見えゆく終わり

「大丈夫だよ、奈央と里沙、それによっちゃんの家臣だってきっと何処かで生きているよ、今はそう信じよう?」

 絶望と悲しみに包まれた空気を何とかしようとみんなを励ます。

 本当はわたしだって、悲しい、辛い。でも何時までも泣いている訳にはいかないのだ。


 それに、美晴ちゃんをこれ以上巻き込む事はできない。

 美晴ちゃん、彼女だけでもどこか安全な場所へと逃がさなきゃ…。


「ねえ美晴ちゃん、お願いがあるんだけど。」

「なあに?」

 美晴ちゃんは円な瞳をわたしに向けてくる。

「美晴ちゃんは避難所で待っていてくれる?」

 美晴ちゃんを沙耶さんが行った避難所に連れて行った方がいいだろう。

 それに沙耶さんは話しやすいし、面倒見も良さそうだからきっと仲良くなれる筈。


「明日美ちゃんまでわたしを一人にしようと言うの?」

 美晴ちゃんが縋り付くような瞳でわたしを見上げる。

「一人にはしねーよ。でも佐竹、お前を助ける為にはこうするしか無いって訳。」

 言葉に詰まっていると裕太が助け舟を出してくれた。

「でも、今残っているみんなが死んじゃったら…。」

 美晴ちゃんが泣きそうな声色で言った、両親とも妹の遥ちゃんとも永遠の別れになってしまった上に、忠信達の件、里沙に奈央の件もあってか彼女の目には「もう離れない」という強い意志が現れているような気がした。


「大丈夫、わたし達は死なない。もしもこの騒ぎが終わったらわたしは4人と一緒に美晴ちゃんを迎えに行くから。

 だからもう1回、信じて?」

 わたしが優しく諭すように言うと美晴ちゃんは寂しそうな表情で一言。


「本当に信じても…いい…。」


「うん」

 わたしが頷くと美晴ちゃんは小さく笑った。その笑顔には辛さと寂しさ、悲しみ、希望、みんなに対する思いの全てが詰まっているように見えて胸がぎゅうっと締め付けられる気がして。

 わたしはこれ以上何も言えなかった。


「じゃあ避難所にはあたしが連れて行ってあげるわね。」

 友里亜さんが美晴ちゃんの手を引く。


「じゃあわたし信じる。みんなの事、もう一度だけ信じてみるよ。

 だから、明日美ちゃん達が迎えに来るの待ってる。」


 美晴ちゃんが屈託のない笑みを浮かべながらわたし達に別れを告げる。

 そして友里亜さんに手を引かれて歩き出した。

「「元気で。」」

「「達者で。」」

 4人が一言を彼女に告げた。すると美晴ちゃんがわたし達に振り返って

「うん、ありがとう。それに、みんなのこと大好きだから。

 だから、また逢おうね、少しの間だけさよなら、バイバイ。」

 美晴ちゃんがそうわたし達に告げたのを最後にこちらに振り返る事はなかった。

 きっとわたし達が迎えに来ると信じているからこそ振り返らないのだろう。


(絶対に迎えに行くからね。)

 わたしは心の中でそう誓った。



(残りは明日美と友里亜と美晴、裕太、一翔、義経、季長か…。)

 里沙と奈央が力尽きたのを見届けた夕奈は残りの7人を探していた。

 が…いくら探せど探せど彼ら、彼女らは何処にもいない。


(一体何処に居るのよ、あの害虫共。アタシらの計画をごちゃごちゃにしやがって、絶対に許さない…。)

 探しても探しても目標が見つかる気配は一切無い。そんな感じがいつまで続くのかと思うと夕奈は悔しさに唇を噛んだ。


(取り敢えずお父様の元に行こうかしら?)

 夕奈は何やら思いついたらしくニヤリと不気味に笑うと煙のように姿を消してしまった。


 軍本部に着くと夕奈は慌てて父親であるリュウ准将閣下の元へとやって来る。

「なんだ夕奈じゃないか。何かあったのか?」

 計画の進み具合を確認しているリュウが娘の気配に気づき振り返る。


「計画を邪魔した害虫を半分始末してあげたわ。

 でも残りの7人の行方を探しても探しても見つからないの。」

 困ったような表情の娘に対してリュウはにっこりと笑顔を向ける。

「このお父さんに任せなさい。お前は美晴と友里亜っていうガキを始末すればいい。

 明日美と裕太、一翔、季長、義経っていうガキは俺が始末してやる。」


(有名人を始末するってなんだか興奮するぜ!)

 リュウは早速兵を動員させる。

(さあて、コイツらの絶望に歪む顔を楽しむとするか…。)

(残りの害虫も始末してあげるわ…。)

 夕奈とリュウは不気味な笑みを浮かべながら軍本部を後にして、実験台になっている令和時代へと向かって行った。

「なあ夕奈、知ってるか?あの義経の兄、頼朝はお父さんが殺したんだぞ?」

 聞くだけでも気分が悪くなりそうな事を得意顔で語るリュウに対して夕奈は「やっぱりお父様、カッコイイ。」と喜びの声を上げる。


「お父さんは色んな時代で人を殺してきたんだ。

 ごく普通の一般人から有名人まで様々な、それで歴史改変をたくさん行ってきた。」

 リュウは不気味に笑いながらまだ続ける。


「それで自分の兄が死んだと知った時の狼狽えっぷりときたら面白かったな。」

 そう言いながらリュウはケラケラと楽しそうに笑う。


「さあ残りの害虫を駆除しに行きましょう、お父様…。」

「ああ、そうだな。」

 この残忍冷酷で血も涙もない親子は明日美達を探しに、その命を奪うために歩き出したのだった。


 展望台にぽつんと残された4人と明日美。此処は辺りが山に囲まれておりなかなか見つけにくい事、小高い場所にあるからゾンビもなかなか来ないという事もあり暫くは此処を拠点として使うつもりだ。


 4人は相変わらず何を考えているのか分からない表情で展望台から寂れた街を見下ろしている。

 あれだけ真夜中でも明るかった街が、豪華な高層ビルの並ぶ街が今では人影もなく、動く屍が彷徨うのみで見る影もない。


 どんなに絶望的な状況であっても季節は移ろいでゆくもので、梅の花はすっかりと散り、初春が終わりを告げ、春盛りを迎えようとしていた。

 桜の蕾はまだあまり膨らんではいないけれどいづれその蕾を膨らませ、薄紅色の花が咲き誇るのだろう。


 わたしは生きたい、例えどんな悲しい事があろうとも。

 それに、守られてばかりも終わりにしよう。

 わたしは大切な人を絶対に守ってみせる。


(何があっても絶対に死なせたりしないから。)

 明日美は目の前にいる裕太、一翔、義経、季長を見てそう思っていた。


 春の柔らかな風がセーラー服の襞スカートを優しく揺らしていた。



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