激闘の末に〜梅の花散る

 ヤツらの大群が容赦なく奈央達に襲いかかってくる。

 奈央と里沙が見事なチームプレイでヤツらをどんどん倒していく。

 友里亜はロングソードで、美晴はサバイバルナイフでヤツらを倒していく。

 だが、あまりにも数が多すぎた。


(こんな時、山崎君や一翔君、五郎君、九郎君が居てくれたなら…。)

 奈央は強くそう思った、彼らが居てくれたらどれだけ心強いだろうかと。

 しかし、別行動している為に彼らが何処にいるかも分からない、連絡手段も一切無い、助けを求めるのは無理な話だ。


「わたし達死んでしまうのかしら?」

 里沙がふとそんな事を口にする。いつも前を向いて歩いていた彼女が初めて見せる弱気な姿。

「何言ってるの?わたし達が死ぬ訳ないでしょ!?

 この世界を救ってまたみんなで笑い合うのよ!!」

 奈央が自分を周りを奮い立たすかのように叫ぶ。


 そうよ、わたし達が死ぬ訳ないもの、ヤツらなんかに夕菜なんかに倒れて堪るものか。


 奈央はそう心に堅く誓って薙刀を強く握り締めた。

「たかが死体如きが人間様を舐めないでちょうだい!!」

 奈央はヤツらに向かって叫び、渾身の力を込めて薙刀でヤツの首を思い切り斬りつけた。


 忽ち首と胴体が切り離され、鈍い音をたてて首が地面に落ち、程なくして胴体の方もバタっとアスファルトの地面に崩れ落ちる。


 だが、ヤツらの勢いは留まることを知らない。

 唇が腐れ果て、歯と歯茎を剥き出しにした顎を大きく開けて食らいついてくる。

 倒しても倒してもやってくるヤツら、このままじゃ全員が此処で命を落とすだろう。


 隣では美晴がサバイバルナイフを片手に奮闘している。

 そんな美晴の姿を見ていると何故だろうか、胸が痛む気がするのだ。


 美晴ちゃん…。

 愛する両親や妹を亡くした彼女、せめて彼女だけには幸せになって欲しい。


 奈央と里沙はどうしても美晴だけは助けてあげたいと思った。

 一旦手を止めてヤツらから距離を取り里沙と奈央は美晴に向き直る、そして

「美晴ちゃん、もういいよ。」

「里沙ちゃんなあに?」

 美晴も一旦手を止めてヤツらから距離を取ると里沙と奈央に向き直る。

「お願い美晴ちゃん、あなたは安全な場所に逃げて…」

「イヤだよ里沙ちゃん、わたし誰の役にも立ててない!奈央ちゃんや里沙ちゃん、それに明日美ちゃん達にだって迷惑ばかり掛けたのに!」

 美晴はまるで小動物のような円な瞳に涙を溜めながら首を横に振る。

 そんな様子を見て奈央が美晴に目線を合わせてその頭を優しく撫でた。

 まるで小さな子供を宥めるかのように。


「美晴ちゃん、あなたはもう充分頑張った、わたし達の役に立てた。

 だからこれ以上頑張らなくても良いのよ。」

 そう言って奈央が白い歯を見せて優しく笑う。


「イヤだよ、わたし奈央ちゃんと里沙ちゃんと一緒にいる、わたしだって戦いたい!!」

 円な瞳から大粒の涙を零しながらしゃくりあげる美晴、そんな彼女に里沙が優しく微笑みながら

「美晴ちゃんは充分戦ったわよ。だからもうこれ以上戦わなくて良いのよ。

 それにわたし達は美晴ちゃんの幸せを誰よりも望んでいるから。」


「い、イヤだよ。もう誰も失いたくない!これ以上大切な人を失いたくはない!!」

 幼子が駄々をこねるかのように泣き叫ぶ美晴に奈央が小指を差し出すと

「じゃあ指切りしよう?美晴ちゃんは絶対に幸せにならなくてはならないっていう約束。

 美晴ちゃんの人生はまだまだ長いから、長い人生の中で素敵な友達を作って、素敵な人に出会って、素敵な家族に囲まれながら生きていく。

 だからお願い、幸せになって。もうわたしの事なんか忘れるくらいに。」


 美晴が手の甲で涙を拭うと奈央に向かって華奢な小指を差し出す、忽ち絡み合う小指と小指。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」

 奈央が勢いよく言い切ると

「はい、これで約束完了。破ったら絶対に許さないんだからね!」

 そう言って笑う奈央はまるで初春に咲き誇る紅梅の花のように可憐で美しかった…。


「わたしは美晴ちゃんが大好き、だからこれからもこの先もずっと友達よ。」

 里沙がそう言いながら美晴を優しく抱き締める、忽ち暖かな香りに包まれる美晴。

 だが自分を抱き締める彼女の表情があまりにも寂しげで拭った筈の涙がまたとめどなく溢れだしてくる。


 もう、二人と永遠に逢えなくなるのではないかと思うと涙が止まらなくなってしまう。

 そんな美晴を察してか里沙が優しく諭すかのように


「大丈夫よ、わたし達はまた逢える。だから今度は桜が咲き乱れる季節に逢おう?

 その時は一緒にお花見をして楽しもう?」


「うん、分かったよ…。」

 美晴は乱暴に涙を拭いながら頷く。

「分かってくれて良かった。」

 里沙は美晴に優しく微笑んだ。

 その姿はまるで白梅のように上品で美しかった。


「此処はわたしと里沙が食い止めるので友里亜さん、美晴ちゃんをお願いします。」

 奈央の一言に友里亜は力強く頷くと美晴の手を取って駆け出した。


 美晴を逃がしたことを確認すると二人は再びゾンビに向き直る。

「やってやろうじゃないの。」

 二人は薙刀を手にヤツらに斬りかかっていった。

 その様子を夕菜は笑いながら見つめていた。


 いくら倒しても倒しても向かってくるヤツら、体力はそろそろ限界だ。


(このまま此処で倒れる訳にはいけない…。)

 里沙と奈央は何とか折れそうになる心を奮い立たせ、限界を迎えた身体でヤツらを倒していく。


 だが、大軍に無勢とはこの事であっという間にヤツらに囲まれてしまった。

 それでも負けずに斬りかかっていくが手応えはあまり無い。

 そしてとうとう大量のヤツらが二人に飛びかかった。



 美晴は里沙と奈央がふと気になり立ち止まって後ろを向く。

 すると二人を完全包囲するヤツら、薙刀で勇猛果敢に斬りかかっていく彼女たち。

 だが、ヤツらは容赦なく彼女たちに飛びかかっていった。


 忽ち辺りに飛び散る赤い鮮血…。


「奈央ーーーー里沙ーーーーーー」

 美晴が大声で叫びながらサバイバルナイフを片手に奈央と里沙を助けに行こうとするが友里亜がそれを許さない。

「ごめんね、ごめんなさい。約束だからダメなの…。」

 友里亜は泣きそうな表情で美晴を押さえ込んだ。


「イヤだ、イヤだよ、こんなのイヤだよ…。」

 辺りにはヤツらのうめき声を掻き消すかのようにただただ美晴の号哭が響き渡っている。


 その時強い風が吹き渡り、道路脇に咲いている紅梅と白梅が花弁を一斉に散らしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る