守りたいもの

 また安全な場所を探して歩き始める。それにゾンビ達の数もかなり激減している。道端で彷徨い歩いている1、2体くらいのゾンビと時々遭遇するくらいだから前みたいな激闘にはならない。

 4人は相変わらず涼しそうな表情でヤツらの首をはねていた。

 わたし達が今歩いているのはかつての輝きをすっかり失い荒廃した街。高層ビルの窓ガラスは所々ヒビが入り、酷い場合は砕けアスファルトの上には砕け散った分厚いガラスの欠片が散らばっている。


 それにアスファルトには誰のものかも分からない血液が飛び散っており辺りには腐った血の臭いが充満していた。


 それから暫く歩いていると道端に止められた1台の紺色のワンボックスカーが目に入る。

 それになんだかさっきから言葉で言い表せない程に酷い臭いが漂ってくる。

 間違いない、この臭いは腐敗臭だ。何度も嗅いでいるから分かる。

 いくら嗅いでも慣れない、酷い吐き気すらも覚えるこの臭い。


 ワンボックスカーとの距離が近くなる度に腐敗臭は強くなる。

 そう。この腐敗臭は間違いなくあの紺色のワンボックスカーから臭っていたのだ。


 酷くなる腐敗臭にわたし達5人は鼻を抑えながら通り過ぎようとした。ワンボックスカーの真横を通り過ぎていく時にわたしは思わず車内を見てしまった。

 それを見た瞬間わたしは思わず悲鳴を上げてしまう。

「キャーー!!」

 わたしの悲鳴にびっくりしたのか4人が

「「「「どうした!?」」」」

 と言って恐怖に震えているわたしに寄り添ってくれる。

「あ…あれ…。」

 わたしが指を指した先には…男性らしき遺体があった。

 死んでかなりの時間が経過しているのだろう。今にも全身から肉が崩れ落ちそうなくらいに腐敗していた。

 しかも、身体中から溢れ出た血液や体液などが、かつて白かったであろうシートを赤や黒に染めていた。


 腐った眼球は今にもこぼれ落ちそうで、頭皮もずるりと剥けジュグジュグに腐った肉が丸出しになっていた。

 人は死ぬと腐敗を始める。それから死後3日経てば全身に腐敗の兆候が現れ始める。

 1週間程で全身土色になり、身体中が腐敗ガスでパンパンに膨らむ。

 そして死後1ヶ月経つと髪の毛が頭皮ごとずるりと剥け落ちる。

 それに腐敗臭はコンクリートの壁すら突き破って臭ってくる程に強烈なものだ。



 それに男性の遺体の傍らには血まみれのカッターナイフが落ちている。

 きっとこの阿鼻叫喚の世界に絶望して生きる事を諦めたのだろう。

 車の窓には赤黒い血液が大量に飛び散っている。ここまで血液が飛び散るという事は恐らく太い動脈や静脈を思い切り切ったのだろう。


「「自害した…のか…。」」

 わたしの隣で義経と季長が意味深に呟いた。

「大丈夫か?」

 裕太が何時になく優しい声でわたしに尋ねてくる。

「うん、何とかね。」

 本当はまだ怖かったけれど、いつまでもビクビクしている訳にはいかない。


 そしてわたし達は再び歩き出した。4人はいつもよりも歩みの遅いわたしに歩調を合わせてくれているみたいだ。

 そんな彼らのさり気ない優しさがただただ嬉しかった。


 そして暫く歩いた頃の事、突然建物の影から夕菜の部下の兵士らしき人物が飛び出してくる。

 そしてわたしに向かって銃らしきものを向けるとそのまま容赦なく発砲した。


 ああ、次こそ死ぬんだなって思ったその時…!!

「明日美!!」

 ふと裕太の叫び声がわたしの耳に届いてくる。それにいつまでたっても撃たれた衝撃や痛みが襲ってくることは無い。

 恐る恐る目を開けるとわたしを庇うような形で裕太が立っていた。

「ううっ…。」

 彼は呻き声を上げるとアスファルトの地面に片膝を付く。

 よく見ると、彼の脇腹がスッパリと切れていた。

 彼の着ていた薄手のパーカーは切り裂かれ、そこから怪我した部分が見えている。

 そんな…わたしを庇って…?

 辺りを見渡すとわたしを襲ったはずの兵士らしき人物は居なくなっていた。


「裕太!!」

「「裕太殿!!」」

 一翔と季長、義経も彼の名前を叫びながら慌てて駆け付けてくる。

「なんとか…大丈夫…」

 裕太は苦痛に顔を歪めながら答える。しかし無理しているという事は様子からして明らか。

「大丈夫な訳ないだろ!?」

 一翔がそう言うと裕太を背負う。その姿が如何にも兄らしく、とても素敵だった。

 義経と季長も裕太をずっと心配そうに眺めている。きっと一緒に暮らしていくうちに本当の兄弟みたいになっていったのだろう。


(どうしよう…。またわたしのせいでこんな事に…。)

 また守れなかった。守らせてしまった…。本当にわたしってどうしようもないくらいに無力だ。

 それからわたし達は小高い丘にある公園に行き、裕太をベンチに座らせた。

 恐る恐る服を捲ってみる。無駄な脂肪が一切なく引き締まったお腹が露になる。

 脇腹の方を見ると一直線に切り裂かれた切り傷から血が滲み、彼の白い肌を赤く汚していた。

 幸い傷口は深くはなく止血は割と簡単にできたようで一先ず安心。

 傷口にガーゼを宛て、テープで貼り付けて何とか応急処置を済ます。

 でも暫くは休んでもらう必要がある。それにこの辺はまだ少しゾンビが彷徨い歩いているからまだ気は抜けない。

「裕太、君は大人しく休んでいて!!」

 一翔が裕太にそう伝えると季長と一緒に階段を下りてヤツらを倒しに行ってしまった。

 義経は裕太とわたしを守る役目ということで此処に残っている。

 裕太はと言えばベンチに横たわって眠っていた。きっとかなり疲れていたんだろうな。


 わたしは彼の寝顔をまじまじと眺める。白い肌にスッキリと通った鼻筋、閉じられた瞼には黒々とした長い睫毛が白い肌によく映えており、とても綺麗。

 整った眉毛や形の良い桜色の唇に頬に掛かった艶やかな黒髪。

 作り物だと言われても納得が行く程に綺麗で、その容姿は不気味だとすら思える程に美しかった。

 彼の美貌は間違いなく4人の中でも1番だろう。

 兄である一翔や義経だって相当優れた容姿をしているし、季長だって3人程ではないにしろかなり優れた容姿である。

「裕太、寝ちゃったね。」

 わたしが隣にいる義経に声をかける。

「ああ、気持ちよさそうに寝ておるな。」

 彼は眠っている裕太を見つめながら言った。その横顔は何処か寂しげであるように見えたのは気の所為だろうか?


 その頃、義経は居なくなってしまった家臣の忠信、継信、義盛、弁慶の事を思い出していた。

 何時でも自分のそばにいてくれる信頼の置ける家臣だったのに。それに自分のせいで家臣達を死なせてしまったと知ったら忠信や継信の母である乙和はどう思うのだろうか?

 きっと深く悲しむに違いない。

(忠信、継信、伊勢、弁慶…。死ぬ時は共にと約束したではないか…。)

 それに奈央や里沙の事や明日美の両親。思い出せば出す程沢山の人を失ってきた。

 もうこれ以上大切な人を失うのは嫌だった。



 わたし、結局何も出来ないのかな?そんな事を考えている間にも時間は容赦なく流れてゆく。

 今、戦いに行っているのは一翔と季長の二人のみ。

 もしも二人の身に何かあったら…?そんな不吉な事を思わず考えてしまう。

 もしもの事があったらいけないからわたしも戦いに行こう。

 そう思い立ち足元に置いてあった友里亜さんから貰った収納式の大鎌を手に取り階段を下りようとしたその時。


 背後から誰かに強い力で腕を掴まれた。誰だろう?いや、裕太は眠っているから義経しか居ない。

「なんで止めるの?」

 わたしが振り返り彼にそう尋ねた。義経は何も答えない。

「わたし、行かなきゃ。」

 わたしは彼の手を振りほどこうとしたが意外にもがっしり掴まれているらしくなかなか振り解けない。

「ならぬ。」

 それが彼が初めて発した一言だった。でもわたし…。

「でも行かなきゃならないの!!」

 わたしは彼にそう叫んで思い切り腕を振りほどこうとするが更に強い力で抑えられてどうする事も出来ない。

「お願いだから離して!!」

 わたしがそう言った瞬間。

「ならぬと言っておるだろう!!」

 彼がわたしに向かって怒鳴った。突然の事に驚いて声も出せないわたしの様子を見て彼は

「怒鳴ってすまぬ。」

 と小さく呟いた。どうやら彼自身怒鳴るつもりは無かったみたいだ。

「なんでそんなに止めようとするの?」

 わたしが疑問を投げかけると義経は美しい顔を伏せて

「もうこれ以上誰も死なせん…死なせたくない…。」

 と呟く。その一言はわたしに対して言っているのではなく、まるで自分自身に言い聞かせているかのように思えてならない。

「心配させてごめんね…。」

 わたしはそう言って大鎌を元あった場所に戻す。

 もう無理な行動はやめよう、それと何があっても絶対に生き抜かなくては。

 もしもわたしが死んだりなんかしたら4人の心は次こそ壊れてしまうだろうから…。






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