの数も大分減ってる。だからもうすぐ終わるわね。

 この世界も救われる。後はあたしが悪魔共に復讐してやれば良いだけ。」

 そう言った友里亜さんの表情は先程とは打って変わって悲しみを帯びていた。

 だが、彼女はすぐにまた先程のような微笑みを浮かべる。


「あ、そうそう。裕太くん達、ちょっと良いかしら?」

 友里亜さんが徐に4人を呼びつける。彼らは少し怪訝な表情を浮かべながらも黙って彼女の元へとやって来る。

「明日美ちゃんはあそこのベンチに座っていてちょうだい。

 あたしはこの子達と話さなければならない事があるから。」

 友里亜さんの言葉に何なのだろうと思いつつ少し離れた場所にあるベンチに黙って腰掛ける。


「ねえ、正直に教えてもらえるかしら?あなた達って好きな人が居るって本当?」

 あたしの問いかけに裕太くん達4人は少しだけ顔を赤らめながら頷いた。

「じゃあなんで正直に好きだって言わないの?」

 あたしが彼らに問い掛けると季長くんが

「だが既に想い人が居ると聞いて…。」

 なんだか複雑な事情に首を突っ込んでしまったらしい。だが、引くに引けない。


「でもちゃんと言葉に表さなきゃ。じゃないといつかボロが出て口が滑るわよ?」

 あたしがそんな事を口にすると裕太くんがポツリと

「もう既にボロが出ちゃいましたよ。」

「あらあら、それで本人は気づいてくれたの?」

 あたしがクスリと笑いながら尋ねると義経くんが

「無理だ。まるで気づいておらん。」

 気づいていないのかぁ…。でもそれこそ彼女らしいなと思えてしまう。

 すると一翔くんが

「すみません。これ以上明日美ちゃんを一人には出来ないので。」

 と言って明日美ちゃんのいる方へと向かっていってしまう。

 残りの3人も一翔くんを追いかけて行く。


(余程大切に思っているのね。)

 あたしは去っていく彼らの背中を見つめながら心からそう感じた。



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