脅威は再び

「ダメだよ、聡一君‼️わたしはあなたを連れては行けない。」

 一向にこの場を離れようとしない彼にわたしは思わず大声をあげてしまう。

 聡一は一瞬キョトンとした表情を見せてから一言。

「なんで?俺だって役に立てるかもしれないじゃん。」

 聡一は一歩も引こうとはしない。どうしてここまでも強情なのかと思ってしまう程に。

 でも聡一は聡一なりにわたし達の役に立ちたいという思いなのは充分に分かっている。


 でも、彼を危険に侵すわけにはいかない。それに彼は裕太や一翔、義経、季長のように武芸は出来ないし、わたしみたいに武器を持っている訳でもない。


 ゾンビに襲われたら、夕菜達に襲撃されたリした場合、一番命を落とす危険が高いのは聡一なのだから。


「お願いだから安全な場所に行って。わたし達が避難所まで連れて行ってあげるから。だからお願い、わたし達の言うことを聞いて。」

 聡一に何とか説得をしてみるが彼は全く言うことを聞いてくれない。


「なんで一緒に行ったらダメなんだよ?俺だってヒーローとかになれるチャンスじゃん。」

 一切聞く耳を持たない聡一にどうしたらいいのか困り果てていると、わたしの気持ちを察したのか裕太が聡一にこんな事を言った。


「お前が思っている程甘くはないんだよ。ヒーローになりたいとか馬鹿な事言ってる暇があったらさっさと黙って避難所に行けよな、連れて行ってやるから。」


 相変わらずぶっきらぼうな口調だけれども聡一の事を考えてくれているという事が此方に伝わってくる。


「連れて行ってくれなきゃ兄ちゃん達の好きな人をバラすって言ったよな?」

 事の重大さをさっぱり分かっていない聡一はニヤニヤと意地悪そうに笑いながら4人に迫った。


「バラしたら許さないから。」

 一翔が聡一を軽く脅すが彼は相変わらずケラケラ笑いながら

「どうしてそんなにバラされたくないんだよ?

 兄ちゃん達の好きな人をバラしたら大人しく避難所に行ってやるからさ。」


「さっきから年上である我らに向かって舐めた口を聞きおって…。」


 聡一のヘラヘラとした態度に腹が立ったのか義経がポツリと本音を零す。

 その言葉をしっかりと聞いていた聡一が容赦なく噛み付いてくる。

「へぇーじゃあ年上なら威張り散らしても良いって事なんだー?

 て言うか義兄ちゃんも裕太兄ちゃんも一翔兄ちゃんもすえ兄ちゃんも明日美姉ちゃんもみんな未成年じゃん?

 俺と同じ子供じゃん?歳上だろうが歳下だろうがお互い子供同士なんだから関係ねーだろ。」

 そう言いながら意地悪そうに笑う聡一に対して季長が一言。


「舐めた口ばかり聞くでない、この戯けが‼️」

「舐める?馬鹿な事言わないでくれよ〜兄ちゃん達を舐めたって美味しくも何ともないだろ。

 生憎俺は飴玉しか舐めないんでね。」

 聡一は相変わらずニヤニヤしながら4人に対してしれっと毒づく。


「そっかあー兄ちゃん達好きな人バラされたいんだ〜でも兄ちゃん達の好きな人って案外バレバレだぜ?

 奈央姉ちゃんも里沙姉ちゃんも義兄ちゃんの家臣達もみーんな知ってるんだぜ!

 知らないのって明日美姉ちゃんだけなんだよなー。」

 まるで悪役のような笑みを浮かべる聡一。聡一に派手に絡まれてしまっている4人に対してはもうお疲れとしか言いようがない。


「そうだよな〜。好きな人本人だけは知らなくて当然だよな〜。

 兄ちゃん達が惚れるのも分かるぜ!だって明日…。」

 聡一が何かを言いかけたがそれは出来なかった。何故ならば義経が聡一の口を塞いだ上に羽交い締めまでしていたから。


 聡一は手足をばたつかせながら暴れるが効果なし。

「ムググ…はなひてふれよ…く…くるひい…。」

「じゃあ我らの言うことを黙って聞くか?」

「聞きます、聞きます。だから許してください〜。」

 さっきの生意気な様子からは打って変わって大人しくなった聡一。

 とりあえずわたし達の言うことを聞くという条件でやっと解放された。


「酷い〜。暴力で捩じ伏せるとか〜。」

 聡一はぶさくさと文句を言う。どうやらあまり反省していないようだ。

 先程のしおらしさは何処へ行ったのだろうか?聡一は再びいたずらっ子のような笑を浮かべると

「それにしても好きな人をバラすって言った時の兄ちゃん達の表情と来たら面白かったなあ〜。

 表情筋って死んでも生き返るんだな〜。」

 と失礼な事を言いながら笑う。


「うるせえ、すべこべ言ってないで避難所に行くぞ。」

 裕太が聡一の腕を引いて避難所への道のりへと向かい木々を掻き分けて山を下りてゆく。


「ねえ、どうしても俺、兄ちゃん達や姉ちゃんについて行っちゃダメ?」

 聡一が縋るような目で裕太に迫るが、彼は少しも表情を変えずに

「無理に決まってるだろ?お前を危険に晒す訳にはいかないんだ。」

 とぶっきらぼうな口調で言ったが、その言葉には聡一に対する優しさで溢れていた。

 まだ幼い彼を危険に侵すわけにはいかない、そういう彼らの強い優しさがわたしには伝わってくる。


「分かったよ、行けば良いんだろ?行けば!!

 行かなかったら姉ちゃんがうるさいし、好きな人をバラそうものなら兄ちゃん達から暴力が飛んでくるし、最悪だよもう。」

 聡一はバツが悪そうに唇を尖らせる。


「ったくもう、そんな暴力男&脅迫男の集まりだから好きな人が他の男に靡くんだよ…。」

 聡一が4人には聞こえない程度の声でボソリと呟いた。


 何とか山を降りて、避難所の前までたどり着くことが出来た。


「やっぱ一緒に着いていっちゃダメ?」

 聡一が縋るような目でわたし達のことを見つめてくる。

「ダメ。」

 わたしは考える間もなく即答した。

「ねえ、姉ちゃんも兄ちゃんも絶対に生きて帰ってきてね。」

 別れ際、聡一はふとそんなことを口にする。少なからずわたし達はこの騒ぎの核部分に足を突っ込んでいるからいつ元凶である夕菜達に襲撃されるかも分からない。


「きっと生きて帰るよ。」

 だからそんな在り来りな安っぽい言葉で宥める事しか出来ない。

「じゃあ元気で。」

 聡一が避難所に入っていったのを見届けるとわたし達は再び歩き出した。



「ふふふ…見つけた…。」

 すっかり寂れた繁華街を歩いていく明日美、裕太、義経、一翔、季長を廃墟と化したビルの上から偵察していた夕菜が不気味に笑う。


 その隣で夕菜の父であるリュウが濃い紫のマントを風に揺らしながら立っていた。

 義経に切り落とされた左腕はすっかり元通りにくっついている。

「俺様を愚弄するとは、傷つけるとは全く食えないガキ共だ…。」

 リュウは冷酷な笑みを浮かべながら言った。


「残る害虫は僅か6人のみ。明日美って奴らから殺そうか、友里亜から殺そうか迷うわ。」

 夕菜がまるでおもちゃ選びに迷っている子供のような口調で言う。


「別に迷わなくても良いだろう。とりあえずあのガキ共にはたっぷり礼をくれてやらないとな。」


(さあどうやってアイツらを襲撃しようかしら?)


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