新たなターゲット

 あの日の出来事以降、サキ、正美、加奈子、美香やクラスの女子3人グループに対しての激しいイジメが始まった。


「おい、加奈子、お前ちょっとトイレに来いよ!」

 クラスでも結構目立っている部類の女子5人グループが一人でいる加奈子に迫る。

「なんでわたしがアンタ達の命令に従わなきゃいけないわけ?」

 立場が逆転しても加奈子は強気な姿勢で女子5人グループを睨みつける。


「良いから来いって言ってんだよ!」

 女子5人グループのリーダー格である有希子が怒鳴りながら加奈子を突き飛ばした。


「わたし達に逆らおうっていうの?」

 突き飛ばされた衝撃で堪らず床に倒れた加奈子に有希子が壁のように立ち塞がる。

「さっさと来いって言ってんだろ!」

 加奈子は半ば引き摺られるように女子トイレに連れていかれた。


 ガラガラガラ…パタン……。

 トイレの扉が閉まる音が静かな空間に煩いくらいに響く。

 やや不気味な薄暗い空間の中、加奈子の前に仁王立ちする女子5人グループ。

あれだけ強気だった加奈子は有希子達に怯えることしかできなかった。


「じゃあどうしようかな?」

 意地悪そうに笑いながら有希子が呟く。

 そして掃除用具入れを開けてホースを取り出すなり加奈子に向けて蛇口を思い切り捻った。


 冷たい水が勢いよく飛び出し、加奈子に降りかかる。まともに水を被った加奈子は頭からつま先までずぶ濡れだ。

「なんて事するのよ!」

 加奈子が負けじと女子5人を睨みつけると有希子がにぃと気味の悪い笑みを浮かべて

「なんて事するのってアンタに言う権利ないでしょ?」

 その一言に加奈子は何も言えずに俯く。有希子の取り巻きである女子4人が加奈子に対して口々に暴言を吐く。

「そうだよ、アンタにやめてとか言う権利なんてないわよ!」

「そもそもアンタ、村田さんや本山さんに水掛けてた癖に自分がやられたら逆ギレする気?そんなのズルくない?」

「自分は散々人をイジメてたくせにやられた途端に被害者ぶる気?」

「アンタみたいな人間はこうやって惨めな姿を晒す方がお似合いなんだよ!!」


「…。」

 加奈子は何も言えずに俯くのみ。髪の毛から冷たい水滴が足元にポタリポタリと滴り落ちている。


「じゃあ後片付けよろしくね〜」

 そう言い残すと女子5人グループはこぞって女子トイレを後にする。

 ガラガラガラバタンッと扉が乱暴に閉められた。

 薄暗い空間にポツリと残された加奈子は全身ずぶ濡れで出るに出られない。

 加奈子はヘナヘナと力なく冷たいコンクリートタイルの床に座り込んだ。


(なんで…わたしが…なんで…)

 ついこの前まではクラスの中心的存在で自分達の命令には誰もが従っていたはずなのに今ではこのザマ。

 これらは夢なのか現なのか、何度考えたことだろうか。

「う…えぐ…ひっく…。」

 悔しさと悲しさが交差してそれが涙として溢れ出してくる。



 バッシァァ…!!

 バケツいっぱいに入った冷水がサキの頭上でひっくり返された。

 目の前にはバケツを手にして不気味に笑う有希子と意地悪そうに笑っている取り巻き4人。


「ちょっと何すんのよ!」

 サキが女子5人グループに向かって怒鳴る。虚勢を張るサキに向かって有希子が悪魔のような笑みを浮かべた。

「偉そうに化粧しやがって、アタシは可愛いんですって姿勢がムカつくのよ。」

 高圧的な態度を取る5人グループに対してサキは何も言えずにいた。

 そんなサキの態度が気に入らなかったのか有希子が突然サキを無言で突き飛ばす。

 床に尻もちをついたサキは下から5人を睨んだ。


「アンタ達、アタシにこんなことしてタダで済むと思ってるの!?」

 サキが始めて口を開く。何を言い出すかと思えばいつもの脅し文句。

 5人はまるで馬鹿にするかのような笑みを浮かべた。

「アンタさあ…こんな脅し文句が通用するとでも思ってんの?

 わたし達はアンタらなんかもう怖くないんだからね。」

 有希子がサキを見下ろしながら思い切り鼻で嘲笑う。

 すると取り巻きのうちの一人が歩み出てきてサキにこう言った。


「アンタが、正美が、加奈子が、美香が、佐竹さんや村田さん、本山さん、杉野さんにやったこと、山崎君や一翔さんや源さん、竹崎さんに対しての行いも全部そっくりそのままやってあげるから。」


「……!?」

 サキはその言葉に酷く打ちひしがれる。


 なんで…アンタ達もアタシ達と一緒になって悪口言ってきたじゃない…。

 みんなアタシに従ってアイツらを攻撃していたじゃない…。

 なんで、なんで、アタシ達だけがこうなる訳?


 なんで…なんで…そんな疑問がサキの心の中で渦巻く。


 ふと有希子が顎に手を置いて考える素振りを見せながら一言。

「じゃあ、アンタ達の悪評でも吹聴しようかな?」


「ちょっと、何て事するのよ!悪評を吹聴するとかアンタ達最低じゃない!!」

 サキが5人に対して怒鳴る。サキの言葉を聞いた取り巻きの女子4人が嘲笑いながら口々に

「はぁ?最低?その言葉アンタに言う権利なんてないわよ!この殺人未遂犯が!!」

「なんで?アンタ、一翔さんや源さん、竹崎さん、村田さん、山崎君の悪評をでっち上げて散々言いふらしていたくせに自分がやられたら最低だって言う訳?」

「アンタ達が今までやってきたことをそのままやるだけだよ?

 それの何処が悪いの?アンタ達が今まで散々やってきたことだよね?」

「て言うかそもそも自分達が何やったかの自覚ないでしょ?

 だから自覚できるようにアンタ達の行いをそっくりそのままやってあげるんだから感謝しなきゃね。

 あとアンタらのクソ兄共の事はネットで拡散しといたから。」

 そう言ってケラケラと笑いながらサキを意地悪そうに見下す。


 それからが地獄だった。

「サキ、加奈子、正美、美香ってさ〜ある事ない事言いふらして人を貶めてるらしいよ。

 しかもアイツらって自分の兄に一翔さん、山崎君、源さん、竹崎さんをボコるように命令したらしいよ。」

「マジ!?アイツら最低じゃん…あのでっち上げクソ女…。

 おまけにアイツらの兄もクソじゃん。」

 教室の隅々から聞こえてくるのは醜い言葉の散弾だった。クラスの派手な子も、普通の子も地味な子もみんなサキ達の悪口を楽しそうに言っている。


 悪口の対象はサキ達だけではなく、一翔達の悪評を吹聴してまわっていた女子3人グループ達も標的になった。

 女子3人グループ達の場合は教科書が破られる、机に「学校来んな吹聴女」とか「お前が死ね」、「殺す」など直視できない程の醜い悪口を油性マジックで書かれる。

 毎日、毎日陰湿な嫌がらせが続いた。


「おーい、奈々、奈絵、美津、今度は誰の悪評を吹聴してまわるの〜」

「学校来んなよ、吹聴女!」

 すれ違いざまに悪口を大声で言われる。

 女子3人はクラスメート達による陰湿なイジメに耐えかねてとうとう泣き出してしまった。

 目から涙を零す3人を見てクラスメート達が口々に心無いことを言う。


「アイツら村田さん、源さん、竹崎さん、一翔さんの悪口を吹聴していた癖に、本山さんや佐竹さん、村田さん、杉野さんに対するイジメに加担していたくせに被害者ぶってる。」

「自分がやられたら泣くとかどういう神経してるの?」

 どれも図星過ぎて何も言い返せない。悪評なんか信じなければよかった。

 自分達はサキ達が言いふらしている悪評をすっかり信じ込んで、一翔や義経、季長、里沙の悪口を好き勝手言ってしまった。

 

 幾ら後悔してもしきれない。月並みな表現じゃ言い表せないほどに。


 すると誰かが3人を背後から突き飛ばす。不意に突き飛ばされ、3人は堪らずバタリと床に倒れてしまう。

 3人とも膝を強打したらしく激しい痛みに顔を歪める。

 その様子を女子5人グループが楽しそうに笑いながら見下ろしていた。

 間違いない、きっと5人のうちの誰かが3人を突き飛ばしたのだろう。


「お願い…もう…やめて…」

 思わず声が漏れる。だが、この声がクラスメート達に届くことは無かった。


 移動教室の際、サキと正美、加奈子、美香が階段を降りている時だった。背後から誰かに強く背中を押されたのは。

「「「「きゃっ」」」」

 サキ達の短い悲鳴が聞こえたと同時に物凄い音が階段の踊り場に響く。

 サキ、正美、加奈子、美香が背中を押されせいで階段から転げ落ち、踊り場に全身を強打したらしくその顔は苦痛に歪んでいた。

「ちょっと押しただけでコケるとかアンタ達ダサすぎでしょー」

 サッと誰かの影がサキ達に覆いかぶさったかと思えば女子5人グループが倒れたまま体を動かせないでいるサキ達を見下ろして可笑しそうに笑う。


「これでアンタ達が今までにやってきた事少しは分かった?」

 有希子がセーラー服の襞スカートを風に靡かせながら意地悪そうに笑う。

 正美、加奈子、美香は瞳に大量の涙を溜めて俯く。あれだけ強気で傲慢だった彼女らは5人やクラスメイトによるイジメで明らかに弱っていた。


「酷い…アタシ達になんて事するのよ!」

 この期に及んでもサキだけは傲慢な態度を崩さない。


「は?お前まだ懲りねえのかよ。」

 有希子が忌々しそうに吐き捨てるとまだ起き上がれないでいるサキの髪の毛を乱暴に掴むと思い切り顔を硬い床に叩きつけた。

 ゴンッと鈍い音が静かな踊り場に響く。思わず痛みに顔を歪めるサキ。

「うっ…。アタシに…そんな事して…アンタ達…」

 サキが何か言い終えるのを待たないで5人グループのうちの1人がサキに容赦なく蹴りを入れる。

 彼女は泣くことも無くただただ痛みに耐えていた。

「じゃあね、ずっとそうやって這いつくばってる方がアンタ達にお似合いだよー」

 そう言い残して女子5人グループは全身痣だらけになってまともに動けずにいる4人を置いて階段を降りていく。


 静かな空間に彼女らの足音が煩いくらいに響いている。


 階段から突き落とされてから暫く経ってやっと動けるようになって教室に帰ってみるとサキ、正美、美香、加奈子の机の上にカッターナイフとロープが置かれていた。

「「「「何よ…これ…何なのよ…。」」」」

 サキ達が顔を真っ青にして怯えていると彼女らをいじめている女子5人グループが楽しそうに笑いながら教室に入ってくる。

「カッターナイフ置くとかアンタ達最低じゃない!!」

 正美が女子5人グループに対して怒鳴るが有希子はそんな正美を思い切り鼻で嗤う。


「最低?ちょっとアンタ何言っちゃってるの?

 これ、アンタ達が一翔さんや源さん、竹崎さん、山崎君に対してやっていた事だよね?

 人には散々酷い事をしておいて自分がやられたら最低だとか本当笑っちゃう!」

 机の上に置かれているカッターナイフやロープを見つめながら真っ青な顔でカタカタ震えているサキ達に対して取り巻きの4人が口々に

「このカッターナイフとロープを使って死ねって言ってるの分からないの?アンタ達どれだけ馬鹿なの?」

「それにしてもアンタ達ってそんな醜い顔面と性格晒してよく生きていられるよね。」

「分かるーわたしなら自殺しちゃうわー。」

「だから親切にカッターナイフとロープを送ってやったんだけどねー。」

 サキ達は何も言い返すことも無くただただ真っ青な顔で震えていた。


 そして放課後の掃除の時間の時の事。有希子が教室で一人ぽつんと突っ立っているサキを呼ぶ。

「おい、サキお前ちょっとこっちに来いよ!!」

 サキが微動だにせずにいると、有希子がサキの髪の毛を掴み

「アンタ、このわたしに逆らうつもりなの!?さっさと来いよおらっ!!」

 そうして無理矢理廊下まで連れてこられたサキ。廊下にはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた取り巻き4人がたっていた。

 目の前には雑巾を洗って絞ったであろう。灰色に濁った水が入ったバケツが置かれている。

 有希子が灰色のバケツを指さすなり一言。

「サキ、あれ飲んで。」

 あまりにも軽い口調で言う有希子。サキはその一言にさっと青ざめる。

 毎日掃除しているとは言え、何十人もの汚れた上履きのそこに踏まれ続けた床。


 当然埃や黒ずみもある。それを拭いた幾つもの雑巾を洗った水を口に含んだ上に飲むだなんて考えただけでも反吐が出そうだ。

 周囲にいるクラスの女子や男子達も手を叩きながら「飲め!!」「飲め!!」と言ってサキをはやし立てている。

 それでもサキはいつものように傲慢そうな口調で一言。

「なんでアタシがそんな事しなきゃいけないわけ?」

 その一言に激昂した有希子が思い切りサキの腹を蹴りつけた。

 蹴りは鳩尾に入り、あまりの痛さで呼吸もままならず、サキは床にうずくまる。

 すると有希子が再びサキの髪の毛を掴み顔をバケツの中に埋めようとする。


「さっさと飲めよ!良いから飲めよ、ああ!?お前ムカつくのよ!!世界は自分中心に回っているんですって面しやがって。平気である事無いこと言いふらしやがって。調子に乗りやがって!!お前の存在自体が迷惑なんだよ!!みんなお前の事嫌ってるんだよ!!」

 有希子がそう叫びながらサキの髪の毛を掴む力を更に強めた。


 その様子を笑いながら見ていたクラスメート達も次々にサキに暴言を浴びせる。

「飲めよ、早く飲めよ!てめぇみたいなゴミは雑巾の絞りカス啜ってるのがお似合いなんだよ!!」

「いつまで生き長らえるつもりなの、殺人未遂犯さーん?」

「さっさと死んでくれない?て言うか死んで。あんたが死ねばみんな喜ぶんだしさ。」

 クラスメート達の口から次々と放たれる醜い言葉にサキは思わず泣きそうになる。


 いつまで経ってもバケツの中身を飲まないサキに対して有希子の取り巻きが

「ねえ、いつまでモタモタしてる訳?早く飲みなよ。こっちは退屈してるんだけど?」

 と言うなりサキの背中を足で小突く。思わずうめき声を漏らすサキの背後で取り巻き達が楽しそうに笑っていた。

 クラスメート達は悪魔のような笑みを浮かべて手を叩きながら

「早く飲め!」「早く飲め!!」「早く飲め!!」

 とはやし立て続ける。

「分かったわよ…。」

 かつて最悪ないじめっ子だったとは思えないような弱々しい声を出すサキ。

 サキは虚ろな表情でバケツの中に両手を入れ、中身を掬い…飲んだ。


 細い埃が舌に付着するような気持ち悪い感覚や、何とも言えないようなゴミ臭さが口の中に広がる。

 喉の奥から酸っぱいような苦いような胃液がこみ上げてくるようだ。

 あまりの気持ち悪さに吐いてしまいそうになる。

 周囲ではクラスメート達も有希子もその取り巻き達もその様子を見ながら楽しそうにゲラゲラ笑っていた。

 それから有希子がサキに近づき再びその髪の毛を掴むと

「何一口で飲んだ気になってんの?全部飲みなよほらっ!!」

 と言って再びサキの顔をバケツに埋めようとする。取り巻きの4人も次々にサキの髪の毛を掴み、その顔をバケツに埋める。


 バケツの中に顔を埋められもがき苦しむサキを見てクラスメート達はゲラゲラと声をあげて笑っていた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る