迫り来る悪魔

「そんな…嫌だ、嫌だよ…。」

 明日美は瞳に溢れんばかりの涙を溜めて季長に駆け寄る。

「一旦戻ろう。」

 裕太の提案で階段を登り展望台へと戻って来た。

 季長の方は肩に近い所がスッパリ切られていて相変わらず出血が酷く展望台の木造の床に赤黒い染みを幾つも作っていた。


 わたしのせいで…わたしが大人しくしていなかったから…。

 そんな激しい後悔の念が津波のように押し寄せてくる。


 震える手つきで彼の直垂の袖を捲る、彼の白い肌が血で真っ赤に染まっていた。

 わたしは彼の傷口よりも上の位置、できるだけ心臓に近いところを布切れで縛り付ける。かつて保健の授業で習った間接圧迫止血方法だ。


 これで何とか止まって…。

 藁にもすがる思いで何度も何度も心の中で祈り続けた。


「手当ては俺たちがやるよ。」


「こうなったのはわたしのせいだから、手当てはわたしがやる。」

 そんなわたしの様子を見兼ねた裕太が声を掛けてくるがそう言って首を横に振るのみだ。


「明日美殿のせいではない。」

 季長が整った顔を苦痛で歪ませながら言った。


「絶対にわたしのせいだ…。わたしのせいで…嫌だよ、すえ君お願いだから死なないで!!」

 明日美が今にも泣きそうな表情で言うと隣に居た義経がわたしの頭を優しく撫でながら

「大丈夫だ。季長殿は死なない。」

 と冷静ながらも優しさの含まれた声で宥める。

 その態度にその優しさに再び涙腺が緩んでしまう。


 なんでこういう時に限って優しくなるのよ…。

 4人とは付き合いが長い癖に自分でも彼らの心情が全く分からない。

 自分の事をどう思ってくれているのかすらも何もかもが分からない。


 もしもわたしのせいで季長が一生刀が握れない、一生弓が引けない身になってしまったらどうしよう…。

 彼が暮らしている時代でそんな身体になってしまったら生き抜く事はできないに等しいだろう。


「ごめんね…。」

 彼に言える言葉はそれだけだ。この罪悪感や申し訳なさは言葉では言い表せないほどに大きかった。


「もうそれ以上謝るでない。」

 季長が何処か悲しそうな声色でわたしにそう言う。


 どうか出血が止まって…。その願いが通じたのか、保健の授業で習った間接圧迫法の効果だろうか、あれ程出血の酷かった傷口からの出血は幾分かマシにはなってきている。


 もう大丈夫だろうと傷口の上に縛ってある布を緩め、傷口に白い包帯を巻いた。


 だが出血が酷かったせいで彼の顔色は悪く油断は出来ない。

 暫く安静にしてもらうのが最善だ。

 でも彼の事だからすぐに戦いに行ってしまうのだろうな、その時は全力で止めなければ。



「夕菜伍長!!、リュウ閣下!!」

 横浜スカイライン付近に立っている夕菜とリュウ親子の元に空気銃を担いだ兵士が数人やって来る。

「何か手応えでもあったのかしら?」

 夕菜が不敵に微笑みながら兵士に問いかける。

 兵士はその夕菜の笑みが恐ろしく感じたのか少し後ずさりながら

「は、はい…。5人のうち1人を狙撃しました…。

 その後の彼らは何処に行ったのかさっぱり分かりません。」

 やや怯えながら話す兵士に対してリュウがこう言った。

「狙撃したのはどんな奴だ?性別は、年齢は、服装は?」

 夕菜とは打って変わって真面目な評価のリュウを前にして兵士は落ち着きを取り戻していた。

 兵士は真面目な表情で

「性別は男で年齢は10代の後半で二十歳にいくかいかないかくらいです。

 服装は直垂姿で恐らく時代は源平時代から南北朝時代辺りだと思われます。」


(直垂姿かぁ……。)

 リュウは顎に手を置いて考える素振りを見せる。

 源平時代から南北朝時代辺りの人で夕菜達の計画を邪魔している人物で思い浮かぶのは

 武蔵坊弁慶、佐藤継信、佐藤忠信、伊勢三郎義盛、源義経、竹崎季長の6名。


 そのうち弁慶達4人は夕菜の送った部隊に始末させた筈だから残るは義経、季長の2名。

 この兵士が狙撃したのは恐らく二人のうちの誰かだろう。

「お前が狙撃したという奴の名前は?それに奴はまだ生きているのか?」


「すみません、名前までは聞いておりませんでした。

 それに恐らくまだ生きているかと…。」

 兵士はやや怯えながらリュウと夕菜にことの端末を報告する。

 するとリュウが微笑みながら

「もういい。ご苦労だった、お前はもう用済みだ。」

 その一言に顔を真っ青にさせた兵士はリュウと夕菜に対して必死に土下座をしながら

「お願いします、どうかお許しください。ちゃんと活躍して見せますから!」

 そんな兵士の姿を目にしたリュウは凍りつくような目で彼を見下ろしながら一言。

「情報を把握出来ないような奴に、害虫をろくに駆除出来ないような奴に用はない、さらばだな。」

 そう冷たく言い放つと娘である夕菜に向かって一言。

「おい、コイツを殺れ。」


「はい、お父様。」

 夕菜はそう答えると腰にぶら下げてある光線銃を手に取り、哀れになるくらいに怯えて縮こまっている兵士の眉間を容赦なく撃ち抜いた。

 堪らず兵士の身体がどっとその場に倒れる。彼は目を開けたまま絶命しており、頭部から流れ出てきた血液がアスファルトの地面に赤黒いシミを作っている。


 夕菜は唇の端にいっと不気味に上げると兵士の死体に向かって一言。


「任務お疲れ様。」


 その様子を可笑しそうに見つめていたリュウが楽しげな口調で言った。

「さあ残りの害虫共を駆除するとしようか。」

「そうね、お父様。」

 夕菜とリュウは明日美達を探しに再び歩き出したのであった。



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