新たな隠れ場所
新たな隠れ場所を探す為にわたし達は錆びれた街を歩いていた。
先程身を隠していた場所は夕菜やリュウに見つかってしまったからあそこに戻るのは危険だろう。
いつゾンビ達の大群が襲ってくるかも分からない、それにいつ夕菜達が襲ってくるかも分からないのだから。
正直に言ってゾンビ達だけの方がまだ気楽だった。
夕菜にリュウという強敵が現れて以降、わたし達は常に身を隠している。
そうでもしなければわたし達はいつ夕菜達に殺されてもおかしくない、つまりわたし達の命は風前の灯火という事だ。
辺りには桃の花が咲いており、知らず知らずのうちに季節は変わっていった。
「もう桃の節句が近いの?」
わたしは隣を歩いている裕太に尋ねる。
「そうだな。今は3月1日だから。」
もう3月1日にもなるのかあ…。気がつけばゾンビが現れてはや4ヶ月も経過している。
この間色々ありすぎて今日は何日だとか今は冬なのか春なのかすっかり忘れてしまった。
せめて桜の咲き誇る季節にはこの騒ぎが終わって平凡な日常が戻って来ている事を願ってしまう。
正直、願うだけなら簡単でそんなの小さな子供だって出来る事。
願うだけじゃ足りない、叶わなくっちゃ意味が無いんだ。
わたし達は散々辛い目に遭ってきた、だからこそ平凡な幸せを求めてしまう。
それに世界がこんな風になって気がついたんだ。
平凡だなんてこの世には存在しないって、わたしが平凡だって思っていたことはみんな立派な幸せだった。
家族が居て、幼なじみが居て、みんなで過ごすことは当たり前なんかじゃないということも痛いという程実感したから。
今わたしの傍に居る裕太だって、一翔だって、義経だって、季長だって一緒に居ることが当たり前のように思っていたけれど当たり前じゃないんだ。
彼らだってこの戦いの中で死ぬかも知れない。
もしそうなったら…わたしは完全に一人になってしまう。
彼らとお別れしなきゃならないなんて状況になったらわたしはきっと幼子のように彼らの袖を引きながら泣きわめくに違いない。
わたしは彼らのことが友達として好きだから。
4人がわたしのことをどう思っているのかだなんて分からないけれど。
「ねえ、確か裕太にかず兄、よっちゃん、すえ君って好きな人居たんだよね。それってどんな人なの?」
わたしが思わず彼らに尋ねる。
「「「「えっ?!」」」」
いきなりそんな事を聞かれた彼らは驚きのあまり思わず声がひっくり返ってしまう。
「別に誰を好きだろうがお前には関係ないだろ。」
程なくして裕太のぶっきらぼうな言葉が飛んできた。
「どんな感じの子なの?今何処にいるの?遠い?近い?」
わたしが目をキラキラ輝かせながら彼らに尋ねると義経が一言。
「鎌倉付近には居るな。」
「へえー案外近いんだね。で、どんな子?可愛い系?美人系?」
わたしが深掘りしようとすると一翔がやや早口でまくし立てる。
「それ以上聞かないで。」
「へえー。そんなに好きだったらもう告白しちゃえば良くない?」
「「「「はあ!?」」」」
わたしの言葉に4人が思わず振り返る。なんかまずいことでも言っただろうか?
「でもさー4人が好きになるって事はその人って余程素敵な人なんだね。」
わたしがそう口にすると4人は少しばかり頬を紅く染めるとぎごちなく頷いた。
「もうすぐ日が暮れるな。」
車すら通っていない舗装道路を歩きながら季長が呟く。
確かに言われて見れば段々と空の濃さが増している。
どこかへ身を隠さないと、でなきゃいつ夕菜達に襲撃されるかも分からないし、ゾンビに噛まれるかも分からない。
「今晩は廃ビルの中で過ごそうか。」
歩いて数分後、一翔が五階建てのビルを指しながら言った。
この騒ぎになってからビルの持ち主はビルを捨てて避難でもしたのだろうか?
ビルの中はかつて使われていたものがそっくりそのまま残されていた。
どうやら鍵は掛かっていないらしく思い強化ガラスの扉を開けてわたし達はビルの中に入る。
鍵が掛かっていないという事はゾンビが中に侵入しているかもしれないと思ったがその考えはすぐに打ち砕かれる。
何故ならばヤツらは既に死んで腐敗している為、身体が動く、食べる以外に機能はしていない。
また、脳だって死んで腐敗が始まっているはずだから重い扉をわざわざ開けて中に侵入するなんて事は有り得ないだろう。
とっくに死んで思考を無くしたヤツらなのだから。
まあ思考を無くした分ヤツらはなんの躊躇いもなく誰かの命を平然と奪ってゆくのだけれど。
わたしは強化ガラスの扉を完全に閉めると念の為に鍵を掛けておいた。
わたし達は寝る場所を探して廃ビルの中を散策する。
階段を登り、二階の奥に進むと廊下がありそこには部屋が幾つかある。
適当に真ん中の部屋を選び中に入ってみるとそこには紙の束が積まれた長机と机上に置かれている大量のパソコンがあった。
どうやらこのビルは元々何かの会社で今わたし達がいる部屋はオフィスらしいのだ。
中が見えないようにシャッターを閉める。シャッターを閉めると全ての光が遮られるのでオフィスの中は当然真っ暗になる。
何とか電気は通ってないだろうかと思い、闇同然の空間を手当り次第にスイッチを探す。
スイッチらしき物を見つけて試しにつけて見ると部屋全体に明かりが付く。
ラッキーだ…。
すっかり明るくなったオフィス内はつい昨日までここでサラリーマンやキャリアウーマン達が仕事をしていたかのようだった。
「よく電気が通っていたな。」
裕太が当たりをキョロキョロしながら口にする。
久しぶりに明るい所で見る4人の顔は思った以上に綺麗で異性を前にしても何とも思わないわたしですらドキドキする程。
もしも彼らが完全に大人になってその顔からあどけなさというものが消え失せた時、一体どれ程カッコよくなるのだろうと少し楽しみに思ってしまう。
当の彼らはというとわたしの顔をまじまじ見つめながら白い頬をほんのり薄紅に染めている。
「何ジロジロ見てんのよ?」
「「「「別に…。」」」」
わたしがそう言うと彼らは一言言ってそっぽ向いてしまった。
良い隠れ場所も見つけたし一先ず安心していると隣の部屋から何やら人の声がする。
(え?ここってわたし達だけじゃないの!?)
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