運命

 4人がいきなり倒れて数分、突然の事でどうしたらいいのか分からずにいた。

 ひょっとしたら脱水症状かもしれない、いつかの保健の授業で習ったっけ。


 スポーツドリンクでも買えたら何とかなるだろう、でも買えなかったら?

 4人は間違いなく死んでしまうだろう…。もしそうなったら絶対に嫌だ。


 わたしはグルっと辺りを見回し、数十メートル先の赤い自動販売機を何とか見つける。

 セーラー服のスカートのポケットにしまい込んでいた小銭入れを取り出す。


 それからスポーツドリンクを4本買って4人の場所へと戻る。ペットボトルは手が悴んでしまうくらいに冷えきっていた。


 これで何とかなるのなら…。先ずは意識を失ってしまっている義経をなんとかしなくては…。

 先ずは意識を失っているのか単純に気を失っているだけなのか確かめる必要がある。

 私は彼の手を取って脈拍を確かめた。特におかしいと感じる部分はなく規則的に脈を打っている。

 男性にしては細い腕だなと思ったけれど、手は意外と皮膚が分厚く、自分のものよりもしっかりしていてやはり男の人なのだなと思わせる。きっと日々剣を握っていたからだろう。


 わたしは冷えきったペットボトルを義経の頬に宛てがう、気が付いたのか彼は小さく唸りながら目を開けた。

 どうやら気を失っていただけみたいだ。

 それと同時に大事に至らなくて良かったという安堵感が全身を包み込む。


「本当に良かった…!!」

 わたしは反射的に彼に抱きついていた。

「あ…明日美殿…!?」

 白い頬を紅く染めて動揺している彼、そりゃ義経や季長が生きている時代は女性が男性に抱きつく事なんて無かっただろうから動揺するのも無理はない。


 わたしはペットボトルの蓋を開けて義経に渡す。彼は素直にペットボトルを受け取り一気に半分程飲み干した。


 それに残りの3本のペットボトルの蓋を開けてそれぞれ、裕太、一翔、季長に渡す。

 彼らは少し驚いたような顔をしたがすぐにペットボトルを受け取って一気に飲み干した。


 少しだけ休むと4人は疲れた体に鞭打ってすぐに立ち上がり再び歩き出そうとする。

 倒れてまだそれほど時間が経過していないというのに…。

「ねえ、疲れているんだから休んで行こうよ。ここならヤツらも居ないし。」


 わたしは4人を無理にでも休ませようとするがどうやら休む気は全く無いらしく彼らは首を横に振るのみ。


 全く何処まで頑固なのだろうか?一度こうと決めたら絶対にねじ曲げない性格。

 それが彼らの長所でもあり短所でもある。実際わたしも彼らのそういう所に感心したり、沢山苛立ちを感じたりもして来た。


 こんな事で彼らに苛立つわたしは随分と幼稚なのかもしれないけれど。

 どうせ「休んだ方がいい」と言っても無駄だろう。

 また彼らは自分の危険を顧みずに突っ張っしてしまう。まるで猪みたいに。

 無力なわたしじゃ彼らを止めることも、守ることも出来ない。

 大切な人を守りたいって絶対に誰も死なせない、全員の事を守り抜くってあの日誓ったのに結局誰一人も守れなかった。


 両親を守れなかった、奈央を、里沙を、継信、忠信、義盛、弁慶、それから美晴ちゃんの両親だって…みんな居なくなってしまった。


 あの時ああしていたら、あの時わたしがボーっとしていなければという思いが頭の中を駆け巡る。

 そんな事考えたって今更居なくなってしまった人達が戻ってくる訳じゃないのに。

 でも思わずには居られない、また逢いたいなと。


(ねえ、この先絶対に居なくなったりしないよね?)

 わたしは右脇を歩いている裕太、一翔、左脇を歩いている義経、季長を交互に見つめながらふとそんな事を考えてしまった。


 一切表情を変えないその端正な横顔からは相変わらず感情が読み取れない。

 間近で見る彼らの横顔はとても端正で、白い肌に筋の通った鼻に長いまつ毛。

 つい、うっとりと見とれてしまう程。

 彼らが女の子だったら化粧いらずの美人さんなのにな…。


 ゾンビが発生してかれこれ約5ヶ月が経過、季節は晩秋を越え、冬を越え、今や3月。

 春盛りを迎えようとしていた。

 辺りは梅の花が散り、桃の花が満開に咲き誇っている。灰色の空から漏れ出る太陽光を受けて生き抜いて来たのだろう。

 時々吹く春の風が満開の花を揺らし、桃の花の淡い芳香を遠くまで運んでいた。


 わたし達は生きている…。大切なものを沢山失いながらも今、息をしてこうやって歩いている。

 時々木の実を見つけては食べながらなんとか命を繋いできた。

 でも木の実ばっかり食べながら生きていくのは難しく、容赦なく体力は削られていき、夕菜達に命を奪われる前に行き倒れてしまいそうだ。


 暫く自分の顔も見ていないからどうなっているかは分からない。

 ただ、頬の肉が削げて醜い顔をしているであろうことは容易に想像がつく。


 先程から一言も発しない4人を眺めていて思った。

 彼らは母親にそっくりなんだなと。裕太に一翔は母親である爽子さんにそっくり。二人のすっかり伸ばてしまった真っ直ぐな黒髪が更に爽子さんらしさを引き立てている。

 義経は母親である常磐さんにそっくり。ストレートな黒髪とか切れ長の目や筋の通った鼻とか。

 季長も母親にかなり似ている。顔立ちや遠慮がちで腰の低い所とかも。

 わたしもお母さんと瓜二つとか良く言われるけれど。でも正直性格はお母さんやお父さんのどちらとも似ていない。

 両親共にしっかりした性格なのにわたしは優柔不断で良かれと思ってやった事が尽く空回りしてしまう。

 結局誰かが傍に居なきゃ何一つ出来ない。このままじゃ4人を守ってあげる事すらも…出来ない。


 だけれど…わたしにだって守るべきものがある。

 この日までわたしは4人に守られて生きてきた、だから今度はわたしが彼らを守る番だ。

 絶対に何があっても死なせたりなんかしない…。








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